03
「飽きた」
血飛沫を撒き散らし、悲鳴を上げ続ける桜があまりにも変わり映えがないせいで、直哉のやる気は急速に萎んでいったらしい。そもそもなんでこいつがチェーンソーで俺がスコップやねん、と持っている道具にすら不満が出ている。
「なぁにが飽きた≠竄アのぼんぼん。この桜切り倒して処分せんと、おとんの死体見つかるかもしれんやんか」
「そん時はテレビのインタビューに出て、『まさかあの子が自分の父親を殺したなんて……』って言うたるさかい安心せえや」
「アホゥ、そないなったら直哉くんも死体遺棄で捕まるで。ほんなら禪院家初の跡取りの逮捕や。せいぜい後ろ指さされたらええねんボケ」
そんな風に言い合いしつつも、結局二人とも桜の木を切り倒そうと腕は動かし続けている。どうやら朝陽の父の死体から呪力を得たのか、桜の樹は一種の呪物のようなものになっているらしい。ただし、基本的にはただの桜だ。人間を襲うだとか、それこそ血を啜るといった様子は見受けられず、ただただ美しいまま年中咲き誇るのみである。
まああのクソ親父にしては良い死体の使い方やね、と朝陽は一人満足気に頷く。汚いよりはまだ綺麗な方が全然良い。
──それはそれとして、邪魔やから切り倒すけど。
「なあ、蹴っ飛ばしてええ? 俺が吹き飛ばしたら一発やろこんなん」
「ほんなら残穢どうすんの。おとんの死体もあるし」
「次縹≠ナ燃やせ。んで、二人で術式で遊んでました〜て言うたらそれで済むやろ」
禪院の「柄」筆頭である男と八色の当主である女が仲が良いのは周知の事実。彼ら二人が突如街に繰り出して好き勝手に遊んでいるのも、当然皆の知るところであった。……という事はつまり、八色家の所有する山で彼らが術式を使って暴れ回ったとしても、いつもの事だと処理される。
動物≠ェ焼けた様な痕跡があろうが、年中咲いていたはずの桜が倒れていようが、彼らが術式を使った後なら仕方がない。それだけのことを彼らは今までに仕出かしていた。
ならば最初からチェーンソーだのスコップを使わずとも、二人で暴れていれば良かったのだろうが、ひとつだけ問題があった。
「直哉くんの術式で遊ぶ≠ト、うちのことボコボコにしたいだけやん。うち痛いの嫌いや言うとるやろ」
「俺は楽しいから好きやで」
「そら一方的に殴るだけやったら楽しいに決まって──」
術式を使って遊ぶ……つまりは実践形式での戦闘訓練なのだが、それには朝陽の術式は向いてなさ過ぎる。彼女の術式は当たれば勝ち≠フ部類。速さが売りの直哉に当てるのも一苦労な上、当たったら当たったで直哉を殺しかねないのだ。ただでさえ一級術師の中でも上澄みの強さを誇る直哉より朝陽は弱いのに、彼を殺さないようにと手加減するしかないのだから、彼と戦えば一方的な展開になるのは当たり前だろう。故に朝陽はいつも直哉にボコボコにされていたし、それが嫌で遊び≠ノ誘う直哉から逃げていたのだが、結局逃げられたためしがなかった。
──そして、今回も彼女は逃げられない。
怠そうに立っていた直哉の姿が掻き消えたかと思えば、轟音と共に桜の木が根っこを残して吹き飛んだ。その様を見て、朝陽が慌てた様子で防御の姿勢を取る、その直前。彼女の腹に直哉の無駄に長い脚が食い込んだ。
「トロくさ。防御間に合っとらんやないか。気合い入れとけや」
「ッゲホ、おま、急に蹴っといて何やその言い草」
「雑魚がなんか吠えとるなぁ。ぶつくさ言うてんとさっさとやれや次縹=v
腹を押さえて咳き込む朝陽の様子などお構いなしに直哉は彼女の首根っこを掴み、先程蹴飛ばした樹のもとへと彼女を投げ飛ばす。当然、朝陽は痛みに悶えている最中なので着地出来るはずもなく、地面にべちゃりと落下した。
この人でなしめ、と自分の性格を棚に上げて彼女は直哉を罵ろうと口を開く。が、直哉の早よせえと言う言葉に渋々近くに横たわる桜の樹に近寄った。樹は既に唸り声を出す元気が無いようで、無意味にダバダバと血液を垂れ流すのみ。
チェーンソーで切っていた時は唸り声を上げてくれていたので、音の鳴るオモチャのようだと朝陽は楽しんでいたものの、血が出るだけなら単に血生臭いだけである。さっさと燃やしたろ、と彼女は樹に腕を翳して言葉を紡いだ。
「ほなまたな。──次縹=v
次の瞬間、桜の樹と根が青い炎に包まれる。その炎は地面に埋めてある八色西蔵の遺体の骨まで焼き尽くさんばかりの勢いで轟々と燃え盛り、辺り一面を照らしていた。言わば火力の高いキャンプファイヤーみたいなものである。
そんな光景を見て、おとんの桜よりうちの炎のが百万倍綺麗やな、なんて自画自賛した朝陽は直哉が追撃をしてくる前に、体を治してしまおうと腹を抑えていた手に力を込めた。そして、一言呟く。
「月白=v
術式を使用し、腹部が白く淡く光りはじめた朝陽を直哉はぼけーっと見つめていた。彼女の使う月白≠ヘ反転術式とまではいかずとも、回復の作用がある。だから直哉は邪魔をする事なく彼女の回復を待っているのだ。だってその方が長いこと遊べるやん、なんて理由で。
ただ、ずっと待ち惚けていられるほど直哉の気は長くない。暇やなあ、と朝陽を見ながら何か面白い事はないかと考えていた彼は、とりあえず昔からの疑問を口にしてみた。
「なァ、前から思っとってんけどなんで回復の色、白にしたん?」
「FFでいうたら回復系て白魔法やろ?」
「アホらし」
「あーん? FFバカにしとんのかボケナス」
朝陽の罵倒に、直哉は額に青筋を立てた。折角待ってやってんのに何やその言い方は。
「バカにしとんのはお前だけやクソミジンコ」
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