静雄ハウスのダイニングには大きな一枚板のテーブルがある。
山で静雄が拾ってきた倒木があまりに大きく立派な木だったので、当初来てくれていた工務店の人の薦めでテーブルに加工してもらう事にしたのだ。自分一人使うには大きすぎるものだが、皆が来てくれた時に一緒に囲めるというのは良いものだし、実は天然オイルの光沢なんかも気に入っていたりする。椅子は自分で丸太を用意して綺麗に鑢掛けをして角を落とし、同じオイルを購入して施した。高さも自分用に誂えて作ったので使い勝手が良く、大のお気に入りだ。


そこへ臨也が住み着いた。
セルティや新羅が遊びに来た時は折りたたみの椅子を出して使っていたので、暫くは臨也もその椅子を使っていたのだが、テーブルが静雄に合わせて作ってあるので市販の椅子では高さが足りないのが見て取れた。まぁ、臨也はすぐにクッションを用意して高さを調節していたので問題は無いのだが。


「あぁぁ…何なんだ、一体。」
朝食後、暖炉用の薪を素手で割りつつ一人吐き出す。ここ最近、食後は何故かイラつく気持ちを抑えられないでいた。食事が不味かったわけでもない。臨也が何かしたわけでもなかった。
むしろ食事はほんの少し(ドレッシング程度だが)臨也の手も加えられて普段以上に美味しかったのだ。そして意外にも臨也自身も「美味しいよね」とここでの食事を褒めるのだ。

「シズちゃん、せっかく美味しいチーズがあるんだからさ…これくらい作りなよ。」
小瓶に入ったドレッシングを振りながら笑う臨也を睨みつつも、内心では驚いていた。

「ホントに焼きたてのパンってのは美味しいねぇ。」
今までは朝食なんか食べてなかったのにと笑う臨也をもう睨む事もできずにいる。

池袋でのアレコレを思えば信じられない事だが、そんなのはもう今更で。
ここでの、特に食事中の臨也は嫌じゃないのだ。基本的に「上げ膳・据え膳」なのだが、ちゃんと「いただきます」「ごちそうさま」と言って食事ができる相手が居る、数少ないながらも会話をしながらの食事というのはこれほど違うのかと驚いた。食べれれば良いとしか思っていなかったメニューが、いつの間にか臨也に美味いと言わせてみせるメニューに変わっていったのだから。
そんな食事中、気になる事がたったひとつだけあって。それがイラつく原因だという事にはもうとっくに気付いているのだけれども。今更どうにも切り出せずにいるのだ。

それでも今日、とびきり美味しいシーザーサラダを作ってくれたから。自分が食べたかっただけだと言っていたが…それならこっちも俺が作りたかっただけだと言ってやる。
俺のお気に入りのこのテーブルにそんな椅子は似合わないんだ。大きいクッションなんかを敷いているから食ってる時にフラフラ動くんだ。それに客人用の椅子にいつまでも座ってんじゃねーよ、ノミ蟲の分際で。







「あれ…これって……俺…の?」
ある日の夕方、臨也が夕食の時間にダイニングに入るといつもの折りたたみ椅子が無くなっていて、いつもの自分の場所に新しい丸太椅子があった。『ノミ蟲』と小さく彫られたその椅子は、座った臨也とテーブルとの高さ調整がピッタリで、臨也の為に作られた専用の椅子だ。ソレにちょこんと座る臨也は何ともむず痒い気分になる。測ってもいないのにこの正確さは何なのだ…と思う。
「……反則だよ、シズちゃん;」
今まで『勝手に住み着いた』『責任もって飼う』等の言い扱いをされていた。全く気にしてないけど。でも、この椅子。シズちゃんと同じ作り、お揃いの椅子は…何だか対等な立場で認められた気がする。ヤバイ、顔が緩む。
「廃材が余ってたからな!ついでだ、ついで!」
そうぶっきらぼうに言われたが、この丸みは丁寧に鑢掛けされた証拠だ。天然オイルも満遍なくたっぷり使われている。

「ついで…ね。じゃぁ俺も明日の朝…ついでにシズちゃんの分もサラダを作ってあげるよ。」
臨也がドレッシングやジャムを作るようになったのはこの頃からだったりする。



その暫く後…



「…またココで寝てやがる。」
丸太椅子に座り、テーブルに突っ伏して寝る臨也に溜息をつく。確かに夜間でない限りリビングは暖炉が点いていて暖かいので風邪はひかないだろうが、いかんせん寝難いのではないだろうか?
静雄に食事の時間を合わせて生活している臨也だが、仕事関係等によって徹夜する日も少なくない。山では特に働く事をしていないので昼寝をしているようだが、最近もっぱらここで寝ている姿を見掛ける。テーブル上に携帯が数個置いてあり、そのうちの一つが開きっ放しになっているので操作しているうちに寝てしまったのだろう。無防備極まりないのが珍しいが。


「どうかしてる。」
マジでそう思う。本気で自分はどうかしたんじゃないかと思ってる。
臨也が来てから頭を抱える事項が多くてムカつくのに、それを解消しようと立てる案に再度頭を抱えるのだ。何故にこんな事をしなくてはいけないのか…と。
それでも。それでも体が動いてしまうのだ。頭が何とか「この行動を起こす仕方ない理由」を考えてる間、嬉々として、念入りに、使う様を思い浮かべて、手足が動くのだ。
「そうだ、風邪でもひかれたら困るんだ。」
そう理由付けをするまで、してからも…静雄は黙々と作業を続ける。
飼ってる乳牛の餌の件で相談に行った馴染みの牧場主の家で、そこのご隠居さんが気持ち良さそうに座っていた椅子。それに座る臨也を想像したら居ても立ってもいられなかったのだ。
手作りらしい素朴な造りのソレを是非自分でも作りたいと頼み込み、翌日に材料全てを抱えて訪れた。快諾してくれた牧場主に教わりながら、大きさなどを相談して各部分をひとつづつ丁寧に作っていく。牛の話をしながらの作業なので手が止まったり、未だに力加減は少々危ない面があって進みは遅かったが、壊滅的な不器用でもなかったので数日通って無事に組み付けまで出来上がった。
「あとはオイル塗って微調整するだけっすか?」
尖った部分がないか念入りにチェックする静雄に牧場主が笑いながら頷くと、今度改めて御礼をさせてくれと何度も頭を下げて帰った。片手に大きな椅子を担いで。


作業小屋には近付かない臨也に見付からずにオイル塗り等の仕上げをするのは簡単だった。だが、この完成した椅子をどう出せば良いものか。それを思うと折角作ったこの椅子を叩き割りたい衝動にかられながら…また頭を抱えるのだ。理由…理由…理由!なんで俺はこんなもの作ったんだ?何か理由があったハズだ。
「あぁあぁぁぁぁあぁっ!思い出せ、俺!」
倒木をこれまた素手で引き裂きながら呻く。手頃な大きさになった木を薪にするべく暖炉へ持っていくと、また臨也はテーブルで寝ているようだった。その暢気な顔に理不尽ながらイラッとする。だがその臨也がふいに居心地悪そうにもぞもぞ動いた。やはり無理な体勢なのか顔を顰めるのを見て、静雄のイライラも最頂点に吹き上がった。
「あぁあ、くそっ!」
もう、色々と細かい事は面倒だから考えない事にした。作ったんだから使え、それで良い。ノミ蟲がその後どうしようとどうでも良い、そう決めた。
ズカズカと作業小屋に戻って完成した椅子を暖炉の斜め前にそっと置く。そして臨也を出来るだけそっと抱き上げて椅子に座らせた。臨也を乗せたその椅子は背凭れの部分がなだらかな設計になっていて楽な姿勢で深く腰掛けられ、そして臨也の重さでゆっくりと前後に動く。
飾り気の無い素朴なロッキングチェアに座り眠る臨也は、静雄が思い描いた姿だったのだろうか。


「…この狸が。」
そう言って毛布を掛けてやり、ダイニングを出て行く静雄に
「……どっちがだよ。」
しっかり起きていた臨也が顔を真っ赤にして小さく毒付く。

臨也が少し動くとそれに合わせて揺れるチェア。毛布を引き上げ顔を埋める動作にチェアが大きく揺れた。



その日からずっと、何十年先もずっと臨也はそのチェアを自分以外誰も座らせなかった。
どうして作ったのか、どうして作ってくれたのかとお互い何も言わないまま。それでも2人にとって特別に思えるそのチェアはメンテナンスを繰り返し、大切に大切に愛用される事になる。

チェアで眠る臨也とその寝顔が可愛いと見つめる静雄の穏やかな午後は、そのチェアと共に何年も何年も繰り返されるのだ。





戻る
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -