新羅から事のあらましを聞いて、俺は青ざめたり赤らんだり死にそうになったりしながら床をのた打ち回った。
臨也のアホがそんな勘違いをしていただなんて思いもよらず、でも勘違いだからこそまだ望みはあると、最後には希望を見出して俺は救われた気持ちでもあった。
学校で臨也に泣かれた時は、本当にもう自殺しそうな勢いで落ち込んでいたのだ。
走って走って東京湾まで行ってたゆたう波間を見つめながら飛び込むか否か思い詰めているところに新羅からの電話が鳴った。
決定的に嫌われたと思った。だけど新羅に臨也はまだ俺のことが好きだと、だからきちんと素直になれと言われて俺は反省したし決意もしたのだ。
ちゃんと言おう。好きだって、おまえはかわいいって。
手だって繋ぎたかったしキスだってもっとしたいしその先にだって進みたい。
ぶっちゃけ結婚したい。
ヤキモチを焼くのはきっとやめられないだろうから諦めてもらうけど、その代わりさせたままだった誤解を解いて、かわいいって自覚させて自衛してもらう。
新羅と相談しながらそれだけを決めて、俺はこの週末臨也に何度も電話をかけた。家にも行った。
しかし会うことはできず、新羅を通して月曜にはちゃんと学校へ来ると聞いて学校で待ち伏せることにした。
そしたらほぼ半年振りによその学校の連中に逆に校門で待ち伏せされていた。
臨也との逢瀬を邪魔しようたぁ馬に蹴られる覚悟があってのことだと、つまり死んでも構わない覚悟なんだと判断して完膚なきまでに叩き潰してやった。
大暴れして最後の一人まできっちりグラウンドに叩き伏せると少しすっきりした。
ガラにもなくグダグダ悩んでいたからか、ストレス発散になったみたいだ。
すでに時間は始業ギリギリ、他の生徒はそそくさと俺と死屍累々を避けて校舎へ駆け込んでいく。
その中で臨也の気配がして振り返ると、朝日を背負って校門の柱の上に腰掛けた臨也が俺を見下ろしていた。
「相変わらずお見事だねぇ、シズちゃん」
臨也は拍手しながらニヤリと笑った。
こいつらは恐らく臨也が用意した手勢だったのだろう。
そんなこと分かっている。分かっていたが、俺は臨也を見上げて口をパクパクさせた。
先週セーラー服姿の臨也にしたのと同じリアクションになってしまったがしかたがない。
柱の上で足を組んでいる臨也は制服を着ていた。
ただし男物の、黒い学ラン姿だった。
しかも短ランで赤いインナーが細い腰を強調するようで、小柄な臨也のその男装はなんというか、中学生が粋がってやっているような可愛らしささえ滲み出ている。
「い、いざ、おま、なん、なんつう格好で…っ」
例えるなら体育祭で女子が学ラン着て応援団しているようなギャップ萌えである。
その姿を凝視している俺の前に、臨也はぴょんと飛び降りてきた。
「そ、そうきたかー!」
離れた所から新羅の声がした。
呆然とする俺の前で、臨也は綺麗にターンして一回転して見せるとニコリと笑った。
「似合う?あ、似合うと言ってもシズちゃんのためにしてる格好じゃないから勘違いしないでよ。俺今やってるバイトにそのまま就職しようと思ってるからその仕事が女だと少し都合が悪いだけだから。結局は整形するか性転換するしかないと思ってたけど、こうなると俺自分が男顔で良かったと思うよ。良かったねシズちゃん俺が男になることになって。新しい彼女、いや彼氏か、作る手間省けてよかったねぇ!」
「は?はぁ?男って、せ、性転換?何言ってんだおまえ!?」
「何って、シズちゃんホモじゃん!もっと喜べよ男と付き合えるんだからさぁ!!」
「な…っ!!」
あわあわと口をわななかせる俺を臨也は手を叩いて笑った。
「アハハハッ!今更化け物が世間体とか気にするなよ!みなさーん!ここにいる平和島静雄はホモでーす!女子は諦めて男子は逃げてくださいねー!!」
「いぃざやぁああああ!!!」
校舎に向かって声を上げる臨也を捕まえようとして腕が空振る。
始業のベルが鳴ったが臨也は俺から逃げながら「シズちゃんのホモ!変態!」と叫び続けた。
グラウンドを駆ける俺たちを他の生徒が遠巻きに見ている。
さっさと授業に行けよクソ!
「俺はホモじゃねぇえええ!!!」
寸でのところで腕からすり抜けられて、俺は叫んだ。
すると臨也はピタッと立ち止まって振り返った。
そして真顔で「嘘つき」と言われた。
ズキンと胸が痛んだ。
臨也は本当に俺が嘘つきだと、思い込んでいるのだ。
「いいんだよ別に無理しなくても。丁度さ、俺高校卒業したら性転換の手術受けようと思ってたんだ。だからついでにホモのシズちゃんとも付き合ってあげる」
「…臨也、違う、俺は本当にホモじゃなくて…」
「だからいいんだってば!俺は俺の都合で男になるんだから!シズちゃんはラッキーだと思っときなよ!」
臨也は俺の言葉など聞く気はないという風に頭を振って叫んだ。
どうしてこうなったんだ。
俺は臨也が好きだ。パンダメイクだった頃からこいつのことを追っかけていて、やっと付き合えるようになって、結局は臨也がどんな格好をしていようが、俺はこいつが好きなんだ。
たぶんこいつは俺のために手術までしようとしている。
勘違いとはいえ俺をホモだと思い込んでいるのに、それに合わせようとしているのだ。
俺のうぬぼれでなければ、自分を変えてまで俺といようとしてくれている。
嬉しくないわけはなくて、俺だってきっと臨也が本当に男になっちまっても好きでい続けると思う。
だけど、こんなのは違うだろう?
それをどう言えばこいつに伝わる?
「……シズちゃん、授業始まってるよ。教室行こう」
俺が何かを言おうとして言えなくてまごまごしている間に臨也は溜息を吐き、俺のだらんと垂れていた手を取った。
そのまま手を引かれて校舎へと向かう。
こんな形で手を繋ぐだなんて。
とぼとぼ歩いていると、新羅が校舎前に立っていた。
笑顔だけど、目が笑っていなかった。
「臨也、性転換の手術したいの?」
「…新羅」
「いいよ、僕がやってあげようか?友達割引で面倒見るよ。外国で受けるより安心でしょ」
「ほんと?」
「だって僕ら友達だろ?」
新羅の視線が突き刺さる。
新羅だけじゃない、残ってる他の生徒までが冷めた目で俺を見ていた。
「平和島ってホモだったの?」
「つうかそのために彼女を性転換させるとかっておかしいだろ」
「え?あれマジで言ってんの?」
違う違う違う!そうじゃない!
今度こそ叫ぼうとした時にガツと胸倉を掴まれた。
門田だった。
「静雄、おまえが意地張ったり照れたりする気持ちも俺だって同じ男だから分かる。臨也はこんな奴だし大変だろうと思うけどよ」
「ちょ、ちょ、ドタチン急にどうしたの?」
「でもな、それでもおまえが彼氏なんだろ?なに諦めてんだよ。そのせいで本当に取り返しのつかないことになったら同じ男として俺はおまえを軽蔑するし、おまえ自身絶対後悔するぞ」
言うだけ言って門田は言葉に詰まった俺を突き放した。
臨也と一瞬手が離れてしまったが、今度こそ俺の方から掴みなおして引き寄せた。
「わっ」
こちらによろけた臨也を俺は腕の中に抱き締めた。
それから「ごめん」と謝った。
顔を上げ、新羅と門田にも一言「悪ぃ」と謝って、腕の中で暴れる臨也の両耳に、鼓膜を破らないようそっと手を当てて思いっきり叫んだ。
「俺はホモじゃねぇし臨也は俺の女だ!手ぇ出す奴は殺す!!!」
ビリビリとガラスが震えるほどに声を張り上げて、それから臨也としっかり目を合わせて言った。
「手術なんかするな。おまえと結婚できなくなっちまうだろ」
「………」
臨也は目を見開いて固まっていた。
俺はそっと顔を近付けて唇を重ねた。恥ずかしいとかもうその時には感じなかった。
しかしハッとして慌てて首を振る。
「違うぞ!?今のはお前が学ラン着てるからしたんじゃなくて、記念的な意味だからな!?ああ、クソ、おまえ着替えて来い!ほら行くぞ!」
教室とは逆方向へと俺は臨也の手を引いてズンズン歩く。
端目に耳を押さえてうずくまる新羅と門田が見えたが、構っている暇はなかった。
「…シ、シズちゃ…っ」
臨也が足をもつれさせたので、腰に手を回して支えた。やっぱ細ぇ。
俺の肩にもたれてきた臨也は俺を丸くした目で見上げていた。
「…シズちゃんどこ行くの?」
「おまえんち。だいたいどっからこの学ラン持ってきたんだよ。似合ってるけどセーラーの方がもっと似合う」
「は…?シズちゃん?え?シズちゃんだよね?」
臨也は確かめるようにどこかから出したナイフで俺のわき腹を刺した。
「あ、やっぱシズちゃんだ」
「どういう確かめ方してんだテメェは」
少ししか刺さらないナイフを奪ってポイ捨てする。
「シズちゃん頭打ったの?いつの間に?」
「打ってねぇ。オイいいか臨也。さっきも言ったよな。俺はホモじゃねぇ。で、おまえは俺の彼女だ。今まで我慢してたけどあそこまで恥かきゃいい加減俺も吹っ切れたぜ。悪ぃな、俺もう我慢しねぇから」
「シズちゃんが、今までなにを我慢してたって?」
不思議そうに臨也が見上げてくるので俺はなんだか馬鹿馬鹿しくなった。
繊細な男心を何も言わずにこいつに察しろというのが間違っていたのだ。
我慢なんかするもんじゃない。それこそ俺のガラじゃない。
「今からおまえんち行くから、セーラー服に着替えてくれ」
「…は?な、なんで?」
「あれ着たおまえとちゃんとキスする。そんでイチャイチャする」
「はぁ!?」
「いやもういっそ今日は学校さぼっておまえとイチャつく。もう我慢しねぇ」
「待て待て静雄君。ホモの次はただれた生活に目覚めちゃったの?俺の部屋より病院行った方がよくない?」
まだ冗談かなにかと思っているのだろう臨也と寄り添い歩きながら、俺は校門を出たところでその額に唇を押し付けてやった。
臨也は半分魂が抜けたような顔をした。
俺は言い聞かせるように言った。
「学校は明日から真面目に通う。だから今日は今まで俺が我慢してたことを全部話すから聞いてくれ」
「……イチャイチャしながら?」
「イチャイチャしながら」
俺が頷くと、臨也はキョトキョトと視線を泳がせ、うーと唸った。
「もしかして頭を打ったのは俺なのか?てことはこれは夢?」
「じゃあ俺が看病してやるよ。たっぷり人工呼吸もしてやるからな。オラ、行くぞ」
「アハッ、夢の中ではシズちゃんも冗談とか言うんだ。いいよ、おもしろそうだし受けて立つよ」
それはこちらのセリフだ。
臨也の勘違いは筋金入りだ。それを都合よく放っておいたツケを俺は払わなきゃならない。
責任なんて最初から取るつもりだった。
冗談なんかには絶対にさせない。
今度こそもう逃げない。
「覚悟しろよ」
俺の覚悟はもうできてる。



さて、その後の経緯は省かせてもらうが、臨也が性質悪いのは真性だった。
俺が臨也のことをどうしようもなくかわいいと思っていることを、納得するためにいちいち試しやがるのだ。
「シズちゃん、明日映画見に行こうよ」
「…レンタルでいいじゃねーか」
「最新映画が見たいんだって。シズちゃんは俺の最新ワンピ見たくないの?俺一人で見に行っちゃうよ?」
このやろう俺が拒めないのをいいことに!
「まだ理解しねーのかこのノミ蟲が!かわいい格好で一人で出歩くなっつってんだろ!」
「ノミ蟲が一匹で出歩いたところで何も起こらないだろ。番犬なんていらないし」
「うるせぇいつ行けばいいんだよ」
「午後からの上映でいいかな」
「昼行くから飯用意して待ってろ」
「晩御飯がシズちゃんの奢りなら作ってあげてもいいよ」

「ねぇいい加減ゲームに集中しようよ!」
新羅の言葉に俺は目の前の牌を睨みつける。何が悲しくて俺は以前ボロ負けした麻雀などまたやっているのだろうか。
「フッ、今日も全裸に剥いてあげるよシズちゃん」
臨也は今度こそ新羅に勝つと息巻いて、まずは形からと何故かチャイナ服を着ていてクソがかわいいだろが!
「テメェは1点でも負けたらゆるさねぇぞ」
「シ、シズちゃん…」
「はいはい静雄はドンケツのくせにのろけない。臨也はモジモジしない。安心してよもし臨也が負けても今度は化粧じゃなくて皮膚か爪の一枚脱いでもらうだけだから」
「やっぱり新羅のSはドエスのSだ!!」
「俺バイトがあるからそろそろ帰りたいんだが…」
「じゃあ次で終わろうか。ドタチンバイト中も罰ゲーム頑張ってね」
「おまえは俺を逮捕させる気か」
「シズちゃんは負けてるくせになにニヤニヤしてんの?」
「別に」
思えばこのきっかけがなかったら始まってなかったんだよなぁ。
俺は麻雀ではどうにも勝てそうにないが、心の脱衣ゲームではまだ一勝一敗だと思っている。
この先もイーブンのままお互いに脱いでいけたらいい。
心を裸にするのは今でも照れくさいが、ずっと一緒にいられるためなら苦痛なんかじゃないから。

「ヤバいシズちゃんがキモイ。露出狂に目覚めたんじゃないこれ」



「…おまえ性格も少しは可愛くなれよ…」



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