静雄が自身の携帯がチカチカ光っているのに気付いたのは午後の仕事が終わって自室に着替えに入った時だった。着信でもあったかと携帯の画面を見て全身の血が逆流して息を呑んだ。

画面には「ノミ蟲誕生日」と表示されていた。


自分の誕生日に皆に盛大に祝って貰った。臨也からもプレゼントを貰った。何より嬉しかったのは「おめでとう」とあの臨也が言ってくれた事だ。だから自分も絶対に祝ってやりたいと、帰り際にこっそり新羅に携帯のスケジュール機能とやらで臨也の誕生日にアラームが鳴るように設定してもらったのだ。ただあまり携帯を持ち歩かない静雄がそれに気付くまでに随分と時間が掛かったという事実に自分を呪いたくなる。握り締めた携帯がメキメキとひび割れながらも表示する時間は18:00、臨也の誕生日である日はあと6時間しかない。その間にプレゼントが用意できるだろうか、何か特別な料理を作ってやれるだろうか。

「…駄目だ、できねぇ…。」
自分はそんなに器用じゃない、気が利く奴でもない。そんな事は百も千も承知だった。
思えば今日の臨也はやたらチラチラとこっちを伺っていたように思う。その時に「どうした?」とでも聞けばよかっただろうか。…静雄はちょっと考えてその考えを否定して笑った。
「あいつも大概素直じゃねぇからな。」
このまま何も言わずに過ごす気なのだろう、そして俺には悟られずに気落ちしたまま忘れるつもりなんだろう。普段はウザい程に我侭三昧な嫁が、本当に欲しい物ほど言い出せない捻くれた性格だというのを静雄は知っている。その困った性格すら可愛くて仕方ないと認めている。だからこそ、朝起きてから今まで放置してしまったのを悔やむのだ。
今から臨也の誕生日を祝うにしても晩飯はもうほぼ出来ているし、特別メニューを追加するにも材料が無い。というか、特別メニューというのが思い付かない。プレゼントを買いに行くにしても何を買えば良いのか思い付かないし、思い付いたところで時間が無いのが判りきっていた。

「あぁ……くそっ。」

不甲斐無い自分に怒りを覚えつつ、静雄はただただ途方に暮れた。どうしたら臨也が喜んでくれるのか、考えて考えて考えた。



* * * * *



晩飯が終わって風呂にも入った。俺たちはいつも通りに過ごした。
臨也は何も言わなかったし、俺も何も言い出せなかった。
臨也の誕生日が終わるまであと3時間。

「もう寝よっか。」という臨也をたまらず抱き締めた。

「ちょっ、何…?」
反射的にだろうか、離れようとする臨也を逃がさないよう腕の力を強めた。
「バカ臨也……誕生日なんなら…教えとけ。」
抵抗が、止んだ。

「なんで…知って……?」
驚く臨也に携帯の事を伝えた。
「気付いたのはもう夕方だったんだよ、悪ぃ…遅くなった…。」

本当は何だってしてやりたかった。1日中笑ってて欲しかった。欲しがる物を与えたかった。喜びそうな物を贈りたかった。産まれてきて良かったと思って欲しかった。俺と一緒にこの記念日を楽しんで欲しかった。
そう言うと臨也は驚いたような顔をして、ちょっと笑った。

「シズちゃんとここで暮らすようになって、俺は毎日笑ってるし楽しんでるよ。バカだね。」
「何だかんだ言って…シズちゃんは俺に甘いからね、俺って愛されてるんだよね?」
「御飯だって俺のリクエストを聞いてくれるし、欲しいって言わなくても大抵の物はシズちゃんがくれてるんだよ?充実し過ぎてて毎日が誕生日みたいだ。」

そう、考えてみれば今日この日に拘らなくてもシズちゃんは何でも惜しみなく俺に与えてくれた。丸太椅子やロッキングチェアだって普通の何でもない日に置かれていた物だ。プレゼントだとか言って贈られた物は何ひとつないけれど、俺の欲しかった物は全部…そっとさり気なく置かれているんだ。
だから俺は誕生日なんてもういいやって思ってたとこだったのに。今日1日だけ特別なんじゃなくて、毎日ベタベタに甘やかせてくれてるんだから、もう良いやと思っていたのに。

「それでも、今日は特別な日だ。」
シズちゃんがそんな事を言うから。

「何でも言え、今出来る事があるなら全部聞いてやる。」
そうやって俺を甘やかすから。

もういいやっと思ってた事を吐き出してしまうんじゃないかっ。

「もう!何だよ!祝う気があるんなら1週間前から毎日カウントダウンでアラーム鳴らせよ!準備する時間を計算しといてよ!日付変わった瞬間から祝ってよ!いつも以上に甘やかせて離さないでよ!仕事なんか行くなよ、今日は俺にずっと構ってるべきだっただろ!」

ポカポカと握り締めた手が俺の胸を叩く。
叩かれた場所は痛くも何ともないが、胸の奥底がチクリと痛んだ。

「あぁ…そうだったな、悪ぃ。」

抱き締める手を緩めて片手で頭を撫でてやると、叩いていた手が縋るように俺の服を掴んだ。

「言って!俺が産まれてきて良かったって言って。俺が特別だって言って…俺が…俺が…。」

そう言って臨也は顔を上げた。泣いてはいなかったが潤んだ目に俺の顔が歪んで映った。





「誕生日なんだよ、1番に言う事、あるでしょ……?」















* * * * *




翌日、目覚めたのは昼過ぎだった。体とシーツは綺麗さっぱりしてたけどシズちゃんの姿は無かった。きっと仕事に行っているんだと思う、急に休むなんてできないしね。お互い寝たのは明け方だったっていうのに、さすがシズちゃんだよね。俺はろくに動けないっていうのに…あぁ…お腹空いた。

軋む体(主に腰から下半身)を無理に捻って寝返りをうてば、ベッド脇に小さなテーブルがくっつけて置かれていた。そのテーブルにはパンと水とフルーツジュース、脱ぎ捨てた服に入っていただろう携帯が置かれていた。手を延ばせば届くようにしてある気遣いがちょっとくすぐったいけれど、ここまでしてあるって事は今日はもう何もしないでココに居て良いって事だろう。これはもう仕事も出来そうにないと携帯を手に取ると何件か着信メールがあった。

「新羅にドタチン…運び屋……。」

妹達や正臣からも祝いだか何だか微妙なメールが届いていた。
それでも誕生日にそれ関連のメールが届くなんて今まで無かったのに。

「これもシズちゃんパワーかな。」

ここに来てから、俺の取り巻く環境が少し…ほんの少しだけ変わったのかもしれない。

「シズちゃん…。」

昨日の誕生日、残り3時間というところから…物凄く祝って貰った。それこそトロトロに融かされるんじゃないかと思う程に。乞うた言葉は全部直接耳に注がれた、零れ落ちる程に。手を延ばせば抱き締めてくれた、足を絡めればベッドに運ばれた、それが当然だと。いつもの喰い尽くされるんじゃないかと思う位の激しさじゃなく、慈しみ与えられる甘さに溺れた夜だった。囁かれる言葉のどれもが恥ずかしくて耳を塞ぎたいのに、普段嘘ばかり紡ぐこの口が『もっと言って』と強請って困った。

真に受けて、ずっと囁きながら抱くシズちゃんに…もっと困った。



愛してる

好きだぜ

離してやんねぇ

可愛い


臨也



…臨也


誕生日おめでとう…お前が産まれてくれて良かった



















後日談

あれからシズちゃんはちゃんと携帯を持ち歩くようになった。
シズちゃんの携帯には俺の誕生日が一週間前からカウントダウンするようにアラーム機能がセットされている。来年もちゃんと俺がここに居る事を信じてもない神に祈った。


「って…あの時シズちゃんてば『何でも聞いてやる』って言ってたよね?!」
「っ!!何でその時に「ワインを商品化して」とか「あの馬と牛売り払え」って言わなかったんだよ、俺ぇぇぇっ!滅多にないチャンスだったのに!あぁぁぁちくしょぉぉぉぉぉっ!!!」


うん、やっぱり神なんて居ないよ。










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