急にオフが取れたからと幽がやってきたのは臨也が池袋に戻っている時だった。
「せっかくのオフなのに、いいのかここに来て。ちゃんと休めてるか?」
「大丈夫だよ。ここでのんびりして休んでるから」
そう言って幽は微笑む。見た目はほとんど変わってないけど。
「彼女と休みが合ったらそっちを優先するし、あまり気を遣わないでね兄さん」
「そっか」
よくできた俺の弟はそう言って鞄からDVDを取り出した。
「これ、頼まれてたやつ」
「お、悪いな」
「ううん、うまくいくといいね」
俺はそれを受け取り頬をかいた。顔が熱い。今から照れてどうするんだ。
それは事前に幽に相談した際に頼んだものだった。
臨也がこの山にやってきてもう1年になる。1年ですっかり隣にいることに馴染んだ臨也だが、俺はどうにも不器用で、気持ちをうまく言葉にできないし、甘い雰囲気もどうやって作っていいのか分からない。
だいたいいつも勢いでキスやらナニやらやってしまうので、これを機会にちゃんと恋人っぽいことをしてみたいと思ったのだ。
思ったもののどうすればいいのか分からない俺はちょうど電話をかけてきた幽に相談して、ベタに恋愛映画でも見て雰囲気を盛り上げようということになった。
付き合い始めのカップルはまずデートで映画を見るらしいからな。
気がついたら嫁みたいに家に居付いている臨也だが、基本に立ち返るのもありだろう。
そんなわけで幽厳選のおすすめ映画を持ってきてもらったのだが、肝心の臨也がまだ帰ってきていない。
そわそわする俺に幽が色んなアドバイスをくれる。
というか彼女とののろけ話を聞かされる。
弟とこんな話をするようになるとは少し前までは思いもしなかった。
俺は自分に恋人ができるなんて思ってなかったし、幽もたぶん遠慮していたんだと思う。
以前彼女を紹介された時も、ここまで話が盛り上がることはなかった。まぁ、あの時は厄介事でごたごたしてたからでもあるが。
思ったよりお互いの恋人話が弾んで、いざ臨也が戻って来た時は動揺してそっけない態度をとってしまった。
「…兄さん、頑張ってラブラブになってね」
「…おう」
幽が気を遣って早々に帰ると言い出したのでその言葉に甘えることにしてふもとまで送り、急いで戻ってDVDの用意をした。
何度も頭の中で雰囲気作りのシミュレーションをしながら臨也を呼ぶ。
すると突然、
「シズちゃんのバカ!このブラコンホモ野郎!!」
臨也は叫んで飛び出して行ってしまった。
引き止める間もなく山を降りていった臨也に俺はポカンとした。


これは一体何がどうなってこうなったのか。
俺は一人取り残され、呆然としながらいきなり癇癪を起こした臨也のことを考える。
そもそもブラコンホモ野郎ってなんだ。
ブラコンって、ただ仲がいいだけだろうが。何が悪い。
それにホモ野郎って、俺がホモならおまえもホモだろ。何が言いたいんだ。
ううんと俺は頭を捻る。
臨也は何を怒っていたのだろうか。さっきまで大人しかったくせに。うん、大人しかった。そういえば幽が来た時はあいついつも大人しいな。というかだいたい離れたところにいるか、部屋に引き篭もっている。
他のやつらが来た時は、俺に引っ付いてきて二人セットでおもてなしが基本みたいなところがあるくせにだ。
何故幽の時だけ…。
俺はハッとした。
まさか、あいつ幽のことが好きなんじゃねぇよな…?
いや、待て待て。まさか…な。
あー、でもあいつの妹たちときたら幽にベタ惚れだし、兄妹で好みのタイプが似てるなら、ありえなくはないかも…か?
あいつイケイケかと思えばあっち方面結構奥手だしな…。照れて幽のそばに行けないとかだったら、もしかして…。
臨也が幽を好きってんなら、今日は俺が幽をさっさと帰しちまったからキレてたのかもしれない。ブラコンってのも、俺ばっかりが幽と仲良くしてるのに嫉妬してたからか?
だけど幽にはもう彼女がいるし、相手はアイドル、どう見てもあいつに勝ち目はねぇ。
そこまで分かっていながら諦め切れなくて幽を避けているのか?
それで俺に八つ当たりを?
やべぇ、ありうるかもしえねぇ。
…もしも本当に臨也が幽を好きだとして、俺はどうしたらいいんだ。
臨也のためを思えば応援してやればいいのか?
俺は臨也と幽が二人並んでいるところを想像した。
気がついたらコメカミがビクビクと引き攣っていた。
駄目だ。ありえねぇ。応援なんかできるか!だって臨也は俺のものなのだ。今更幽にだってやれねぇ。
俺は携帯を開き臨也の番号を呼び出した。
しかしコールは鳴るもののなかなか繋がらない。
あいつは一体どこへ行ったのだろう。さっき帰ってきたばかりだからあまり遠くへは行かないと思うが…。
電話に出やがらないので少し探しに出てみるが、だいぶ下の方にボードが打ち捨てられていて、車までなかった。
その辺をドライブでもしてるのだろうか。
仕方ないのでいつ呼ばれても迎えに行けるように携帯をスタンバイさせて待ってみるが、いつまで経っても臨也は連絡を寄越さなかった。
そうして数時間後、こちらからの長い長いコールの後、やっと繋がった。
「もしもし?臨也か?」
『………なに』
「臨也、幽のことは諦めろ」
『…はぁ?』
どこにいるとか、何してんだとかもすっ飛ばして、俺はもんもんと考え込んでいたことを開口一番に言っていた。
「俺にしとけよ。幽は、あいつは駄目だ」
『…話が見えないんだけど』
憮然とした声を出す臨也を、俺はなんとか説得しようと試みる。
「俺は別にブラコンだからテメェと幽の仲を邪魔してるってわけじゃねぇんだ。確かにあいつは俺にはもったいないくらいよくできた弟で、テメェが好きになっちまってもしょうがねぇほどのいい男だが、幽にはもう決まった相手がいるんだ。テメェが幽を好きでもそれは…」
『ちょっと待った!俺が誰を好きだって!?』
「あ?」
『俺のこと今までそんな風に思ってたわけ!?そんな簡単に男をとっかえひっかえ好きになる奴って!?』
「は?い、いや、んなこと言ってねぇだろ」
『なにそれ、なにそれ、だからシズちゃん、都合がいいと思って俺で遊んでたんだ。最初から、そのつもりで…』
「おい臨也?何言って…」
『俺は男と付き合ったりしない!…シズちゃん…だけだったのに…っ』
最後に搾り出すような声で臨也が言って、通話は切れた。
かけ直しても繋がらない。
ちょっと待て、また分からなくなった。今のはどういう意味だ!?
俺がどんな思いで臨也が弟を好きかもしれないということを納得したと思ってんだ。本気で泣きそうになったっつうのに、なんなんだ。
しばらくかけ直していると、やっと繋がったと思ったら臨也の秘書が電話に出た。
『折原なら飲みすぎて今トイレに行ったところよ』
「あ、ども…もしかして臨也、そっちに戻ってんすか?」
『ええ、あなたのせいですごく面倒くさいことになって困ってるわ。何とかしてちょうだい』
「俺のせい?」
『あなたが折原に構ってあげないから拗ねてるのよ』
「えっ」
割と素で驚いてしまった。
あの臨也にそんな可愛げがあったのかと。
俺も俺で、言われてようやく気がついた。そっちに嫉妬したのかと。俺が幽にばかり構ってたから…?
カアと顔に血が昇る。
もう帰ると言う秘書の女に礼だけ言って、俺は携帯を投げ出した。
あー、もう、めんどくせぇ。そう思うが、それ以上にくすぐったい、なんともいえない気分になる。
床の上でごろごろ悶えていると、そこに見慣れないものが落ちているのに気がついた。
そういやあの時なにかが背中に当たって落ちたような。
恐らく臨也が投げたのだろうそれは赤いベルトのストラップだった。辺りを見回すと、同じ形の淡いブルーのストラップも落ちている。
ブルーの方にはなにも書かれていなかったが、赤い方のベルトの部分には「I love Shizuo」と文字判が押されていて、それぞれにぶら下がっている飾りはハートを半分にした形をしていた。案の定飾りは合わせるとピタリと重なった。
俺はそれを何度も引っくり返して見て、たまらなくなった。
どう見てもペアグッズじゃねーか!すげーベタな!
いきなりこんなストレートな愛情表現を形にしたもの見せられたら顔だって赤くなるだろ!
臨也がここに来てもう一年。あいつも俺と同じようなこと考えていたんだろうか。
俺はそのストラップを潰さないよう握り締めながら、朝一で迎えに行ってやろうと決めた。
どうせ放って置いても帰ってくるだろうけど、俺がそうしたいと思ったことをやる。
だからこっちから行ってやろうと決めたのだ。


そういえばあいつ誰かと会う時は金髪に戻せとか言ってたな。そんなことを思い出して、わざわざ髪色まで変えて久しぶりに俺は池袋の街に戻って来た。
と、いうのにだ。
家に居ないわ、連絡つかないわ、散々探させてようやくノミ蟲の匂いがするガキ捕まえて案内させてみればテメェ、女の膝枕の上で何やってんだ殺すぞマジで。


お願いだからうちを壊さないでくださいという紀田(だったと思う)が、呼び出してくるというので外で待っていたが、なかなか出てこないので結局踏み込んだ先での光景に俺はもう血管が切れそうだ。つか切れた。
「いぃ〜ざぁ〜やぁ〜くぅ〜ん?」
「シ、シズちゃ…」
「浮気か浮気だな浮気だと?はい殺す。殺します。覚悟しろや臨也君よぉ!」
「え!?」
ぎょっとした顔で紀田と膝枕の女がこっちを見る。
が、今の俺にはそんなこと知ったこっちゃあない。
「昨夜はテメェ男とは付き合ったりしない俺だけだとか言ってたが、そりゃ女とはしますってことだったのか?ああ!?」
胸ぐらをつかんで目の高さまで引っ張り上げると臨也の足が浮いた。
苦しげに眉をひそめた臨也だが、口元だけはにやりと笑って毒を吐いた。
「そうだよ?だって俺元々ノーマルだもん。むさくるしい男よりかわいい女の子の膝枕がいいに決まってるだろ。シズちゃんだってそう思ってるくせにさぁ!」
「てんめぇええええ!!」
クソ可愛くない口をきく臨也の体を掴んで、持ち上げて、窓に向かって放り投げようとした俺は、すんでのところでそれを堪えた。
ここで投げたらガラスが割れて、それが刺さって、アスファルトの上に落ちて、臨也は大怪我をする。
3年前なら何も考えずに投げていた。だけど今の俺は考える。
これは臨也だ。俺が好きになった男なのだ。
「なんで投げないのさ。投げたらいいだろ。俺なんかさぁ」
「…テメェだから、投げねぇ」
「だったら降ろせよ!」
ヒュンと空気を切る音がして、手にピリッとした痛みが走る。
重みが消えて、俺の手には臨也のコートだけが残っていた。
いつの間にかナイフを手にしていた臨也は、脱皮したみたいにコートを脱ぎ捨てて逃げ出し、玄関で掴んだ俺の靴を投げつけてきた。それは逃走のための時間稼ぎだったんだろう。臨也はすぐに自分の靴を掴んで外階段の縁からためらいなく飛び降りた。
当然俺も後に続いた。3階だったが俺も臨也も問題ない高さだ。
逃げていく背を追わないわけにはいかない。
「待てやゴラァアアアアア!!人が下手に出てりゃ調子乗りやがってぇえええ!!」
こうして俺と臨也は久々に池袋で追いかけっこをするハメになったのだ。


池袋の空に自販機や標識が飛んだのは実に3年ぶりのことだった。
逃げる背中を追いかけるのも久しぶりの感覚だ。
あの頃からどれだけ俺があいつばかりを追いかけてきたか、どれだけ夢中だったのか、なんで臨也は気付かないんだろうか。


投げつけたものをことごとくかわされ、同じだけナイフを叩き落として、街を駆け巡ったチェイスは数時間後、体力を使い果たした臨也がこけたことで決着がついた。
コートを着てなかった臨也は走り回るうちに付いたのか細かい擦り傷だらけで、ゼイゼイ息を荒げてすでに瀕死の魚みたいな有様だ。
俺はすっかり殴る気が失せてしまって倒れた臨也を掴んで引っ張り上げた。
放り投げてトスンと背中で受け止める。
臨也の尻を持って背負い直すと、臨也は震える腕を俺の首に回してきた。
そのまま締める気かと思ったが、臨也は首筋に顔を押し付けてきて、ぎゅっと抱きついてきただけだった。
「…なんで…来たの」
消え入りそうな声で聞くので、迎えに来たと答えると、臨也はぐりぐりとさらに額を押し付けてくる。
そのままテクテク歩き出したところで、前から同じくゼイゼイ息をしている紀田が臨也のコートを抱えて駆けてきた。
「あのっ、その人、別に浮気してませんからっ!あれ俺の彼女っすから!」
「…おう」
「ただふざけてただけで、変な意味は全然ないんで!」
「ああ、うん、なんか悪かったな」
必死に言われたので頷くと、紀田はほっと胸を撫で下ろした。それから俺に持ってきたコートを押し付けると、何故か後ろに回ってピロリンと写メってきた。俺がそれに何か言う前に紀田はダッシュで逃げていく。
「…なんだありゃ」
最近の若いのは何を考えているんだとぼやくと、臨也も変な知恵付けさせちゃったなぁなんてぼやいていた。
なんだか分からないが、今ようやく臨也が俺に懐いてきてるから、どうでもいいことは後回しだ。
首に巻きついている臨也の腕をスンと嗅ぐ。
俺を落ち着かせない臨也の匂いだ。だけどこれがないともっと落ち着かなくなるから困る。
俺は黒いコートを背負った臨也に頭から被せ、深く深呼吸した。
「ったく。せっかくの俺の計画を台無しにしやがってこのノミ蟲が!」
「…計画って、なに?」
「テメェとラブラブになる計画だよ!クソ!さっさと帰るぞ!仕切りなおしだ!」
吐き捨てるように言って駅までの道を急いでいると、臨也がねぇと耳元で呟く。
「今、俺幻聴を聞いた気がする」
「は?新羅のとこ行きたいのか?」
ふるふると臨也は首を振った。
「…あのさ、せっかく池袋来たんだからさ、会いたい人とかいるんじゃない?シズちゃんは久しぶりの池袋だろ?実家帰るとか、田中さんに挨拶に行くとか…」
「そんなのいつでもできんだろ。今日はテメェを迎えに来たんだから帰んだよ。ガキの頃習わなかったか寄り道すんなって」
うちの動物たちの世話もあるから元から長居する気はなかったが、今はこの背中のぬくもり以外のことに構っている時間が惜しい。
「…それでいいの?」
「いい」
俺が言い切ると臨也はしばらく黙っていたが、俺の首元に顔を伏せて、ガブリと皮膚を噛んできた。
かと思えばそのままチュウと吸われて驚いて振り返る。臨也は熱い顔を俺に押し付けたままモゴモゴと言った。
「シズちゃん、大好き」
そんなことを言われたら俺も真っ赤になってしまう。
ずりぃだろ。こんな往来でテメェばっかり、見えないように煽ってんじゃねぇっつうの。
こうなったら一刻も早く帰りたい。やっぱり俺も車の免許取った方がいいんだろうか。
フラフラで車の運転など望めそうにない臨也に、俺はとりあえずの休憩場所として臨也の事務所に方向転換するとダッシュした。


計画は狂ったが、結果ラブラブできたので良しとしよう。
臨也が風呂に入っている間に、俺はあいつの携帯に赤いストラップを取り付けてやった。
自分の携帯にはブルーのを付けて、俺は少し考えて、無地だったブルーのベルトにマジックで「S love Izaya」と書いた。

家に帰ったらおしおきに膝枕で耳かきもやってもらうからな。もちろん一回や二回じゃ勘弁してやんねぇ。一生の刑だから覚悟しとけよ臨也君よぉ。



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