しばらく続いた沈黙タイムの中、最初に口火を切ったのは門田君だった。
「その、かわいいぞ臨也」
直球だね君!思わず感心していると、
「そんな慰めいらない!」
そう叫びながら臨也は門田君に飛びついた。
「ちょ!こら!おいやめ…っ」
門田君は慌ててドタチンが飛び出さないよう服の裾を押さえている。
臨也はコアラのように門田君の体に抱き付きながら、顔をぐりぐりとその肩口に押し付けていた。
「笑いたきゃ笑いなよ!どうせ俺なんて!俺なんて!」
「おいノミ蟲、門田困ってんだろ」
猫でも摘むように臨也の首の後ろを掴んで静雄が引き剥がす。
そしてまた臨也を見て、パッと顔をそらした。赤く染まった顔を臨也から隠すように。
そんな静雄に臨也の顔がくしゃりと歪んだ。
「そうだよね。迷惑だよね。こんなオカマみたいなのに抱きつかれてもドタチン気持ち悪いよね」
「はあ!?」
突然ほろほろと涙を流し始めた臨也に、静雄と門田君は飛び上がってわたわたし始めた。
「な、なに言ってんだ!?いや何泣いてんだ!?」
「気持ち悪いなんて言ってねーだろ!?普通にかわいいし!!」
「もういい…俺整形する!それまで覆面レスラーになる!」
「おい早まるな臨也!」
普段の勝気さなどどこかに吹き飛びズビズビ鼻をすする臨也に、ティッシュを押し付ける門田君、動揺しつつ臨也をチラチラ見ては顔を赤くする静雄というおもしろい3人を見て僕は立ち上がった。
「説明しよう!臨也は自分の顔が男顔だと勘違いしているかわいそうな女子なのである!」
「「はあああ!?」」
いい感じに野太い声がハモった。
僕はそれに満足し、簡潔に理由を言った。
「実は臨也ってお父さんにそっくりなんだってさ」
「は…そんだけ?」
「そんだけ?じゃないし!勘違いじゃないし!」
キッと臨也が顔を上げて睨んでくる。
「ほんとに、同じ顔なんだもん。俺昔からお父さんそっくりね、としか言われなかったし、自分でも鏡見てるみたいだって思うし…」
「だからそれは君が男顔だからじゃなくて、君のお父さんが女顔だからだってば」
『そうなのか?』
「だってセルティ、君臨也が男顔に見える?」
『いや見えない。ちゃんとかわいいぞ』
「だから!そんな慰めはいらないんだってば!」
父親そっくり、だから男顔、だなんて。
生まれた時から父親そっくりだと言われ続けて育った臨也のそれは、もはやトラウマというより洗脳に近かった。
その上で臨也のコンプレックスと中二メイクが出会ってしまったのは悲しい運命だったのだ。
顔を隠してしまったせいと臨也の残念な性格が災いし、臨也が実はかわいいのだと、誰も教えてあげることができなくなったのだから。
え、僕?僕は首から上に興味がないから、そんなもののためにわざわざ努力はしないよ。ごめんね!
「もういい!もうシズちゃんたちも服着ていいよ!俺もメイクして帰る!」
「待て待て待て」
泣きながら立ち上がりかけた臨也を止めたのは門田君だった。
臨也の肩の上に手を置いて、じっと見つめる。
「臨也、おまえもうあのメイクやめろよ。もったいねぇから。俺は素顔のおまえの方が好きだ」
うおおお!門田先生男前!これは惚れる!ただし普通の女子に限る!
じっと門田君を見上げた臨也は、溜息を吐くと半笑いを浮かべた。
「ドタチンは優しいネー。俺も大スキー」
露西亜寿司のサイモンのようなアクセントで言って、臨也は鞄を引き寄せガチャガチャとメイク道具をあさり始めた。
「おい聞けよ」
「もうイイヨー。ドタチンの優しさご馳走サマー。オカマと結婚したって思われても良かったら結婚シテネー」
「おいって!」
臨也の肩を揺さぶる門田君に、僕はそっと首を振った。
「やはり門田君でも臨也の洗脳を解くことはできなかったようだね…」
「新羅しつこい。俺が男顔なのは事実。分かってるよ。だからこうして努力してんだろ。これ以上俺にどうしろって言うの?」
「努力の仕方が間違ってるんだよねぇ。というかオカマって思われたくないなら俺って言うのやめたら?」
「俺が私なんて言ったらよけいオカマみたいじゃないか!」
「なんで!?」
臨也の歪んだ自己認識はやはりおかしい。
まあ僕には関係ないからいいんだけど。
「こうなったら静雄。臨也に事実を分からせてやるのは君しかいない」
「え!?俺!?」
どうやらまたチラチラと臨也を見ていたらしい静雄は、急に話題を振られてビクッと肩を震わせた。
「臨也も静雄の言うことなら信じるだろ?」
「な、なんでだ?」
「そうだよ。なんで俺がシズちゃんの言うことなんか信じるの?」
顔を赤らめる静雄に、首をかしげる臨也。
僕はにっこりと笑った。
「もしも静雄が君をかわいいと言ったらそれは真実だ。違うかい?」
「…確かに。シズちゃんなら俺を気遣うわけがない。だからそんなこと言うわけないじゃん。新羅バカなの?」
「果たしてそうかな?」
僕が静雄を見ると、つられて臨也が静雄を振り返った。
「うっ…」
臨也と目が合って静雄がギシリと体を強張らせた。
首をかしげている臨也に、静雄の顔が赤くなっていく。
そんな静雄に門田君もセルティも視線を注いだ。
その目が、言え、言うんだと語っている。
いつものパンダ顔ではない臨也に、静雄がドギマギしているのは明らかだ。
そろそろ静雄は自分の気持ちに気付いただろうか。
そう、古今東西喧嘩するのは仲がいい証拠である。
この二人はいつかなるようになるだろうと睨んでいる僕からしたら、臨也の病気がこれ以上悪化する前にどうにかなればいいと思っているのだ。
そしてその機会に一歩を踏み出すのは男の役目だ。
行け!行くんだ静雄!
「か、かわ…」
ごくりと鳴った静雄の喉から声が絞り出される。
静雄ファイトー!
心の中で応援する僕、いや僕たちの前で、そして臨也の前で静雄は言った。
「かわい……くない!!」
「ほらね!!」
臨也は瞳孔の開いた目でアハハハと笑って立ち上がった。
そしてダッシュしようとした足を静雄に掴まれ派手にブチこけた。
「何すんだこの化けも…」
ジャキンとナイフを出した臨也に静雄はさらに言った。
「だから付き合ってくれ!!」
「「「どういうこと!?」」」
僕たちはハモった。
臨也の思考以上に僕は静雄が分からない。
静雄は赤い顔のまましどろもどろで説明し始めた。
「だから、俺は別にテメェがかわいいから付き合いたいとかじゃなくて、かわいくなくても俺は、だから、いいんだよテメェはかわいくなくて。そのままでいろよ!」
「…?シズちゃんはブス専なの?」
恐らく顔を理由に付き合いたいわけではない、とでも言いたいのではないかと思われる要領を得ない静雄の言葉に、臨也は心底不思議そうな顔をしていた。
「とにかくもうおまえ化粧はすんなよ!分かったなノミ蟲!」
「…そっか、シズちゃんって趣味悪いんだ…」
二人の間では何か食い違いが生じているようだが、何故か雰囲気が甘くなってきた。一体どういうことだろう。
「で、付き合うのか、付き合わねーのか」
「…シズちゃんがそこまで言うなら、付き合ってあげてもいいよ」
「お、おう、そっか…」
いや、うん、いいけど、さ?いいの?二人ともそれで。
「でも俺化粧はするからね!」
「ああ?テメェ……あ、いや、いい。してもいいけど、俺の前ではするな」
「なにそれやっぱシズちゃん特殊嗜好の持ち主なわけ?別にいいけど…シズちゃんの前でだけだからね?」
あ、こいつちゃっかり臨也のスッピンを自分のものにしてるじゃないか。
意外と侮れない男静雄と、好きな子をいじめてしまうを地で行っていた臨也が、僕とセルティの愛の巣でイチャつき始めたので僕はイラッとした。
くっつけばいいとは思ったけど、人の心は複雑怪奇だ。
何はともあれ僕は一仕事終えた気分でもあった。
「やれやれ、優勝したってのに結局僕も一肌脱ぐことになっちゃったよ!」
「うまいこと言うな、おまえ」
門田君は二人を微笑ましく眺めていたものの、そろそろパンツをはいてもいいかと正座したまま聞いてきた。



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