「外は凄い雪だねぇ。」

白く曇った窓ガラスをひと撫でして外を見た。
小まめにシズちゃんが家の周りを雪かきしていなければ、今頃窓どころか家ごと雪に埋まっているだろう積雪量だ。
さすが温暖化とはいえ、冬の日本アルプス。

「まぁ、ウチの中は暖かいから良いけど。」
俺、外なんか出ないし。
そう独りごちて暖炉の前に寝転がった。この暖炉のお蔭で静雄ハウスは冬でも半袖で過ごせる位に暖かだ。全部の部屋に空気が回って流れる構造になっているから、暖炉のある部屋だけでなくどの部屋も快適な温度に保たれている。
「それでも、何となくココに寝転がっちゃうんだけどさ。」
暖炉前のカーペットは俺が選んだ物だけあって当然肌触りが良く、シズちゃんもよく寝転がっている。シズちゃんが本格的に寝入ると、普段ひっそりと過ごしている犬や猫達が寄ってきて周りで同じように寝転ぶのが何だか可笑しい。
あぁ、でも…。


「何か…違うんだよねぇ…。」



* * * * *



今夜も寒い。日本を覆った寒波は暫く居座る事にしたのか、停滞したままだ。
おかげで寒い日が続いて外へ出るのも億劫になる。まぁ、出ないんだけど。

それでも明日は特別な日だから。

朝からずっと体力温存に努めて過ごした。

シズちゃんが風呂に入ってる間にこっそりとシズちゃんの携帯の電源を切っておいた。

濡れた髪を乾かしてあげるのもそこそこに、早々に寝室に連れ込んだ。
ほらほら寝るよっとシズちゃんをベッドに押し込み、馬乗りに跨る。久々だなぁ、この体勢。
「何盛ってやがる…」と呆れたように笑ったシズちゃんに「煩いよ」と唇を寄せた。

 ♪〜

その瞬間に流れるメロディ。陳腐だけれど、単純なシズちゃんには効果的なシチュエーション。
0時を指す時計とそのメロディで、今日が何の日かを悟ったシズちゃんはキスを続けながら目を細めた。
そして、ゆらりと両の手を持ち上げて、

「上等だ。」

っと、俺の身体を抱きしめた。








「うぅ…太陽が黄色い…。」
「雪降って太陽なんざ見えてねぇだろうが。」

目覚めたのは昼、っていうか寝たのが朝だし。当然ながら身体はギシギシと悲鳴を上げて起きるのも儘ならない。でも普段は朝起きてもシズちゃんは仕事に行っちゃってて居ないから、起きてすぐシズちゃんに会える昼間の目覚めは嫌いじゃない。連日は勘弁して欲しいけど。

それでも体力温存してた効果だろう、不自然な動きながらも自力で洗顔を済ませた。ダイニングに入るとシズちゃん的には昼食、俺的にはブランチが用意してあって、良い香りがたち込めた。
「……これって。」
「どうかしたか?」
テーブルに並ぶのはどれもこれも俺の好きな物ばかり。普段より豪華で手の込んだそれらは所狭しと並べられている。
「何これ、どうしたのさ?」
「…たまたまだ、たまたま。材料が余る程にあったんだよ。」
いいからさっさと食えと耳を赤くしたシズちゃんが目を逸らして言う。何だよ、どっちが誕生日か判らないじゃないか、これじゃ。呆れてそう言ってやると、「それでも良いんだよ。」だって。旨そうに食ってる俺を見るのが好きなんだって。…恥ずかしい奴だよね〜死んで欲しいよね〜。
こんな馬鹿みたいな会話を交えつつ、真っ赤な顔を背けながらのブランチ。
「顔、緩んでんぞ。」
「…美味しいからね。そっちこそ、顔真っ赤なんだけど。」
「テメェが可愛い顔してっからな。」
「なっ!?〜〜そういうの、ときめくから言わないでくれる?」
「とっ?!……ときめいてりゃ良いじゃねぇか、むしろときめけ。」
足をゲシゲシと蹴り付けてやるんだけど、当然ながらちっとも効かないし。あんだけヤったのに元気だなって言われて、思わず「それは昨日から色々…っ。」って言いかけて我に返って。

お互いますます真っ赤になって、とりあえず食べてしまおうっと食事に集中した。


当然ながら食事の後片付けとかはシズちゃんがやって、俺は優雅に珈琲を頂く。ちゃんとシズちゃんにもホットチョコを用意してあげてる辺りが誕生日だよね。…嘘、普段と全然変わらない。
カチャカチャと皿を洗うシズちゃんの後姿を見て思う。こんな普段の日と変わらない誕生日で良いのかな。去年みたいに新羅たちとパーティしてあげた方が良かったかな。ひっきりなしにおめでとうメールが鳴り響くように、携帯の電源を入れてあげた方が良いのかな。

難しい顔をしてるだろう俺に首を傾げ、皿を洗い終わったシズちゃんが座る。程よい熱さになってるホットチョコを嬉しそうに飲んで…それから仕事に出てっちゃうんだろう。
シズちゃんは自分の誕生日だからって特別何も思う事はないんだろうな。きっと俺も特に何も思ってないんだと思ってるんじゃないだろうか。っていうか、シズちゃんの中では昨夜の俺がプレゼントだと思ってるんだろうか?
何かもうすでにご機嫌だし、プレゼント貰った気でいる?…たしかに昨夜は何かもうすっごい事されたししたし言われたし言わされたし口走っちゃったし…ね。
でも、でも…さ、俺だってちゃんとプレゼント用意したし、ケーキだって材料揃えてあるし、根回しして邪魔者は排除したし!夕方シズちゃんが仕事から帰ってきたら、盛大に祝ってやる。去年のが良かったとか、やっぱり幽くんからのプレゼントが1番嬉しいとか絶対言わせないんだ。

そう決意も新たに珈琲を一気に飲み干すと、じっとこっちを見つめるシズちゃんと目が合った。
「シズちゃん、仕事は?昼寝する時間も無いよ?」
いつもなら昼食をとって暖炉の前で昼寝してから出ていくのに、今日はやけにゆっくりとしていたから出る時間が目前だ。
親切に言ってやったのに、シズちゃんは『何言ってんだ?』って顔だ。

「…何?」
「今日はもう仕事ねぇぞ?」
「……はぁ?」
「テメェが寝てる間に済ませたからな。」
まぁ、あいつらあんまし手間かかんねぇし。
そうシズちゃんはさらっと言うけど、普段ならあり得ない、この仕事厨。
「…誕生日…だから?」
いや、そんなハズない。シズちゃんは自分の事には本当に無頓着だから。

だから…、
「っていうかよぅ、俺の誕生日だから…お前色々と考えて用意してんだろ。」
家のすぐ外で出来る仕事さえも後回しにするのは…
「だったら…用意出来たらすぐに駆けつけれるように…だなぁ。」
俺の為、だよね。


「あぁぁっ!いいから俺はどうすりゃ良いのか言いやがれっ!」
お前が祝いやすいようにしてやるから。
そう言って笑ったシズちゃん。


あぁもう何だよこの自己中。これで俺が何も考えてなくて用意してなかったら、間抜け通り越えて痛くて哀れな奴だよね。そうしてやっても良いんだけどさぁ…。
生憎、しっかり考えて、何日も前から用意してんだよね。

「夕飯はシズちゃんが好きなもの作って。でもケーキは作ってあげる。」
「おぅ。」
「夕飯作るまでは…時間あるよね?ケーキ作る方が時間掛かるんだから…キッチンは先に使うから。」
「わかった。」

ここまではスラスラと言えた。別に割と普段から言ってる事だしね。でもそうするとシズちゃんに空き時間が出来ちゃう。キッチンで一緒に作るのも良いんだけど、それよりも…。

「それで…ね。」
「それで……、その…待ってる間なんだけど…。」
「何だ?手伝いが要るなら手伝うぞ?」
「違うよ!あ〜。あの、さ。待ってる間…プレゼント…使っててくれ…る?」

シズちゃんの為にちょっと奮発して用意したプレゼント。
「前に使ってた物置…ちょっとリフォームしたんだ。」
一番最初には牛小屋にしてたらしい静雄ハウスに隣接された小屋。今は数も増えたから家畜小屋として大きくて良いのを離れに建てた(ドタチンP)。四畳半くらいのその元牛小屋は物置にしてたんだけど、大した物も入れてなかったし、シズちゃんには無断で勝手に改築させて貰った。シズちゃんに内緒だからわざわざシズちゃんにお弁当を持たせて仕事に行かせ、時間を稼ぎつつ業者を急かせての工事。無駄に金と時間を掛けたよね。そんなワケで外観は今まで通りのボロ小屋なんだけど。
ハウスの裏口から一歩だけ外に出る。大人しくシズちゃんは着いてきて、小屋に入れてあるのか?なんて言っている。そんな小さな物じゃないんだよね、驚け、そして喜べ!
「ここ、好きに使ってくれて良いから。」
そう言ってドアを開ける。この小屋に暖炉の熱は循環していかないから、暖かい空気が逃げる事もないんだけど「寒いから早く入って」と後ろのシズちゃんを急かした。

ポカーーンと口を開けたままで固まるシズちゃんに、ちょっとにんまりする。
「あ、靴脱いでね。」
新品の畳だからか、香りが良いねぇ。和室も久々でしょ?
キョロキョロと部屋を見回して信じられないって顔してるシズちゃんを置いて、部屋の片隅の小さなストーブに火を着けて上にやかんを置いた。正直部屋の温度はこんなんじゃ追いつかないだろうけど、まぁ飾りだよ、飾り。
「ねぇ、呆けてないでこっちおいでよ。」
早く俺からのプレゼントを堪能してくれないかな。

「…これ…。」
「懐かしいでしょ?やっぱシズちゃんにはさ、こういう貧乏臭い炬燵がお似合いだよねぇ。」

小さくて正方形の安っぽい炬燵。薄い炬燵布団は微妙な大きさで、ちょっと引っ張ると反対側に隙間が出来そうだ。折り曲げ尽くしたような草臥れた座布団がふたつ向かいに置かれ、蜜柑が籠に盛ってある。
池袋で独り暮らしをしてた頃の、静雄の部屋そのものだった。

「こう見えてもね、性能だけは良いんだから。暖かいよ。つうか寒いから入ろうよ!」

小さな炬燵に向かい合わせて入る。お互い足が邪魔だと押し合い蹴りあい、ようやく落ち着く。
「暖けぇ…。」
「うっすい布団でも何とかなるもんだねぇ。」
シズちゃんには小さすぎるサイズの炬燵。でもこれくらいのを使ってたハズだと調べてある。池袋で一人こんな炬燵で暖を取って過ごしてたんだ。…まぁ、寒さなんてあんまり感じてなかったんだろうけど。

「こんな…大掛かりな…。」
「俺の時よりは地味だと思うけど?それに…前から思ってたんだよね…。」

暖炉の前で寝転ぶ姿も良いけれど、シズちゃんて何か炬燵って感じなんだよね。
庶民だもんねぇ。
それに…シズちゃんの部屋は殆ど2人の寝室になっちゃって…さ。シズちゃんの部屋ってのが実際無かったんだよね。まぁ、幽くん来た時は俺が自分の部屋に引っ込むし、別に良いんだけど…気を使われるのも嫌だし。部屋くらいはあった方がっていうか…ねぇ。

「まぁ、ちゃんと防寒対策はしてあるから、一定温度よりは下がらないよ。」
「毛布も置いてあるからね。昼寝も出来るし、良いでしょ?」
「俺としてはもっと豪華なのをって思ったんだけどねぇ。シズちゃんの部屋だからいいやって。」
「それで…えーと…。その…。」

向かいに静かに座って俺を見てるシズちゃんに、あぁだこぅだと捲くし立てる。喋って喋って、肝心なことが言えないでいる。
「あぁ、もう!」
ガシッとシズちゃんの足を蹴る。シズちゃんが睨んだ。そのいつものシズちゃんの顔にちょっと安心して、顔を逸らしつつも覚悟を決めた。何だろ、すごく恥ずかしい。

「た、誕生日…おめでとう…。」
「シズちゃんが生まれてきてくれて、俺と出会ってくれて、俺と一緒に居てくれて…。」

「すっごく嬉しい。」

きっと顔はすっごく赤くなっているだろうけど、ちゃんと言えた事にほっとして笑った。でも、まだまだシズちゃんの顔なんて見れなくて…。
「あ、じゃあ俺ケーキ作ってくるからっ!」
っと、逃げ出す為に立ち上がろうとして…

「おい。」

立てなかった。

「まさか、ここまでしといて放置するなんてこたねぇよなぁ?」
小さい炬燵が災いしてガッチリと掴まれた足首。

「…可愛い事言ってくれんじゃねぇか。」
ずるずると炬燵の中に引きずりこまれる身体。
「ちょっ?シズちゃん??」
足先が向こう側の外に出たのか冷気を感じた。
「ケーキは明日にしてくれ。あぁ、携帯の電源も切りっぱなしで良いよな。」
「……って……えぇ?」
何考えてんだと暴れても、すでに顔まで炬燵に入り込みそうになっていた。
慌てて炬燵を掴んで「ちょ、離してよ!」と喚く俺の耳に

「臨也、俺は幸せもんだな。」

そんな心底幸せそうな声が届いたから、一瞬動きが止まってしまって。

「あぁ、寒いし、折角だし、そのままにしてろ。」

そんな楽しそうな声が聞こえたから、呆れて笑ってしまって。

がばっと薄い布団が捲れて、ガツッとぶつけた音がして、ちょっと炬燵が持ち上がって。
俺の首から下の身体が熱く抱きしめられた。





「おめでとシズちゃん、大好き。」
「あぁ、サンキュ。毎年言ってくれ。」











* * * * *



「なんだ静雄、炬燵貰ったのか。」
「はい。やっぱ良いもんっすね。」

「ばっか、そうじゃないべ?炬燵を贈るってのは王道たる『炬燵プレイ』のおねだりだろ。」
「えっ?!……えぇぇっ?」

「誕生日に粋でエロいプレゼントじゃねぇか、やるなぁ。」
「いや…その…。」

「いいべ、いいべ。仕方ないからトムさんが色々と教えてやるべ?『炬燵プレイ』」
「………よろしく、お願いしますっ。」



戻る
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -