『臨也が崖に行きたがっている!どうしよう!』というセルティの連絡に、いっそ行かせて見張りをつけた方がいいと一計を案じた新羅が手を回し、俺はこうして臨也と二人っきりになっている。
もちろんいまだ心の準備もなにもなかった俺だったが、この状況はなんだ。
気がつけば布団で横になっている臨也にキスをしていた。
憎まれ口を叩きながらも、布団を握り締める手が震えているのを見て、我慢ができなくなった。
俺は好かれている。
態度の端々にそれを感じた。
どうしてそのことに今まで気付かなかったのだろう。
長年気付かせなかったこいつのことがいっそ憎く思えるほどだ。

さて、体重をかけないように腹筋に力を入れて、口をふさいだはいいがこれからどうすりゃいいんだ。
口と口をくっつけただけのキスで、俺はもう限界だった。
血が昇って、顔が熱くて、閉じた瞼の下で目がぐるぐる回っている。
舌を使えばいいのか?
口がくっついてんのにどうやって舌出せと?
覚悟を決めて口を少し離して舌を出す。出した舌で臨也の唇をほんの少し舐めた。
途端に静かだった臨也の体がビクンと跳ねた。
驚いてあわててまた口を重ねた。
今度は少し口を開けたまま重ねたので、そのまま舌で触れた臨也の唇をやわやわ舐めた。
なんだ、クソ、ちょっと気持ちいいなコレ。
唇の端から端まで、舌でなぞっていると、唾液が口の中にあふれてきた。
待て、待て、キスしてよだれ垂らすってなんだ。俺は犬か。
唾を飲み込むべきかどうか悩んでいると、臨也がプルプル震えてプハッと息を吐いた。
行き止まりだった歯が開いて、上からかぶさっていた俺の舌は重力に従いするっと中に入ってしまった。
噛まれるかと思って目を開けると、パカッと大きく開いたままの臨也と目が合った。
うおビビった。なんだもしかしてずっと目ぇ開けてたのかコイツ。
焦点が合っているのか合ってないのか、ただ見開かれた大きな目を見ながら、それでも俺はおずおずと口の中をさぐった。
今更やめられなかった。
伸ばした舌が、臨也の舌に触れた。
柔らかかった。
柔らかくてぬるっとしていた。
形を確かめるように柔らかいそこを舐めた。
舌を持ち上げるように絡めて、舐めて、絡めた。
とんでもなく気持ちが良かった。
なんだこの感触。こいつにも、こんなに柔らかいところがあったのか。
唾液がどんどん沸いてきて、流れ込んで、あふれた。
そういえば息するの忘れてた。
口を大きく開けて息を吐くと、至近距離で臨也も同じように口開けて、息をしていた。
荒い吐息が口にかかって、こいつが吐いた息を俺が吸って、同じように俺が吐いた息を臨也が吸った。
臨也の口の周りは俺の唾液でベタベタだった。
気体も液体も俺達の間で循環している。
そう思ったら胸が、きゅうっと、苦しくなった。
好きかもしれない、じゃない。俺はこいつが好きなんだ。
たまらなくなってまた口付けた。
潰しちまわないように気をつけて、舌を、唇を、舐めた。
頭と心と、そして下半身に熱がこみあげた。
欲情していた。
臨也相手に俺はついに、そういう気持ちを抱いてしまった。
どうしたらいい、どうしたらいい!?
頭ん中は混乱しているのに止まらない。
そして角度を変えながら、額に置いていた手を頬に滑らせた時気がついた。
臨也の目尻からこめかみ、その先の髪の毛まで濡れていた。
バッと顔を上げて見ると、いつの間にかぎゅっと閉じられた目から今もまた涙がこぼれ落ちていく。
なんで泣くんだ。
「臨也、おい」
涙の線をぬぐうが、ぬぐった端からまた濡れていった。
「臨也、おい、待て、なんでだ」
臨也は答えない。目を閉じ、口では荒く息を吐いてばかりいる。
「泣き止めって、おい」
嘘だろ。
泣くほどいやだってのか。
臨也の涙をぬぐいながら、俺の方こそ泣きたくなった。
もう好きじゃないと言われた。
嫌いだと言われた。
嘘吐くなと思った。のに。
鼻の奥がツンとして、あヤバいと思った時、臨也の手が俺の浴衣の襟を掴んだ。
ゆるゆると離れかけた俺の体を引き寄せるような掴み方だった。
「…臨也?」
相変わらず返事はない。
俺にどうしろってんだ。
掴まれているせいで体は離せないし、かといってこのまま抱き寄せたら潰してしまいそうだった。
どうにも判断できずしばらくその体制で悩んだが、落ち着いてくると臨也の様子のおかしさがさらに目についてきた。
顔は赤すぎだし荒い息は熱いしなによりハンパなく苦しそうだ。
「おい臨也」
ピタピタと頬を叩くが反応しない。
まさか返事をしないのではなく、意識がない、だと?
「このクソノミ蟲が!」
やっと選択肢に引っぺがすが浮かび、それを実行する。
俺から離れた臨也はずるりと布団の上に伸びた。
俺はそれを横目に携帯を手繰り寄せ、新羅を呼び出し、指示を仰ぎながらそのまま朝まで看病をする羽目になったのだった。



くたばった臨也は今世紀稀に見る俺の渾身の看病で、明け方には症状が落ち着き、なんとか旅先で病院に駆け込むという事態は免れた。
旅館の人の気遣いにより熱冷まし用シートやおかゆなどを差し入れてもらい、人情が沁みて胸が熱くなった俺をよそに臨也はすうすうと寝ている。
しかしその寝顔をぼんやり見ていると、不思議と穏やかな気持ちになれた。
時々熱を確かめるという口実で頭を撫でたりしていると、胸の中にむくむくとこみ上げてくるものがある。
もしかしてこれが愛情というものだろうか。
動けない臨也をおぶったり、看病したりしているうちに、俺の中に母性本能のようなものが芽生えてしまったようだ。
とりあえず携帯で寝顔などを撮ったりしているうちに臨也が目を覚ました。
「…何時?」
寝ぼけた顔で聞かれて、そういえば本日の日程をもう半日もすっぽかしてしまったことに気付く。
いや、さすがにそういう状況じゃないことは分かっているが。
もうしばらくは安静に寝かせていた方がいいだろうと予定に頭の中で×を入れた。
旅行なんて修学旅行以来だ。実は思った以上に楽しんでいる。
それはそうと起き抜けの臨也の様子に俺は困惑していた。
昨日した告白や、衝撃的だった涙のことが、なにやら無かったことになっているような…。
そう、俺にとって昨日のキスは告白だった。
答えなど分かっているが、反応はやっぱり欲しい。
というか俺が告白したのだからノミ蟲は答えるべきだ。
もやもやと考えていると、ガチャンという音がして、振り返るとおかゆを片手に臨也が震えながら口を押さえている。
舌でも火傷したかのような様子だが、おかゆはすでに冷えているものを渡しているからそれはない。
「…おい、臨也」
「ストーップ!!何も言うな!!聞きたくない!!今俺の脳ミソ容量いっぱいでこれ以上なんか聞いたらパンクする!!お願い時間ちょうだい!!」
いきなりなんだ?どんだけ寝ぼけてんだよ。
もしかして昨日のことを今頃思い出して照れてるとか言うんじゃねーだろな。
まさか、本当にそうらしい。
「いや、おまえ忘れてねーんだよな?昨日…」
「だから!!黙れって!!」
いきなり騒ぎ出した臨也を落ち着かせようと近付くと、おかゆを器ごとぶん投げられた。
皿はキャッチしたが中身が俺の顔にビシャッとぶちまけられる。
「テメェ…」
さすがにこれには青筋が浮いた。
食い物を粗末にしやがってこのノミ蟲が!
アイアンクローで押さえつけて残りを流し込んでやろうかと手を伸ばすと、顔を赤くした臨也が叫ぶ。
「寄るな来るな近付くなマジ大っ嫌い!!!!」
「俺は好きだ!!!!」
つい叫び返すと、ビタッと臨也の動きが止まった。
赤かった顔からスウーッと血の気が引いていき、
「………はい?」
臨也はぎこちなく首をかしげた。
どういう反応だそりゃ。
大人しくなった臨也に気を削がれ、俺はとりあえず顔面からボタボタ垂れるおかゆの残骸を洗い流しに洗面台へと向かった。
顔を洗って戻ってきても、臨也の格好はさっきのまま固まっている。
「おい」
「うわっ」
顔の前で手を振ってやると、息を吹き返した臨也が引きつった笑いを見せた。
「アッハ、今一瞬脳が大気圏抜けてたよ!シズちゃんの口から聞こえるはずもない言葉が聞こえた気がしてさ!」
「何言ってやがる」
俺はもう一度おかゆをよそうため机の前に腰を下ろした。
「テメエこそつまんねえ嘘言ってんじゃねーよ」
「ん、嘘?なにが?」
「嫌いとか言うな。嘘だとしても殴りそうになる」
「…………」
おかゆを入れた器をもう一度臨也に差し出すが、臨也は受け取ろうとしなかった。
それどころか俺を凝視していた。
「あの、シズちゃん」
「なんだ、いいからさっさと食え」
「シズちゃん俺嘘は吐いてないよ」
「あ?」
「俺シズちゃんが嫌いだよ」
「…………」
臨也がぽつりと呟いた言葉に、しばし黙って見詰め合う。
窓の向こうではチュンチュンとすずめが無垢な泣き声を響かせていた。
俺はフーッと深く溜息を吐き、頭をガリガリと掻いた。
つまりあれだ。
先日のしかえしか?
ノミ蟲だけあって小せえ奴だ。
しかしここ数日でいろんな感情を手に入れ、受け入れた俺は、そんなノミ蟲にも切れることなく寛容な心で向き合っていられた。
「…俺はテメェが好きだ」
今度は俺も静かに告げた。
臨也の目がさらに見開かれ、そして無表情になり、やけに青ざめ始めた。
あ?
なんだそれは。
どういうリアクションだ?
臨也は静かに答えた。

「ごめん、無理」

ビキンッとこめかみに血管が浮く。
「ああ!?なんだって!?」
臨也の反応が信じられず思わず凄むと、血の気の引きまくった臨也は投げ出された自分のギプスに包まれた足と、俺の顔を交互に見返し、ぺこりと頭を下げた。
「嘘ですなんでもありませんでも少しお返事を考える時間をください」

正直それはどう見ても好きな奴に告白された者の顔ではなかった。
どうにも納得がいかなかったが、それっきりしおらしくなった臨也に懇願され旅行を切り上げ池袋に帰ることになった。
名残惜しさを感じつつ、旅館の売店で買ったお土産を提げ、臨也を背負って俺は帰路に着いた。
俺が買ってきた服にも文句ひとつ付けず終始大人しかった臨也だが、それは新羅宅へ直行してから豹変した。

「やあおかえり。どうだっ」
どうだった?と新羅に最後まで言わさず、臨也は俺の背中をよじ登ったかと思うと、新羅の隣にいたセルティに飛び掛るようにしてしがみついた。
「うあああああごわがっだあああああ」
いきなり泣き出した23歳児に新羅とセルティが驚き固まった。
「ちょ、え、なに!?」
セルティにしがみついた臨也に新羅がガタタッと玄関の段差を踏みはずす。
俺に言わせれば、手を伸ばす先を新羅かセルティか、選んだあげくの行為だったし、どう見ても嘘泣きだ。
(しかし新羅に飛びついたとしても支えきれず崩れ落ちること必至なので間違った選択ではない)
それはそうとなんだ。どういうことだ。
「おいこらノミ蟲ぃ…」
引き剥がそうと手を伸ばす俺に、臨也がうわあああと悲鳴をあげた。
それを庇うようにセルティが身をよじって背後に臨也を隠す。
あ?なんだこの状況。
「ちょっと静雄…」
ゆらりと新羅が身を起こす。
セルティの揺らめく影も不穏さを隠していない。
どうやら二人は臨也のなりふり構わぬわめきっぷりに、原因を俺だと定めたようだった。
揃って手にこぶしを握った二人に俺は怒鳴られた。

「コラ静雄!君は一体何をしたんだ!」

俺が聞きたい。
俺が一体なにをしたというんだ!?
何故か怒られながら、こうして俺と臨也との旅行は幕を閉じた。



続く
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