誰にも見つかんないように先生に手紙を渡してくれって女の人が、と。絶賛死亡中の生徒、虎杖悠仁から手紙を渡された五条悟は、はてと首を傾げた。死んだことになっている虎杖に、誰が何の目的でわざわざ接触したのか。どうやら極秘に受けていた任務で虎杖が一人になる時を見計らって接触したようだし、中々用意周到な相手らしい。全く心当たりがないな、と五条は唸った。
「なんかね、何が何でも先生に伝えたい情報があるんだけど、高専の人たちは信用ならないから俺に託すって言ってたよ」
「なるほど、じゃあ悠仁に渡すのは理に適ってるね。……相手が誰だか知らないけどさ」
 虎杖から手渡された手紙を六眼で観察しながら、五条は考え込む。手紙には一切の呪いが見えないから、コレが罠であるとは考え辛い。ただ、手紙に書かれている差出人の名前に一切の心当たりがないのだ。
 こんな術師いたっけ? と五条が知る術師の名を思い出してみるが、同じ苗字の術師すら思い浮かばない。じゃあ呪詛師かと考えてみても、呪詛師ならばなぜ自分に手紙を送るのか。こんな呪力も感じられない紙切れで五条をどうにかできるでもなし、単純に意味がない。
 そうやっていくら考えてみたところで五条には心当たりがないので、全く埒があかなかった。そう危ないものじゃないし、送り主も自分に早く読んで欲しいだろうし。そんな風に思った五条は、それまで頭を捻っていた割には至極あっさりと手紙の封を開けた。
 そうして出てきたのはなんの変哲もない白い紙と、そこに綴られた丁寧な字のみ。やっぱり変なものは何もないよなと不審に思いつつも、五条は手紙に書かれている情報とやらを読むことにした。大体自分に伝えたい内容があるなら悠仁を使って手紙を渡すんじゃなくて、直接言いにくればいいのに。恥ずかしがり屋なのか? そんな風に斜に構えて余裕ぶっていた五条だが、手紙を読み進めていくと顔を強張らせた。
 成る程、これに書かれている事が本当ならば、そりゃ悠仁以外に手紙を預けられない。
 五条からすればあり得ない℃魔ェ書かれている手紙だが、けれども五条の勘は手紙に書かれている事が真実だと告げていた。何故ならばそれ程までにあり得ない事だから。嘘を吐くのなら、もっとあり得そうな巧妙な嘘を吐く筈。つまり逆説的に考えて、この手紙に書かれているのは真実だろう、と。
「せんせー?」
「悠仁、もう一通手紙持ってる?」
「持ってるよ! ハイ、どうぞ」
 虎杖から手渡されたもう一通の手紙を開き、その中身を確認した五条は確信した。これ≠ヘ本当の事だ、と。
 ──そうなれば、今ここでのんびりとしている暇などない。
 手紙の送り主が接触した虎杖に万が一何かあれば困る、と五条は己の様子を窺っている虎杖の腕を掴み、一旦高専の地下室へと跳ぶ。それから虎杖を任せる為に伊地知と七海へと連絡を取ろうとしてスマホを取り出し、しかしメッセージを送る事なくそれをポケットへと突っ込んだ。
 何も五条は七海と伊地知を疑っている訳ではない。彼らを五条は信頼しているからこそ、虎杖の生存を伝えた数少ない相手に選んだのだから疑うはずがなかった。けれど、五条が後輩に寄せる信頼を相手≠ェ知っていたならどうなるか。知らず知らずの間に五条でさえ一杯食わされた相手≠ノ、後輩たちが知らぬまま利用されていないとは限らなかった。
 だから五条がするべき事は一つに絞られる。ただただ迅速に終わらせる事。相手≠ノ五条が知った事を気取られても駄目で、もちろん五条の動きを気取られるのも駄目だ。ただ相手≠ノ気付かせず、何もさせずに終わらせる必要があった。
「うわ、びっくりした。どしたん、先生」
「悠仁に任務を与えるよ。ここで待機! 以上!」
「……それって任務って言うの?」
「僕が言うから任務だよ。じゃあ行ってくるから、ここから出ないように」
 己の言葉に対して虎杖が元気よく返事をするのを聞き届けた五条は、虎杖から渡された二通目の封筒に入っていた手紙と写真を取り出し、写真の方の裏側を見た。五条の瞬間移動は高専を起点にしたものであるから、写真の裏に書かれている数字……緯度と経度だけを基にして跳ぶのは難しい。
 だが、多少の誤差であれば許容範囲内だろうと、大まかな目的地を算出した五条は両手を組み合わせて、跳んだ。
 
 
拝啓
 初めまして、五条悟さん。名前も知らない女からの突然の手紙に疑問を抱いていらっしゃるかと思いますが、少しだけお付き合いください。私は里見百合という名前の野良の術師で、一応夏油傑の友人という立場の人間です。何故夏油傑の友人の女が五条悟に手紙を送るんだ、と思われるかもしれないので先に順を追って説明しましょう。
 私は簡単に言うと、千里眼の術式を持っている一般人でした。視たいものを選んで、距離など関係なく視ることができるという割と便利な術式です。その事をどこからか聞きつけた夏油傑は、私に特級呪霊だとか一級呪霊だとかを見つけさせようとしました。簡単に戦力を増量したかったんですって。まあ嫌だって言って断ったんですけど、彼は本当にしつこい人間で。家に勝手に入り込んでたりご飯を勝手に食べたりとかしてきましてね。それでまあ、なんやかんやあって友人になったという訳なんですが。
 ……話を戻します。千里眼の術式を持つ私は、当然夏油傑の最期も視ていました。あの人も親友だったと言っていた貴方に殺してもらえて、一応はいい死に方だったんじゃないかと思います。最期に笑ってましたしね、私もその終わりに納得してたんですよ。呪詛師というものをしてた割には綺麗に死ねたじゃないかって。でも、そうそう綺麗に彼を終わらせてあげられないみたいで。
 先日、特級呪霊に不用意に近寄らなくて済むように≠ニ千里眼で日本全国の特級呪霊を視ていたのですが、とある場所で徒党を組んでいる特級呪霊と死んだはずの夏油傑の姿が見えました。私は貴方が夏油傑の息の根を止めたのを見ましたし、彼が息絶える様をこの眼で見ました。きっと特別な眼を持つ貴方も、彼の命の灯火が消えゆく様を見ましたよね。
 でも、夏油傑が動いていました。彼が呪霊操術を扱っているのも視えましたし、夏油傑の呪力だけを視てみても動いている夏油傑の呪力が視えたので、あの肉体は夏油傑のそれで間違いないはずです。ただ、私の眼で夏油傑という男を視ようとすると何も視えませんでした。動く夏油傑の肉体が存在している事は間違いないのに、夏油傑を探そうとすれば私の眼はなにも映さないのです。
 恐らく、肉体は夏油傑であっても中身が別物なのだと思います。肉体や呪力が夏油傑のものであっても、中身が違うのなら私の眼が探せないのも納得できますから。呪いやそれに類するものの知識は夏油傑から教えてもらったものしか知らないので、必ずしも正しいとは断言できませんが、間違いではないはずです。
 さて、もうここまで言えば私が貴方に何を求めているか察しがついているかと思います。私がわざわざ貴方の教え子の一人に接触して手紙を託した理由はただ一つ。
 どうか、夏油傑の肉体を使うあの男を殺してください。
 私が殺せるのなら殺したいところですが、特級術師だった男の肉体を十全に扱えるであろう男を相手に、たかが千里眼しか使えない私が対抗できるはずがありません。まあ、不意打ちぐらいなら出来そうですが、それで仕留められるなら彼は特級なんてやってなかったでしょう。私には荷が勝ちすぎる。だから貴方が殺してください。
 因みに相手の陣営にいるのは火山頭の一つ目の呪霊、目から木を生やしている隻腕の呪霊、顔につぎはぎの痕がある人型の呪霊、頭に布を被っているタコの呪霊。これらは全部特級呪霊ですね。それと、おかっぱ頭の坊主の格好をした呪詛師と、夏油傑の肉体を使っている男。私がこの手紙を書いている現時点で確認できるのはそれだけです。私が向かっている時には更に増えているかもしれないですが、貴方にとっては誤差でしょう。
 と、まあここまでつらつらと書き殴ってきましたが、貴方が私の話を信じていない可能性も考慮して、貴方の教え子の虎杖くんに2通目の手紙を渡してあります。そちらの方に夏油傑の肉体を使う男の写真と、根城らしき場所の住所を記載していますので。どうやらアパートの一室をタコの呪霊の生得領域で覆って広くしている様ですので、突入の際は一応心の隅に置いておいてください。
 じゃあよろしくお願いしますね。私は先に行って雑魚なりに足止めでもしておきますので。
 敬具 
  二〇一七年八月▽▽日
 里見百合 
五条悟様

 追伸 街を歩いている夏油傑(にせもの)を遠方から撮る為にわざわざ高いカメラを購入したので、あとで支払いをお願いします。特級術師っていっぱいお金貰えるって彼が言ってたので。


 全く知らない女だ。五条はその女の存在をちっとも知りはしなかった。だってその女は夏油の家族ではなかったし、夏油がその存在を口にしなかったのだから仕方がない。
 ただ、知ったからには色々と根掘り聞いてやろうと五条は思っていた。五条の知らない夏油の事を聞ける、彼の家族∴ネ外の唯一の人間なのだ。罪を犯していないのならば、こちら側に引き込むことも出来るはず。
 そんな事を考えながら跳んだ五条の視界には、手紙に書かれていた通りの親友の肉体を使う男と複数の特級呪霊。そして、岩に押し潰された女の死体が映っていた。



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