夢野幻太郎

「もしもし、夢野くん聞いて欲しいの」
「……はいはい、おはようございます。朝から一体なんの様ですか……?」
「お仕事終わったから家で飲んでたんだけど、気がついたらハコダテにいたのよね」
「は?」

 何を言っているんだこの女。呑気そうな声から発された衝撃的な言葉に、声を失ってスマホを落としかけた。ハコダテって馬鹿じゃないですか。ハコダテってあのハコダテでしょう? 本州越えてるじゃないですか。

「新幹線でここまできちゃったみたい」
「馬鹿じゃないんですか、さっさと帰ってきなさい。いま朝の8時過ぎですし、新幹線あるでしょう?」
「折角だし観光しようと思うんだけど、お土産は何がいい? ウニとか?」
「貴方まだ酔ってますよね。小生の話聞いてます? 早く帰ってきなさい」

 ふわふわと頼りのない声に頭を抱えた。本当、どうしてこの女はここまで自由なのだ。突然家に押し掛けてきたり、逆に小生を家に引き摺り込んだり。かと思えば全く連絡が取れなくて焦って。あの時は確かアメリカに小旅行してたのだったか。
 兎も角、彼女は正しく自由奔放という言葉に相応しい人間だ。手許に縛り付けておきたいのに、気付けばふわりと宙に浮いて飛んでいく風船の様。俺の手の届かない遠くへ行ってしまって、何かに巻き込まれたらどうするつもりなんだ。

「いつか夢野くんと来たいわ。すごく綺麗だもの」
「……まあ構いませんけど、行くなら酔っ払わないでくださいね」

 その癖に俺を縛り付けるような、ずるずると底無しの沼に引き摺り込む様な台詞を軽々と紡ぐのだから、非常にタチが悪い。彼女の仕事仲間や親兄弟ですらプライベートナンバーを知らないのに、俺だけは知っているという優越感。自由気儘な猫の様な彼女が真っ先に連絡してくるのも、同じ時間を共有したいと願うのも夢野幻太郎だけで、それも自尊心を擽る。
 彼女が甘える対象に小生は選ばれたのだ。なのにいざ小生がドロドロにしてやろうとすれば、するりと掌から逃げていって。
 ……タチの悪い女に引っ掛かってしまった。とても綺麗で可愛くて、いつだって俺の思い通りにならない女。引き返せないほどに彼女に溺れている。

「日持ちする昆布を買って帰るわね。それでお鍋作って食べましょう」
「貴女、自分の仕事が終わったからって、また小生の家に入り浸る気ですか?」
「夢野くんは嫌?」
「……いやじゃないですけど……」
「わたしは夢野くんといたいの」

 ほらまたこう言って俺を誑かすんだ。

「…………。そう言うんだったら、早く帰ってきてくださいよ」

 一緒にいたいなら、ずっとそばにいてくれたらいいのに。



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