僕が静雄と出会ったのは小学校、臨也と出会ったのは中学校、二人とはいわゆる幼馴染というやつだった。
その二人は高校で出会い、恋をした。主に臨也が一方的に。
入学してすぐ頼まれて臨也に静雄を紹介したけど、その初対面で喧嘩、というか死闘を繰り広げ、僕はその時初めて落ち込む臨也を見た。
「新羅のせいだ。なんでこーなるかなあーもおー」
「ちょ、俺は言われた通りに紹介しただけでしょ。臨也が挑発するようなこと言うから悪いんじゃないか」
大暴れした後、僕のせいで静雄と喧嘩しただのと打ち身擦り傷抱えて言い掛かりをつけてきた臨也に、僕は大きく溜息を吐いた。
そんな臨也にも治療をほどこしてあげる僕ってなんていい奴!こんな僕を見て見てセルティ!
「だあーってーえ、喧嘩売ってくれって顔するんだもんシズちゃんが」
臨也は肩をすくめ、それからグダッと机の上にのびた。
あ、いいよセルティ、こんな奴にお茶なんて出さなくても。
「あーもう第一印象サイッアク!なんなのアレ」
「臨也が悪いよ。好きならどうしてもっと下手に出ないの」
「出てたよ!俺的に精一杯下手に出てたよ!なのに気に食わないとか言っていきなり殴りかかってきたのシズちゃんの方じゃん!」
「野生の勘かな。君の腐った内面に彼は気付いちゃったんだねえ」
「ハハハ新羅ぶっとばすぞ」
臨也は笑いながらギロッと睨んできたけどすぐにまたうつむいた。
「あらら、どうしたの。え?まさか本気でヘコんでないよね?」
「そのまさかかも。おっかしいなーなんだこれ。俺もしかして本当に好きなのかな」
シズちゃんのこと。
ぽつりと、聞こえるか聞こえないかの小さな呟きに、僕は唖然とした。
あの折原臨也が、なにを寝言を、と。
「え?え?どうしたの臨也、頭も打ってたのかい?検査しようか?」
「ひどいなあ新羅。俺はねえ、好きな人に訳も分からず嫌われて、今落ち込んでるんだよ」
「ええ!だって君、人に嫌われるのなんて慣れっこじゃないか!」
「うーんそうなんだけどさあ。好きな人にはやっぱ好かれたいもんじゃない?普通」
いや、でも君って普通じゃないから…と僕は思った。
折原臨也という人物は、人の嫌がることは率先してやり、嫌いと言われればありがとう、人間なんて自分を楽しませる道具としか思っていない最低野郎ではなかったか。
その臨也が人並みに恋をした。驚天動地とはこのことだ。
「臨也ってホモ?」
「失礼な。バイだよ」
なにが失礼なのか意味は分からないが、僕はふむ、と頷く。
「で、静雄はどうするの?諦める?」
「諦められたらここまで落ち込まないでしょ。もう少しねばってみるよ」
「そっか、まあ頑張れ。応援してるよ」
そこで臨也はきょとんとした。
「へえ?新羅応援してくれるんだ。またどうして」
「簡単なことさ。君が彼をものにしたらちょっと口をきいて欲しいんだ。僕も彼のことは気になっててね研究対象的な意味で。ちょっとでいいから貸してくんない?」
「おいおい新羅」
ふいに臨也がまじめな顔になって
「シズちゃんはものじゃないよ」
「…………」
僕らは顔を見合わせて三秒後、爆笑した。この時僕らはたまにまともなフリをするのがブームだった。
このように臨也は、ちょっと落ち込んでもすぐにケロッと元通りという図太い神経の持ち主だった。
この後同じく不愉快な野郎を紹介しやがって!といちゃもんをつけにきた静雄が現れ、恋を頑張るはずの臨也はしおらしかった顔を一瞬にしてイラッとくる笑顔に変え、やっぱり何故か喧嘩を売っていた。
素直じゃないにもほどがあるこの困った同級生が、学校を卒業していい歳こいた大人になってもなお、想い続けた恋についにピリオドを打ったと聞いて、僕はセルティとの朝一番の話題にしようと思うほどには驚いた。



「えー本日はお日柄もいいような悪いようなこの降水確率30%の中途半端なド平日に、私折原臨也の失恋パーティへお越し頂きどうもありがとうございますっつうか俺の失恋パーティなのに費用全額俺持ちとかとんだ罰ゲームになっているわけですが、それは昔酔った勢いでした約束でも余裕で守っちゃう俺かっこいーのでどうでもいいです。しかも大将が頑張ってくれちゃったおかげで最高級のマグロが一本今君らの目の前にあるわけですが遠慮はしなくていいですよ?普段は鍋にも俺を呼ばないくせにタダ飯だけはいけしゃーしゃーと食いにきちゃう君らなんなの?死ぬの?と思ったりもしつつそれもほんの些細な問題です。どうぞ好きなだけむさぼり食いやがってください。えーつまり、では何が問題なのかというと、なんでシズちゃんがここにいんの?」
「ああ?そりゃオ」
「あーもうどうでもいいやとにかくカンパーイ☆」
「カンッパーイ!!!」
自分でふっておいて答えようとした静雄を軽く無視して臨也が手にしたビールを振り上げる。
静雄の怒声はみんなの乾杯の音頭にかきけされた。
いやしかし、本当に何故ここに静雄がいるのだろう。
これって臨也の失恋パーティ?だよね?
露西亜寿司を貸しきって、奥の座敷に座る臨也と隣にいる僕。静雄は入り口近くのカウンターに座っていた。
隣にいるのは、あ、門田君か。門田君になだめられて、今は大人しく座っている。
周りでは来良の子達や、門田君の仲間達が早くも寿司や刺身に手を伸ばしていた。
「ちょっとあれ、ドタチンなんかシズちゃんに吹き込んでるよ。あーもーおせっかい!」
すうと息を吸い込み何かを叫ぼうとした臨也を、僕の隣に座っていたセルティの影が押さえつける。
『刺激するな!店が壊れる!』
影で猿轡をかますセルティかっこいい!でもその猿轡どうせするなら僕にして!
というわけでセルティの影ははずさせて変わりに寿司をねじ込んでやった。
「もういまさらでしょ。いいじゃん何知られたって。だってほら」
喋りたいのかもぐもぐ高速で咀嚼する臨也に店内に掲げられた「祝☆失恋パーティー」の垂れ幕を指差す。
それを見上げて半眼になる臨也。
「…祝ってのが殺意沸くよね。いい仕事しやがって」
「いやでも一応心配はしたよ。ところが予想通り平気そうでなにより」
「平気じゃなかったよ。死にそうだったよ。でもまあよく考えたら知られようが知られまいが俺はシズちゃんに嫌われているわけだから?あ、これどっちでも変わんないじゃんって気付いたよ今朝。つうかなんであそこまでシズちゃんに気付かれたくなかったのかがもはや謎だよ。結果は一緒なのにさあ」
「そうなるとこのパーティの主旨は失恋じゃなくなるのかな。カミングアウトパーティ?」
「俺の恋終了パーティだから失恋のままでいいでしょ」
そう言って臨也は大トロを口に放り込み、美味〜いと笑った。
どう見ても立ち直っている。が、
「なに、やっぱ終了しちゃうの?結果が一緒なら別に今まで通り好きでいたっていいじゃないか」
少しもったいないなと思った。人とのつながりが希薄になりがちなこの現代社会の中で、一人を好きでい続けるのはすばらしいことだと思う。僕のこのセルティへの想いのように。
しかし臨也は一言で切って捨てた。
「やだよ恥ずかしい」
そんな臨也をついまじまじと見てしまう。
こいつの恥ずかしいの基準がさっぱり分からない。
静雄以外には隠してもいなかったくせに。まさか静雄に知られたことが恥ずかしいとか言うんじゃあるまいな。全然まだ好きなんじゃないか。その乙女っぷりの方が恥ずかしいと思うよ僕は。
とは、みなまで言うまいとしていた僕だが隣のセルティは違った。
『まだ静雄のことが好きなのか?』
臨也にPDAを突き出し小首をかしげるセルティはかわいいなあ。
そんなセルティに臨也はハッと鼻で笑って首をゆるく振る。ああ小憎たらしい。
「んなわけないでしょ。もう終ー了ー。これでおしまい。だってなんかめんどくさいじゃん。知られちゃったらさすがにこれから気まずいじゃん」
『気まずい…おまえでもそんなこと思うのか』
「あのね、喧嘩売ってんのにさ、でもこいつ俺のこと好きなんだよな、とか思われたりしたらハラワタ煮えくりかえるでしょ。この俺がこう見えてツンデレ、なんて思われたら殺したくなるでしょ」
ツンデレねえ。普段はツンツンしてるのに好きな人の前でデレデレになるって意味らしいけど、臨也の場合静雄の前ではツンで、静雄のいないとこでばかりデレてるからなあ。むしろ静雄が気の毒なんだけど。
「ということはこれで池袋は静かになっちゃうってことかなあ」
「そうかもねえ」
ズズッと二人でお茶を飲み、ふうと一息つく。
主催が奥に引っ込んでいるからか、失恋パーティとは思えないほどカウンター周りは寿司を楽しんでいるようだ。
臨也はそれを見てフフッと笑う。
「なんだか変な感じだねえ。ほらシズちゃんがあそこにいてさ、同じ空気吸ってるなんて、なんだか学生の頃みたい」
「そういえばたまに休戦だとか言って一緒にお昼食べたこともあったっけ」
懐かしさを感じながら寿司をつまんでいると、突然二つの塊が座敷にすべり込んできた。
「イッザ兄ぃー!失恋オメ!」
「…祝………」
「おまえらまで来たのか」
臨也がああーと頭を抱える。
「好きなだけ祝え。そしてたらふく食って帰れ」
「言われなくてもそうするよん!イザ兄幸せだねえ!傷心の兄を優しく慰めるかわいい妹がいて!よ!勝ち組!」
「……良……」
臨也の双子の妹は飛び掛るようにして臨也の両頬にブチューとキスをし、あっさりカウンターの方へと駆けていった。
「相変わらず慌ただしいね」
「シズちゃんもだけどさ、誰だよ呼んだの。波江かな」
ほっぺたをおしぼりでゴシゴシ拭いている臨也の携帯が鳴る。
「あ、噂をすれば」
そして届いたメールを読んでいた臨也がククッと笑い出した。




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