「じゃあ特別ゲストを招いたところでもう一度カンパーイ!」
おおおおおっと部屋を揺らすような歓声を上げて皆がコップを持ち上げる。
俺の手にもビールが入ったグラスを押し付けられ、気がついたら乾杯していた。
「オイ勘違いすんなよ。別に俺はこいつの誕生日なんざ祝いにきてんじゃねーからな?」
そう吐き捨てるように言ったのは臨也の隣で臨也の首を締めるように腕を回している顔に火傷の痕がある男だった。
「俺はな、酒飲みに来ただけだ。あと肉と、女食いにだ」
座った目でじとりと睨んでくる男だが、当然こいつも酔っ払いなのだろう。自分が手にしてるのは女じゃなくノミ蟲だということに気付いていないようだ。
「俺だって別に祝ってねーし。別にめでたくねーし」
「だよな。いい年こいて誕生日会はねーよな。ねーだろ」
ブハハハとその後ろで人相の悪い連中が笑う。
「そうよ死ねばいいのよ」
そう言いながら顔を歪めた女が俺の手からビニール袋を奪った。
オイと声をかける前にケーキが取り出され、臨也の前にドンと打ちつけるように置かれる。
「アンタなんかコンビニケーキがお似合いよ!」
それを聞いた火傷の男がゲラゲラと笑った。
「だとさ。オラ、口開けろ」
ケーキがむんずと素手で鷲づかみされて臨也の口に押し付けられる。
「ちょ、蘭く…っ」
そのまま口に押し込まれて臨也が顔をしかめた。
もごもごと小さなショートケーキを飲み込むまで押さえつけられ、臨也はゲホゲホとむせていた。
「もう相変わらず蘭君は乱暴だなぁ」
臨也は口の周りにべったりとついたクリームをぬぐいながら、二つ入りだった残りのケーキを手にして俺を見るとニヤリと笑った。
「シズちゃん、あーん」
ケーキを目の前に差し出されて顔を引くより早く、口に押し付けられる。
先ほどの臨也と同じように口の周りを汚しながら俺もケーキを無理矢理食べさせられた。
いや、当初臨也の目の前で食べるつもりだったケーキだから、いいのだ。いいのだが…!
もぐもぐとケーキを食べる俺の口をクリームまみれの臨也の手が覆っている。
塞がなくても食い物を粗末にするつもりのない俺は吐きだしたりなんかしねぇっつうの。
ケーキを咀嚼しながらギリリと睨みつけるが、臨也はぼやっとした笑顔で俺をおもしろそうに見つめてくる。
その視線と唇に触れる指の感触になにかがぞわぞわと込み上げてきた。
何やってんだ俺はとケーキをごくんと飲み込んで手を振り払おうとすると、それより前に臨也が立ち上がってタタタとどこかに駆けていった。
「さあシズちゃん!コンビニケーキを味わったう〜え〜で〜の〜コレ!」
臨也はすぐに皿を手にして戻って来た。
「なんだよそれ」
「美女が弟のために心を込めて作ったケーキの試作品!」
「試作品?」
そこはテメェのバースデーケーキじゃねえのか。
頭にハテナが浮かぶ俺に臨也は何故かフフンと得意げな顔をした。
「うちの美人秘書が弟のために作ったケーキの試作品を食べることができるのなんて俺だけだからね?シズちゃんもっとありがたがるように!」
いやそれってありがたいか?おまえはそれでいいのか?
俺のツッコミが言葉になる前に、臨也は丁寧にフォークで掬ったケーキを俺の口に差し入れてきた。
「……うまい」
「だろぉ!?」
確かにケーキは美味かった。
コンビニケーキとは比べ物にならない深い甘み、とろけるような滑らかなクリーム、なるほどこれは手づかみではなくフォークで食さないと失礼だと思わせる絶品ケーキだ。
こんな試作品があってたまるか。冗談だろ?
思わずキラキラと目を輝かせてしまう俺に臨也はのけぞるほど胸を張って偉そうにケーキの皿を差し出した。
俺はそれを受け取ってしばしケーキに舌鼓を打っていて…気がついた。
だからなにやってんだ俺は!
臨也の前でケーキを食べて悔しがらせるどころか俺がケーキ食わせてもらって喜んでんじゃねーか!
これはいけない!と思って顔を上げると、ちょうど臨也が俺にグラスを差し出したところだった。
「シズちゃんビール苦手でしょ。これオレンジ割り。甘くておいしいよ」
「お、おう…」
「未成年もいるからさ、ソフトドリンクもあるけどどうする?」
「や、これでいい」
口に含むと酒の割合が高いのかカッと喉が熱くなったが、この状況で飲まずにやってられるか。つい一気飲みでグラスを干すと、すぐにお替りが注がれる。
あ、だめだ。ここで俺まで酔ってどうする。
そう思うものの、もう俺の目までぽやぽやと浮ついてきた。
くそ、これも臨也の罠か。なんてやろうだ。
正面を睨んでみるが、臨也も同じくぽやぽやとした目でゆるんだ表情をしていて、なんだか色々と考えていたことがどうでもよくなってくる。
「調子のんなよテメー、俺はテメーのこと嫌いだからな」
火傷の男が臨也にベタベタしながらそんなことを言っていた。おい誰だテメー。俺のセリフ取るな。
「俺は蘭君のこと好きだよー」
俺相手だと俺も嫌いだと返すくせに、臨也はにこにこと笑っている。
「フン、今日だけだからね。明日には殺してやるから」
後ろから睨んでくる女にも臨也は愛していると返事する。
ふざけんな、俺には死ねって言うくせに。
誕生日おめでとうという垂れ幕のかかった部屋で、臨也は呪いと祝いの言葉を同時に受け取り、嬉しそうに笑っていた。
なんなんだこいつら全員ツンデレって奴か?
俺はあらためて辺りを見回す。
知ってる奴が一人もいねぇ。


「臨也さーん。カラオケしてもいいー?」
「いいよー」
手持ち無沙汰を誤魔化すようにパカパカと酒をあおっていると、持ち込んだのか小型の機械をテレビに接続しながら俺より年下っぽい女達が歌を歌い始めた。
それを聞きながら臨也は手拍子して体を揺らしている。
しかししばらくしてハッとした顔を上げた。
「正臣君!正臣君いないの?彼歌うまいんだよ!シズちゃんに聞かせたいなぁ!」
だから誰だよ正臣って。…いや、なんか聞いたことあるような…?
「正臣なら臨也さんが昨日大阪までお使いに出しちゃったじゃないですか」
「え?そうだっけ。沙樹は一緒に行かなかったの?」
「臨也さん誕生日だし私は残りました。正臣は今日はたぶんもう間に合わないですよ」
デュエットしてた二人の女のうちショートカットの女がマイクごしに答えると、臨也はしゅんとした顔で唇をとがらせた。
「チェ、正臣君ならシズちゃんにも勝てると思ったのに…正臣君はねぇ!シズちゃんよりうまいよ!だから思い上がるなよシズちゃん!」
「何言ってんだテメェは」
また何故か得意げに言った臨也に俺が眉をひそめると、臨也はフンとふんぞり返る。
「俺知ってるんだよね!シズちゃんが歌うまいってこと!隠そうたってそうはいかないよ!」
いや別に隠してねぇし。
酔っ払いの支離滅裂な言葉を理解しようと思う方が悪いのだろうか。元から訳の分からないことを言う臨也だけに拍車がかかってる気がするが。
「へぇ、アンタ歌うまいんだ」
「えー聞きたーい」
女が声をあげるのを聞いて臨也がパアと笑顔を深くする。
「しょうがないなぁ!聞かせてあげる!」
何故テメェが答えるんだ!?
ぎょっとする俺を置いて臨也が酔っ払いとは思えない足取りでカラオケの機械まで小走りで行ってしまい、少しして馴染みのある演歌のイントロが流れてきた。
「さぁお聴きいただきましょう昭和の名曲、失恋そして帰郷する女の心情その情景を池袋最強の男が心をこめて歌います。津軽海峡冬景色ぃ〜」
ご丁寧にナレーションを臨也が喋り、そのままマイクを投げてきた。
マイクの受け取りと歌い出しのタイミングがドンピシャで、もうこうなったら歌うしかなかった。
歌い始めると臨也が立ったまままた手拍子で体を揺らすもんだから、他の奴らも釣られて手拍子を始め、それが広がって一体感がハンパなかった。
間奏に入ると臨也は近くにいた奴を捕まえて「ほらね!うまいだろ?」とドヤ顔を振りまいていた。
だから何故おまえが得意げな顔になってんだ。わけわかんねぇって。
歌がまた始まると、隣の奴と肩を組んで横揺れを始めたので、いい加減他人と密着している臨也に限界がきた俺は、マイクを持って歌いながらその胸ぐらを掴んで引き剥がした。
一瞬びっくりした顔になった臨也だが、すぐに何を納得したのかひとつ頷くと、俺のマイクに顔を近づけて一緒に歌い始めた。
いや、その、別に俺はデュエットしたくてそうしたわけじゃないが、つうか顔近ぇ!
思ったより飲んでいた俺は今顔が赤い。きっとアルコールだ。そのせいだ。
同じく臨也も顔が赤い。
目も潤んでて、サビの部分を力強く歌うあまり、眉に力を込めて目を伏せた顔が、なんつーかエロイっつーか。
頭の中に心臓が移動したみたいにバックンバックン爆発しているが、どうせここにいる奴ら全員酔っ払いだ。
もう知るかクソが!
いつの間にか目を逸らしたら負けな気がして見つめ合いながら歌いきって拍手の中フウウウーっと深い溜息を吐いた。
臨也も同じく息を吐いてそれからにっこり笑った。
「じゃあもう一曲いってみようか!」

たぶん明日には俺の心臓はかなり鍛えられているんじゃないだろうか。
こんなに負荷がかかった夜はきっと初めてだ。



宴は午前2時過ぎに、同じビルの住人が騒音に耐えかねて入れたクレームで警官がやってきてお開きとなった。
その頃にはガキは全員帰していたらしく、厳重注意ですんだようだ。
皆が帰り支度をしている中、俺もそろそろ帰るかと腰をあげると、人相の悪い男がニヤニヤとしながら俺の手にしわくちゃになっている札束を握らせてきた。
「んだよコレ」
「これ、アンタの取り分。今日俺らでアンタがいつキレるか賭けてたんだけど最後までキレなかったからよ」
「はぁ!?」
腹が立つより驚いてると、別の女が俺の肩を叩いた。
振り返ると掌を差し出された。
「なんだよ」
「今日の会費。一人3000円ね」
「は!?」
金取るのかよ!と思ったが、人の誕生日会に来ておいてタダ飯はないかと考え直す。
ノミ蟲の誕生日会だと思うとどうにも腑に落ちない気分になるが、しょうがない。しょうがないのだ。
俺は手にしていた不揃いの千円札を三枚渡そうとして、それから思い直して全部を女に押し付けた。
「ちょっと多すぎるんだけど」
「あー、それで明日、つうかもう今日だな。今日一日あいつ買う」
ソファーにだらしなくもたれかかり寝落ちしそうなノミ蟲を指差すと、女は怪訝な顔で俺を見た。
「別にいいけど。殺すの?」
「殺さねぇよ」
だって、なぁ、俺まだアイツを祝ってねぇんだよ。
ここに来る前から心の奥底に隠していた本音を俺はほんの少し表に出すことにした。
出すつもりはなかったが、状況が変わった。こいつらに先をこされるわけにはいかない。

いつの間にか誕生日は過ぎちまったけど、まだ大丈夫だろ?
この気持ちがあればテメェの誕生を祝うのはいつだって間違いじゃないだろう。

部屋を片付ける女達を手伝って、送り出し、二人きりになって俺は臨也を振り返った。
どうしてくれようかこの野郎。
まずは添い寝して起きたら言ってやろうか。おめでとうって。

結論を言うと翌日酷い二日酔いで二人して起き上がれもせず、ついでにほとんど覚えていなかった臨也と喧嘩になったので誕生日祝いは来年に持ち越すことにした。
俺はたぶん悪くないと思う。



戻る
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -