夏〜の元気なご挨拶…♪




『これで全部か?』
「あぁ、多くて悪いな。」
『いや、構わない。喜ばれる物を運ぶのは久し振りだしな。』
「何だそりゃ…。あんまり無理すんなよ?」
『わかってるよ。それじゃ、このリスト通りに配れば良いんだな?』

「あぁ、それで…だな。そこにも書いたんだが…。」
『? 何だ?』


「今年は…その…ちょっと頼まれて欲しいんだ……。」



* * * * *



「ん〜朝晩は涼しいけど、やっぱ昼は暑いな。」
シズちゃんが仕事に出掛けた昼下がり。東京や麓よりは遥かに涼しいとは言っても、やっぱり夏は夏。しかも猛暑だし、温暖化だって現在進行形だ。
「全く、これだから人間ってのは愚かで愛おしいねぇ。」
突き詰めれば…地球の異変の原因は何もかもが人間に結びつくんじゃないだろうかって位に人間の影響力は大きい。そしてそれによって返ってくる自然の驚異に晒されるのは生けるものすべてっていうんだから…。

「お前達にとって人間って傍迷惑な生き物だよねぇ。」
そう窓の外からこっちを伺ってる小動物共に笑ってやった。

「ま、それでも俺は人間を愛してるからね、この暑さだって甘受するさ。」
そう言ってシズちゃんのシャツを羽織る。元々暑さに弱いわけでもないから、これくらいなら裏のハンモックに揺られていれば心地よく過ごせるだろう。
ちなみにハンモックを利用する時は、シズちゃんの服をきっちり着込む事にしている。タオル類だと落としたり飛んでったり、盗られたり盗られたり盗られたりするからだ。誰とは言わないが某動画師に。

いつかそれ相応のお返しをさせて貰おうと思案しながら裏口へ足を向けたタイミングで、臨也の内ポケットから着信を告げる音が鳴り響いた。



* * * * *



「お久し振りです。電話なんて珍しいですね……四木さん。」
『折原さんも変わりないようで。…アレ以来すっかり表立っての行動を控えてるようでしたのでね。」

うちとしてもどう対応したものかと…ね。

淡々と話す四木に相変わらず食えないなと思う。実際今でも仕事でやり取りはしているものの、アレ以来は双方代理人を立てて取引している状態だ。踏み込んだとしてもメールで収まっていたというのに、今になって直接電話をかけてくるなんて。

(何かあったか?)

ここに居を移したからといって、情報が遅れるといった事にはなっていないと自負しているが、何かしら洩れでもあったのだろうか?

「私に変わりはないですよ。まぁアレは厄介でしたからね、当面『折原臨也』の名前を出さないようにしていただけですよ。」
御存知でしょうに、と笑う。

「それで?四木さん直々に連絡してくるって事は何か重大な事でも?」

些細な事で直接連絡を寄越してくる相手ではないだけに内心身構えた。けれど、四木さんが発した言葉はそんな身構えを突き破ってくるものだった。




「いえね、先日は結構な物を頂いたので。その御礼をと…思いましてね。」

「……何の…事でしょうね。」

本当に何の事だろうか。俺自身が四木さんに何か送った事は無いし、波江が勝手に(弟くん絡み以外で)何かするとは思えない。そして何事かと考え込む俺が喰らった追撃は相当なものだった。

「貴方が贔屓にしている運び屋が、貴方からだとうちの事務所に『お中元』を持ってきたんですがね。」
貴方からじゃないんですか?


その瞬間、脳内で「運び屋→セルティ→お中元→シズちゃん」と簡単に察しがついた。
ここ最近シズちゃん宛てに「美味しかった、ありがとう」の御礼電話がよく掛かってきていたし、お返しの品も届いていた。その時は単純に『タダで配るくらいなら売れよ!』と思っただけだったが、まさか…まさか俺の関係者にも配っていたなんて!

っていうか…

何て人に送ってんだ、あの大馬鹿野郎っ!!!
よりによって1番知られちゃいけない人にっ!って、シズちゃんが俺と粟楠会の関係を何故知って……るわけないよっていうか、俺の関係者の事なんて妹達しか知らないハズ…。何で……って、今はそれどころじゃないっ!

「……あの、四木さん…?」

「非常に結構な物だったんですけどね、初めはやはり警戒してしまいましてね。あぁ、お気を悪くしないで下さい、うちもこういう生業なものでしてね。」

「…はぁ。」

「でも折角の頂き物ですし、色々と調べさせて頂いたんですよ。そしたら毒性も何も出ませんでしたし、毒見させた連中がこぞって飲みたがるので依存性も疑ったんですが、それも無いようでしてね。…まぁ、単純に言うと美味かった…と。」

「………えぇ…。」

「そうなるとですね、残りの品を巡って取り合いのようになりましてね。」

「……。」

「赤林なんかは早々に1本飲み干したり…ね。」

「…………。」


「私はグラスに1杯しか口にできなかったんですが。」

「………;」


さっきまで暑い暑いと思っていたハズなのに、足元から寒気が這い上がってきた。
たぶん、これはシズちゃん特製ワインだ。俺が尤も商品化したいうちの特産No.1だ。あれは本当に美味しくて、売れば絶対大ヒット間違いなしだ。熟成させたくてもすぐにシズちゃんが誰かにあげちゃったり、料理に使っちゃったりで俺の手元になんか1本も無いのが悔しい…あのワインだ。
うわぁ…馬鹿だ。本当にもう何やっちゃってくれんだ、あの馬鹿。何回でも言ってやるよ、あの馬鹿。これは、もしかしないでも……。

「…ところで、折原さん。あのワイン、ラベルも何もありませんでしたが…一体どこので?」

判ってるだろうに、聞いてくる辺りがやはり四木さんだ。

「お口に合いましたか?何よりです。…実はうちの自家製でしてね。」
「ほぅ。」
「うちで楽しむ分しか作れないんですが、今年は少し余分に出来まして。」

些少ながら贈らせて頂きました。っと、心にもない言葉で取り繕う。効く相手とも思えないが、こちらの姿勢をまず示しておかないと…隙をどんどん突いてくるのがアチラさんの手法だ。

「自家製…そうですか。しかし…なかなかのお味でしたよ。商品化する予定は「生憎と売るほどの量を作れないのが現状でしてね。」

これは嘘じゃない。商品化したいのは山々だけど、うちの手元に残らないんだから。

「今現在でも…うちに1本あるかないか…いや、無いんじゃないですかね。残り全部ビネガーにしたと思いますよ。無添加なので。酢酸菌を購入してましたし。」
俺も後から知ったんだけどね。ドヤ顔でドレッシングに使えって渡された時には瓶を後頭部にぶつけてやろうかと思ったけどね。勿体無いからしなかったけど。超美味しいドレッシングが出来たけど。


「…お話から察するに、折原さんのお連れはなかなかの職人のようですね。」
「ただの商売っ気が皆無な同居人ですよ。」
「数は少なくともプレミアが付けば良い商売になるんですがね。」
「繰り返しますが、商売っ気が皆無なんですよ。」

「そこは貴方が何とかするおつもりなのでは?」

「………。」

図星なだけに咄嗟に言葉が出なかったのは一生の不覚だ。が、ここで「そんな事ない」なんて嘘くさい事も言えるハズもなく…。

「今季の葡萄の収穫時期には具体的なお話ができるように…期待してますよ。」
商品化には粟楠会を通せ…とのお達しだ。あぁ…何でこんな事にっ!くっそいくらの損失になると思ってんだっ。


「それで。本当にもう1本も残ってないんですか?」
…四木さん、そんなにグラス1杯だけだったのが悔しかったの?



1本丸々呑んだとかいう赤林さんの今後を思うと少々不憫に思いつつ、電話を切った俺はすぐさま新羅に電話を掛けた。

「やぁ、新羅。…どういうつもりだい?」



* * * * *



「今年は…その…ちょっと頼まれて欲しいんだ……。」

『どうした?』

「あの…よ。このお中元なんだが…いくつか余分に入れてあるんだ。」
「だから…その…。」

『?どこか別のところに送るのか?』

「あぁ…。あの…臨也のよぉ…両親とか、事務所の奴らとか…普段あいつが世話になってる奴に…送ってやって欲しいんだ。」

『静雄、お前…。』

「あいつ、あんまりこういう事しねーからな。あぁ…送り先は適当で構わねぇから。でも、その…ご両親には…送ってやってくれ。あ、臨也からってな。」

『わかった。必ず届けるよ。』
「…わりぃ、サンキュ。」


…そう約束したのは良いんだが…。


『新羅、ちょっと良いか?』
「どうしたんだい、セルティ!僕はいつだって準備OKだよ!」
『臨也が世話になっている関係者といえば誰になるんだ?』
「あぁ…今日も素敵なスルーだね!愛おしいよ!…えっ?臨也?」
『静雄からの依頼でな。臨也名義でお中元を配りたいんだが…家族と仕事先以外でどこに配れば良いのか判らなくてな。』
「へぇ…静雄君も良い旦那さんしてるんだね。(臨也にはいい迷惑なんだろうけど)」
「そうだねぇ、臨也が世話にっていうか…贔屓にしてる所で良いんだと思うよ?」


「たとえばさ、仕事のお得意様『粟楠会』とか…ね。」




* * * * *



そして、その夜。

「ちょっとシズちゃんっ!どういう事?!」
勝手に俺名義でお中元を送った事について小一時間ほど説教した。
「やっぱ…迷惑だった…か?」
と、ションボリするシズちゃんに正直絆されそうになったけどっ!それでも!この先同じような事が起きない為にも最初の躾が肝心だっ!四木さんは手遅れだけど。

まぁ…でも…久々に親から連絡が来たり、波江や後輩達が意外に喜んでいたり、ちょっとだけ感謝はしてるんだけどね。だからというか…そんな思いもあったからか、俺の説教に遠慮が入ったのかもしれない。いや、シズちゃんの脳ミソが可笑しな変換をしたんだ、きっと。
だから…

「わかった。今度はちゃんと俺とお前の連名で贈ろうな。」

そんなちょっと照れた顔で可笑しな事を言い出すんだ。
何言ってんの!何言い出すんだ?!誰に!何処にどう送るって?!


「ちょっとソコに正座しやがれぇぇぇぇぇっ!!!」




本気モードの説教タイム突入である。







そして、嵐がくるフラグがひっそりと立ったのだった。


【今度、挨拶も兼ねてお伺いさせて頂きます。あとウチへの発送物は四木宛と明記をお願いします。四木】









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