教祖憎けりゃ袈裟まで憎い

「おっ」
「あ」
 声を上げたのは同時だった。まさかあちらが私の顔を知っているとは思わなかったけれど、彼が私をちゃんと認識しているということはつまり、彼は私が託した事をちゃんと成し遂げてくれたのだろう。
 傑が己の死後の顛末を知らなかったから、手紙が届かなかった可能性も少しは考えていたけれど……そうか。きっと、彼はあの男を殺してくれたに違いない。
「え、なに? 二人とも知り合いだった……って言うか、もしかして私が死んだあと会ったの?」
 五条悟と私が知人である様な反応をしたからか、傑は驚きに目を見開いて私たちの顔を交互に見てくる。まるで漫画のお手本みたいな驚き方だ。そんな彼を見て、私と五条悟は同時に吹き出した。
「まあそういう感じ。な? 百合ちゃん」
「ええ、そういう感じですね。五条さん」
 クスクスとまるで旧知の仲のように顔を見合わせて笑っていれば、傑がいよいよ本気で慌てだす。まあ私も五条悟も傑が死んでからのあれやそれを敢えて語っていないのだから、彼が私と五条が知り合ったって事を知らなくて当然だ。私が五条悟と知り合った事を話すならば、アレ≠フ事を避けて話す事は不可能。だけど私も五条悟もアレ≠フ事を語りたくなかったのだから、知り合ったきっかけを話す筈もない。
「ねえ、今度お茶しようよ」
「は?」
「いいですね、行きましょうか」
「は?」
 五条悟の誘いにすんなりと応えれば、彼は信じられないといった表情で私を見つめる。
「嫌だよ。ダメだ。行かないで」
「ちょっと積もる話があるだけだよ、大丈夫」
「そーそ。コイツにちょっかい出したりしないって」
 五条が何を話したいかは分からないが、私の方は単に五条悟に聞きたいだけだ。渡した手紙の事と、傑の身体を使っていた男の顛末を。アレ≠ヘちゃんと殺されたのだろうか。今度こそ、傑の肉体はちゃんと地に還る事が出来たのか。唯々、呆気なく潰されて死んだ私が知れなかった事を教えて欲しいだけなのだ。
 ──なんて事を馬鹿正直に言える筈もないから、私は五条悟とどうにか口裏を合わせて、滅茶苦茶渋る傑に五条悟と会うことを了承させた。どうして自分の親友と彼女が会話することをあれだけ嫌がるんだか。前々から執着心がすごいと思っていたけれど、まさかここまでとは思っていなかった。
 なんて事があってから数日後。昼下がりのカフェで待ち合わせしていた五条悟と私は、ついに顔を突き合わせた。
「何で傑さんに何も言ってないんですか?」
「僕は君が言うもんだと思ってたよ。だって君があの男を見つけたんだし」
 開口一番に疑問を口にすれば、思ってもない答えを返される。私は確かにアレ≠見つけたしそれを五条悟に教えたけれど、結局どう処理されたか知らないのだから中途半端に喋れるわけがないじゃないか。私が死んだところで話が終わりだなんて、傑にとって生殺しもいいところじゃないか。
 それに、だ。
「私にあなたの死体に入って操っていた男に殺されました≠ニ言えと? ひどい人ですね」
「君だって酷いじゃん。傑の死体をむざむざ利用されたからもう一度傑を殺しました≠チて僕に言えって? そんなの言えるわけないじゃん」
 そう言い合って、互いの言葉に一理あると思ってしまったから二人とも言葉が詰まった。本人に対して、遺体が勝手に使われた挙句に殺されました、殺しましたは確かに言い辛い。どうやんわり傑に伝えた所で、彼がひどく落ち込む事は目に見えているし。
 彼に言った方がいいんじゃないか、と思う気持ちは確かにあるが、それよりも言いたくない気持ちの方が勝る。きっと五条悟の方もそうなんだろう。
「僕は言いたくなかったから言わなかったんだけど、ワンチャン君が喋ってくれないかなーって思ってたんだよね」
「私も五条さんが言ってくれないかなって思ってました」
「でも二人とも言わなかったんだし、もうあの男の事はなかった事にしよう。傑の体はなんともなかった。ね?」
 アレ≠フ事は私と五条悟が墓場まで持っていくべき秘密、という訳だ。まあ好き好んで話す事でもないから二人とも言いふらす訳がないけれど。
「……私が死んだ後、結局どうなったんですか?」
「僕が全員ぶっ殺して終わり。なんか色々と策を練ってたみたいだけど、僕の方から奇襲するのは想定外だったみたいで、拍子抜けするぐらいすぐ終わったよ」
「へえ、流石最強ですね。私なんて岩でプチってやられて終わりでしたよ」
 万が一五条悟の動きがアレ≠ノ気取られても困るし、と私に視線を集める為にアレ≠ノ絡みに行ったけど、本当にプチって終わってしまった。一瞬すぎて痛みも感じなかった程だ。
 なんてことを思い出していると、五条悟に馬鹿だなコイツ、とでも言いた気な目で見られている事に気付いた。別にいいじゃないか、雑魚が強敵に向かっていったって。私が時間稼ぎの様なことをせずとも五条悟ならアレ≠余裕で殺せたかもしれないが、私だって無駄でもなにかしたかったのだ。
「オマエ死ぬ必要無かったじゃん」
「いや、なんかムカついてたので……」
 もう一度馬鹿だな、という目線を貰う。苛立ちすぎて正常な判断が出来なかったんだから仕方ないじゃないか。
「ていうかさ、僕も聞きたいことあるんだけど」
「何ですか?」
「あの写真と一緒に入ってた手紙に書かれた通りにさあ、君の親に君の遺言届けに行ったんだけど、アレ何?」
 顰めっ面の五条悟から飛び出した言葉に、私は腹を抱えて盛大に笑った。ちょっとした嫌がらせのつもりで、別に届けに行ってくれないならそれでもいいやと思っていたのに、まさか届けてくれるだなんて。
 ……という事はつまり、私は確実に五条悟に嫌がらせをする事が出来たということか。これで鬱憤が晴れるな。
「遺言を届けてくれるだなんて、あなたって意外と律儀な人なんですね」
「あの男の情報を渡した女の最後の言葉を届けるぐらい普通にするに決まってるじゃん。僕の事なんだと思ってんの?」
「傑さんの親友でしょう。だからそれなりに性格が悪い人だと思ってたんで」
 類は友を呼ぶ、と言うくらいだし清廉な性格ではない事は分かりきっている。それにちらっと視た時に弱々しい眼鏡の人を脅かしてたから、むしろ性格が悪い方だってのも知ってたし。
「話戻すけどさ、なんであんなのに遺言なんて残した訳? ちょっとしか話さなかったけど、絶対君って親子関係悪かったって分かるよ」
「そりゃもう理由は単純な嫌がらせですよ。あの女と、ついでに五条さんに」
 あの女は自分が物語の中心になるのが大好きだ。だからあの女が産んだ私という存在は都合のいいストラップで、時にはあの女を飾り立てるものになる。そんな自己中心的な女に、娘の私が死んだと伝えればどうなるかは火を見るより明らかだ。
 きっと、あの女主演の悲劇の舞台が始まったに違いない。もちろん悪役は五条悟。周囲の人間に自分が可哀想な存在だ、と知らしめる為に盛大に泣き喚いて五条悟に詰め寄ったんだろうな。いやぁ、面白すぎる。あの女に詰め寄られる五条悟の絵面を想像しただけで笑えてしまうな。
 そんな私の様子に苛ついたのか五条悟が早よしろ、と急かすから、仕方なくネタバラしをしてあげる。
「私、宗教関係者のせいで苦しんでた時期が長いので、教祖とか大嫌いなんですよ」
「それでよく傑のダチになれたな」
「まあそれは傑さんの粘り勝ちですね」
 あの執念は凄かった。冷たい態度を取ってたのにいつの間にか私の事を好きになってたぐらいだし。
「その夏油さんが教祖してる時に羽織ってたのが五条袈裟なので、ね? 坊主憎けりゃ袈裟まで憎いって言うじゃないですか。あの人は教祖でしたけど」
「マジの八つ当たりじゃねーか」
「だって坊主憎けりゃ袈裟まで憎いんですもん」


 完



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