俺の家には居候がいる。
2DKの俺の家の隣にはヤギ小屋があって、牛小屋があって、鶏小屋があるのだが、そこに割り込むように新たに追加された臨也小屋にはノミ蟲が住んでいる。
俺の家には当初、電話線とともに使いもしない光通信回線も引かれていたが、いつの間にかそれは臨也小屋に引き込まれて、中でなにやらガチャガチャしてるらしい。俺にはよく分からないが。
臨也がやってきた日の夜、風呂上りに俺がドライヤーのスイッチを入れた瞬間ブレーカーが落ちて、臨也小屋から悲鳴が聞こえてきた。
どうやら臨也小屋の電気消費量は凄まじいらしい。次の日にはさらに強力な自家発電機が運び込まれてきたので、ろくなことはやってないと思う。
俺の朝は早い。4時5時には鶏の鳴き声と共に起きて一仕事する。
7時頃に家に戻って朝飯を作るのだが、臨也はまだ寝ている。
というか俺が起きる頃に寝入るような逆転生活を始めたが、だったら勝手にしろと放って置いたら、しばらく後に食事だけは俺に合わせるようになった。
臨也は俺の農作業や家畜の世話の手伝いは一切しない。
でも少しずつ家事には手を出し始めた。
最初は飯時にドレッシングを作ったり、片づけを手伝ったりするくらいだったが、そのうち時々俺には作れないような凝った料理を披露するようになった。
いつの間にか全自動洗濯機が据え置かれ、洗濯は臨也の仕事となり、家の中の掃除も気がついたらあいつがしていた。
俺がアレをしろ、コレをしろと言った時は嫌だと言うくせに、臨也は知らない間に黙って何かして、それに気付いた時の俺の反応を楽しんでいるらしい。
いちいち面倒くさいヤツだと思うが、昔は腹の立ったあいつの笑顔が、今は可愛いとか、思えるほどには臨也のいる生活を受け入れていた。

ここにやってきた臨也は、池袋にいた頃の臨也とは違って見えた。
勝手の違う田舎暮らしに戸惑う様や、意外にも順応して落ち着きどころを見つけたり、裏のない笑顔を見せたり、あと独り言がやたら多いとか、そんな臨也を俺は初めて知った。
ああ見えて、臨也は動物によく懐かれている。
野生の動物は警戒心が強いから、辺りに気配は感じるものの、俺はその姿をほとんど見たことがなかった。
しかし臨也が一人で森を歩くと動物が寄ってくるらしい。
俺の前では大人しいヤギも臨也の前ではピョンピョンと跳ねてはしゃぐし、牛は臨也の顔を舐めたがる。
小動物に囲まれて助けてと言う臨也に俺が近づくと、動物は一瞬で散り散りに逃げてしまう。
もふもふに伸ばした手が居た堪れなくて微妙な空気になると、
「ほら、野良って人に構われるの嫌がるじゃない。俺は動物に全っ然興味ないからさ、だから寄ってくるんだよ」
慰めてるつもりだろうか、臨也はそう言って俺の中途半端に浮いた手を掴んで、家路へと引っ張って行く。
何故臨也には動物が懐くのか。別に何か食い物を持っているわけでもないのに。
またたびの類でも持っているのかと思えば、俺が嗅ぐ限り臨也は普段通り、池袋にいた頃と変わらない臨也の匂いしかしない。
動物はこの匂いが好きなのかもしれない。
体臭だかフェロモンだか知らないが、興味ないくせに動物に懐かれている臨也が羨ましい、とは言わない。
臨也の匂いに最初に目をつけていたのは俺なのだ。
今更動物にくれてやるのは癪だ。
それに、もうこいつには俺がツバをつけたから俺のものだ。
手のひらに臨也の手の温度を感じながら、獣臭くなったこいつを早く帰って風呂にブチ込んでやろうと思い、俺は我が家へと向かうのだった。


* * * * *


シズちゃんの家にやってきて、シズちゃんを観察していると、まさにここは静雄王国なのだと思った。
まずシズちゃんは牛を1頭、ヤギを2頭、鶏を数羽飼っている。
そいつらはシズちゃんに実に従順で、鶏は朝シズちゃんが起きるのを察知すると鳴くのをやめるし、卵を毎日差し出してくる。
牛やヤギはミルクを搾られにシズちゃんの前に並ぶし、牧草地へ向かう際には軍隊かと言わんばかりに列をなしてシズちゃんについて行く。
俺の前では馬鹿にしてんのかと思うほど頭をゴスゴス足にぶつけてくるくせにだ。
一方、俺に寄って来る野生の動物どもは、シズちゃんのそばには近づかない。
最初はシズちゃんが餌付けしているから俺にまとわりついているんだろうと思っていた動物も、シズちゃんが近づいてくると接近5メートルラインで離脱するのだ。
恐らくは本能でシズちゃんの恐ろしさを感知しているのだろう。
「やっぱり動物には分かっちゃうんだね〜シズちゃんが化け物だって」
最初からかうつもりでそう言ったら、本当にシュンとした顔になったので、それ以来は適当に流すようにした。
シズちゃんは単純なので、話を逸らすとすぐに嫌なことは忘れるのだ。
何はともあれ、シズちゃんのそばにいると動物が寄って来ないのは助かる。
動物だけじゃない、蚊や蝿も寄って来ないし、虫除けいらずだった。まさに静雄オーラパねぇ状態である。
そしてシズちゃんが世話する野菜は育ちが早い。
世話と言っても肥料も手間も満足にかけてないのに、シズちゃんが「大きくなれよ」と声をかけながら水をやった野菜はぐんぐん育っている気がする。
いや、気のせいじゃなかった。
趣味じゃなかった野菜栽培についても調べてみたが、やはり異常なのだ。
この土地が単に非常に肥沃なだけかとも思ったが、シズちゃんが触れたところと、そうでないところではっきり差がある。
これは植物も動物の一種だと思えば納得がいった。植物すらもシズちゃんには従順なのであると。
シズちゃんの与えるプレッシャーは、家畜や野菜を従順に、野生動物や害虫を寄せ付けない効果がある。
本人に自覚はないが、シズちゃんの恐怖政治によってこの山は統率されているのだ。
もちろんシズちゃん自身の努力も否定しない。
元は荒れた寂しい土地だったらしいこの山も、シズちゃんの力によってシズちゃんが望んだ美しい豊かな景色に変わっていった。
池袋では破壊にしか使われなかったシズちゃんの力には、こんな使い道もあったんだね。

俺は朝日に照らされた山の景色を眺めながら洗濯物を干す。
最初、シズちゃんのと俺のを一緒に洗わないでよ!と別々に洗濯したら、俺の洗濯物だけ動物に荒らされたので、今は一緒に洗うようになった。
その上で俺の洗濯物はシズちゃんの洗濯物でガードするように囲んで干す。
シズちゃんに細かいことを言っても分からないだろうし、こうしないと俺の着る服がなくなってしまうのだ。
一体何着動物に盗まれたことか。
鳥の巣に俺のパンツが使われているのを発見した時の俺の気持ちが分かるだろうか。
俺が洗濯物で静雄バリアを完成させた頃、シズちゃんが家畜の放牧から戻ってくるのが見えた。
山から降りてくるシズちゃんの手には、なにかの実がなった木の枝が握られている。
さてあれは何の野生植物だろうか。
俺はそれを特定して適切な調理方法を探さなければならない。
その前にまずはシズちゃんが搾ったミルクを温めて朝食にしよう。
もう金髪じゃなくなったのに眩しいその姿を眺めながら、俺はシズちゃんに手を振った。



戻る
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -