「それ、何?」

その夜、新羅たちは勿論帰っていって普段通りの生活に戻ったと思いきや、寝る時になってシズちゃんは胸の内ポケットから黒い塊を取り出した。

「卵。」
「はっ?」

「だから、昼間の卵だ。」

あの卵に運び屋の影を巻き付けたというソレは温度や湿度の調整も程よく出来ているのだと。マジでか?衝撃にも耐えれるようなので転卵も兼ねてシズちゃんが持ち歩くって…どっかに置いとけば?って思うのって俺だけなのかな。

「てめぇが持っててくれても良いぜ?餌は俺が運んでやるからよ。」
「死ね、バカ。」


そんなワケで、その生きてるか死んでるか判らない卵は得体の知れない妖精の影に包まれ、かつての池袋最強…現在の山の神シズちゃんに肌身離さず持ち歩かれ、時々俺に転がされて日々を過ごした。



…コツコツッ



その、卵の内側から殻をつつく音が聞こえた時のシズちゃんの様子が想像できるだろうか?
新羅に連絡する為に持った携帯が久々に粉々に砕け散ったよ。
「旦那さん、落ち着いて、まだ産まれませんから。」っと面白半分に言ったら「はい…はい…。」と卵をガン見しながら返事した。駄目だ、テンパってるっていうか、バカだ。


「ちゃんと自分で殻を割って出てこれるんだから、あまり手伝わないようにね。」

卵の様子を見て順調だよ〜とすぐに帰った新羅の帰り際の台詞のおかげで、卵の前でハラハラドキドキと悶絶するシズちゃんを堪能できたよ。面倒でウザかったけどね。それでも2人、ずっと卵の前で待ってた。何度も「駄目だよ、シズちゃん。」って言いながら、その時を待っていた。



 ぴぎゃっ


そして、殻を割って出てきた雛。雄たけびを上げた後恐る恐る指を近付けながら泣いてるシズちゃん。そんな1人と1匹をムービーに収めてる俺。
奇妙で歪んでいるかもしれないけど、むず痒い何かがあった。



* * * * *



ピルルルルルル ピルルルルル♪


「シズちゃん、毛玉が呼んでるよ。餌なんじゃない?」
「おぅ、もうそんな時間か。」

すっかり羽毛に覆われた雛はシズちゃんの愛情を受けてスクスクと育っている。
そう、あの、シズちゃんに脅える事なく甘えているんだ。ちょっと前に考えていた「産まれた時からシズちゃんに接していたら…」の仮説が見事に的中した。あの時、卵に気付いた時、スルーしないでいたのはコレが頭を過ぎったからだ。ウキウキと毛玉と接するシズちゃんは本当に嬉しそうで、心底毛玉が可愛いみたいでデレデレで、……ほんっと、良かったよねぇ。

大きな羽根をもたつかせてシズちゃんに歩み寄る毛玉はピルピルと甘えた声を出して餌をねだる。そんな毛玉をテーブルの上に乗せて「ちょっと待ってろ」っとひと撫でしてキッチンへ向かうシズちゃんを見つめる俺と毛玉。そして俺と毛玉の目線が重なると…


ピギャアアァァァァアァァァァアアアアアッ!!!


この世のモノとは思えない奇声を発して威嚇してくる。この、不本意ながらもこの山のあらゆる動物に執着されている、この俺が、だ。
一丁前に羽根を広げて毛を逆立ててポテポテと向かってくる毛玉を軽くデコピンで転がすのも日課になりつつある。初めは慌ててたシズちゃんも慣れた光景に何も言わなくなった。

「何だ、また遊んでんのか。」
「遊んでるつもりは無いんだけどねぇ。」
「お前には慣れないな…何でだ?」
「知らないよ、別に慣れなくて良いし。」

こんな毛玉なんかにさ…、シズちゃんと俺でどっちが好きー?とか言いながらおいでおいでしたりしようだとか、どっちのポケットで過ごすのか争ったりとか、そんな事全然思ってないから。よもや俺が動物に威嚇されるなんて全くの予想外だったけどね、平気だし、むしろ願ったりな事だし。

…ふーんだ。
あんなフワフワもふもふな毛玉なんか触りたくないからねっ。


そんな俺にシズちゃんが「お前が毛玉毛玉って言うからじゃないのか?」と指摘してくる。っが、一言言いたい。シズちゃんはあの毛玉に名前なんて付けてない。ずっと卵、そうタマゴって未だに言ってるんだよ?そんな無神経男になんでそんな事言われなくちゃいけないのさ!

「そんな事言うならね、さっさと名前位つけてあげなよ。」

「…名前って…どう付けりゃ良いんだよ…。」

「いっつも適当に付けてるからね、こいつ位はしっかり考えてやんなよ。」

「………。」

さて、どんな名前になるのか。


「…こいつの泣き声。」
「ん?…うん。」
「昔のさ、俺ん家の電話の音にそっくりなんだよ。」
「……へぇ…?」

「だから、でn「あぁ、電話のベル音に似てるから『ベル』って?シズちゃんにしてはマシな名前なんじゃない?」

「……。」
「………。」

「そ・そう…か?」
うんうん、少なくとも鳥を「デンワ」って呼ぶよりはずっとね!


「うん、ベル…か。よーし、お前は今日からベルだぞー。」
そう皆に名前の旨をメールしたら「遅いよ」「今更?」っと返信されまくっていた。
とんでもない名前にされそうになったのを回避してやった俺をゲシゲシと足蹴りしている毛玉…じゃないベルは、呼べばちゃんと返事をして飛んでくる賢い鳥だ。



そんなベルも立派に育った。絶滅危惧種であるイケフクロウでもとりわけ少ない金色の羽毛は、かつてのシズちゃんを思わせる風貌だ。今度サングラスかけさせたい。
そして、デカイ!かなりデカイ!!この山で最強なのはシズちゃんだけど、獣に限ったらきっとこいつが一番強いと思う。散歩だと山を一周飛び回ってくる姿は山の主だ。

そして…

ピギャァァァアッ!

俺との不仲も健在だ。小屋と裏の森を舞台にした俺とベルの対決も日に日に勢いが増していっている。ベルもね、誰かさんと同じでナイフが5mmも刺さらないんだよ。鉄の羽毛?とか思うよね、触るとモフモフなのにさ!強靭な足でリンゴを握りつぶしたのはかなり前だ。シズちゃんが朝の仕事で山に登ってる間、ベルと俺は対決する。勝った方が帰ってきたシズちゃんに最初に抱きつける…ってね。




ピルルルルル♪っとシズちゃんに甘えるベル。

俺が本気で投げつけるピーナツを事も無げにキャッチして食べるベル。

シズちゃんが作ったダイニングの止まり木が上過ぎてそろそろ頭が支えてきたベル。

最近、普通に攻撃するよりも俺の頭や肩に乗ってこようとする(絶対嫌がらせだ!)ベル。

ドタチンの帽子を奪って潜ろうとするベル。

ワゴンの連中に何故か「べーやん」と呼ばれているベル。

運び屋の写真・動画メモリの最高容量を誇るベル。


愛してなんかいないけど、この山にはシズちゃんと俺だけが居れば良いと思っているけれど、それでもまぁ、居ても良いかな…位には思ってやっても…良いかな。










お気に入りのチェアで眠る臨也の膝の上、そっと大きな金色が降り立った。
もぞもぞと動いた後、いい具合の場所に落ち着くとそのまま目を閉じる。





そよ風がチェアをそっと揺り動かしたと同時に、臨也の手がベルを優しくひと撫でした。






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