二〇XX年

 呪霊も呪術も呪力すらないこの世界で、前の影響が残っているのか、人探しだとか失せ物探しに於いて私は勘がよく働いた。前みたいに視えるわけじゃないけど、なんとなくここかなって思えば失せ物は見つかるし、探し人もいる。だからなんとなく今日この日だな、とアタリを付けて、思うがままに電車を乗り継いで足を向けた、その先にあったファミレス。
 そこに、当然怪物はいなかった。
 ただ、突然現れた私に驚愕してぽかんと口を開き、こちらを見つめる隻腕の男だけがそこにはいた。相変わらず一房だけ垂らしてある前髪に、拡張されている耳に収まっている大ぶりなピアス。だけど後ろ髪は肩に付かない程度の長さしかないし、ハーフアップにもしていないし。それに何より、右腕がない。
 ……随分と様変わりしているなぁ。イメチェンのお陰で胡散臭さが随分と消えているのはいい事と言えよう。
「全部終われば会いにくるって言ったのにきてくれないんで、こっちから会いにきましたよ」
「…………ほ、ほんもの……?」
 彼の向かいの椅子に座ると、呆然としながら左手を伸ばしてくるものだから笑ってしまう。しかも本物? って……。夏油じゃあるまいし私の偽物なんて居てたまるか。
 間違いなく私は私はここにいるんだぞ、とわからせる為に伸ばされた手に指を絡ませて握りしめてやる。そうしてぎゅうと力を込めれば、恐る恐るといった様子で手を握り返された。……この手の大きさは変わらないもんなんだな。
「初めまして。久しぶりですね、夏油さん」
 そう言ったものの、彼からの返答は無い。だからといって私の言葉を無視してるという訳ではなく、唯々言葉が浮かばないらしい。何度か口を開いたり閉じたりした後、下唇を噛んでそれっきり。そんな彼の顔を見つめてから、徐々に握る力が強くなってきた手に目線をやる。
 彼の手に、以前の様な傷跡は見当たらない。あれだけ硬かった掌も、今ではすっかり多少鍛えている男の手≠フ範疇だ。腕だって前に比べれば細いし、指だってそこまで太くない。右腕は無いけれど、まあそれは前世で吹っ飛んでいた影響で無くなっているのだろう。恐らくだけど。
 そんな事を考えながら、ペタペタと彼の手を握られていない方の手で触っていると、漸く話したい事が纏まった様で、ゆっくりと夏油の口が開かれた。
「……どうして会いにきてくれたんだい」
 言う事に欠いてそれか。もっとなんかこう……会いたかった、とかないのだろうか。会えて嬉しいとかでも良いけれど。
「私が会いたかったからですよ。あと今は教祖業をしてないんでしょう?」
「うん、今はただの大学生。……でもそっか、会いたいって思ってくれたんだ」
「私、そんな薄情な女じゃないですよ」
「だって私ばっかり君の事好きだっただろ。不安になって当然じゃないか」
 確かに、それを言われてしまえば何も言えなくなる。ずっと何かにつけて拒絶していたし、最後の方ぐらいしか彼の良いところを知ろうとしなかったし。なんなら最後も好きじゃなくて普通ぐらい、としか言ってなかった。
「でもほっぺにちゅーしてあげたでしょう?」
「口じゃなかったよ」
 私の答えに対して間髪入れずに発せられた言葉に苦笑いする。
「じゃあ、今日は口にしてあげます」
「え! ……百合ちゃんってそんなに私のこと好きだったの?」
 キスすると言った途端にあからさまに目を輝かせないで欲しい。笑ってしまうじゃないか。
「夏油さんが死んでから思うところがあったんですよ」
 まあ、夏油の身体を玩ぶ男がいると視てしまった時に感情がおかしくなったんだけれど。少なくともそれまでは居なくなって寂しいな、悲しいな、なんて感傷に浸るくらいだったのに。アレ≠ヨの怒りを感じれば感じるほどに自分が夏油へと抱いていた親愛の大きさを自覚して、そのせいでアレ≠ヨの怒りが吹き荒れ、また自分の心を占めていた夏油への気持ちを自覚する。ずっとそんな状態が続いて、アレ≠殺す為なら死ぬ事も厭わない、とまで考えて実行する程に激情に駆られていた。
 ……滅茶苦茶不本意だけど、ああいう風に感情が爆発してヒートアップするのは母親譲りだな、と生まれ変わって冷静になった今では思う。なんで私はあんなに怒り狂ってたんだか。
「……じゃあ、キス以外もお願いしてもいいかな」
「どうぞ。私に叶えられる事なら」
「えーっと……敬語、やめてくれる?」
 すごく可愛いお願いをするんだな、と逆に驚いてしまった。前の時の強引さはどこへいったのやら。
「いいよ。あなた相手だとちょっと慣れないけど」
 砕けた物言いになった途端、新鮮さからか夏油の目がパチリと見開かれた。私の方はといえば、違和感があってなんだか背中がむず痒い。五年以上敬語を使ってたんだし、やっぱり変な感じだ。
「後は私の事を名前で呼んで」
「傑。傑くん。傑さん。……どれが良かった?」
「……なんか新婚さんみたいだから傑さんがいいや」
 三回も名前を呼んだからか、夏油……この際傑でいいか。傑が嬉しそうにはにかむ。髪が短いからか幼い印象で、前の時よりうんと可愛い笑顔だ。笑い方だって下手じゃないし。
 ……それにしたって新婚さん、って。選び方に欲望が漏れすぎだ。もう少しうまい方便は使えないのだろうか。
「あとは……どうしよっか」
「どうしよっか、ってどういう事?」
「いや、なんかまだ現実に追いつけてないんだ。したい事とかいっぱいある筈なのに何も出てこない」
 ぎゅと握りしめあった手を半ば睨む様に見つめながら、傑はそんな事を言った。私の方は会う気満々でここに来たけど、そういえば傑はなんの心構えも無かったんだったな。そりゃ思考が纏まらないのも頷ける。
 さて、ここで彼の混乱が解けるまで待ってても良いのだけれど。本音としては手を握るだけのスキンシップじゃ物足りない。私は、前みたいにもっとくっついて喋りたかった。それに折角会えたっていうのに机を挟んで喋るだなんて味気がないし。
「なら、傑さんの家に行ってから色々と考えようよ」
「私の家? 来てくれるの?」
「もちろん。お帰りのキスもしてあげる」
 どうやらカフェから程近いマンションで傑は一人暮らしをしているらしい。実家は県外で、大学に通う為に部屋を借りたんだとか。キスが間近に迫ってきているからか、少し挙動不審になっている傑がペラペラと色々な事を教えてくれた。
 例えば今通っている大学に、かつての親友だった五条悟と級友だったショーコさんがいるだとか、昔に死んだ後輩と生き残った後輩が一個下の生徒として同じ大学に入学した事だったり。実は大学で講義を受けている教授が前の担任の先生だったとか。他にも、彼が家族と呼んでいた人たちとも再会できたらしい。
 そして何よりの驚きがその全員に前の記憶がある、と。
「久々に夜蛾先生のゲンコツ受けたんだけど、その後悟と硝子まで殴って来てさ。すごく痛かったし、たんこぶもできたし……」
「仲良しだね」
「まあ……うん、今でも仲良しだよ」
 そういえば前の時にはもう会いに行けないだなんて言っていたな、と嬉しそうな傑の顔を見ながら思い出す。あの時に友人たちの名前を溢した傑は楽しそうではあったけれど、本当は少し寂しかったのかもしれない。だって会いたいと思ったからこそ、もう会いに行けないだなんて言葉が出たのだろうし。
 今では気軽に会いに行けて良かったね、と言えば傑は少し恥ずかしそうな顔をした。どうやら、前に酔った時のことを薄らと思い出したらしい。それを少しからかいつつ前の時の事を交えながら話に花を咲かせていると、あっという間に彼の家に着いてしまった。
「あ、ちょっと待って。私が先に中に入ってもいいかな?」
「えっ? あー、うん、そこまで散らかってないから大丈夫だよ」
「じゃあ鍵借りるね」
 一体何をするんだろうか、と不思議そうな顔をしている傑を置いて一旦彼の家の中に入り、それからまたすぐにドアを開く。思っていたより早い私の動きに傑が驚いた顔をするけれど、驚いている暇なんてない。ほら、傑の待望の瞬間だぞ。
「おかえりなさい」
 そう言って、今度こそ私は彼の唇にキスをした。



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