最近臨也の機嫌がいい。
それは喜ばしいことだと思う。思うのだが、俺はそれが何故か気に入らない。
「いや〜忙しい忙しい」
そう言って家から出て行く臨也は全然大変そうな顔ではなく、そのヘラヘラとした笑顔を見ていると俺は無性にイラッとして、いってきますと手を振る臨也にろくな返事を返すことができないのだ。
山を降りていく臨也を見送りながら、俺は皺の寄った眉間を揉んだ。
懐かしい感覚だ。
これは昔池袋で何度も味わったムカつきと同じ類だ。
何故それを今になってまた感じているのか、本当は薄々分かっている。

臨也は今、ふもとの村おこしに夢中になっていた。
過疎化が進む村に人を呼び込もうと、就職先、転職先として知名度を上げるため、都会からガキ共のホームステイを斡旋してるとか…。
いまだに人が好きだと公言する臨也らしいと言えばその通りなのだが、ふもとの人たちややって来たガキ共の間をうまく立ち回って、よろしくやっている姿を見ていると、池袋で信者をはべらせていたあいつを思い出す。
そしてイラついてしまう自分に、昔とは違い理由を思いついてしまうため、俺はキレることができないのだ。
ああそうだ。これは嫉妬だ。焼き餅だ。ジェラシーだ。
いい年してなんだかなぁ…と思うものの、他の奴を構う臨也に、あいつを慕う他の奴に、俺は確かにムカつきを感じている。
ムカつきを感じることに懐かしさを覚えるということは、昔から俺はそうだったのだろうか。その、あいつに対して…
俺はフルフルと首を横に振って溜息を吐いた。
昔はあいつが何を考えてようが何をしようが関係なかった。ただムカついてムカついてムカついて、それはあいつがムカつく奴だからムカつくんであって仕方がない。そこで思考が止まっていたように思う。
今は、ムカつくことの理由、その先を考えてしまう。それは俺があいつのことを知ったからだし、知りたいと思うからだ。
俺はなんだか久しぶりにタバコが吸いたい、なんて考えながら鍬を肩にかけた。
「一体いつから好きだったんだろうなぁ…」
今日はあいつが好きだと言っていた春キャベツでロールキャベツを作ろう。
付け合わせのパンを作るのは、結構ストレス解消になるのだ。
臨也は村へ働きに、俺は畑を耕しに、そんな一日が今日も始まる。



「お祭りだよシズちゃん!」
村の寄り合いから戻った臨也を、山の入り口まで迎えに降りたら開口一番そう叫ばれた。
「夏祭りだよ夏祭り!やっと許可が出たんだ。予定が押しちゃってお盆時期過ぎちゃうけどさ、楽しみだねぇ!」
「おまえ、そんなことまでたくらんでたのか」
「人聞きの悪い言い方しないでくれる?お祭り楽しくない?あ、シズちゃんお祭り行った事ないから知らないんでしょ。楽しいよ?しょうがないなぁシズちゃんも参加させてあげるよ!感謝してくれてもいいんだよ?」
「………」
「あっぶな!かすった!今かすった!無言でデコピン実によくない!」
臨也はきゃんきゃんわめきつつ、歩く俺の背中に後ろから助走をつけてピョンと飛び乗ってきた。
山を登る時、ノミ蟲はおんぶ蟲へと変化する。
モヤシな臨也などたいした重さも感じないし、むしろこいつに歩かせるより背負って行った方が早く帰りつくので俺は特に文句は言わない。
のしのしと最短コースを歩いて帰宅する俺の背中で、臨也は足をブラブラさせて、やはり機嫌が良さそうだった。
「せっかくだし、シズちゃん浴衣買ってあげようか。夏だから白地に青とか涼しげでいいと思うんだけど」
「おまえはやっぱ浴衣も黒か」
「どうしようかな。シズちゃんとおそろいにしちゃおうか」
俺が黙っていると、臨也は吹き出し「拒否れよ」と笑い声を上げた。

しかし結局その祭りで俺たちが浴衣を着ることはなかった。
今俺が着ているのはハッピだ。動きやすさ重視でTシャツにハッピ。
のどかで静かな田舎村がにわかに活気付き、人気のなかった神社周りにテントや机を並べ、村人が集まってワイワイと騒いでいる祭り当日。その一角で俺はハッピを羽織ってせっせと手作りプリンを売っていた。

楽しそうに祭りの準備でくるくる動き回る臨也を見て、うっかり俺も何かやるなんて言ってしまったばっかりに、なかなかややこしいことになってしまった。
祭りの参加を口にした俺を、臨也は驚いた顔して見た後、はしゃいで出店するよう勧めてきた。
串焼きとかいいんじゃないかなここ肉ならいっぱいあるし!などという臨也に軽くデコピンをくらわして、畑の野菜か乳製品かと悩んで最終的にプリンに決めた。
うちで採れたミルクと卵と蜂蜜で作ったプリンには自信がある。
何を売るかを決めると保健所の許可を取ったり屋台の準備をしたり意外と大変だった。
面倒なのはほとんど臨也が手配してくれたし、屋台作りは門田が、プリン作りはセルティが早朝から付き合ってくれたりして、今俺は静雄農場初商品であるプリンを売っている。
当日は朝からプリンを数焼くのに時間がかかったが、うちの動物たちに祭りがあるから今日は頑張ってミルクと卵産んでくれよと頼んだおかげか、用意したカップ分だけプリンを作ることができた。(そのカップも臨也が業務用だとかいうのを用意してくれたものだ)
耳にタコができるほど臨也から「タダで配るなよ!」と言われていたので1個100円で売り出したが、山からクーラーボックスで持ってきたプリンは次から次へと売れていって、なんだかちょっと感動した。
途中まで臨也も手伝ってくれたが、慣れない接客は大変だった。
それでも目の前で俺の作ったプリンを美味しいと言って食べてくれる村の人たちに、気恥ずかしいよりも嬉しさの方が大きかった。
「うわーうっそ!もう売り切れちゃったんだ」
他所へ行っていた臨也が戻ってきた頃には、机の上の最後の一つが人の手に渡ったところだった。
「お疲れシズちゃん」
そう言う臨也の方がうっすら汗をかいている。
祭りの関係者が着るハッピをこいつだけは着ていないが、役員以上に動き回り、ちょこちょこと祭りをサポートをしていたのを遠目に見ていた。
うちわで扇ぎながら「きゅうけーい」とクーラーボックスの上に座る臨也に、俺は別のボックスから一つだけ残していたプリンを取り出し手の上に乗せてやる。
「いいの?」
「おまえ今日ちゃんと飯食ったか?」
「さっき新羅の様子見に行った時ちょっとだけ一緒に食べたよ」
「じゃあデザートな」
俺がそう言うと臨也は笑ってポケットから百円玉を取り出した。
「別にいらねーよ」
「ダ〜メ。ちゃんと受け取りなよ。子どもだって少ない小遣いから対価を払ってこのプリンを食べてるんだよ?ここで俺がタダ食いなんてしたら、その子が食べたプリンの価値まで変わっちゃうと思わない?」
「…まいどあり」
いちいち屁理屈をこねずにはいられない臨也から百円を受け取り、スプーンを渡すと臨也は満足そうに笑ってプリンを口にした。
「疲れた時にはやっぱ糖分だなぁ。ん〜!甘いのが身にしみる〜!」
「朝から出ずっぱりだからな」
今日はお互い早朝から大忙しだった。
俺は早起きは慣れているものの、昨夜も遅くまで準備していたから寝不足だ。
横から差し出されたスプーンを口にすると、プリンの甘さに俺も溜息が出た。
「なんだ、もう店じまいか?」
一足遅れて門田が現れた。悪い、プリンはもうない。
「でもちょうど良かった。ちょっと手伝ってくれないか?広場のスピーカーの調子が悪いみたいで交換したいんだが、替わりのスピーカーがでかくて一人じゃ持ち上がらなくてな」
「あーやっぱアレ持たなかったか。年代物だったしねぇ」
「頼む静雄」
「別に構わねぇ」
臨也を振り返ると、笑って頷かれた。
「ここは俺片付けとくから。いってらっしゃ〜い」
ひらひら手を振られて俺も頷いて門田と歩き出す。
臨也に頼まれたかなんだか知らないが、門田もわざわざここまでやって来て、祭りの手伝いをさせられてるとはご苦労なことだ。
やたらハッピ姿が似合う門田は少し歩いてからぼそりと言った。
「…なんか変な感じだな」
「あ?」
門田はチラリと臨也の方を振り返って苦笑する。
「…なんつーか、おまえら仲いいなと思ってよ」
「は?そうか?」
おまえと臨也こそ仲いいだろうがと俺が首をかしげると、
「いや、おまえらがそういう仲ってのは知ってるけどな。こんな人がいる所で普通にイチャついてるの見ると、昔とのギャップがなぁ」
「イ、イチャついてねーよ」
門田に自覚ねーのかと言われて俺は考える。確かに仲はいいだろう。じゃなきゃ一緒に暮らしてるわけがねぇ。
昔はそれはもう悪かった。殺し合いをするほど悪かった。それをこの村の連中は知らないだろうが、門田は近くで見てきたのだ。
もしもここが池袋だったなら、今の俺たちは変な感じどころじゃなく変だ。そう思われるに違いない。
でも俺はここで平穏な生活を手に入れた。夢だった小川のせせらぎを聞きながら昼寝ができる環境を手に入れた。だがそれ以上にここで手に入れられた一番大事なもの、それは臨也だ。
俺がここに来なかったら、臨也は手に入らなかった。
あのまま池袋にいたら、手に入れるどころか、俺はいつか何かをきっかけにあいつを失っていただろう。
考えてみたら紙一重な偶然のようだが、なるべくしてなったようにも思う。
臨也が初めてここに来た時、あいつの存在がすとんと俺の中に収まったのは、たぶん、つまりそういうことだからだ。

今更のように臨也のことを考えていると妙にムズ痒くなったので、それを追い払うように門田について祭りの手伝いに精を出した。
村には男手が少ないので俺と門田は引っ張りだこで、時々臨也とすれ違うが、ようやく落ち着いて合流できたのは打ち上げが終わって帰る頃だった。
門田は俺の家に泊まる予定だったが、打ち上げのあった村田さんちで今日の働きを絶賛され、家人の厚意でそのままそこに泊まることになった。
だから俺は臨也と二人で帰路についた。
臨也も打ち上げで飲んだらしく、アルコールが入ってしまったので車を置いて山まで歩く。
車を運転する時は暗さに文句を言う臨也だったが、今は手を繋いで歩くのに暗くてよかったなんて言いながら。
「シズちゃん、お祭り楽しかった?」
「ああ」
忙しかったけど、楽しかった。ムカついたこともあったけど、結局は臨也には少し感謝している。
「今年は色々大変だったけど来年はさ、人手もっと確保するからさ」
俺の掌に手をもぐりこませて、指を絡める臨也の体温はいつもより高い気がした。
「そしたら今度は一緒にお祭り回ろうね」
ぎゅっと指に力を込められて、俺も加減をしながら握り返す。
ここまでならなんだこのかわいいアラサー野郎は!となるところだが、臨也の口は止まらない。
「シズちゃんは来年もっとプリンの数増やそうよ。あの好評っぷりは俺の想像以上だったし、売り子は学生のバイトでも雇えばいいし。いやお祭りだけじゃなくて、村の産直通販のサイトに載せてもいいんじゃないかな。いっそ静雄農場として直売してもいいし、プリンだけじゃなく他の乳製品、チーズとかバター、あ!生キャラメルなんかもどうかな?売れるよ絶対!俺としてはハムとかソーセージも…」
「………」
やや酔っているらしい臨也は俺のデコピンを避けられず、バスンという音と共に静かになった。
俺は足をもつれさせる臨也を背負い直して家路を辿る。
「あのよ…」
「………」
「プリンの数を増やそうとは俺も思った。金出してまで俺のプリンを食ってうまいって言われたのも嬉しかったしな…商品化も、考えてもいい」
首にまわった臨也の腕がピクリと動く。
「別におまえに言われたからじゃねーぞ。いくら自給自足ったって、まったく金使わねーわけじゃねーし、いつまでも宝くじの残金に頼ってるわけにもいかねーからな」
「………」
「まだ考え中だけどよ、農場としてちゃんとやっていけるようになるまで、もうちょっと待ってろ」
「………うん」
それまで苦労かけると謝ろうと思ったが、こいつは望んでここに来て苦労を楽しんでいるようなので、まぁいいかと口をつぐんだ。
祭り後の帰り道は、いつもののどかな静けさで、街灯のない夜道も星明りが俺たちを照らしてくれていたので暗くはないし、背中のぬくもりが俺が一人ではないことを教えてくれた。
耳元で臨也がぽそぽそと何かを呟く。
池袋では聞こえなかった臨也の声が、ここでならちゃんと聞こえる。聞くことが出来る。
だから、
「…俺も好きだ」
ちゃんと答えて、それから黙ってしまったおんぶ蟲を背に、俺は我が家に帰る足を速めたのだった。



戻る
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -