去年の暮れ、麓で買い物をしていたシズちゃんが年賀状を買ってきた。
いや、買わされてきた…かな?
村に一軒だけある簡易郵便局のおばちゃんに押しきられたみたい。
10枚の可愛いクマの切手柄な年賀状を前に、難しそうな顔をしてた。
今まで年賀状なんて書いた事のないシズちゃんは、10件も出す相手が居るのかだとかよりも何を書けば良いのか判らないらしい。仕方なくサンプルをいくつかプリントして見せると、それを参考に1枚1枚手描きでドラゴンを描いていた。絵はすっごいリアルで上手いのに、字は残念で汚いというなんともアンバランスな年賀状。「家…と、幽…、新羅んとこも…。」と1枚1枚宛て先を書き込んでいく。案の定10枚もいかないうちに手が止まって、あ〜う〜と唸り出した。
まぁ、俺も暇じゃないんで見てたのはそこまでだったんだけど、シズちゃんはあれからどうしたんだろう…10枚全部出せたのかな?って、ちょっとだけ思ってた。


そして、あんなクリスマスを過ごし、大掃除を済ませ、除夜の鐘の音も届かない静かな静かな大晦日の夜を欲情まみれに明かした。きっと、煩悩を払うという鐘の音を聞いたとしても、俺達には効果なんて無いだろう。払っても払っても湧き出てくる欲情に溺れて、むしろその状態こそが正しいんだと思ってる。そんな馬鹿な思考で迎えた新年、もっと大馬鹿なシズちゃんのせいで完全に寝正月を決め込んだ俺は独りでシズちゃん特製のお雑煮を食べている。うん、独りで。
シズちゃんはというと、元旦の9時に来いと麓の人達に言われてるらしく「すぐに戻る」と俺に雑煮を渡して出掛けていった。そしてきっかり2時間後に息を切らして帰ってきた。

「っ臨也!」
「うわっ?!な、何?シズちゃん、ビックリするだろ。」

出掛けた時は手ぶらだったシズちゃんの両手と背中は荷物でいっぱいで、重箱だったりタッパーだったりする事から麓のおばちゃん達に持たされたんだろうなぁと思う。その荷物を慎重にテーブルに置いたシズちゃんはチェアに座る俺に「んっ」と紙袋を突き出した。

「…何…?」
「いいから…見てみろ。」

とっくに空になってたお椀の代わりに紙袋を受け取り中を見た。

「えっ……?」

「…ど、どうすんだよ…これ…。」

シズちゃんの声が僅かに震えているのが判る。紙袋を持つ俺の手だって若干震えてる。
紙袋の中にはたくさんの年賀状。麓の人が全員出したんじゃないかって数だ。

「郵便局の…婆さんに笑われた。ほら、10枚じゃ足りなかったでしょって。」

この家まで流石に配達できなくてごめんなさいね、と笑いながら。
ぽつりと話す静雄の話を黙って聞く両手が塞がった臨也のおでこにキスを落として、そっと抱き上げた。そのまま暖炉の前に移動して、臨也を後ろから抱え込むように座る。両手を臨也を抱き締めるように腰に回したところで臨也が紙袋から1枚取り出した。

「四ノ宮さんだ…。」
「誰だそれ?」
「もう、いい加減名前くらい覚えなよ。いつもシズちゃんに飴をくれる人だよ。」
「あぁ…あの眼鏡…。」

もう1枚取り出す。
「ふふ…これは前に干し柿をくれた御婆ちゃんだね。」
「あの婆さん字なんて書けたのか?」
「……さすがにソレは失礼なんじゃない?」

もう1枚、もう1枚と、取り出しては2人で覗き込んでいく。
「あ、ドタチンからだ!」
「律儀だな、あいつ…。」

初めて出した年賀状、家族以外から初めて貰った年賀状。
ゆっくりと全部見終わって、2人目を合わせて苦笑した。

「ちょっと、どうするんだよ、コレ。」
「先に俺が聞いてんだろうがよ…。」
「結構凄い数だよねぇ……。」

重ねて置くと結構な厚さになるソレに臨也が小さく笑う。
「シズちゃん、俺はシズちゃんのせいで身体が全く動かないんだから…。」

 だから…

「シズちゃんが今から年賀状買ってきて。」
その間にこの分の住所データをパソコンに入力しておくから。

そしたら、2人で絵柄とか挨拶文とかを決めよう。
シズちゃんの描いた絵を取り込んで加工してあげる。
そして来年は元旦に届くように…したいねって言ってみよう。

 平和島静雄様
    臨也様

「こんな連名でばっか届くし…。俺はシズちゃんの嫁か。」

ダッシュで山を降りていくシズちゃんの帰りを待ちながら、ノートパソコンを立ち上げる。
届いた年賀状を1枚1枚登録する前に、そっと差出人欄を書き込む。

 平和島静雄
    臨也

「…エコだよ、エコ。」
誰も居ない部屋で、言い訳を呟いた。



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