僕の愛しのセルティは、首をなくしてから昔の記憶を喪失しているが、静雄の山にやってくると懐かしさを感じるという。
自然の中にいるセルティは纏う空気も柔らかくなりとても嬉しそうだ。
だから僕もここにくることはやぶさかではない。
ないのだが…

「ああセルティ!君と引き離されてもう7時間と54分も経ってしまった!君と共にいるためにあえて闇医者という道を選んだというのにそれを逆手に僕を脅迫して君と僕を引き離した静雄が憎い!臨也が憎い!」
「うるさいなぁ新羅」
「ああセルティ!君と引き離されてもう7時間と55分!」
「はいはいもう開放してやるから黙ってろ」
僕のテンションとは違い、隣で疲れきった声を吐き出しているのは臨也だ。
眼鏡をかけて車を運転している彼は眉間に皺を寄せてハンドルが体に付くくらい前のめりになっている。
「その眼鏡度があってないの?」
「むしろよく見えるようコンタクトよりきつめの度にしてんだけど…この辺は街灯ないから暗くて見え辛いんだよ。道は狭いし水田にタイヤ落ちたら面倒だし」
そう言う臨也はブツブツと次は街灯増やしてやる、などとぼやいていた。

静雄と臨也が田舎に引っ越してはや幾年、静雄はともかく最初はあの臨也がこんなところで耐えられるのかと思ったが、それは杞憂に終わったようだ。
臨也は自分が適応するのでなく、村を自分に適応させようと動き出した。
去年からだった。臨也はふもとの村の中枢に村おこしを提案して、それを積極的に補助し始めた。
まず農産物を中心にネット通販を始めたのがとても臨也らしいのだが、ある日羽島幽平がツイッターでその商品を紹介したため売り上げが爆発的に伸びた。(たまたまお土産として静雄が送ったものを食べて美味しいと呟いたのを臨也が拡散させたためだ)
また同時期には都会の大学から農業体験として学生を村に呼び込み、お年寄りたちの家にホームステイをさせる企画も始めたらしい。
村は臨時で働き手を得て喜び、適度に遊びを盛り込んで学生も満足するスケジュールを組んだという。
都会にはない澄んだ空気、美味しい食事や綺麗な星空など、レポートさせて評判は広がり、今や体験入村の申し込みは空き待ちになっている。
村によそ者を入れることに反対する人がいないわけではなかったが、臨也はそこでも慎重に学生を選抜し、品行方正な体育会系の学生で受け入れた村人に好印象を与え、それを村中に広めさせて逆に学生の取り合いをさせた。
そうすることでやってくる学生への待遇を自然に高めさせたのだ。
影で自らが受け入れ先の老人や学生のカウンセリングを行ったり色々苦労はあったらしいが、
「閉鎖された土地で生きる村民に内申書を気にする学生、どっちも悪いことはできないし、今の世の中擬似家族とはいえ家庭に飢えてるのは都会も田舎も同じだよ。寂しい老人に寂しい若人がお互いに補い合う。いやぁ、やっぱり人って愛おしいねぇ」
なんてことを言いながら臨也は挨拶してくる人々に爽やかな笑顔を返していた。
「俺が操作したのなんて最初の方だけだよ。方向さえ示してやれば人は歩き始める。都合の悪い異端者が出たとしても、勝手に注意して、懲らしめて、排斥してしまうんだから、俺は揉めた時に後片付けを手伝うだけでいいのさ」
僕の前では得意げに人の悪い笑みを浮かべるところは昔のままだ。

学生の体験入村はショートステイの他には夏休みにロングステイがあり、その日程の最後には夏祭り企画もあった。
村の夏祭りを村人と協力して運営し、成功させるという計画だ。
実は今日はその夏祭りの日で、第一回目とあって臨也はその手伝いで村中を駆け回っていた。
文化祭のノリで張り切る学生と、お祭りの復活に張り切る村人との間で臨也はうまく緩衝材となり、夏祭りはほぼ大成功だっただろう。
「何事も最初が肝心なんだよ。最初がうまくいかないと二回目はないし、うまくいったら次が失敗してもまた頑張れる」
今年は花火までは用意できなかったが、これで来年には十分に予算をふんだくってもっと大きな祭りをやれると臨也は笑った。
で、何故僕がここに駆り出されたかというと、村に一人しかいないかなり高齢の老医師まで張り切りすぎて熱射病で倒れたからだ。
祭りには静雄も出店するというので、静雄ハウスが留守の隙に二人っきりでセルティとイチャイチャしようと山にやってきていた僕は、ピンチヒッターとしてセルティを残して無理矢理下山させられたのだ。
露天風呂を目の前に非常に不本意ではあったが、心優しいセルティが手伝ってやれというからしぶしぶ祭り本部のテントの下で白衣で待機させられていた。
山に来る時は人前に出られないセルティとほとんど一緒にいたので、見慣れない僕は珍しがられ色々話しかけられて大変だった。
結局仕事は転んだ子どもの消毒と絆創膏くらいで自慢のメスを披露することもなくつまらなかったので、僕は大変不満いっぱいだ。
「汗だくで頑張ったのに報酬は出店の差し入れのみとか!」
「シズちゃんが勝手にタダでいいですなんて言っちゃったからねぇ…別に交渉してやってもいいけど新羅無免許だし」
「お金なんていらないさ!僕は要求する!セルティとの二人っきりの露天風呂体験を!」
「別にいいよ。まだシズちゃんもドタチンもお祭りの片付け手伝ってるし、村田さん家で打ち上げもあるし」
「誰村田さんって!というか、え!いいの!やったー!そうと決まれば臨也ハリアップ!アクセル踏んで!」
「だから暗くてそんな危ないことできないんだって」
「臨也使えない!使えないよ!セルティなら暗くてもへっちゃらなのに!」
「車庫までしか送らないからあとは自力で登れよ」
「この人でなし!」
「新羅には言われたくない」
正直言うとお祭りは楽しかった。セルティがいればもっと楽しかったけど、村人は皆いい人だし、山ほど積まれた差し入れはどれも美味しかった。
静雄は色々悩んだらしいが、野菜だと他の店とかぶりそうだからと牛乳と卵と蜂蜜で作ったプリンを出店していた。
予想以上に好評ですぐに完売して驚いていたが、その後は助っ人の門田君と祭りの手伝いを続けていた。
臨也も同じく各所のフォローで動きまくっていたが、やぐらの周りで子どもの盆踊りが終わったのをきっかけに僕の帰宅のため車をまわしてくれたのだ。
「来年こそは早めに帰って花火見ながら風呂に入るんだ〜。楽しみだなぁ、楽しみだなぁ!」
今までそのための布石を打っていたのだと臨也は笑う。
でもその手回し中の方が臨也はイキイキしてると僕は思う。それが他人にいい方に働くか、悪い方に働くかなんて彼にはどうでもいいのだ。
池袋では悪い方に働いた。ここではどっちに転ぶだろうか。
いいか悪いかなんてそれぞれの主観でしかないし、僕にはどうでもいいのだけれど、セルティはいいことだと思っているらしい。
そのためか最近は臨也への苦手意識が薄らいでいる気がするのは、少し面白くない。うん。

車庫にたどり着いて臨也が車を止めると、そこでセルティが手を振っていた。
僕は車を飛び出してセルティに抱きつこうとしてカウンターを顔面に浴びる。ああ!愛が痛い!
「こんなところまで来て僕のことを待っててくれただなんてセルティ!ああセルティ!」
『いやさっき臨也からここまで迎えに来いと連絡があったから』
そうPDAを差し出されて、僕は方向転換をしている車に駆け寄った。
「ありがとう臨也!君は僕の心の友だ!だから2時間、いや3時間は戻ってこないで欲しい!」
「おまえな…まあいいけど。露天風呂汚すなよ。俺たちも帰ってきたら入るんだから」
「ごめんそれは保証できなブホァッ!!」
後ろからセルティに殴られて窓から引き剥がされた。
『ygfhjほvjよ汚したりなんかしない!断じて!』
「うん、俺が心配してるのは新羅の鼻血とかだから頑張って」
臨也はひらひらと手を振って車を走らせた。
それを見送ってセルティがシューターにまたがる。手を引かれてその後ろに僕もまたがった。
『お祭りは楽しかったか?』
「セルティがいればね!来年は一緒に行こう!」
『無茶言うな。私は…』
「大丈夫、色々なんとかなるもんだよ。あの二人を見てたらそう思わない?」
『…確かに』
静雄も変わった。臨也も変わった。そして村も、変わっていく。
僕は友人として、楽しそうで良かったと、本当に思っている。
だから僕も、
「お楽しみタイムはこれからだよセルティー!!!」
『やかましい!!!』

こうしてある村のある祭りの夜は更けていくのだった。



戻る
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -