身近にいる人間がシズちゃんしかいないという環境に住むことになってしまった俺であるが、人間観察という趣味がなくなったわけではない。
山の生活に慣れて心に余裕が出てくると、あまり期待していなかったふもとの村に興味が出てきたので、買い物ついでに積極的に交流を持つようになった。
田舎という閉鎖的な社会に生きる人間の観察というのも意外と悪くない。
運良くよそ者を村八分、なんて対応はされなかったので、情報収集にまずは主婦層と仲良くなった。
主婦層と言っても、これがまぁ驚くほど若者がいない。40、50を越えたおば様方がメインの主婦層である。
子供がいないわけではないが、高校入学か卒業のタイミングで村から離れてしまうのがほとんどなのだろう。
家を継ぐ以外の就職口がほとんどない村だから、そのまま戻ってこないのだ。
昔はそうでもなかったとおば様たちは言う。
もっと子どもも若者も多くて夏には祭りなんかもあって賑わっていたらしい。

「へぇ、お祭りですか。いいですねぇ」
「そうよぉ、打ち上げ花火なんかもあげたりしてね。結構盛大にやってたの。みんなで出店やったりして、楽しかったわねぇ」
「若い子たちは盆踊りの練習したり、やぐら立てたりしてねぇ」
「懐かしいわぁ。お祭りになるとうちのお父さん張り切っちゃって、子どもに喜んでもらいたくって毎回綿あめ作りの練習してたわぁ」
「うちは鰻の蒲焼きやってたのよ。お父さんが鰻さばいて私が焼いて。おばあちゃんのタレが人気でねぇ」
「うちの卵焼きだって人気あったんだから。うちが養鶏所やってるからだけど、次の日市場に卸す分もなくなっちゃったりしたのよぉ」
「へぇ、各家庭で屋台出してたんですか?楽しそうだなぁ」
思い出話に花を咲かせる井戸端会議に混ざって俺の胸も期待に弾む。
お祭り、いいねぇ。大好きだ!いっぱい人が集まるし、楽しいし!
「もうお祭りってやらないんですか?」
「そうねぇ。もう子どもの数も減っちゃって、若い人手もないからって、だんだんやらなくなっちゃってねぇ」
「最後にやったの20年くらい前かしら」
「ええ〜そうなんですかぁ…」
ガックリ肩を落とすと、その肩を叩かれた。
「静雄ちゃんたちが来てくれて、期待してるのよぉ!もっと人が増えたらお祭りもまたやれるようになるかもしれないし!」
「そおよぉ!頼むわね奥さん!」
誰が奥さんだ誰が。
うーんでもいいなぁ花火見たいなぁ。見たいなぁ。
「お祭りってどこが仕切ってたんですかねぇ」
「あら、確か村役場だったかしら」
「昔は子ども会の顔役さんが仕切ってたけど、最後の辺は村役場と農協が共同でやってなかった?」
「そうそう、でも結局誰もやってくれなくなっちゃってねぇ」
「村役場…」
ふむ、と俺は顎に手を当てて思案する。
住民票の移動とか山の権利書の手続きをするのに何度か役場には足を運んだことがあるが、一階建ての建物にお年を召した職員が2、3人いるだけだったなぁ。
ものすごくレトロな手書きの帳簿積み重ねて、骨董品みたいな古いパソコンが埃をかぶっていた。
確かに祭りの企画なんてエネルギー使う行事できそうにない感じだったな。
隣接する農協の方がまだ人数が多く、若い(といっても中年)職員がいたけど、こちらものんびりしていて昭和にタイムスリップしたような空気が流れてたし。
ちなみに農協にはシズちゃんの農作物を卸すための手続きとか口座を作りに行ったのだが未だに軌道に乗っていない。
せっかくの収穫物を馬鹿みたいに村の人たちや池袋の奴らに配るぐらいなら売れよ!
静雄農場と銘打ってはいるが、まだまるで農業できていないのを、そろそろなんとかするべきである。
最近は畑以外で取れるキノコや山菜、山芋、山ぶどうなど果物やハチミツまで豊作で、それ目当ての動物たちまで増えている始末だ。
もったいない。実にもったいない。
俺は無駄が嫌いだ。動物に食わせるくらいなら売るべきだ。
シズちゃんはまるで分かってないよ。
思わずハァと溜息を吐くと、おば様たちがここぞとばかりにどうしたのか聞いてきた。
「いやぁ、最近うちの山に、猪や猿や鹿とかでかめの動物が増えてるんですよね…」
つい愚痴ってしまう俺に、おば様たちはあらまぁと目を丸くした。
「変ねぇ、今年はまだうちの畑、動物の被害にあってないんだけどねぇ」
「そうよねぇ。昔はちょくちょく畑までたぬきや猪が降りてきて畑荒らしたりしてたのよ。でもここ最近減ってきてて、今年なんかまだ一回もないわよねぇ」
「去年もほとんどなかったけど、何年か前から減ってたわよ。あ、そうそう、ちょうど静雄ちゃんたちが来てからよねぇ」
それを聞いて俺は思わず口をつぐんだ。
ちょっと待て。それはもしかして、シズちゃんのせいじゃないか?
動物たちは山の食料が乏しいから山から下りる。だから畑が荒らされる。しかしシズちゃんがやってきて山が豊かになる。動物が集まる。村での動物の被害がなくなる。ってことじゃないか?
ああ、もしかしなくてもそうかもしれない。
首無しなどは俺のことを動物ホイホイと言うが、真の動物ホイホイはシズちゃんだよ。
ドタチンも動物の巣を作ったりして無駄に増えるのを手助けしているが、シズちゃんの場合は規模が違う。
シズちゃんは山の開拓で動物たちの居場所をも作ってしまったのだ。
豊富な食料、いない天敵(最大の天敵であるはずのシズちゃんが動物を受け入れている)なんて動物天国すぎるだろう。
まったく冗談じゃない。
これが人間なら家賃の一つも取り立ててやれるというのに。
動物たちはもっと感謝するべきだよ、シズちゃんにさ!

「やっぱり静雄ちゃんたちが来てからいいことが続くわねぇ」
「村が華やかになったしねぇ」
「ラッキーボーイよ。ラッキーボーイ」
もうボーイって歳じゃないのだが、彼女たちにしてみれば俺たちなど子どもみたいなものなのだろう。
のんきに笑うおば様たちに、俺は今度はこっそり溜息を吐いた。



井戸端会議から離れて俺は買い物に向かった。
シズちゃんは家畜を増やす割りにちっとも食肉にしようとしないので、村に下りた時はだいたいお肉屋さんに寄ることにしている。
そこで一つ揚げたてコロッケも買ってつまみながら隣の酒屋さんを覗いていると、猫が寄ってきたのでシッシと追い払う。
まぁ当然のように猫は散るどころか集まってきたのでうんざりしてると、その猫目当てに丁度小学校から下校途中の子どもたちが集まってきた。
「すっげー猫すっげー!」
「猫おじさんだ猫おじさん!」
子どもたちは猫に纏わり付かれている俺をキラキラした目で見ながら騒ぎ出した。
「そうだね君らからしたら俺ももうおじさんだよね」
先ほどと一転してのおじさん扱いにハハハと乾いた笑いをこぼすと、俺を見上げていた小学生どもは目配せしあって「猫お兄さん!」と言い直した。かわいいお子様たちである。
「ねぇどうやって猫集めてるの?」
「秘密だよ」
「教えてよマスター!」
「あ!うちの猫までいる!あたしからは逃げるのに!なんで?ねぇマスター」
流行りの漫画かなにかの影響だろうか。今度は俺のことをマスターと言ってまとわり付いてくる子どもたちのおかげで猫はだいぶ散って行った。
「ごめんね、その秘密をばらすと俺は宇宙に帰らなくちゃいけなくなるんだ。地球にはもっといたいから聞かないでくれ」
「マジで!重要機密じゃん!」
「そうだよ。ほら猫連れてっていいから、気をつけて家まで帰るんだよ」
「うん、バイバイマスター!」
「にゃんこマスターさようなら!」
「ハハ…バイバイ」
猫を抱えて去っていく子どもたちを見送って、猫切れを狙って酒屋に入る。
温泉に入りながらお酒をたしなむのもいいよね。と思いつつ店番のおじいさんに挨拶して日本酒の棚の前に行くと、色あせた写真が棚の横の壁に貼られていた。
夜空に咲く打ち上げ花火の写真だった。
温泉でお酒飲みながら花火見られたら最高だろうなぁ。
花火をあげるようなお祭りなんて、そういえばしばらく行ってない。
花火いいなぁ花火。月見酒以上にいいよ花火酒なんて。
軽く妄想に浸っていると、酒屋のおじいさんがもごもごと入れ歯を動かしながら話しかけてきた。
「昔はそういうの、この村でも上がってたんだぁ。そん時おらぁ撮ったんだ、それ」
「ああ、聞きましたよ。昔は村でお祭りがあったって。これその時の花火なんですか」
「そおだぁ、町の花火師呼んでよぉ。昔はこの村ももう少し人がいたんでぇ、若い衆がそろいのハッピ着て、太鼓打ち鳴らしてよぉ」
「いいなぁ。そんなお祭りまたやって欲しいですよねぇ」
「境内じゃあ子どもら集めて宝探しなんてしてたんだぁ」
「へぇ、宝探し」
「紙に当たり書いて丸めていろんなとこに隠すんだぁ。あぶれねぇように、たくさんな。そんで子どもらに当たりの菓子持たせて暗くなる前に家に帰したら、次は大人が酒飲んで騒ぐ番だ」
「ああ、それはいいですねぇ」
このおじいさんに限らず、村の住人は話し相手に飢えているのが多い。
聞く姿勢を見せるといくらでも話してくれるのでとても楽しい。
昔は若い子たちの話ばかり聞いていたけど、老人の話もおもしろいものだ。今まで周りにいなかったからね。
おじいさんは奥からおばあさんを呼んで俺にお茶を出してきて、祭りの話を聞かせてくれた。
祭りといえば都内のメジャーなお祭りで人でごったがえしたものくらいしか知らない俺には新鮮な話だった。
そして話を聞いていると、俄然体験してみたくなるものだ。
いいなぁ、おもしろそうだなぁを連呼する俺に、おじいさんは言った。
「今度の寄り合いで話してみるかぁ」
「寄り合い、ですか?」
「そうだぁ。顔役の村田さん家で来週あっから、農協のもんも来るし、また祭りできねぇか聞いてみるかぁ」
「それ、俺も行っていいですか?」
俺が身を乗り出すと、おじいさんは驚いた顔になった。
「おめぇも来んのか?」
「駄目ですか?誰かの紹介とかいりますかねぇ」
俺が行けたら説得する自信はあるんだけどな。
やはり新参者がいきなりは無理だろうか。
「駄目ってこたぁねぇだろうけど…」
おじいさんがチラリと隣のおばあさんを見る。
するとおばあさんはうんうん頷いておじいさんの背中を叩いた。
「いいじゃないのぉ。村の寄り合いって言ってもどうせあんたら酒飲んで騒ぐだけじゃない。平和島の奥さんなんて来たらみんな大喜びでしょうが」
「そうだなぁ」
そうなのかよ。でも、まあ、人脈作りと情報収集にはもってこいだな。
とりあえず顔役という村田さんの家に前もって挨拶に行きたいことを伝えると、その場でおばあさんが電話してくれて、前日に窺うことを段取りつけてくれた。
俺は頭を下げて慌てて腰を上げる。
山の入り口での、シズちゃんとの待ち合わせに遅れそうな時間だった。
俺は買ったお肉と日本酒を抱えて道の脇に止めていた車に駆け寄った。
そしたらちょっと目を放した隙に車は猫に包囲されていた。
「ああもう!」
俺はとりあえず屋根に乗った猫たちを追い払う。
それでもどかない猫を掴むと「にゃ!」などと生意気にも不満そうな顔で鳴くので、俺は猫の毛皮でフロントガラスに点々とついた足跡をぬぐってやった。



後日、村田さんのお宅にお邪魔すると、生協と通販の受け取り先でお世話になっている吉田の奥さんが遊びに来ていて、俺の紹介をしてくれた。
そのおかげで非常にスムーズに寄り合いに参加できることになった。
俺は心の中でにんまりと笑う。
最近ご無沙汰だったからね。たまには人を動かして、楽しいことをしようじゃないか。

こうして俺の「温泉で花火酒」計画は始動した。
ああ、楽しみだなあ!楽しみだなあ!



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