シズちゃんは色んなものを作ってくれる。
それはおいしい食事だったり、俺が座っている椅子だったりして、たまに不器用だなあと思うこともあるが、池袋では破壊しかしてこなかったことを思うと驚くべき変化だと思う。
俺も自分のためにこの静雄ハウスに物を持ち込むことに遠慮はないが、シズちゃんがぶっきらぼうに俺に与えてくれるそれらは、俺が気付かなかった、それでいてとても欲しかったものだったりして、なんていうか、まあ、くすぐったい。
ドタチンにだって頼めば色々作ってくれるけど、シズちゃんの手からそれを与えられると、まるで居場所を与えられているようで、俺はここにいてもいいのだと言われているように感じるのだ。
そんなわけで、こんな山の中だというのに、おおむね俺に不自由はない。
臨也小屋だとか失礼な呼び名ではあるが自室はあるし、ダイニングには専用の椅子もある。食事は定位置で、自分の食器もちゃんと揃っている。
ただそんな中、未だ俺にはないものが一つだけあった。
それがベッドだった。

最初に部屋を増築した時に、俺はそこに簡易ベッドと少しの機材を持ち込んだ。
しかし結局本格的に住むことになって機材が増えたので簡易ベッドは廃棄、ゲストルームを寝室代わりにしていたのだが…。
むしろそこを乗っ取る気満々でそのベッドに寝ていたところに幽君がやってきた。
そして俺はあっさり追い出され、そのベッドを幽君が使った。
次の日には幽君は帰ったけれど、それ以来俺はそのベッドで寝ることができなくなっていた。
布団干せばいいとか、シーツを変えればいいとか、そういう問題じゃない。元々そんなことを気にするほど潔癖症じゃないし。
ただ、そのベッドが俺のものじゃなかった、それが胸のどこかに引っ掛かってしまったんだと思う。
同時にそんなことを気にしてしまう繊細さが俺らしくなくて恥ずかしくなってしまい、だから俺はこっそり自室のリクライニングチェアで毛布をかぶった。
シズちゃんは俺より寝るのが早いし、俺は習慣として部屋のパソコンをいじってから寝るので、そのまま部屋にこもる、という生活を少しだけ続けたのだ。
しかしそれはすぐシズちゃんにバレた。
そしてまたちゃんとベッドに寝ろと言われた。
幽君が来て以降使われていなかったベッドを前にして、俺はやはりそこにもぐり込む気になれなくて、かと言って自分のこの気持ちをどう言い表したらいいか分からなくて、寒いからヤダなどと駄々をこねて誤魔化そうとした。
そしたらシズちゃんは舌打ちを一つして、また俺を自分のベッドに引っ張りこんだ。
適当な言い訳のはずだったのに、シズちゃんは温かくて、そのベッドの中は気持ちが良かった。
幽君が泊まった夜、初めて同じベッドに入った時はついうっかり熱烈なキスを交わしてしまい、それ以上は何もなかったものの眠れなかった。
なのに2回目のその時は、シズちゃんは俺の額に唇を押し付けて、ゆるく背中に手を回して静かに呼吸を繰り返すものだから、不覚にもつられてしまい俺はぐっすりと眠ってしまった。
次の日も、その次の日も俺たちは同じベッドに入った。
ベッドは普通のシングルで、男二人が横になるとさすがに狭い。
俺がベッド狭いねと言うと、そうだなと答えるものの、シズちゃんは俺を寝室に引っ張り込むのをやめないし、出て行けとも言わなかった。
しばらくしてから、額へのキスが唇へ、添えられるだけだった手が服の中へ入ってきた時に、今更過ぎることを俺は聞いた。
「シズちゃん俺、男だけどいいの?」
「俺も男だがそれがどうした」
「うん、いや、そういう問題じゃなくてね」
一瞬、もしかしてシズちゃんはそういう方面に軽いのか、もしくは俺が軽いと思われているのか、そんな考えが頭をよぎった。
そういえば、キスをするのも当然のように自然にされた。
されて抵抗もしない、何も言わない俺も悪かったのかもしれない。
それでもさすがに一線を越える、越えようというのに、それはないんじゃないか。
もしかしたら俺は今、鼻かんでポイ捨てされるティッシュみたいに、あっさり使われようとしてるんじゃないか。
そんなことを考えてしまった。
しかしシズちゃんは動きを止めてたっぷり思案した後こう言った。
「おまえがここ来たばっかの頃よぉ、俺がいつまでいるんだって聞いたら、おまえ言ったよな。ここに俺の花嫁さんが来るまではって」
「…言ったっけ」
「言った。で、そん時俺は、花嫁さんって響きが、なんかかわいいと思った」
「…へぇ」
それがどうした、と思った。シズちゃんは続けた。
「花嫁さんっつうか、まあノミ蟲なんだけど、一匹いたら十分だろ」
「…うん。…うん?」
「おまえがいる限り、他に花嫁いらねーだろ?つうか重婚は犯罪だし。犯罪だよな?」
「あ、うん。民法第732条で決められてるし、刑法第184条では2年以下の懲役と決まってるけど」
「つうか犯罪じゃなくてもしねーけどな。俺には一人いりゃいいし…」
「うん?えーと、つまり、どういうこと?まるで俺がシズちゃんの花嫁さんポジションに居座ってるのが悪いみたいに聞こえたけど、じゃあ俺が山下りて変わりに年上のお姉さんがおっぱいタプタプ揺らしながらお嫁さんやりに来ましたって言ったらチェンジとか、シズちゃんの中ではそういうルールなわけ?」
「デリヘルか!」
シズちゃんに突っ込まれた。
「おまえホント時々どうしようもなくイラッとくるなノミ蟲このやろう。他のヤツがきても間に合ってますって言うとこだろそこは」
うん、その前にまずこんなとこまで出張してくれるとこなんてないだろうけど。
だけど、だけどさ、
「…俺で間に合うの、シズちゃん」
「ああ、だから、ここには他に花嫁さんなんてこねーから、ずっといてもいいぞ」
「………」
…なんだかものすごいプロポーズのように聞こえた。
なんだよ、上から目線で偉そうに。
そりゃここはシズちゃんの家だし、俺は居候みたいなもんだけど、だけど、だけど…
「…俺、男だけどいいの?」
念のため、俺はもう一度聞いた。
「だから、それがどうした」
シズちゃんがあまりに堂々と言うから、俺は思わず「なんでもないです。すいません」と謝ってしまった。
ここにいてもいい。俺は、ここにいてもいいのか。
言われた言葉を頭の中で反芻する。
見上げたシズちゃんの姿が滲んだのは、別に涙がこみ上げたからじゃない。至近距離過ぎるからだ。
ギシギシと鳴るベッドの中、シズちゃんの腕の中、俺は自分の居場所をまたひとつ貰った気がした。
シズちゃんと一緒に寝るのがまた日常に組み込まれる。
時々寝不足になるのは、ご愛嬌ってことにしといてやってもいいよ。


それからも、俺がベッド狭いねと言うと、シズちゃんはそうだなと答える。
俺のベッド作ってくれないの?と聞くと、どこに置くんだよと言われる。
このベッドは大きくしないの?と聞くと、このままでもくっついてりゃ平気だろと、シズちゃんは言った。
シズちゃんは俺に色んなものを作ってくれるけど、だからベッドだけはいつまでもそのままだった。



戻る
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -