夢にしては一応殴られた痛みを感じる。
しかしこれは現実か?
目の前に俺がいて、ノミ蟲がいる。
呆然と立ち尽くす俺の目の前で、ミニノミ蟲がぽかんとした顔からキラキラした笑顔全開になって、ミニ俺に駆け寄った。
「すっごいすっごい!これなに!わ!本物!重たくないの?」
ノミ蟲がぐいぐい標識を引っ張るので、ミニ俺が戸惑った顔で手を離すと、傾いた標識がノミ蟲の方に倒れていった。
当然それを持ちこたえる力がない奴が悲鳴をあげると、ミニ俺が慌てて標識を持ち直した。
「びっくりした!すっごい力持ちだね!すっごいね!正義の味方じゃん!助けてくれてありがとう!じゃあさじゃあさ、あいつやっつけようよ!変質者やっつけて警察で表彰されようよ!」
テンション高くミニ俺の背中に引っ付いてとんでもないことを言うミニノミ蟲に、ミニ俺はというと、顔を赤くして「お、おう…」なんて頷いて俺に標識の先を向けて構えてきた。
「待て待て待て、いや待て!」
なにあっさり口車に乗ってんだ俺!むしろ退治すべきはそこのノミ蟲だろう!
いや、今はまだガキだけどなぁ!
そこで俺は気がついた。もしもここが過去の世界だというのなら、今ここでノミ蟲を退治したら、俺はこの先高校で臨也と出会うこともなく、平穏な生活を送れるのではないか。
魔が差すというのか、俺はまだガキの臨也なら簡単に葬れるのではないか、そしてその葬った先のことを想像してしまった。
そんな俺の想像をふっ飛ばすように標識が俺めがけて振り下ろされた。
ギリでかわすとブオンと風が頬をかする。
「あーおしい!」
「うらああああああ!!!」
ブンブンと標識を振り回す自分。キャッキャキャッキャと囃し立てるミニノミ蟲。
子ども相手に全ギレはしまい。だから俺はほんの少しキレた。

「いい加減にしろクソガキどもがああああ!!!」

カウンターでぶん殴った標識は俺のお気に入りだった遊具に突き刺さった。
俺は少し泣きそうになった。



よし、落ち着いて整理してみよう。
俺はビルから落ちた拍子にどうやらマジでタイムスリップをしたようだ。
ここは昔の池袋で目の前に昔の俺と臨也がいる。
本来ならまだ出会っていない俺たちだが、俺がここに現れたことで歴史が変わってしまったようだ。
過去を変えてしまったことが本来の俺の世界にどんな影響を与えるかは分からない。
とりあえず早く元の世界に戻りたい。以上だ。

公園のベンチに座って俺はとりあえず一服しながら考えていたが、どうすればいいかは良く分からなかった。
ベタにもう一度ビルから落ちてみるか?でも失敗した時痛そうだ。
フウーと白い煙を吐いて空を見上げていると、隣から声変わり前のカン高いノミ蟲の声が響いてきた。
「あーやだやだ。昼間っから子どもの憩いの公園でタバコ吸ってる大人ってほんと空気読めてないよね。俺たちはあんな大人にならないよう気をつけようね。ね!」
ガキのくせにすでに嫌みったらしい口上に事欠かないノミ蟲を横目でジロリと睨む。
するとミニノミ蟲はミニ俺の後ろに隠れ、腕にぎゅっとしがみついて肩越しにベーと舌を出してきた。
盾にされているミニ俺は顔を赤くして、でも何故か嬉そうに胸を張って俺を睨んできた。時々臨也をチラチラ見ながら。
すごく、ものすっっっごくいたたまれなかった。


標識をブッ飛ばした俺は、ミニ俺の頭に一発げんこつを落として(自分の頭なのでもちろん軽〜くだ)俺は変質者ではないことをやんわり説明した。
でもその際どうやらこの世界では今日が本当に土曜日だということが分かったので、そこは臨也に謝った。
そしたら喉が渇いたと臨也が騒ぐので無理矢理二人分のジュースを奢らされて、今ベンチで一休みしているところだ。
ガキ二人なんて放っておいて、自分の世界に戻る方法を探すべきだと分かってはいるが、この二人というのが俺と臨也であるというのに、何故か仲良くなっているのだ。
俺は幼い自分がみすみす臨也の毒牙にかかるのを見過ごすことができず、こうして何気ない風を装って二人を観察していた。
隣のベンチでミニ俺を間に挟んでこっちを見ているノミ蟲の目も、どうやら俺を観察しているようだが、すぐにプイッと目をそらしてミニ俺に向き直った。
「ね、名前なんていうの?俺、折原臨也」
「…し、静雄。平和島、静雄」
「静雄君かぁ。ねぇ何才?俺10才」
「…9才」
「じゃあ俺お兄ちゃんだね。静雄君のうちこの辺なの?俺ここ今日初めて来たんだ」
「待て待て待て」
思わず話に入っていくと、ムッとした顔で二人がこっちを見た。おいなんだこの疎外感は。
「お兄ちゃんじゃねーだろ。同じ学年だろーが」
「そうなの?静雄君何年生?」
「…四年」
「あ、俺も四年。じゃあタメ年だし呼び捨てし合おうよ。ね、いいでしょ」
ミニ俺はこくこくと頷いていた。おい負けんな。そんな奴ノミ蟲って呼んでやりゃいいんだよ。
「あだ名とかある?あったらそれで呼ぶけど。それか新しいの考える?しずっちとか」
今度はミニ俺はふるふると首を横に振った。
「うーん、だめ?じゃあしーぽん」
「…し、静雄でいい」
搾り出すような声でミニ俺は言った。
怒ってるんじゃない。恥ずかしいのだ。
俺はなんだかしょっぱいような、せつないような気分になった。
俺は昔から影で色んなあだ名で呼ばれていた。
ふざけたものや、結構ひどい、悪口としか言えない様なものまであった。
だけどそれを面と向かって言われたことはほとんどない。
そんなことされたら俺はまずキレるし、そもそもあだ名で呼び合う友達なんていなかったからだ。
どうせこのノミ蟲は俺にふざけたあだ名をつけるに違いない。さもなくばあの「シズちゃん」だ。
俺はきっと女みたいなので呼ぶんじゃねーっつってキレるに決まってる。
暴れた俺が若い身空で殺人を犯す前に止めようと思っていると、ミニノミ蟲はニコニコしながら言った。
「じゃあ静雄って呼ぶね。静雄も俺のこと臨也って呼んでよ」
え、と俺は二人を振り返った。
臨也は嬉しそうにブラブラと足を揺らして言った。
「俺ほんとはあだ名で呼ばれるの嫌なんだよね。学校でさ、女子が勝手に俺のこといー君とかいっちゃんって呼ぶんだけど、ガキっぽくて恥ずかしいし、やめろって言っても聞かないし。男子までそれ真似するようになっちゃってさー。嫌んなるけど怒るのも大人気ないし、我慢してるんだー」
「…いざやってかっこいいのにな」
「ほんと?みんな変なのって言うけど、俺も実はそう思ってる」
ニシシと笑う臨也にミニ俺もつられて笑顔になった。
静雄、臨也と嬉しそうに呼び合う二人を、俺はポカーンとして見ていた。
嘘だろ。あの臨也、だよな?
つうかあだ名が嫌とか言っといておまえ俺や門田にもあだ名つけてたじゃねーか。あれか、嫌がると分かっててわざとか。わざとだったんだな。
嫌なことを思い出してつい掴んだベンチがミシリと音を立てると、ミニ俺が振り向いて俺を睨んできた。
まるで臨也を守るように俺を威嚇してくる様子に眩暈がしそうだった。
「なぁ、あっち行こーぜ。臨也」
「うーん、あのさ、このおじさん、静雄の親戚?」
「はぁ?ちげーよ!」
「でもさ、よく見たら顔似てるんだよね。うん、ほらそっくり。それにすごく強いし。静雄の一族はそういう家系なの?」
「知らねーってば!全然似てねーし!」
何故それほどまでに俺と似てるのを嫌がるのか知らないが、ガバッと立ち上がったミニ俺はベンチの背もたれをバキンとへし折った。
「あっ…」
サーっとミニ俺の顔色が悪くなる。
そして泣きそうな顔で臨也を見た。
たぶん、親に怒られるとかよりも、それ以上に臨也に恐がられるのが怖い、と思ったんだと思う。
嫌いな奴にどう思われようがなんともないが、昔から俺は好きな奴に恐がられるのがすごく怖かった。
ミニ俺はたぶんこのミニ臨也と友達になれたら嬉しいと思ってる。
騙されてるんだから早く目を覚ませと思うのに、友達ができそうになる度この力のせいで逃げられてきたトラウマが頭をよぎった。
ああ、また俺は傷つくのか。
自分のことなのに、ひどく可哀想な気分になった。
すると、臨也から離れるようにジリッと後ずさるミニ俺の手を、突然臨也が掴んだ。
「逃げよう!」
そう言ってミニ臨也は立ち上がり、ミニ俺を引っ張って走り出した。
壊れたベンチの前に俺を置き去りにして。
臨也は走りながら俺にむかってあっかんベーをしてみせると、ミニ俺の手をぎゅっと握ったまま笑いながら走っていってしまった。
ぽつんと公園に残された俺は立ち上がったものの、もう一度ベンチに腰を下ろした。
「あー…」
頭を抱えてくしゃくしゃと髪をかき回す。
「わけわっかんねぇー…」
ミニ臨也に手を引かれたミニ俺の、あの嬉しそうな顔といったらなかった。
「ガキの頃の俺って、あんなだったのかよ…」
確かに寂しくて、怖がりで、人肌に飢えていた。でも同じだけ冷めてもいたはずだ。だから今の俺は一人でも立っている。立っていられた。
なのにあれを手にしたら、あんな風になってしまうのか。
誰かの関心を、好意を、ぬくもりを、あんなノミ蟲のものであったとしても手にしてしまうと、ああなってしまうのか。
「なんかすげぇ恥ずかしい…」
だけどあのミニノミ蟲は、ノミ蟲だけあって生意気な口をきくというのに、でかい臨也が持っている悪意がまだないのだ。だからキレるほど腹が立たない。それどころか、ちょっとかわいいとか思ってしまった。
「うおおおおおぉ…」
いたたまれなくて唸る俺に、世界は静寂したままだ。
元の世界へ戻る扉が開く気配は、まだない。



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