ようやく現れたミニ俺は息をきらせて、あちこちを見回している。
腕には昨日なかったギプスをはめていた。
遅れた原因はこれかと一瞬で分かってしまった。
ミニ俺は俺を見つけると赤い顔で駆けてきた。
「あ、あのさ、あいつ、あいつ見なかった!?俺、臨也と約束してたんだ!」
俺に聞きながらもキョロキョロしている。さっきまでのあいつを見てるみたいだった。
「もう帰った。さっきまで、いたけどな…」
俺がそう言うと、ミニ俺はハッとした顔で肩を跳ねさせ、それからくるりと後ろを向いてダッシュで公園の入り口まで戻り、またキョロキョロして、どっちに行ったかもわからないくせに走り出した。
俺も慌ててそれを追った。
「もういねーって、おい!」
「うっせー!ついてくんなおっさん!」
「遅れてきたのはオメーだろ。あいつのことは、あきらめろよ」
「うるせー死ね!」
自分のことながらなんてガキだ。人の話を聞けコラ。
「あいつはおまえのこと、おもしろがってるだけだ。友達にゃなれねーよ」
ミニ俺の肩を後ろからぐっと掴んで引き止めると、ブンッとギプスが俺の鼻先をかすめた。
「おっさんに何がわかんだよ!」
臨也と同じことを顔を真っ赤にした俺が叫んだ。
「邪魔すんじゃねー!おもしろがって何が悪いんだ!だってあいつはおもしれーんだ!俺なんか本当はつまんねー奴だけど、あいつはおもしろいんだぞ!俺はあいつと友達になるんだ!」
「馬鹿か!おもちゃにされてるだけだっつうの!」
「はあ!?馬鹿はおっさんじゃねーの!?おもちゃじゃなくて、俺が臨也と遊ぶんだ!おっさんなんか仲間に入れてやんねー!」
話が通じない。俺ってこんな奴だったか!?
俺はああもう!と頭を掻き毟って、闇雲に走り回るミニ俺を捕まえ頭をバシンとはたいた。
「ってぇ!なにすんだ!!」
「そっちじゃねぇ。こっちだ」
まだガキで会ったばっかだから、ノミ蟲の気配なんて分からないんだな、こいつは。
しょうがないから案内してやる。
臨也はまだこの街にいる。


不審そうな目のミニ俺に持っていたプリンを押し付け、池袋の街を駆ける。
自分で自分を案内って状況がもう訳わかんねぇ。でも他でもない俺が、臨也に会いたいというんだからしょうがねぇ。
「この辺りだ。テメェも探せ」
体力が追いついてないミニ俺は荒く息を吐きながら頷いた。
ちっこい姿を探すように路地裏を覗いていく。
すると、焦ってわたわた走り回っていたミニ俺が、奥の道を覗き込んで動きを止めた。
見つけたのかと俺もそこへ向かう。
ミニ俺と同じように俺も覗き込んで見ると、視線の先で立ち止まっている臨也の前に男が一人立っていた。
なんだ知り合いか?もしかして親かな。
ビルの谷間の薄暗さに目をこらすと、臨也の前にいた男のズボンのチャックは全開で、そこからはおっ立てた汚らしいものが飛び出していた。
ギクリと強張ってミニ俺を見下ろすと、口を開けて固まっている。
俺は舌打ちしてそばにあった生ゴミがぎっしり詰まったポリバケツを掴んだ。
「なにやってんだおっさんこらあああああ!!」
叫んで振りかぶると視界の端でミニ俺が瓶ビールのケースを手にしたのが見えた。
まずいと思ったが止められない。
俺が投げたポリバケツが本当の変質者にヒットするのに遅れてケースが飛んで行った。
それがびっくりした顔で振り返った臨也に当たる。
ガシャーンと響いた瓶の割れる音。
吹っ飛んで動かなくなる変質者と臨也の小さい体。
それから、真っ青になって立ったまま動かなくなってしまった小さな俺。
足元には落ちたプリンの箱。
「おい臨也!しっかりしろ!」
それは、俺だけが叫んで動ける悪夢のような瞬間だった。



病院に担ぎ込まれた臨也を追って、俺とミニ俺は待合室にいた。
ミニ俺は病院に着いてから泣き出してしまって、俺は黙ってそいつの背を撫でてやるしかなかった。
臨也の両親は出張中とかですぐには来られないらしく、駆けつけた学校の教師と俺が医者の説明を聞いた。
臨也は脳震盪と骨折だけで、重傷は負っていないということだった。
今は目が覚めて喋れる程度に元気らしい。
教師が臨也の親に連絡を取っている間に俺とミニ俺は病室に通された。
白いベッドの上に臨也が寝ている。
それを見た瞬間、ミニ俺は俺の手を振り払って臨也に駆け寄った。
「臨也っ、臨也ごめん、俺、わざとじゃない!でもごめんな!」
「…静雄」
ギプスのはまっていない手を臨也が伸ばすので、ミニ俺が恐る恐るその手を取る。
臨也は苦しそうに眉をひそめていた。
「なんで公園、来なかったの?俺のこと嫌いになっちゃった?」
「ち、ちが…俺、行こうとした!したら、コンビニであいつらが…!」
「コンビニ?なんでコンビニ…」
「プリン!一緒に食おうと思って!そしたらちょうど2個あったのに、1個横取りしようとした奴いて、それで!」
キレて暴れてやりすぎて、骨を折って治療してる間に時間が過ぎたってわけか。
俺は隣でえぐえぐ泣きながら必死で説明しようとするミニ俺の頭をぽんぽんと撫でた。
「ひどいよ…俺だってプリン持ってきてたのに…」
「え!?ご、ごめん…!俺、ごめんな臨也ぁ!」
「…許して欲しい?」
囁くように言う臨也にミニ俺はブンブンと頭を縦に振った。
「…じゃあ、静雄が俺の家来になったら許す」
「なる!」
おい待て待て!俺がハッとして制止する前にミニ俺は勢い良く頷いていた。
その途端ミニノミ蟲がニヤァと笑う。
やられた!こいつはこういう奴だった!
「じゃあ許したげる!やったー!家来は絶対服従だからね!指きり!」
臨也はミニ俺の手を取り指を絡めてブンブンと上下に振った。
「今日は変質者にも会えたし、静雄が家来になったし、いい日だなぁ!」
さっきまでの弱々しさはどこへやら、ニコニコとしながら体を起こす臨也にミニ俺はきょとんとしていた。
俺はあーあと顔を手で覆う。
これでこの世界の俺もこいつに振り回されること決定か。
これは今のうちにこのノミ蟲への対策を教え込むしかないか、と俺が考えを巡らせていると、臨也は何故か嬉しそうに自分のギプスを差し出して「おそろい!」と喜んでいた。
「痛くねーか?」
そろそろとそれを撫でるミニ俺にまたも笑顔で「痛いよ!」と告げる。
「だから今度から当たらないよう気をつけるね!これ治ったら俺特訓するから!静雄手伝ってよ!」
「特訓?」
「静雄がパワーだから、俺はスピードにする!当たらなければどうということはないって言ってたもんね!」
「だ、誰が?つうか、特訓って?」
「特訓は基本でしょ。静雄もノーコン直す特訓しようよ。次当てたら許さないから」
「う、うん!」
「時間厳守も絶対ね!あ、でもまた遅れてきたら困るから次から俺が家まで迎えに行ってあげる!」
「え、でも、俺…家来なんじゃねーの?」
「家来は今日だけにしてあげる!特訓したら勝負しようか?俺絶対負けないから!静雄が勝ったら俺が家来になってあげてもいいよ!」
ビール瓶をぶち当てられて、それでもニコニコしている臨也にミニ俺は圧倒されている。
そしてそれは俺もだった。
ガキの頃からこいつはこうなのか。こうして信者を増やしてたのかと、驚きを通り越して感心してしまう。
そしてそんな臨也と手を繋いで赤い顔をしている自分にも、どこか羨望を覚える。
もし俺がガキの頃、こんな奴に出会っていたら、と。
例えこの後裏切られることになったって、今この時の俺は救われている。
いや、裏切られると決まったわけじゃない。だって公園で見たこの臨也の涙は演技じゃなかった。絶対。
口ではやかましいことを言うけど、実際に3時間も待っていたのだ。
この臨也は違う。きっと俺と友達になってくれる。
俺は臨也の頭にも手を置いて撫でた。
ガキが二人して俺を見上げてくる。
「あー、その、悪かったな」
俺が公園でのことを謝ると、臨也は目を丸くして、それから笑った。
「おじさんも俺の家来になるんだったら許してあげるよ!」
その臨也の言葉にミニ俺がムッとした顔で俺を睨む。
おい変な嫉妬燃やしてんじゃねぇ。
「ばぁーか」
ツンと臨也の額を小突いてやると、臨也はバタンとベッドに倒れた。
「なにすんだおっさん!!」
「い、いやそんな強く突いてねぇよ!おい臨也!」
ガツガツと俺の足を蹴ってくるミニ俺に、慌てて臨也の手を取ると、ぐにゃりと視界が歪んだ。
目の前にぽっかりと黒い穴が開いて飲み込まれる。
あ、戻るんだ。と思った時には俺は闇に飲み込まれていた。



「おい!ちょっと!いい加減にしろよ!」
遠くからノミ蟲の声が聞こえる。子どもの声じゃなく、よく知っている、臨也の声だ。
「シズちゃんってば!目あけろって!おい!シズちゃん!シズ…静雄!!」
ぱちりと俺は目を開いた。
青空と眩しい太陽が目を焼く。
パチパチと瞬きをして目を眇めると、臨也が顔を顰めて俺の手を引っ張っていた。
体が重い。いや、宙に浮いている。
ビルの屋上で、俺は臨也の手に捕まってぶら下がっていた。
どういう状況だ!?
混乱しつつ俺は急ぎ足をビルの外壁にひっかけ、反動をつけて臨也と繋いだ手とは逆の手で手すりを掴んだ。
そのままよじ登って床に体を転がす。
繋いだ手の先では臨也が肩を押さえてうめいていた。
「テメェが…助けたのか…?」
「なわけないだろ!!」
キッと睨みつけられる。
「寝ぼけてんのか!落ちそうになって俺の手掴んできたのはそっち!道連れのつもりかよ!死ぬなら一人で死ねばいいのに!」
悪意だ。悪意の塊がそこにはいた。
だけど、繋いだ手のぬくもりは、向こうでガキだった臨也と同じだった。
俺はぼんやりと臨也の手を眺めながら呟く。
「夢…?」
「へえ、俺とやりあいながら寝ぼけて夢まで見てる暇あったんだ?ほんとムカつく」
繋いだ臨也の手は少し震えて脱力していた。力が入ってなくてダランと垂れているそれは、たぶん肩が外れている。
「…ごめんな」
「え?」
ズズッと後ずさろうとしていた臨也の背に俺は手を添えて、肩を抱いた。
「シズちゃ…ん?ってぇ!」
ぐっと力をこめて肩を入れてやると、臨也は飛び上がって手すりに背中をぶつけ、猫みたいに毛を逆立てた。
「肩、悪かったな。一応接骨院行けよ。あとそれから、俺のことはちゃんと静雄って呼べ」
「は…はぁ!?何…何言ってんの!?」
目を白黒させているノミ蟲に、俺は決まりが悪くなって背を向けた。
階段を下りながら俺も何言ってんだろうなぁと頭を掻く。
しばらく降りた所でカンッと頭になにかぶつかった。
上を見上げるとまだ屋上にいた臨也がコンクリの欠片みたいなのを振りかぶっていた。
「頭でも打ったのシズちゃん!」
「打ってねぇよ!…いや、打ったかもしんねぇ!」
「なにそれ!俺呼ばないからね!シズちゃんはシズちゃんだから!シズちゃんの嫌そうな顔、俺だーい好き!」
ニッと無理矢理作った笑顔が、ミニノミ蟲とかぶって俺は噴き出した。
なにも、なにも変わってねぇ。
だけど、その瞬間赤くなった顔も、怒って欠片だけじゃなくナイフまで投げてきたことも、俺には新鮮だった。

絶対なんて、ないかもしれねぇ。
もしかしたらただの夢かもしれねぇけど。
本当だとしてもどうやらあっちの世界とは繋がってなくて、こっちの今は変わってなんかなかったけど、だけど、未来はわかんねぇよな。

追いかけっこを再開しながら、俺はあっちのあいつらが、今でも友達でいればいいのにと、思いを馳せた。


戻る
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -