日付変更と共にやってきた悪鬼がふんぞり返ってこう言った。

「俺今日誕生日だから俺の言うこと絶対な」

意味が分からなかった。
俺、折原臨也、ピチピチの24歳は同じく24歳ホヤホヤらしい平和島静雄に何故か絡まれている。
「俺、今日誕生日だから!」
「…あ、うん」
二回目の誕生日宣言に俺はうつろな目で頷いた。
風呂上りに冷蔵庫から出した缶ビールを一口飲んでプハーッと、今日もお仕事頑張ったなーと、一息ついたところだったのだ。
今日特におもしろそうな深夜番組もないし、早めに寝ちゃおうかなーなんて気を抜いてたところで、これだ。
突然土足で上がりこんできて、なんなのこいつ。空気読めてないことこの上ない。
「…あのさ、シズちゃんの誕生日と俺、何も関係ないよね?ていうか今何時だと思ってるの?俺、もう寝るとこだったんだけど…」
「ああ?」
俺の正直かつ切実な主張がシズちゃんのガラの悪い声で遮られる。
「俺、誕生日なんだぞ?」
「はぁ…」
三度目である。だからなんだ。それがどうした。と、言ってやりたいが、俺はもう本日終了モードだ。疲れていたのである。反論して、より面倒なことになるのを避けたいので俺は沈黙を選んだ。
黙った俺に満足したのかシズちゃんは幾分声のトーンを落として言う。
「誕生日だからな、今日はおまえ俺に従え。反論も反抗もゆるさねぇから。誕生日の主に逆らうなよ」
「………」

俺はたぶん遠くを見すぎていっそ白目になっていたと思う。
ヌシってなんだよ…。いや今日はって、今日に限らずおまえ割といつも力ずくで我侭放題だろ…。
正直言ってヤクザより性質悪いよシズちゃん…。

俺はとりあえず手にしていたビールを飲んだ。飲まねばやってられないと思った。
しかしシズちゃんの手が俺からビールを容赦なく奪い取る。そして奪われたビールはそのまま排水溝へ。
「ああ、俺のビールゥ…」
「こんなにげーのよく飲めるなおまえ」
シズちゃんは律儀に缶を水洗いまでして小さく潰して缶専用ゴミ箱に捨てた。うん、分別は大事だよね。うん。
シズちゃんは勝手に戸棚からマグカップを出し、これまた勝手に冷蔵庫を開けて牛乳を注いでレンジに入れた。
スイッチを入れて回るレンジ台を睨んでいるシズちゃんに俺はおずおずと声をかける。
「ところでシズちゃんはどうやってここに入ったのかな?」
どうせドアを壊してきたんだろう。このままではもう数分もしないうちにセコムが駆け込んでくる。そう思っていたのに、
「あ?合鍵でだけど」
「あ、合鍵なんてあげてませんよね?」
「貰ってないな」
「だ、だよね」
「勝手に作った。誕生日だからな!」
な、なにぃー!?もはや誕生日が魔法の言葉のようになってる…だと…!?
俺は戦慄した。そもそも今いるこのマンションは人に場所を公開している仕事場でも実家でもなく俺個人の隠れ家的部屋である。
俺って個人情報だとかセキュリティだとかもしかしてザルなのだろうかすっごく恥ずかしいんですけど!
ガクガク震えていると、チン!とレンジが音をたて、シズちゃんが取り出したマグにこれまた勝手に取り出した蜂蜜をとろりと流し込んでいた。
スプーンで掻き混ぜながら、のしのしとキッチンから出てきてソファーに腰掛ける。
「なに突っ立ってんだ。さっさと座れ」
「は、はぁ…」
「ここだ。ここに座れ」
そう言ってシズちゃんが指差したのは己の膝だった。
俺はちょっと理解ができなかったのだが、なんだかもう考えるのが面倒になったので言われるがままに座った。
ちょこんと、シズちゃんの膝の上に。
内心なにやってんだテメーとか理不尽なツッコミが入るだろうと予想しつつだったが、シズちゃんは何故かそのまま俺の腹に腕をまわして、俺の肩に顎を乗せ、俺越しに引き寄せたマグをふーふーと吹いていた。
あれ?ナンダコレ?
俺がカチコチに固まっていると、シズちゃんはマグを俺の口元に寄せて「飲め」と命令してきた。
ビクビクしながら飲むとホットミルクは適温で、蜂蜜の風味がじんわりと喉から胃に広がっていく。
ほうと溜息を吐くと、シズちゃんは俺の肩に顎を乗せたままぼそぼそと喋りだした。
「おまえ昨日新羅んちで点滴打ってただろ。そん時合鍵作った」
「犯罪だよねそれ」
「おまえに言われたくねーよ。つかちゃんと飯食え。痩せすぎ」
「それこそシズちゃんに言われる筋合いないっていうか…」
「だから誕生日だっつってんだろ。いいからおまえは俺の言うこときいてろ」
「んぐ」
マグカップを唇に押し付けられて仕方無しにそれをすする。
シズちゃんは俺を後ろから拘束したままで、なんというかどう見ても俺は抱っこされてる格好であり、まるで親子かそうでなければまるっきり恋人同士のようであった。
ここで勘違いしないでもらいたいのはシズちゃんと俺はまったくもってそういう関係ではないことである。
むしろ俺たちの仲は悪いはずなのだ。
けしてこんなことをするような仲ではなかった。
だから俺は今非常に混乱している。
なにがなんだか分からないまま、シズちゃんの誕生日だからという訳の分からない言葉で俺はシズちゃんの膝の上でシズちゃんが作ったホットミルクをシズちゃんに飲まされている。本気で意味が分からない。

なんとかミルクを飲み終えると、シズちゃんはマグを流しまで戻しに行って「風呂に入ってくる」と何故か我が物顔で浴室へと消えていった。
俺は目を白黒させつつとりあえず玄関へ本当にドアが壊れてないか見に行って、流しで水を張られていたマグカップを洗った。
そしてまたソファーに座り碇ゲンドウポーズでどうしてこうなった…としばし苦悩した。
いやまて悩んでいる場合か。今逃げなくてどうすると思い至り、腰を上げる。
財布、携帯、コートと確認して、自分の格好を見下ろす。
上下スウェットだよ。こんな格好で外に行けるか!シズちゃんじゃあるまいし!
寝るための格好をしていた俺はそこでまた思案した。着替えるのめんどい。そう、俺疲れてるんだった。
ボスンとソファーに戻ると俺はそのまま横になる。
シズちゃん風呂に入るってここに泊まる気だろうか。客用布団とかないよ。
てことは俺ソファーで寝なきゃいけないのか。
しょうがないか。相手は誕生日の主様なんだから…。
どっと疲れが押し寄せてきた俺はそのままうとうとしていたらしい。気がつけばシズちゃんがすぐそばに立っていて、俺の顔を覗き込んでいた。
「んなとこで寝んな、オラ、起きろ」
つんつんと頬を突かれて俺は目を瞬かせたが、いいからほっとけとその手を払う。
「ベッドはあっち」
寝るなら勝手にどうぞというつもりで寝室を指差す。
自分も本気で寝入る前に毛布でも持ってこなけりゃいけないと夢うつつに思っていると、背中と膝の裏を捕まれ飛び起きた。
「うわっ!ちょ、何!?」
「暴れるなコラ」
体が浮いてる!思わずしがみついたのはシズちゃんの首である。
つまり俺はシズちゃんに抱えられて持ち上げられていた。
「は!?何!?なんで!?」
慌てる俺をシズちゃんは持ち上げたままのしのしと寝室まで歩いて行った。足で蹴ってドアを開け、ベッドに下ろされる。
口をぱくぱくさせる俺にお構い無しにシズちゃんはベッドの布団をめくり、俺を押し込み、なんと自分までもぐりこんできた。
「シズちゃん!?シズちゃんー!?」
パニックを起こす俺に、シズちゃんは湯上りのほかほかな体で俺にくっついたまま、ポンポンと俺の背を叩いた。
子どもをあやすようなリズムでポンポンされて、もはや言葉もなくなった俺にシズちゃんはまたも「寝ろ」と命令してきた。
いやだから、この人一体何しに来たのー!?
誕生日だから従えと言っておいて、シズちゃんがしたことって俺膝に乗せてミルク飲ませて寝かしつけるだけ!?どういうこと!?
なんなのシズちゃんお母さんにでもなりたかったの。だったら相手俺じゃなくても良かったよね?
なんだかよく分からないままに、ポンポンされて俺はいつしか眠りに落ちていた。

シズちゃんと同衾して眠れるって、俺の神経超図太いだろ…。
朝、シズちゃんに腕枕された状態で目が覚めた俺は現実逃避に二度寝した。
次に目が覚めるとシズちゃんはいなくて、代わりにいい匂いがしてきた。
そっと寝室のドアを開けてみると、シズちゃんが台所に立ってフライパンを振っていた。
ま、まだいる…!
寝室のドアを閉め、うろうろと歩き回ってみるが、ここに篭城できるとは思えない。
俺は意を決して着替えると元気良くドアを開けた。
「おっはよー!シズちゃんいい朝だね!」
「おー、顔洗って来いよ。飯にすんぞ」
「……」
何度でも言うが俺たちは仲が良いわけではけしてない。むしろ悪いはずだ。
が、これは一体なんだ。俺は知らないうちにパラレルワールドにきてしまったのだろうか。
「あ、あのさ、シズちゃん、もしかして頭でも打ったの?」
「はあ?」
「どうしちゃったの?な、なんで朝ごはん作ってんの?」
動揺を隠せずに震える声で聞くと、シズちゃんは昨夜と同じように胸を張って言った。
「誕生日だからだって言っただろ。これは命令だ。食え。残したら殺す」
殺すと言い切った時のドスのきいた声に俺は、あ、いつものシズちゃんだと少しほっとした。
しかしそれもつかの間である。
顔を洗ってきた俺が座ることを許されたのはまたもシズちゃんの膝の上で、朝飯はシズちゃんの手ですべてあーんして食べさせられたのだ。
なんだこれ新手の拷問か。
生きた心地のしない朝食だったが食事自体は美味しかった。
チーズの入ったオムレツと、こんがり焼けたウインナーと、あったかい野菜スープ。やはり手作りってのはいい。たとえそれが池袋の自動喧嘩人形の手作りだとしても…。

シズちゃんは後片付けまできっちりやって、食後のカフェオレを手にして戻って来た。
ソファーに座ってポンと自分の膝を叩く。
さっさと座れとせかされて、俺は困惑しつつ腰を降ろした。
今度はシズちゃんに背を向けるのではなく、顔が見えるように横向きに座る。
「あのさ、シズちゃん。どういうつもりなのかな」
「なにが」
「なにがは俺のセリフなんだってば」
じっと目を見ると、シズちゃんの眉間に皺が寄る。
「誕生日だから従えって言うならさ、俺にご飯作らせたりしないかな普通。なんでシズちゃんが作って俺に食べさせるわけ?しかも皿洗いまでしちゃってさ」
「誕生日だからだろ」
「いやだからさ…」
「誕生日だから、俺がしたいと思うことやってなにが悪い」
「え?」
シズちゃんがしたいこと?これが?
俺は昨夜からのことを思い出す。
なんの冗談か嫌がらせかと思っていたが、あれが本当にただシズちゃんがしたいと思うことだったなんてまさか。
シズちゃん、将来主夫になりたい…とか?これその予行演習?
でもだとしたら膝の上に俺が座ってる状況はなに?
「ん、飲め」
カフェオレを押し付けられてズズとすすると、少し失敗して口の端からこぼれてしまった。
そうするとシズちゃんの顔が近付いてきて顎まで伝ったカフェオレをベロリと舐めた。
ヒッと息を飲む俺の唇まで舐め上げて、シズちゃんは顎を引くと今度は自分でカフェオレを口にした。
次に固まる俺の顔は引き寄せられて、ぐっと唇を押し付けられる。
そしてシズちゃんが口に含んでいたカフェオレが、俺の口の中に…
「ゴバッッ」
「…おい大丈夫か」
盛大にむせた俺はゲホゲホとカフェオレと咳を吐き出した。
「結構難しいな口移しって」
シズちゃんが俺の背中を擦りながら何か言っているが脳が理解を拒否している。
何俺今何された?
涙目でむせる俺をよそにシズちゃんは首を捻りながら「角度かな…」などと呟いている。
俺の咳がおさまると、シズちゃんは俺をソファーに押し倒し、のしかかってきた。
サーと血の気が引く俺の目の前で、シズちゃんはクピリとまたカフェオレを口に含む。
シズちゃんの顔が近付いてくる。
上から覆いかぶさるように、唇が重ねられる。
シズちゃんの目は開いたままで、俺はその視線に耐えかねて目を閉じた。
唇の隙間から、あまったるいカフェオレが注がれて、どうしようもなくて俺はそれをごくりと飲んだ。
押し付けられていた唇が離れてプハッと息を吐く。
酸欠になったみたいにハアハアと息をついていると、シズちゃんの手がやわやわと俺の頭をなでた。
どうしてこんなことをするのか、何故、どうして。息が整ってきて口を開こうとすると、シズちゃんはタイミングを計ったようにまたカフェオレを口に含んだ。
俺の制止も虚しく再度口を塞がれる。
それはカップの中が空になるまできっちり繰り返された。

ぐったりと横たわる俺をシズちゃんの腕が引っ張る。
シズちゃんの膝をまたぐように抱き寄せられて、俺はその肩に顎を乗せて背中を撫でられていた。
トクトクとお互いの心音が聞こえる距離で、シズちゃんの破壊を生む手が今はただ優しく俺の背を撫でている。

もしかして、優しくしたいのかな。
シズちゃんの作った甘い飲み物や、温かい食事を思い出しながら考える。

もしかしたら、やらしくもしたいのかもしれない。
ちょっとばかり固くなってるものが当たっているのを感じながら思う。

ここまでしておいてまだ、アレを言わないシズちゃんにちょっとばかり俺も戸惑っているわけだけど。
誕生日のプレゼントとして俺から言ってあげた方がいいのかなとも思ったけれども。

考えてみたら俺もうシズちゃんに合鍵やら風呂やらベッドやら唇まで誕生日プレゼントにあげてるわけだし?
これ以上俺から差し出すのはやっぱりしゃくなので黙っておこうと思う。
告白はそっちからするべきだよね。うん。
それにまだまだ誕生日は残ってるわけだし、これから誕生日の主が何をしでかすのか俺は怖いもの見たさの期待にふるりと震えた。









ってまだ残り半日以上あるだろ!?!?
朝の段階で唇奪われてるようじゃ夜にはもう骨も残ってないかもしれない!!

俺は戦慄した。武者震いではなくガチで恐怖に震えつつ、日付が変わるまでに、生きていたら言ってあげないこともないと自分を慰めるように決意した。

誕生日おめでとうシズちゃん…ってね!



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