屋上への扉を開けると新羅と臨也が並んで座っていた。
臨也の膝の上には弁当が広げられている。
今まさに箸を手に取り、食べようとしているところだった。
それを目にした瞬間、俺はズカズカ歩き出していて、その勢いのまま、臨也の弁当を蹴り飛ばしていた。
バカンと音がして、弁当はすっ飛び、給水塔に当たって落ちた。
逆さまに落ちてべしゃりと中身が床で音を立てる。
コロコロと転がるプチトマトなど数点のおかず以外は弁当の下で逆さまになっているだろう。
シンとした。
新羅は口を開けたまま固まって俺を見上げてるし、臨也は箸を手にしたまま飛んでった弁当を見ていた。
俺は。
俺はなにをやってんだ。
ただ俺は思っただけだ。
「…気持ち悪ぃ」
ピクリと臨也の肩が揺れた。
ゆっくり振り向いたその目には剣呑とした色が浮かんでいる。
その目のまま臨也はニイと笑った。
「へえ、俺の力作蹴り飛ばしておいて、言うことはそれだけ?」
静かに箸を置き、臨也は立ち上がった。
「ちょ、ちょ、何いきなり!?静雄どうしたの!?」
新羅が硬直から抜け出て困ったように笑いながら後ずさる。
またナイフでも出すのかと身構えた俺を睨みながら、臨也は落ちた弁当へと歩いていった。
「あーあ、こんなにしてくれちゃっ…て」
臨也の手が弁当に触れる前に、俺の足がその弁当を踏み抜いていた。
再びシンとなる屋上。
かがみかけていた臨也はすっと背を伸ばした。
笑顔が消えていた。
今度こそナイフが出るかと思ったが、黙って背をむけた臨也は階段へ向かった。
何も言わず、バアンッと派手な音を立てて扉を叩き閉め、臨也は屋上から出て行った。
見たことのない臨也の反応に、もしかして本気で怒ったのだろうかと思う。
ぼんやりと自分の足元を見ると、もはや食い物ではなくなった弁当の中身が俺の足の下からはみ出していた。
「静雄…」
新羅が心配そうにこっちを見ている。
「あの、その、ごめんね?まさか静雄がそんなに嫌だったとは思ってなかったから。今度からお昼、臨也の来ないとこで食べようか」
違う、そうじゃねえ。
そう思うのに言葉にならない。
「静雄?」
俺を覗き込んだ新羅がぎょっとしている。
「え?なにどうしたの静雄、なんでそんな顔?」
俺がどんな顔してるっていうんだ。
「君のそんな顔久しぶりに見るよ」
思うことの半分も言葉に出せない自分にイライラする。
そして言わせない臨也にも。
「そんな辛そうな顔するならこんなことしなきゃいいのに」
それが出来たら俺はこうなってねえ。
無造作に振るった腕が、ガンと壁にあたり穴があいた。



次の日、ズルズルと足を引きずって屋上にやってきた俺に、新羅はついてこなかった。
どうでもいい。
屋上のベンチに座り、空を見上げながら、初めてタバコが吸いたいと思った。
我ながらやさぐれた気分だ。
屋上の扉が開いた。
誰かと思ったら臨也だった。
「やあシズちゃん。元気してる?」
昨日の今日でこの笑顔とは。さすがノミ蟲だ。
俺は駄目だ。今も訳の分からない自己嫌悪に陥っている。
それもこれもこのノミ蟲野郎のせいだ。
空が青いのもポストが赤いのも俺がこんな気分なのも全部臨也のせいだ。
敵をたった一人に絞り込んで生きるのはお手軽だと、臨也に言われた言葉を思い出す。
確かにそうだった。
全部を臨也のせいにしてしまうと少し胸が軽くなった。
俺以外にも敵を作るこいつはどうなんだろうか。
俺だけにしとけば楽だろうに…
いや待てなんだそりゃ。それは却下だ。
ふるふると首を振る俺に、臨也は首をかしげたが、手を後ろに組んだままのこのこ近付いてきた。
「しけたツラしてるシズちゃんに朗報だよ。もうストーカーいないから」
「は?」
臨也はニヤニヤ笑いながら続けた。
「新羅がうるさく言うから昨日決着つけてきた。シズちゃんと違って俺は円満に話し合いで解決してきたよ。さすが俺だよね。褒めてもいいよ」
「…アホか」
円満に話し合いだと?笑わせる。
「ならもっと早くに解決させとけよ。俺の我慢がもったいねーだろ」
「そうだね、一週間以上もよくもったよね。ご褒美にこれをあげよう」
そう言って差し出してきたのは弁当箱だった。
無言で手を出さない俺を笑い、臨也は弁当を俺の膝の上に放る。
「さっき体育でドタチンとガチンコ卓球勝負してさ。勝ったからお昼は学食でラーメン奢ってもらえるんだ。だからこれいらなくなったやつ。俺が食べるはずのお弁当だったんだから警戒しなくていいよ」
くるりと臨也は背を向けて歩き出した。
そしてそのまま振り返らず言った。
「別に昨日みたいに捨ててもいいよ。俺ももういらないし」
その姿が、昨日何も言わずに背を向けた臨也と重なって、俺は言葉をつまらせた。
が、今日の臨也は振り返った。
俺を見て、なんともいえない微妙な表情して、それから笑った。
「一応、ストーカーはもういないけど、一応ね、別の人のロッカーに入れてもらってたし、それには何も変なの入ってないよ。あー、それと、別にお礼とかじゃないから。たまたまだから。捨てるなり食うなり好きにしてよ。じゃ、ね」
そう言って、昨日と同じように扉ででかい音を立てて臨也はいなくなった。
俺はぽかんとそれを見送って、弁当を見下ろす。
昨日見たことを、新羅に話した。それを新羅の奴が喋ったのか。そっか。
あーと声をあげながら空を見る。
クソが、なんでもやもやが晴れてんだ俺は。
これは違うぞ。気持ちの悪いストーカーがいなくなったから清々してるだけだ。
ついでに臨也もいなくなれば万々歳なはずだ。うん。
真っ赤な趣味の悪い包みをほどくと、新しい弁当箱があって、蓋を開くと今まで美味そうだと見てるだけだったものが詰まっていた。
いただきますと口の中だけで呟いて、ミートボールから口に運ぶ。
口に入れた瞬間、あ、美味いと思ったが、それからもぐもぐ咀嚼三回目あたりで、ものすごい衝撃が口の中ではじけた。
「うっ…!?!?」
全身の毛穴が開いたみたいな熱さ、いや痛みにうずくまる。
すると閉じてた扉がバーンと開いていなくなったはずのノミ蟲が爆笑しながら顔を出した。
「やった!一口目!まじシズちゃんすげえ!」
「嘘でしょ確率的に!」
「はいはーい新羅、俺の勝ちなんだからさっさと諭吉さんを二人引き渡してもらおうか!」
「うう、鬼!!」
新羅まで出てきて悔しそうに財布から金を出して臨也に渡している。
「な、テメ、ど…」
「いやごめん。一滴だけ、一滴だけだよデスソース入れたの。まさか一口目でそれを選ぶとは。うん悪気はなかった」
ゲラゲラ笑っている臨也に殺意が沸いた。
弁当を持つ手がカタカタ震える。
臨也がいちご牛乳のパックを俺に差し出した。
俺は黙って奪い取り必死で飲んだ。
噂には聞いたことがある、が、なんだこれ。
辛いと言うより痛い。マジで痛い。そして熱い。
俺の様子に涙を流して笑ってる臨也に、俺は辛さで涙が滲んでいる。
「ちょっと大丈夫静雄?臨也やりすぎだよ」
「なんで?だって変なもの入れてないって嘘じゃないよ?デスソースはれっきとした食品だよ?」
「だったら、テメエが食えゴラァ、ゲホゲホッ」
むせる俺の背を新羅が撫でる。テメエも知っててノミ蟲と賭けてただろうが後で殺すからな!
睨むと新羅はビクリと震えて後ずさった。
「いやー俺も味見したかったけどね、デスソース残りは全部ストーカーさんに飲んでもらったからないんだよね。残念☆」
円満な話し合いをしたんじゃなかったか。
今は口の中がヒリヒリして言葉にならない。
「もーほんと悪人だよね君。てかほんとに一滴だけ?他にも入ってない?」
「やだなあ新羅。俺嘘はたまにしかつかないよ」
そう笑って臨也は弁当からミートボールをひとつ摘み出す。
自分の口に放り込んで、ね?と首をかしげた。
「残りは本当においしいお弁当だから食べられるよ。じゃ、俺はドタチンにラーメン食べさせてもらいに行ってくんね!」
臨也はぴょんと跳ねて立ち上がり、今度こそ扉の向こうに消えた。
と思ったらもう一回顔を出してニヤリと笑う。
「昼休み終わっちゃう前にさ、食後の運動に付き合って欲しかったら早く食べれば?」
ヒラヒラ手を振って憎たらしい顔のそいつは階段を駆け下りていった。
残った新羅はおずおずと弁当から卵焼きを取り、口に運ぶ。
「あ、大丈夫、ほんとに大丈夫だよ静雄」
だからなんだ。何勝手に食ってんだ。
俺は額にびっしり浮いた汗をぬぐい、とりあえず新羅を殴った。
手加減したのにキュッと変な声をあげて新羅は気絶した。
しまった。お茶を買いに行かせれば良かった。
ふうと息をつき、俺はこの衝撃でもひっくり返さなかった弁当をあらためて手に持った。
これを食い終わったら、休戦解除だ。殴りに行こう。
そう決意し、臨也の手作り弁当を口に運ぶ。
ただし一度死んだ味覚細胞は簡単には復活しないらしく、最後まで味はまったく分からなかった。



おまけの新羅視点
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