人は皆、白い幼毛が黒髪に生え変わることで大人となる。
ふわふわとした綿毛のような幼毛を頭に生やしているうちはひよっこも同然で、黒髪となった者はもう立派な大人扱いをされた。
毛が生え変わるということは、大人になるということなのだ。

折原臨也は早熟な子どもだった。小学校のクラスで一番黒髪に変わるのが早く、それに見合った大人びた顔をした子どもだった。
中学に上がった頃にはもうすっかり黒くなっていた髪は美しく、皆の羨望の眼差しの的だったと同級生の新羅は語る。
「それが今やああなるとはね…」
遠い目をした新羅ももうすっかり黒髪で、年も25歳になったところだ。
自分よりも早く大人の階段を昇って行ったはずの臨也はというと、今も元気に中二病を満喫中だ。
大人の見た目で子どものように好奇心旺盛で人生をおもしろおかしく刹那的に生きている。
「もうそろそろ落ち着いてもいいだろうにね」
「まあ、男はいつまでも少年の心を忘れないと言うからな」
同じく遠い目をした門田はそれでもなんとかフォローを入れた。
「門田君は臨也に甘いよ」
「…しょうがないだろ」
門田は先ほどまでその場に居た臨也を思い出す。
正確には臨也の頭を。
黒髪の中にほんのわずか、ぴょこんと残った白い幼毛を。

臨也は艶のある美しい黒髪をしていたが、その後頭部、黒髪を掻き分けた向こうに実はほんの少しだけ幼毛が残っていた。
それを知っている者は少なくない。
しょっちゅう怪我をしてくる臨也をいつも診ている新羅、高校の頃から懐かれている同級生の門田、そして常に臨也を追いかけまわしている天敵の静雄などはそのことを知っていた。
いつまでもガキっぽさが抜けない、中二病が治らない原因はこれではないかと噂までされている。
「そういえば取引先で臨也とばったり会ってさ、丁度立て込んでて回りにいっぱいヤクザ屋さんがいたんだけどその時の臨也がまた、ぴよ毛がぴょこんと跳ねててさ」
「たまにあるよな。寝癖みたいに飛び出てること」
「それで四木さん、あ、臨也担当のヤクザさんね、その四木さんがさりげなく撫でて隠そうとしてくれてたんだけどなかなか直らなくてさ。臨也は子ども扱いしないでくださいって怒り出すし、撫でられてぴよ毛がぴょこぴょこ跳ねる度に治療中のおじさんがリキむから出血は止まらないし大変だったよ」
「そうか、ヤクザ屋って言ってもいい人たちなんだな」
「体面を気にする人種だからね。皆心得てるみたいで華麗にスルーしてたよ」
ぴよ毛と呼ばれる残った白い幼毛に、実は臨也自身は気付いていない。
自分では気づきにくいところにあるというのも原因だが、大人になってもぴよ毛が残っているというのは実はかなり恥ずかしいことであった。一般では成長してもなかなか陰毛が生えてこない…ということより恥ずかしいことだとも言われている。
プライドもエベレスト並に高い臨也に直接それを教えてあげるほど勇気のある奴はいまだいなかった。
ぴよ毛が噂になっているのは知ってはいたが、臨也はどうせ自分の悪口だろうとまともに捉えていなかったのだ。
万が一教えられたとして、あの折原臨也がその恥辱に耐えられるだろうか。
ショックの余りなにかとんでもないことを仕出かさないとも限らない。池袋どころか世界滅亡まで企むほどに思いつめられても困る。
だから皆はじっと待っているのだ。折原臨也のぴよ毛が早く抜けますように。そして大人になって中二病を卒業し、落ち着いてくれますように、と。
皆は臨也のため、そして自分のため、池袋のために臨也のいつまでも残っているぴよ毛を心配しているのだった。

「クソ、逃げられた」
のしのしと帰ってきたのは鉢合わせた臨也を追いかけていた静雄だった。
門田の隣に腰を下ろし残っていたお茶をグイッと飲み干す。
そしてカチャリとずれたサングラスをかけなおした。
「あいつ、まだアレ生えてんだな」
「君も見たのかい?」
「ノミ蟲みてーに跳ねるから見えちまうんだよ」
チッと舌打ちする静雄に新羅は苦笑した。
「あれが抜けたら臨也も落ち着いて、きっと平和になるよ。温かく見守ってあげようよ」
「待ってられるかようざってぇな。あー毟りてぇ」
「駄目だよ。あれは自然に抜けるのを待たないと」
フンと鼻を鳴らした静雄を、門田もまあまあとなだめながら、その場は解散となった。

実は静雄は嘘をついていた。
毟りたいなんて嘘だ。一見完璧に見える臨也の子どもな部分、ひっそりと髪の向こうに隠されたふわふわのぴよ毛が静雄は好きだった。
そしてそれがあるからこそ、刃物も効かない自分なんかに無謀にも噛み付いてくる中二病でいてくれる、人とは違う特異な力を持った自分と関わろうとしてくれるのだ。それが静雄には嬉しかった。
自分が臨也を好きなのだと自覚したのはいつだろうか。
追いかける先で黒い後頭部に残る白いぴよ毛が跳ねる。それを自分だけが見ていたいと、撫でられるのは自分だけがいいと思ったのは何年前だろうか。
長く片思いを続けるうちに、嫉妬ばかりが大きくなる。
あのぴよ毛を撫でられる門田が羨ましい。
髪を掻き分けて柔らかなぴよ毛に触れられる新羅が羨ましい。
告白もできないのに嫉妬をグラグラと煮詰まらせるしかない静雄は、そんな自分に嫌気が差していた。
本当に好きなら門田や新羅のように、臨也のぴよ毛が抜けることを望むべきである。
自分のエゴよりも臨也が落ち着いて、危ない遊びをやめて大人になるのを望むべきだと、なにより臨也の幸せを願うべきではないかと、静雄は考えるようになっていた。

自分は臨也が好きだ。その思いに覚悟を決めて、静雄はついに一歩を踏み出した。
池袋の街を折り詰め片手に千鳥足で歩き、制服姿の高校生に絡んでいる臨也を見つけてゴミ箱を投げつける。
怯んだところを捕まえ路地裏に引きずり込んで、暴れる臨也を壁に押し付けた。
後頭部を掴んで髪を掻き分け、目当てのぴよ毛をそっと掴む。
「ちょ、何!?シズちゃ…いってええええええ!!!」
プチンと引き抜くと臨也は絶叫して静雄と壁の間から跳ねて逃げた。
「いった!マジいったあああ!!何すんの何なの何なんだよ!?」
後頭部を必死で擦りながら臨也が静雄を睨み上げる。
静雄の手の中には臨也の白いぴよ毛がしっかりと握られていた。
ついに引き抜いてしまったのだ。あのぴよ毛を。
もうこれで臨也は大人になって、自分に関わろうとは思わなくなるだろう。
静雄の方が泣きそうな顔で臨也の前で立ちすくんでいた。
静雄は自分のむくわれない恋にもこれでピリオドを打とうと思ったのだ。
そんないつもと様子の違う静雄に臨也は不思議そうな顔で眉をひそめた。
「どうしたの?シズちゃんなにか変なものでも食べたわけ?」
ナイフを構えながら首をかしげる臨也に、静雄は「え!?」と顔を上げた。
臨也の頭にぴょこんと白いぴよ毛が立っている。
静雄は目を丸くして自分の手の中のぴよ毛と、臨也の頭のぴよ毛を何度も見比べた。
確かにある。あっちにもこっちにも。
静雄は臨也に飛び掛り、その頭を押さえつけた。
「ちょっと!!何す…あっー!!!」
今度はもっと慎重に髪を掻き分けぴよ毛を摘んで引き抜いた。
引き抜いた瞬間、隣からぴょこっとぴよ毛が跳ねた。
それを抜いたら今度は下の方からまたぴょこんと出てくるのは紛れもないぴよ毛。
静雄は愕然とした。
臨也には大人になる気がないのだ。
いつまでも中二病を卒業する気など、さらさらないのだ。
これはつまりそういうことなのだろう。
続けざまにぴよ毛を抜かれた臨也は大暴れをしてナイフを静雄に刺しまくり蹴りまくって呆然とした静雄を引き剥がした。
一目散に逃げようとして、静雄が追いかけてこないことに気付くと警戒しながらそろそろと戻ってくる。
「あのさぁ、マジで一体なんなのシズちゃん」
痛そうに頭を摩りながら睨んでくる臨也に静雄は俯いた。
「こんな攻撃初めてなんだけど…何?俺のこと禿げさそうとしたわけ?」
「悪い…」
「え!!謝った!?シズちゃんが!?ほんとどうしたわけ?お腹痛いの?」
いつになく心配そうに聞かれて静雄は戸惑った。
臨也はナイフの先でツンツンと静雄の腹を突いている。
「お腹じゃなかったら何?頭?それは昔からだっけ。あ、ブリーチしすぎてギッシギシの髪してるから、俺の羨ましかった?いくら黒髪が羨ましいからって嫉妬よくない実によくない」
ここで臨也はまた逃げるそぶりを見せたが、静雄が動かないので微妙な表情になった。
「相変わらず何考えてるのか分からないなぁシズちゃんは。黒髪がいいなら戻したらいいじゃない。でもまあ、俺はシズちゃんのアホっぽい金髪嫌いじゃないけどね」
静雄は髪が生え変わってすぐに金髪に染めた。大人になったと同時に持たざるを得なかった警戒色だ。
それを臨也は嫌いじゃないと言って笑った。
静雄は目を丸くして、それからつられて同じように笑いながら
「俺もおまえの髪、好きだ」
と言ってしまった。
じわりと臨也の頬が赤くなる。それに静雄が気付いた瞬間、
「だからって毟るなよ!!」
ガンッと静雄の腰に回し蹴りが入って、今度こそ臨也は走り出した。
「テメェエエエ待てごらああああ!!」
いつものように追いかけながら静雄は手の中のぴよ毛を握り締めた。
昔から好きな子の恥ずかしい毛をお守りにして持つといいという言い伝えがある。
このお守りがあれば無謀な恋だって成就するかもしれない。
帰ったらなにか袋に入れて大事に持っていよう。
静雄には踏み出した一歩を、もう後戻りする気はなかった。



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