「うわぁ…窓が真っ白。さっすが山だねぇ、寒くなるのも早いや。」

朝、珍しく静雄が起きだす音で目覚めた臨也が外を眺めて呟いた。昨夜は手加減し過ぎたかと臨也を振り返った静雄がそのまま目線を窓に流すと、なるほどびっしりと水滴が付いていた。
「寒い…ねぇ…。まぁ、冷えてはきたか?」
「……シズちゃんの基準で言わないでくれる?充分寒いから。」
まったく、これだからずっとバーテン服で過ごしてた奴は…っとぶつぶつ言っているが、そっくり言葉を返してやりたい。テメーだって年中似たような格好ばっかじゃねぇか。

「今日はちょっと温かいものにしたいね、ご飯。」

「それじゃぁ…今夜はシチューにでもすっか。」
「あぁ、良いんじゃない?肉とかどうする?新羅に頼んでおこうか?」
どうせなら良い材料で美味しい料理をより美味しくして欲しい。
「いや、俺から頼んどく。テメェはゆっくり寝てろ。」

「そ?それじゃ、遠慮なく。…まぁ、シズちゃんが原因だし?」
この身体のダルさっていうか腰の痛みは?(笑)
「るせー、テメェが可愛いのが悪いんだろーが。」

いいから寝てろっと、おでこにチュっとキスを落として部屋を出て行く静雄に「くぅぅぅっ!シズちゃんのクセにっ!」っと布団の中で悶える臨也が残された。



* * * * *



列を成して進む牛や山羊・羊の後を歩きながら携帯を取り出す。
こんな山奥でも余裕で繋がる高性能なソレは臨也の誕生日以来ずっと肌身離さず持ち歩いているものだ。
ただ使われる頻度は極端に少ない。ひと月に数回あるかないかの活躍の時がきたと、高性能携帯はすぐさま指定の相手との電波を繋げた。

「よぅ、新羅か?悪ぃがセルティに鶏肉を頼みたいんだが。」
「臨也がいつも頼んでるやつで良いのかい?あまりセルティをお使いに出さなくても良いように10kg位受け取ってくれないかな?他の材料も一緒にさ。凍らせて保存しておいてよ。そして僕とセルティの甘い生活の邪魔をs「るせーよ。」
「相変わらず人の意見を聞かないよね、君達って。」
「いや、テメーの話が長いのが悪いんだと思うぞ?」

「で?伝えてくれんのか?直接セルティにメールすっぞ。」
「あぁ、良い良い、了解だよ。……って今夜の材料かい?」

「あぁ、こっちは山だしな。臨也が寒いっつーんでシチューでも作るかと思ってな。」
「へぇ……。……ねぇ、静雄くん?ちょっと提案なんだけどねぇ。」

そう切り出された提案を拒否する理由もなく二つ返事で頷いた静雄は、セルティが来るまでの間忙しくなったなっと牛達にゆっくりしてろと告げ早足で山を降りていった。




* * * * *




「おら、出来たぞ。」
耳元への甘い低音ヴォイスと唇への柔らかい感触、小さな羽音と共に消える膝上のぬくもりに臨也が目を覚ますと「冷めないうちに食うぞ」とテーブルへ向かう後姿が見えた。肩に金色の毛玉が鎮座しているところを見ると、さっきまで膝の上でぬくまっていたのは奴だろう。
「…糞とかしてないだろうねぇ…?」
一応、確認しつつチェアから立ち上がった。

「?…あれー?シズちゃん、シチューじゃなかったの?」
もしかして失敗した?いつもシチューの時は濃厚な香りがするのに…むしろ今夜は和風なダシの香り…?おでんにでもしたのかな?どうでも良いけど…っとテーブルに目をやり、そこにある物に驚いた。
「え……っ?」
これって…うちにあったっけ…?

テーブルの上で湯気を立てているのは土鍋。鶏肉・白菜・椎茸・舞茸・豆腐・長ネギ等…教科書通りの典型的な水炊きだ。ポン酢に薬味、大根おろしに紅葉おろしまで用意してある。

「鍋は作った事ねぇからな…試作品だ。」
改良点があったら言えっと、カセットコンロに火を着けながらぶっきらぼうにシズちゃんが言う。毛玉はテーブル上の指定席ですでにクッチャクチャとうどん1本と格闘していた。
「土鍋なんて…あったっけ?」
今朝までは無かったハズだ。ウチのささやかなキッチンには最低限のモノしか置いてない。物置とかの奥だって一通りチェック済みだ、この静雄ハウスで俺の把握していないモノなんて…シズちゃんの机の中と加工品位しか無いハズ。って…まさかっ?!

「シズちゃん作ったの?!」
「は?」
ちょっ!いつの間に焼き物が出来るようになったのさ?シズちゃんの事だからきっとメキメキ腕も上がっていくよね?湯のみ一個ン万円から始まって…ゆくゆくは一個数百万円、個展なんかも都内で開いちゃって、世界に出て、いずれは人間国宝とかになっちゃうよね?

チキチキチキチキチーーーーン♪

「イケる!イケるよ、シズちゃん!!」
「…あぁ?何を企んでんのかは知んねーが、この鍋は新羅がくれたもんだ。」

「…………あ、そう…。」
言われてみれば、いかにも大量生産されましたというオーソドックスな土鍋だ。
(寝ぼけてたのか…恥ずかしっ;)
「昔…新羅んとこで鍋やったんだよな〜そん時の鍋だってよ。使わないからって。」
鶏肉と一緒にくれた。ほんの少し火を通すだけで良かったのだろう、鍋はもうグツグツと音を立て始めた。これで良いんだよなぁ…とシズちゃんがブツブツ言ってる。

そっか、あの時の鍋なんだ。
それが今は俺とシズちゃんの二人鍋…ね。

鶏肉と白菜と椎茸と舞茸と豆腐と長ネギ、絵に描いたような鍋。
だし汁とポン酢がシズちゃんオリジナルで、後は材料を切って放り込むだけの簡単お鍋。
一口食べてみる。うん、普通に美味しい。

「……やっぱ駄目か。」

なのに、俺の顔を見ていたシズちゃんが何故か駄目出しをした。えっ?何が駄目?
「まぁ、これから…だな。」
「何が?えっ?普通に美味しいよ、これ?」

「いや、マジで美味いとよ、お前すげー顔が綻ぶんだ。」
こう…ポヤッと花が咲くっていうか飛んでるみてーに。

「………えっ?…ちょっ?…何?」
今…何かこいつ恥ずかしい事言わなかった??

「あん?だからよ、お前は美味いもんを食った時にすげー可愛く笑うんだって。」
んだよ、無自覚か?
「いやいやいや?何言ってんの?つか、見るな!こっち見ないでくれる?」
そっちこそ、無自覚に口説くのやめてくれる?も、いっそ死んでよ!


「まぁ…仕方ないか。今回は見よう見まねで作ったもんだしよ。」


「鍋なんて独り暮らしの時には全然食ってなかったしなぁ。」
…新羅達と食べたクセに。
「お前は?食ってた?」
……頼み込んで……ちょこちょこ何回か…。
「?? んだよ、黙ってるってのは食ってないって事か?」



「んじゃ、これから寒い夜は鍋だな。」
せっかく独りじゃないんだし…な。
もっといろんな鍋料理を作って食べよう。〆をうどんにするか飯にするかで争う事になるかもしれないけど、それも鍋の醍醐味だろう?

笑いながら、何でもないように言うけれど…言われた身にもなって欲しい。あぁ、熱い…。鍋の熱さに顔が火照ってきたんだ、きっとそうだ。
「え、偉そうにっ!ざ…材料を買うのは俺なんだからね!」
苦し紛れに言ってみても。
「そっか、そんじゃ…次は何の鍋にするんだ?」
頬杖ついて、ニッコリ上機嫌で、椎茸を箸で摘みながら言わないで欲しい。

「最初は下手かもしんねぇけどよ、すぐにお前の顔に花が咲くような味にしてやんよ。」


あぁ…せめて今は、この鍋の湯気で俺の顔が見えなければ良いのに。

きっと…花が咲いている。



* * * * *



ピルルルル♪
「お、ベル。もう食ったのか?」
ピィ〜♪
「あぁ…うどんでベタベタだな、お前。ちょっと待ってろ…って;オイ;」

ピルル〜♪
 ベタァァァァァッ!

「ちょっ、何?って……ギャァァァァ!!!何すんだ、この毛玉っ!」
ピギャアァァァァッ♪



2人鍋の時はベルの為に〆は必ずうどんで。
ベタベタに汚れたベルが臨也のフードに入り込もうとして騒ぎになって。
ベル用の涎掛けを作るハメになったとか。



そんな、冬の夜のお話。



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