シズちゃんが作った焼きたてパンの美味しさといったら三ツ星レベルだと思うんだよ。

朝っぱらから恥ずかしげもなくそう言い放つ臨也に、俺は平常心を装いつつ口の中の牛乳を飲み込んだ。

昨日から山にセルティと新羅が遊びに来ていて、今は朝食中だった。
セルティが首のない馬にまたがって散歩に出てくると駆けて行ったのが少し前、その間に三人で食事を済ませてしまおうと俺の用意した朝食を囲んでいたのだが、相変わらずセルティセルティと惚気話の止まらない新羅に、臨也まで応戦するようにベラベラと喋くりながら食べている。
なんだかんだと気が合うこの二人のお喋りと言ったらほとんど俺が口を挟む隙がない。
なので俺はもくもくと食事を進めていたのだが、黙って聞いてたらなんとも恥ずかしいことを言っているのだこのノミ蟲は。

「シズちゃんのパンはもちろん冷めてもおいしいけどさ、焼きたてに勝るものはないと思うんだよね。そこで俺は考えた。ふもとで土地買ってパン工場併設のパン屋さんを作るんだよ。常に焼きたてを売って、店内で食べることもできるようにする。人を雇ってシズちゃんのレシピで作ってるところを外から見えるようにもして、行列できても飽きないような配置にしてさ」
「こんな田舎で行列って」
「できるよ。全国から集まっちゃうよ。土地はあるから駐車場も広く作らないとね。他県ナンバーの車がズラッと並ぶの見るだけですごく楽しいだろうなぁ」
なんとも嬉しそうに語る臨也をそろそろ止めるべきかと迷っていると、先に新羅がストップをかけた。
「水を差すようで悪いとは思うけどね臨也、その計画はうまくいかないと思うよ」
「なんだよ新羅」
「色々ツッコミどころはあるけれど、まず根本的な駄目出しをしてあげよう。静雄のパンは確かに美味しいけど三ツ星ではけしてない」
「はぁ?」
ズバリ言った新羅に臨也が不機嫌そうに顔をゆがめる。
俺より先にキレられると俺はすることがないのでやっぱり黙って見ているしかない。
「何言ってんの新羅。それ新羅の舌がおかしいだけだから。長年首無しの料理を味わい続けて馬鹿になってるだけだから」
「ブッ飛ばすよ臨也。セルティの料理で馬鹿になるのは溢れ出る愛をせき止めておけるダムだけさ!この体から湧き出るセルティへの愛を!それを声に出して叫びたい衝動を!何人たりとも邪魔はさせない!それはさておき静雄君の料理は一般成人男性よりは優れていると思うよ。百歩譲ってパン屋をやれなくもないと思う。でもそれは精々あのパン屋さんおいしいねレベルで、こんな田舎に行列できるほど人を呼び寄せる力はないと言いたいんだよ僕は」
「何を言ってるんだ?新羅」
臨也は訳が分からないといった顔で首をかしげた。
新羅がやれやれと溜息をつく。
「あのさ、臨也が静雄の作ったパンが三ツ星レベルだって思うのは、それが静雄が臨也のために作ったパンだからだよ」
「…うん?」
「あーもう。自覚がないようだから言ってあげるけど、好きな人が自分のために愛情こめて作ったものって世界一美味しいんだよね。つまり、君のろけるのも大概にしときなよってこと」
「…は!?」
のろけるなとか正直おまえが言うなって感じではあるが、新羅のその言葉によって臨也は本当にびっくりした顔になっていた。
なるほど、マジで自覚なかったんだな。
臨也はきょときょとと目を瞬かせて新羅と俺とを交互に見た。
「いや、だって、愛情とか、別に…。シズちゃんがいつも作ってるやつだし…」
「なんてことだ静雄!早く教えてあげるんだ!この無自覚臨也分かってない!手作り料理にどれだけ愛情がこもってるかを!」
「新羅うるせぇ」
ようやく話が俺に振られたので、俺はぐいぐいと身を乗り出していた新羅に軽くデコピンをくらわしてコホンと咳払いをした。
のけぞって静かになった新羅は置いといて、きょとんとした顔の臨也に向き直る。
「おい、言っとくけど俺一人なら食事の度にパン焼くとかねーから。俺だけなら作り置きしたの食うけど、おまえが焼きたて美味しいって言うから毎回作ってんだからな。愛情こめて」
言わないと察しないだろう鈍感ノミ蟲に、この機会に言ってやらねばと教えてやると、驚いたままの顔が一瞬で赤くなったので俺はよし、と頷いた。
「ついでに言うと、俺のレシピって言っても俺も簡単手料理って本見て作っただけだから。特別な作り方なんざしてねーからパン屋とか開けるわけねーだろ。俺も別にパン屋になりたいわけじゃねーし」
「そんな…」
臨也は赤い顔で手に持ったままだった食べかけのパンをじっと見つめた。
「…でも、本当にこれ、世界一美味しいよ」

かわいいなクソが!!!
パキンと手にしていたマグカップの取っ手が割れたが、俺は平常心平常心と心の中で唱えて深呼吸した。
横から静雄君目が怖いですと呟く新羅のことは見なかったことにしておく。
むしろ早く帰らないかなと思っていると、急に何かを思いついたように臨也が顔を上げた。
「え!てことは俺今までシズちゃんの料理美味過ぎてマジヤバイとか思ってたのって、単なる身内贔屓だったってこと!?」
臨也はきゅっと眉をひそめて口元に手を当てた。
「盲点だった…自分の舌には自信持ってたけど料理は愛情ってただ手間隙を惜しまないって意味だけじゃなかったのかよ。まさかの心理トラップだよ。根幹から計画の見直しが必要だ。ちゃんとモニター用意してマーケティングリサーチしないと…」
ブツブツとうなり始めた臨也に新羅が同情めいた視線をよこしてくる。
しかし俺は臨也が言った身内贔屓という言葉がツボに入って、悶えるのを我慢する代わりにマグカップを粉砕した。


新羅が帰ったその日の晩、一仕事終えて家に帰ると珍しくも臨也が晩飯を作って待っていた。
久しぶりに食べた臨也の手料理は世界一美味しかった。
もちろんデザートに食った臨也も、である。



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