平和島静雄は進化する生物である。

俺は食卓に並べられたディナーを見てそれを痛感するのだった。
岩魚のパイ包み、えんどう豆のスープにツリガネニンジンのサラダ、かぼちゃパン…そしてメインが手ごねハンバーグ。
完璧すぎる晩餐に、俺は感動と羨望と少しだけ嫉妬の眼差しをシズちゃんに送った。
「どうしたのシズちゃん。明日買い物行かなきゃって言ってた割りに豪勢だね」
「だからだろ。残り物片付けようとしたらこうなった」
なんでもない風にそう言って、シズちゃんはいただきますと手を合わせた。
俺もそれにならって手を合わせ、さっそくスープを口に運ぶ。
「…おいしい」
あまり野菜が好きじゃない俺でも食べられるくらいにどれも美味しい。
こんな凝った料理、昔は作れなかったくせに、恐らく俺が買ってきたものの放り出した料理本でも参考にしたのだろう。
しかも自分流にアレンジして、山で採れた素材とうまく掛け合わせている。
昔はハンバーグの付け合せのグラッセなんて無視の対象だった。なのにシズちゃんのそれは俺好みのソースが絡まって美味しいから残せない。
はぐはぐ食べる俺を眺めるシズちゃんの目はどことなくあったかい。
シズちゃんは黙ったままだけど、俺が美味しそうに食べると嬉しそうにする。
俺も悪い気はしない、しないけど、どこか複雑な気分になった。
「…明日はおまえ作れよ」
自分もハンバーグを頬張りながら、チラリと上目遣いで見てくるシズちゃんに、俺はその複雑な気分のまま「気が向いたらね」と呟いた。
シズちゃんがこうして俺に頼んでくることは滅多にない。
それは俺が最初に結構な頻度で断り続けたからだ。
シズちゃんが作ったものが食べたい。そう言うとシズちゃんは意外と簡単に引き下がって満更でもなさそうにご飯を作ってくれる。
断り続けているうちに、シズちゃんもあきらめて、あまり俺に作れとは言わなくなった。
ただし買い物をした日や、俺が下山して戻ってきた日なんかは料理する確率が高いことを知っていて、こうしてさりげなく作れと言ってくる。
そしてたまに俺が作ると、言葉にはしないもののすごく喜んでくれてるのが分かるから、俺はやはり複雑な気分になってしまうのだ。


平和島静雄は進化する生物である。

生来の勘とセンスがいいとしか思えない。腕力のみならず料理の腕までもメキメキと上がって、レパートリーは俺が来たばかりの頃に比べて各段に増えていた。
手際も良くなり、あり合わせのもので簡単にパッと一食分作ってしまうし、残り物をリメイクして違うおかずを作ってしまうのもさらっとやってのけてしまう。
池袋ではファーストフードを常食していた人間のこれを、進化といわずして何といおうか。
俺は思わず睨みそうになるのを堪えてパンをかじった。

俺は自分でも器用な方だと思っている。
シズちゃんには作れないような繊細な料理だって作り上げる自信がある。
ただしそれは、ある条件下においてのみ発揮できる能力だった。
俺の料理は再現料理なのだ。
レシピ通り、つまりレシピがないと作れない。
俺の料理が美味いのは当然である。プロが作った料理をそのまま再現しているのだから。
砂糖何グラム、塩何グラム、どの素材をどう処理するか、すべてを詳細に完璧に、レシピ通りに作り、見本通りに盛り付ければプロの料理が出来上がるのは必然だ。
料理も情報勝負。それが俺だ。
だから何か一つでも材料が足りなければ作れない。
足りないものを別のもので代用だとか、他で補うだとかはしてはいけない。どこかで手を抜くなどもっての他、逆に工夫を加えてもいけない。
それをすると俺の料理は崩壊する。
シズちゃんの勘とセンスがいいのとは逆に、俺のそれは非常にマイナスに作用するのである。
昔は九瑠璃や舞流がその被害にあったものだ。
イザ兄の作ったご飯、見た目はいいのに味サイッアクだよねー。
……宛(まるで)……兄(兄さんみたい)……。
親の代わりに作ってやった食事の感想がこれである。
それ以来余計なアレンジをしてはいけないことに気付くまで、嫌がらせのように試食させたのはいい思い出だ。
料理しないのではなく、できない。
すべての素材と道具が整っていて、俺がそのレシピを完璧に記憶している。
この条件が揃ってこそ、始めて俺は料理ができるのだ。

このことはどうやらまだシズちゃんに気付かれてはいないが、やたら鋭いから時間の問題な気もする。
サラダやドレッシング程度ならなんとかなるが、メイン料理に関してはせいぜいバレないよう、なるべくシズちゃんにお願いしたいところだ。
でも俺だって、できたらシズちゃんの期待に応えたい。
こんな俺にできることは、新しいレシピ探しに尽力する以外になかった。
しょぼいものであってはいけない。それでいて材料がここで確保できるメニューでなくてはならない。
分量に「少々」だとか「一つまみ」などという曖昧な表記は実に良くない。
きっちりグラムで正確に、調理工程も映像で確認できるものが必要だ。
東京に戻った時に波江さんに手解きを受けたりもして、実はそれなりの労力を費やして俺の手料理はシズちゃんへと振る舞われているのだ。
しかし、こうして有名店のレシピを買ってきて、丸々コピーして、それをおいしいと食べてくれるシズちゃんに、俺はやはり複雑な気分になる。
確かに俺の手が作ったけど、それは俺の手料理といえるのだろうか。
こんなもの、俺が嫌いなレトルトと変わらないんじゃないかって。
だけどまずいものを食べさせるなんて俺のプライドが許さない。
なのにシズちゃんみたいに俺にはできない。
それが悔しくて、少しだけ悲しい。

「シズちゃんってば、ほんと料理うまくなったよね」
「そうか?」
「うん、もう俺が作るより、全然おいしい」
デザートのさくらんぼのコンポート入りヨーグルトをつつきながら俺が言うと、シズちゃんは顔をしかめた。
「テメェ、んなこと言ってまた作らねぇ気か」
「そういうわけじゃないけどさ」
実はそういうわけだけども。
なにか、適当に誤魔化せないかなーと俺が思っていると、とっくにヨーグルトを食べ終えていたシズちゃんはお茶をすすりながら言った。
「明日、山下りるついでにピクニックするからおにぎりな」
「は?」
顔を上げると、シズちゃんはお茶に目を落としたまま続けた。
「おにぎり二人分」
「何、俺も買い物に付き合うの?」
「おう」
つまりデートのお誘い、か。
うん、たまにはのんびり山歩きもいいかな。
「サンドイッチでもいい?作り置きのパン、まだ残ってるし」
「別にいいけど…」
「けどって何、米な気分?」
「…おまえが握ったおにぎりが食いたい」
「……、」
「…そんぐらいはやれ」
ぶっきらぼうに言うその目元が少し赤い気がして、俺は思わず相槌も忘れてシズちゃんを凝視してしまった。
シズちゃんはお茶をぐいっとあおると、そのまま立ち上がって皿洗いを始めてしまう。

適当な具を入れてご飯を握っただけの、おにぎり。
それも手料理になるのかな。
確かに手で握るけどさ。
わざわざ食べたいなんて口に出して言うほどのものなのだろうか。
俺が握ったという条件が、シズちゃんの中では少なくともそれだけの価値があるんだって、思ってもいいのかな。

…てか顔が熱い。
やばいな。もしかしてシズちゃんも、俺がシズちゃんのご飯食べたいって言う度、こんな思いしてんのかな。そうだといい。そうじゃないと腹立つ。

しょうがないな。
ほんと、しょうがないからまた、レシピ探し頑張ろう。
バレない程度には精進してやろうじゃないか。

いまだに時々思い出したように照れたりするシズちゃんの、隣に並んで洗い物をすべく、俺は愛しの手作りヨーグルトをガガガッと口にかきこんだ。



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