少しだけ間伸びした声で、夏油が私に疑問を口にした。
「ねえ、私のこと好き?」
「普通ぐらいですかね」
「手厳しいなぁ」
 夏油を見て見ぬふりをすると決めてから特に変わったことと言えば、彼の私物が増えたことだろうか。前までは勝手に持ってくるんじゃないと言い聞かせていたが、近頃は好きにさせていた。例えば彼の着替え。シャツだとかズボンだとかが私の衣装箪笥の一角を占領している。ただ、彼が持ってきたのは全部黒だったり逆に派手すぎる柄物しかなかったので、用意されているのは私が買ってきたものだ。夏油には一か百かの両極端しかないのだろうか。もう少しちょうどいい≠烽フを用意していただきたい。
 他には彼専用の食器が一通り。前から持ち込んでいたどんぶり以外の物はお揃いのいいと彼が騒いだので、私も色違いの物を購入した。別にお箸とかまで揃えなくてよかったのにな、とは思ったけれどこういうのには拘りがあるらしい。
 あとは彼専用の歯ブラシとかシェービングジェルだとか、そう言った細々な日用品も置かれる様になった。彼が私の家に訪れるのは一週間に一度とか、二週間に一度とかその程度の頻度。だから別に置いておかなくてもいいと思うが、なぜか夏油が男避けにすると言って聞かなかったのだ。男避け以前に、そもそもこの家に足を踏み入れる男なんて夏油ぐらいしかいないんだけれど。
 ああ、一番変わったことと言えば、リビングのソファそうだ。彼が小さい小さいと文句を言っていた私のソファは捨て去られ、彼がどこかから持ち込んできたどデカいソファが今現在リビングには鎮座している。彼が横になっても脚が飛び出ないサイズだから、そのせいでリビングは若干手狭になったけれど、まあその程度は許容範囲だろう。
 そんなわけで今現在。新品のソファにて、夏油は私にもたれ掛かる様に腰掛けていた。前も思った事があるが、筋肉の塊であるこの男はシンプルに重い。ひ弱な私に体重を掛けないでいただきたいのだが。
「じゃあ前よりはどう? ちゃんと好きになってる?」
「前よりかはもちろん好きですよ」
「…………そっか」
「自分で聞いておいて何照れてんですか」
「好きな人に好きって言われて嬉しくない人なんている筈ないだろ」
 ぐりぐりと額を私の肩に押し付けながら、夏油は面倒くさい彼女みたいなことを聞いてきた。私が夏油の教祖という要素を見ない振りをしてあげると言ったあの日から、夏油はどうにか私に好かれようと色々な事をしている。今の言動だってその一環らしい。本人が何故かそんな言い訳をしていたた。……まあ多分、ただ甘える口実が欲しいだけなんだと思うが。
 だから素直に思っている事を言ってやれば、照れ隠しなのかのしかかってくる体重が増えた。ぐえ、と口からカエルが潰れたかのような声が漏れる。なんて酷い事をする男なんだ。
 それから暫くの間、私に体重をかけてみたり髪に鼻を突っ込んで匂いを嗅いだりした夏油は、一通りしたい事をやり切って満足したのか、突然体を起こした。私が滅多にスキンシップを拒絶しなくなったからと言って、やりたい放題するのはやめてくれないだろうか。流石に匂いを嗅がれるのは恥ずかしいし。
 そう思って文句を言おうと口を開く、その前に。夏油が全く関係のない事を喋り始めたせいで出鼻を挫かれてしまった。あーあ、タイミングを逃してしまったぞ。
「そう言えばね、この前の日曜日に家族たちと少し遠出をしたんだ。山の奥の方に特級呪霊がいるって噂だったから捕まえてやろうと思って」
「捕まえられたんですか?」
「結構簡単に捕まえられたから少し拍子抜けだったよ。見たい?」
「いくら夏油さんの制御下にあるとは言え、特級はちょっと……」
 凄くウキウキした様子で言ってくる夏油には申し訳ないけれど、流石に家の中で特級呪霊を出されるのは遠慮願いたい。たぶん自慢したいんだろうが、戦う術を持たない私からすればただの恐怖対象だし。私の明確な拒絶に夏油は落ち込んだ顔を見せるが、そんな顔したって駄目だ。可愛い顔してるんだよ、とか言われても特級なのには変わりがないから出さないでほしい。
「じゃあ小さいのはどう? 見ない?」
「……そんなに呪霊の自慢をしたいんですか?」
「まあね。キツいの我慢して飲み込んで、戦闘に出してハイ終わりとかって何か勿体ないじゃないか」
 手のひらを上に向け、黒いもやもやを展開した夏油の手元から小さな塊……黄色くて羽が生えていて、やけに唇が強調されている呪霊が複数飛び出してきた。まじまじとそれらを見ていると夏油から可愛いでしょ、なんて言葉が飛んできたものの……コレって可愛いといえるのだろうか。前から思っていたけれど夏油のセンスって独特で普通とは違う気がしてならない。
 パタパタと飛んでいるのを遠目で見れば多少は可愛いと勘違いできるかもしれないな、と宙を浮かぶ呪霊たちに手を伸ばす。するとそのうちの一匹が私の方へと近づいてきて、珍妙な鳴き声を発した。
【ちゅうちゅう】
 なんだこいつ。
「……夏油さん、もしかしてこいつとちゅーしたんですか?」
「してないしてない。するわけないだろ」
「でも黒い玉にして飲み込んだんだったら実質ディープキスなんじゃ?」
「縁起でもないこと言わないでくれ」
 私の言葉が相当嫌だったのか、夏油は顔を顰めて空を飛んでいた呪霊を仕舞ってしまった。私の手にくっついたやつも敢え無く黒いもやに飲み込まれて消えていく。あーあ、つかの間の自由が終わってしまって可哀想に。
 夏油の中で呪霊たちがどういう状態になって溜め込まれているか知らないけれど、聞いている限り相当な数の呪霊を彼は所持しているらしいから、絶対窮屈だと思う。あんな小さいのだったら一匹ぐらい潰れてたりもありそうだ。
「こいつらってあんまり可愛くない?」
「あんまり≠ニいうか普通に不細工ですよ」
「えぇ……双子たちは可愛いって言ってたんだけどな」
 それってあなたに育てられたからあなたに感性が寄ったんじゃ? とは思ったが黙っておくことにした。その子たちがもともとそういう感性を持っていた可能性もあるし。
「じゃあカッコいいのを見せてあげる。飛ぶのも早いし攻撃力も高いから重宝してるんだよ」
 そういった夏油が次に出してきたのは、デカい虫……というよりハチの呪霊。フォルムは確かにカッコいいと言えるかもしれないけれど、それよりも大きさが大きさなので怖いという感想が先に出る。足先とか凄く尖ってて、私なんか攻撃されたら一溜りもないんじゃないだろうか。
 他にも禍々しい見た目のムカデの呪霊とか、カマキリの呪霊だとか、クモの呪霊だとか。夏油がカッコいいという呪霊をどんどんと出していき、部屋が昆虫の呪霊まみれになってきたところで、もうやめてくれと制止した。普通の虫より嫌悪感は少ないかもしれないが、そもそも私は虫が苦手だ。ゴキブリの呪霊なんかが出てきた時には泡を吹いて気絶する自信がある。
「あとこれよりカッコいいのと言えば虹龍かな。結構前に壊されたけど」
「コウリュウ……って、龍の形の呪霊とかそういう感じですか?」
「そうそう。当時持ってた呪霊の中で一番硬かったから、雑に相手に体当たりとかさせてたんだ。横からブチ当てると大抵の呪詛師は潰れるから楽だったよ」
 そう言って昔を懐かしむ様な顔をした夏油だが、その後にすぐ顔を顰めた。その呪霊が倒された時を思い出してるのだろうか。まあ、何故か「猿め……」だなんて呟いてるから別の事を思い出しているかもしれない。まさか非術師に一番硬い呪霊を倒された訳でもないだろうしね。 
「あれから何年も龍の姿をしてる呪霊を探したんだけど、結局虹龍程かっこいいのは見つからなかったな。惜しい感じのは何匹か見繕えたんだけどね」
 こういうやつ、と彼が出したのは龍……というよりヘビの様な呪霊。すごく小さくて、龍であるならば持っているであろう威厳なんて微塵も感じられないようなヤツだ。でも、こんな呪霊で惜しい感じとか言ってるって事は、彼の言うコウリュウも大してカッコよくなかったんじゃないか? なんて気がしてきた。何せ夏油のセンスには疑うところがある。今のところ彼の言う可愛い≠熈カッコいい≠煖、感できるところがなかったし。
 このヘビの呪霊もどう見たってヘビで、龍って感じが微塵もないしな、なんて思いながら机の上をにょろにょろと這い回る呪霊を指で突っつく。すると、殆ど力を込めていないというのに、ヘビの呪霊はころんと机の上を転がっていった。滅茶苦茶弱いじゃないか、この呪霊。
「こいつのこと気に入った?」
「触り心地もいいし、ちょっと可愛いですしね」
「……ねえ、やっぱりこの前捕まえた特級呪霊を見ないかい? あの子可愛い顔してるよ」
 おっと、話が一周してしまった。どうしてそこまでして私に特級呪霊を見せたがるんだ。折角すごいのを捕まえたから誰かに見て欲しい気持ちは分からないでもないが、それは彼の家族¢且閧ノやっていただきたい。私は無理だ。
 でも、このままだと私が件の特級呪霊を見ると言うまで同じ話が続きそうだし。どうにか話を逸らさなければ、と少し考えていると妙案を思い付いた。
「可愛いのを見たいなら、あなたが好きな私のの顔を見ればいいんじゃないですか」
 そんな事を言ってみると、虚を突かれたような顔をした夏油はぐぬぬ、と唸ってまたこちらにもたれ掛かってくる。ああもう、そんなところまで一周回らなくてもいいじゃないか。
「そういうこと言うの、すごくズルいと思う」
「じゃあ狡いついでにもう一つ言ってあげますね。呪霊なんかより夏油さんの方がよっぽどかっこいいですよ」
 その言葉に、夏油は完全に沈黙した。出会ってから最近までずっと辛辣な言葉ばかり言っていたから、ほんの少しの褒め言葉でこうまで照れてるのを見るのは少々癖になる。他の人間の言葉は普通に受け取る癖に、私の言葉に弱いだなんて面白い男だ。
「いま変な顔してるから見ないでね」
「大丈夫ですよ。大体いつも変な顔してるので」
「褒めるのか貶すのかどっちかにしてくれないかな」
 私の肩に乗っている夏油の頬がびっくりするぐらい熱いから、相当顔を真っ赤にして照れているんだろう。どんな顔してるか見てみたいな、と思って覗き込もうとすれば更に体重を掛けられたから渋々断念する。折角だから記念撮影したかったのに。
「……さっき私の事かっこいいって言ったし、本当は私の事好きでしょ?」
「普通ぐらいですね」
 まあ、私の場合普通のハードルが意外と高いから、結構好きと言えるかもしれないけどね。



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