春、春はいい。
芽吹いた緑は鮮やかで柔らかく、ポカポカした陽気に誘われて、森から出てきた動物たちのかわいさには心が癒される。
そう、癒されるのだ。
私は癒しを得るために今日も、新羅とやってきた静雄の山で、癒しの動物画像収集にやっきになっていた。

静雄の山の緑豊かな森には動物が集まってくる。
私が昔いたアイルランドの森にも動物がたくさんいて、私の心を和ませてくれていた。
記憶が曖昧になった今でもここにくると、ノスタルジーな気分に浸ることができた。
私が差し出すパンくずをついばみにやってくる小鳥などを見たら、普段都会の街中で運び屋などやっている疲れも吹っ飛ぶような気がする。
「ああセルティかわいいよセルティ!小鳥と戯れるセルティ!なんてかわいい妖精さんなんだ!でもできたら小鳥とじゃなくて僕と戯れて欲しいなセルティ!」
『騒ぐな!小鳥が逃げる!』
私はくねくねと悶える新羅に叱咤を飛ばし、影を伸ばして操ったデジカメで小鳥の写真を撮りまくっていた。
そこへあいつが現れた。
「また写真撮ってるの?そんなに撮ってるなら無駄にネットに流さないで写真集でも出して稼ぎなよ」
あくびをしながら現れた男、折原臨也はやってきた途端、何を持っているわけでもないのに小鳥に群がられていた。
私は少しの悔しさを感じながらもシャッターを切った。
「おい撮るな」
うざったそうにかわいらしい小鳥を追い払いながら低い声で言われたが、私は無視をしてやった。

この緑あふるる大自然がどうにも似合わない男、折原臨也には何故か動物が寄って来る。
そのメカニズムはまだ解明されていないが、どうやら動物を惹きつける匂いを発しているらしい。
うーん、匂い、匂いねぇ。
そういえば池袋にいた頃から、静雄は臨也のことをくさいくさいと言っていたが、まさか、ね。
私は撮った写真を整理しながら、臨也をそっと窺った。
臨也は昼食後の片づけを静雄としながら眠そうに目を擦っていた。
恐らく頼まれていた仕事の書類を私が昨夜持ってやってきたので、その処理で夜更かしでもしたのだろう。
私はこっそりと充電フルにしたビデオカメラを握り締め、チャンスだと小ガッツした。
案の定、臨也は昼寝をすると言って木陰にかけられたハンモックへと向かった。
手には静雄のシャツを持っている。
臨也とは逆に、何故か静雄の匂いは動物を寄せ付けないらしい。
臨也はお気に入りのハンモックで寝る時、動物避けに必ずそれを持っていくのだ。
私は臨也が寝入るだろう頃を見計らい、そっと影を伸ばしてそのシャツを臨也の手から引き抜いた。
しばらくすると、草の陰から動物たちがぴょこぴょこと顔を出し、臨也の元へとそろそろ近づいていく。
私は録画モードでその様子を追いかけた。


私が静雄の山で撮った動物たちの写真や動画は杏里ちゃんたちにも好評だった。
無垢な動物たちのかわいらしい姿を見ていると、ついほんわりと笑顔を浮かべてしまう。
山から戻る度に増える動物写真は喜ばれて、私はついこのかわいらしさをもっといろんな人にも見て欲しいと思ってしまった。
私は撮り溜めた写真のスライドショーを動画サイトに投稿した。
すると私の動画はたちまちものすごい閲覧数となった。
動物に癒されたい。そんな人たちがこんなにもいるのかと私は驚いた。
そうだ、誰しも癒されたいのだ。
私はさらに写真を追加して動画を投稿した。
いっそもう最初から動画を撮って投稿したりもした。
野生の動物(たまに静雄の飼ってるヤギたち含む)の愛らしい姿をとらえた私の癒し動画は人気となり、私も私の動画を求めるみんなの期待に応えるべく、定期的にこうして静雄の山にやってきて、動画のネタを撮りためているのだ。
そのために臨也はとても役に立った。
動物専門のカメラマンは、写真に収めるための動物を待つのにかなりの時間と忍耐を要するのだと、テレビのドキュメンタリーで見たことがある。
しかしここでは臨也を森に放すだけで動物が集まってくるのだ。まさに動物ホイホイ。これを活用しないはずがなかった。
動物に癒されたい人たちの役に立てるのだから、臨也も本望に違いない。
なので私は時々臨也を静雄から引き剥がしては心の中で手を合わせながら、動物にもっふもふにされる姿を撮った。
私の動画には動物に異常に愛される男が度々登場するが、もちろん臨也だと分かるような写真はネットに流してないし、場所も特定されないよう気をつけている。
動画に寄せられるコメントやタグで『黒い動物ホイホイ』だの『見切れる動物ホイホイ』だの『いつもの人』呼ばわりされているのが、まさかあの新宿の情報屋だと気付く者はいないだろう。…たぶん。
最初はこれを知った臨也に削除依頼を出されたり勝手に削除されたりもしたが、大勢の癒されたい人の熱い応援を受けた私は諦めなかった。
そのうち先に臨也の方が「何で被害者の俺が荒し扱いされてんだよ!」とふてくされて諦めたようだった。

私は今日も眠る臨也に寄り添う動物たちをカメラに収める。
ああ、かわいい。動物の寝顔ってなんでこんなにかわいいんだろう。
臨也と共に昼寝をするリスや野うさぎたちに、私はふるふると身悶えた。
臨也も疲れているのかぐっすり眠っていて、普段の小憎たらしい顔が嘘のようにあどけない寝顔を晒していた。
『………』
私はカメラごしにそれをぼんやりと眺めていて、ハッとした。
な、なにを見とれていたんだ私は。いや!べ、別に思ってない。臨也がかわいいなんて、思ってないからな!
誰に見られているわけでもないのに私は慌てて辺りを見回し、それから気を取り直してたっぷり撮った動画とは別に、写真も撮っておこうと別のデジカメを取り出した。
春のさわやかな風が臨也の前髪を揺らして、身じろぎした臨也は首元で丸くなっていたうさぎのフワフワした背中に頬ずりした。
私は思わず連写でその様子を写真に収め、この写真をネットに投稿できないことを本気で残念に思った。


『新羅…私はどうしたらいいんだ…』
「どうしたのセルティ!悩み事なら遠慮なく僕にぶつけてくれ!ぶつけるべきだよセルティ!」
『最近、その、あの、あの臨也が、かわいく見えてしまうんだ…』
「セセセセルティー!!!どうしたのしっかり!!!眼科行く!?ってセルティには目がないんだったどうしようー!!!」
『落ち着け新羅!』
「これが落ち着いていられるものかセルティ!!どうしたらいいんだい僕は!?臨也殺したらいいの!?」
『早まるな新羅!!そんなことしたら、新羅が…新羅が静雄に殺されるかもしれないだろ!!私に静雄を止めるだけの力があるかどうか…!!でも新羅のためなら刺し違えてでも…ってどうしよう!これ死亡フラグにしか思えない!!』
「え、セルティ、僕のために静雄と…?ああああ愛してるよセルティー!!!」
『ば、馬鹿新羅…こんなところで…!』


「…いやぁ、ほんとこんな所で何やってんだろうね、彼らは…」
「さぁな…。あ、ノミ蟲こらテメェまた獣くせぇぞ!」
「文句ならセットンさんに言ってよ」
「あ?誰だ?セットンって」




セットンさんの投稿する癒し動画は大人気である。そして臨也の写真はすべてスタッフ(というかシズちゃん)に送られおいしく頂かれました。

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