久しぶりに仕事で完徹して昇ったばかりの太陽が目に眩しいある日の朝だった。
普段なら俺はまだベッドの中で睡眠中の時間だが、日の出と共に起きるシズちゃんはすでに活動中だろう。
パソコンのモニターを長時間眺めた目頭を揉みながら窓を開けると、丁度シズちゃんが家畜を連れて山に登っている姿が見えた。
いつも通りシズちゃんの後ろには、軍隊のごとく家畜どもが列をなして…

「ん?」

俺は目を擦り、もう一度その光景を見直す。
先頭にシズちゃん、そしてその後にヤギ、ヤギ、牛…かと思ったら、ヤギ、ヤギ、ヤギ、ヤギ、羊、羊、そして犬、犬、犬ときて牛、牛、馬…馬ぁ!?
いつの間にか増えてる!?
明らかに以前より長く伸びた列が行ってしまうのを見て、俺は部屋内を移動して別の窓を開けた。
この方角には家畜小屋があるのだが、
「…増えてる」
見下ろすと鶏もやけに増えてるし、小屋も増築され、アヒルや豚の姿も見える。
「…ここは動物園か」
ちょっぴり呆れて溜息を吐く。
気付かない俺も俺だが、家畜小屋付近に自分から近付きたいなんて思うわけがないし、何より動物に興味ないから仕方がない。
シズちゃんは最初は捨て犬や猫を拾ってきたら俺に見せてきてたのに、あまり俺がいい顔しないもんで、黙っているようになったようだ。
世話は結局シズちゃんがしてるし、ペットは別にして農場なんだから家畜を増やすのはむしろ賛成なんだが、なんだろうね、ちょっと切ない。
眠気が飛んでしまい複雑な心境で窓の縁に頬杖をついていると、シズちゃんが拾ってきたのであろう猫が飛び掛ってきてよじ登ろうと俺の服に爪を立てた。痛い。俺は感傷に浸る暇もないのか。


山から戻ったシズちゃんは、ただ座ってコーヒーを飲んでるだけの俺の顔を見て、何故か眉をひそめた。
「何怒ってんだ?」
「怒ってないし」
というか拗ねてるんだな俺は。
認めるのはしゃくだがそういうことだ。
シズちゃんは首をかしげながらも俺の頭を撫でてきた。獣くさい手で触るなよ。
察しろといっても、鋭いようで鈍いところもあるシズちゃん相手なので黙っていてもしょうがない。結局俺は口を開いた。
「シズちゃん、怒ってないし怒らないから言ってよ。動物増えたよね」
「あ、あーそれか。まぁ、うん」
シズちゃんは納得したように頷いて、それから目を泳がせた。
その様子に俺も溜息を吐いた。
「あのさぁ、俺は動物好きじゃないし、世話するつもりもないよ。シズちゃんが他の農場の厄介動物押し付けられたり、この山が姥捨て山よろしく捨て犬捨て猫置き場にされたりもムカつくしさぁ」
俺はシズちゃんの中途半端に浮いた手を苛立ちまぎれにギュウッと握ってやりながら言った。
「それでもシズちゃんの手助けはやりたいんだ」
俺の渾身の握力も、シズちゃんには嫌がらせにもならないようで、俺に手を握られたままシズちゃんはポカンとしていた。
ムカつくけど正しい反応だ。
出会って以来嫌がらせを山ほどしてきた俺の言うことだもんね。
でも今は本当にそう思ってるんだよ。
「牧草が生えてる間はいいけど冬とか、この山だけでまかなえない餌代とかどうすんの。シズちゃん適当になんとかしちゃいそうだけど、俺ならちゃんと計算してもっと効率よく用意できるし、ペットなんかは里親探しでもっといい環境での保護だってできる。だから…」
シズちゃんのいつまでも丸くなった目が耐え切れなくて俺は俯いた。
「だから、俺にも話してよ。いやな顔はするけどさ、それに懲りずに話してよ」
自分のことを棚上げして何言ってんだろうと思うけど、それが折原臨也なのだと諦めて欲しい。
俺の仕事には関わって欲しくないけど、シズちゃんの仕事には俺を関わらせて欲しい。
「俺のこと少しは利用してくれたっていいだろ。どうしたって俺はシズちゃんのことほっとけないんだから…」
だんだん恥ずかしくなってきた。
なんとか言えよシズちゃん。
いつまでも黙っているシズちゃんの足を踏んでやろうと思ったら、グイッと襟首を掴まれて引き寄せられ、ぎゅうぎゅう抱き締められた。
「いたっ、痛いってシズちゃん!」
ぐりぐり頭を撫でられてもがいているうちに、シズちゃんの耳が赤くなってるのに気付いて俺も赤面してしまった。


結局シズちゃんのよく分からないツボに触れてしまったらしい俺が、落ち着いて家畜の現状を聞き出せたのは数時間後となってしまった。
「え、増えた牛って雄なの?なにその出産フラグ」
そして馬は引退した競走馬…シズちゃんのおかげで馬肉フラグから逃げ出せたというわけだ。
貰ってきたり拾ったり、いつの間にか増えてたりで、現在は牛2頭、馬1頭、ヤギは4匹、羊2匹、豚2匹となり、アヒルは数羽、放し飼いの鶏はもう数の把握もしてないという。
他の増えた犬猫は貰い手が探せるとして、種類ばかり増えた家畜はこの先数も増えるだろう。
「餌はもうサイロを用意しないと駄目だな。いっそ家畜小屋ごと一斉リフォームとか」
どの小屋もちょこちょこ増築しまくって不便そうだし、最新の設備を入れて機能的な畜舎にすればシズちゃんの負担も減るし。
ああ、俺の中で今、静雄農場プロデュース熱が熱い!
午後のティータイムを終え一緒に一つのハンモックに揺られながら、俺が今後の計画を練っている間も、シズちゃんは俺の頭に頬をくっつけてまるで猫みたいにごろごろしていた。息が当たってくすぐったい。
動物にこんな風に懐かれるのはごめんだが、シズちゃんだから許してるんだよ俺は。
とはいえシズちゃんも、こんな風にできるのが俺だけだからここぞとばかりに懐いてる気もする。
これだけ動物が増えてもいまだシズちゃんに懐いているヤツはいない。
動物たちはシズちゃんを敬愛しているが、同時に畏怖して一定の距離を持ったままなのだ。
でも、と俺は考える。
例えば生まれたばかりの動物をシズちゃんが育てればどうだろうか。
目を開けたばかりの赤ちゃんだとか、あるいは卵から孵したヒナだったり、いわゆるインプリンティングでシズちゃんを親とみなす動物がいたら、シズちゃんに懐くかもしれない。
そしたらシズちゃんはきっと我が子のようにかいがいしく面倒を見るに違いない。たぶん微笑ましい光景になるんだろうな。
俺は子どもなんか産めないから、そんなシズちゃんが見られたらいいな、なんて…

ふとシズちゃんと目が合って、そのままキスをされた。
いろんな可能性を飲み込んで、俺は黙ってシズちゃんに身を寄せた。
家族を増やすのも悪くないけど、もうちょっとだけ、二人だけの新婚気分でいさせて欲しい。
なんてね。



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