「おいこらノミ蟲ぃ!いつまでこもってんだ!俺が使えねーだろーがいい加減出て来い!」
ドンドンとトイレのドアを叩かれ壊れる前に鍵を開ける。
「はいはいごめんねえ。もういいよ〜好きなだけうんこでもおしっこでもやっちゃって!」
「やかましい!」
胸倉を掴まれてトイレから連れ出され、いつの間にか敷かれた布団の上に転がされた。
うん、近い。並んだ布団の距離がどうにも近いと思ったので、俺は畳の上を這いながら布団を部屋の端と端に押して離した。
寝転んだままジタバタしてるとトイレから出てきたシズちゃんは怪訝な顔をしたけど文句は言わなかった。
「シズちゃんって寝相悪そうだよね。寝てる間に骨折増やしたくないからいっそ部屋変えてもらおっか」
「おまえの方が悪そうだろが!いいからおまえもう寝てろ!」
「言われなくても」
寝る前にもう一度薬を飲み、布団にもぐりこむ。
せっかく布団を離したのに、奥の布団の俺のすぐそば、窓際でシズちゃんはタバコを吸い始めた。
失敗した。でも今更布団を変更するのは面倒だ。
俺はそのまま目を閉じる。
深呼吸するとタバコの匂い。
あー頭がくらくらする。これ絶対発熱してる。
明日の朝には治ってるといいけど。
これだとすぐに眠ってしまいそうだと早くもまどろんでいると、ひたりと額を触れられて意識がバチッと戻った。
「…熱あんのおまえじゃねーか」
見上げると至近距離にシズちゃんが屈んでいた。
「触らないでよ」
「おまえだって俺の触っただろ」
「俺はいいけどシズちゃんはやめて」
「なんでだよ」
俺相手にキレず、こんな風に穏やかに喋るシズちゃんを俺は知らない。
やめてやめて胸が痛くなる。
「俺のこと嫌いな奴に触られたくない」
「…別にいいじゃねーか」
「なんで、良くないよ」
「おまえは、好きなんだろ」
俺のこと、とまではシズちゃんは言わなかった。
それでも俺は、そんなことを口にしたシズちゃんに目を見開いた。
逆光になってシズちゃんの表情は笑ってるのか、怒ってるのかもよく分からない。
ふざけるな!悲鳴を上げそうになるのを必死でこらえ、俺は笑った。
「好きじゃないよ。もう、好きじゃない」
「………」
シズちゃんの手はまだ額からどかない。
俺は何故か振り払うこともできず、シズちゃんを見上げている。
「でもおまえ…一生好きだって言ってたろ」
ヒクッと俺の笑顔が引きつった。
「はあ?なにそれ。いつ?俺そんなこと言った?」
「門田と飲んでる時言ってた」
名前の通りぽつぽつと静かに呟くシズちゃんに、俺の頭はクラクラクラクラと熱におかされ、表情を取り繕うのにも必死だった。
「あーあーはいはいそれね。そんな遥か昔の話題がなんだって?情報はどんどん更新されてくんだよシズちゃん。その後ね、俺振られたの。そん時終わったの。もうあの時とは状況が違うの。もう好きじゃないの。OK?」
ハハハ、シズちゃんも必死だね。
俺なんかの言葉にしがみつくほど愛に飢えてたなんてね。
「ほんとか?」
相変わらず静かな声。
なにが!?なにが言いたいんだよ!!
「ねえシズちゃん、自分がどんなに酷いこと言ってるか分かってる?自分は俺のこと嫌っておいて、でも俺はシズちゃんのことをずっと好きでいろって?何様?」
クックッと今度は笑いをこらえられない。言葉にすると確かに酷い。シズちゃんってば俺相手だとそんな酷いことも平気で考えちゃうのか。でもこれだって俺の自業自得なんだよね。そんなこと分かってる。
「でもね、ざーんねん。俺はもうシズちゃんなんか好きじゃないよ。大っ嫌い。だから触んな」
「…臨也」
ぎゅっと布団の端を握ってた手を、上から握りこまれて震えてたことに気がついた。
額の手を振り払うこともできず、動けなかったのは何故か。
それをシズちゃんに気付かれたと分かった瞬間、跳ね起きようとして上から押さえつけられた。
額に置かれた手に力が入り、枕に沈んだ頭に覆いかぶさるようにシズちゃんの顔が近付いてきて、唇が押し付けられた。

目玉がポーンと飛び出していくんじゃないかと思った。
横からかぶさってきたから見えるのは至近距離過ぎるシズちゃんの横顔、それと天井。
引き結んだ唇に、同じく唇がただ押し付けられている。
は?なにこれ、キス?
今ってそういう流れだった!?
もう何がなんだか分からなくて硬直していたら、シズちゃんの唇が少しだけ浮いて、ヌルリととした感触。嘘だろ舐められた。
ビクンと体が跳ねる。
唇をまた重ねられて、触れたまま舌が唇の隙間を行き来する。
カアーと顔に熱が集まっていく。
バクバクバクバク心臓の音が鼓膜に響いて何も聞こえなくなる。
舌が隙間から入ろうとしてくる。
食いしばった歯と唇の上を、弱々しい動きの舌がうろうろ彷徨っている。
止めた呼吸に耐え切れずハッと小さく息を吐くと、その隙に歯の間に舌が入ってきて、閉じられなくなった。
口の中に広がるタバコの味。
シズちゃんのタバコの味。
入ってきたくせに口内でもぎこちなくうろうろする舌に、俺はようやく忘れていた瞬きを思い出し、思考を取り戻した。
なんだよこのヘッタクソなキス。
体は硬直させたまま、俺はそんなことを思っていた。
昔、経験値を稼ぐのに夢中になっていた頃、女とも男とも大抵のことは一通り経験しておいた。
シズちゃんに出会ってからは、これがシズちゃんだったらいいなあなんて思いながらやってた。
でもこれはシズちゃんじゃないし、シズちゃんはこんなこと俺にしない。
シズちゃんのことを考えながらの行為は、やけに胸が痛くて、苦しくなったことを思い出した。
あの時の苦しさと同じだった。
痛くて苦しくて目が滲む。
舌の先を舐められて、ぐっと喉の奥が痛んだ。
おずおずと絡んでくる舌は苦かった。
苦しい。苦しい。苦しい。
ぎゅっと目を閉じると目尻からこめかみにむずかゆい感触が走る。
苦しくて、痛い。
酸素が足りなくて口を大きく開けるとシズちゃんも息を止めてたのか荒く息を吐いた。
違うこれはシズちゃんじゃない。
シズちゃんはこんなことしない。
苦しくて涙が止まらない。
言葉が出ない。
失恋しても泣けなかったのに、なんでこんなことで泣けるんだろう。
息を吸った後、また口付けてくるシズちゃんに、俺の涙もいつまでも止まらなかった。



ガンガンと頭に響く痛みで目が覚めた。
眩しくてぼやける視界に金髪がうつる。
「起きたか」
話しかけられてなんとか頷いた。
「…何時?」
「今昼まわったとこだ。いいから横になってろ。宿には連泊するって言っといた」
痛む頭に手をやると、額にヒエピタが貼ってあった。
「あーおまえ結構熱あってよ。新羅に電話したら傷からくる熱だろうって」
「いやーこれストレス性じゃないかなあ」
ハハと笑うとシズちゃんの手が伸びてきてビクッとした。
昨夜の夢がフラッシュバックする。
固まった俺に伸ばされた手は一瞬止まって額にかかっていた髪を払っただけで引いていった。
「…なんだよ触んなよシズちゃん」
「…おう」
大人しいシズちゃんに首をかしげていると、シズちゃんは机の上でなにかごそごそやりだした。
「メシ、宿の人がおかゆ作ってくれたぞ。とりあえず食って薬飲め」
「うん、そうする」
体を起こそうとすると、シズちゃんにひょいと抱えられ、座椅子を下に差し込まれる。
腰を降ろすと手におかゆの入った器を持たされた。なんだこの手際の良さは。
「昨日も思ったけど、シズちゃん介護職に向いてるかもね」
「そーかよ」
「そうだよ。介護って結構力要るしね。シズちゃん優しいし…て何顔赤くしてんの。そこまで褒めてないよ」
「うるせえ」
照れるシズちゃんにふき出しながら、またも脳内によぎる何かに固まる。
あれ?なにか思い出しそう。なんだこれ。
いまだ熱でぼやっとした脳内をさぐるように意識しながら、冷めてしまっているおかゆを口に運ぶと、スプーンが口に触れたことで途端に昨夜の夢が蘇った。
シズちゃんにキスをされる夢。
口の中に含まされた温かい舌の感触。
タバコの味。
ヘタクソなキスで泣いてしまった自分を。
思わず口を手で押さえたため、手から離れたスプーンが皿に落ちてガチャンと音を立てる。
振り向いたシズちゃんと目が合った。
顔の赤いシズちゃんを見て、俺の顔も熱くなった。
俺の変化に気付いたシズちゃんの顔もさらに赤くなる。

は!?なにこれ夢じゃない!?
つーかいい年して馬鹿じゃない!?
たかがキスひとつで!!
つーかなんでキスされたの俺!!
意味不明!!だって俺は嫌われてるし俺ももう好きじゃないしキスされる要因まるでなし!!非常事態!!頭ガンガンするアラームうっさい!!
「…おい、臨也」
「ストーップ!!何も言うな!!聞きたくない!!今俺の脳ミソ容量いっぱいでこれ以上なんか聞いたらパンクする!!お願い時間ちょうだい!!」
「いや、おまえ忘れてねーんだよな?昨日…」
「だから!!黙れって!!」
俺が必死にお願いしてるというのにシズちゃんはにじり寄ってくる。
ちょっとマジ勘弁して俺今逃げられない!!
思わず手にした器をぶん投げていた。
あっさり器は受け止められたが中身は慣性の法則に従いシズちゃんの顔にぶちまけられた。
「テメェ…」
ぶわっとシズちゃんの殺気が膨れ上がったので思わず叫んでしまった。
「寄るな来るな近付くなマジ大っ嫌い!!!!」

「俺は好きだ!!!!」



「………はい?」
間髪いれずに怒鳴り返された言葉に今度こそ俺の脳はフリーズした。



続く
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