イデア・シュラウドと
アズール・アーシェングロットは、目下カリム・アルアジームを商売敵として認識していた。ナイトレイブンカレッジに自分の店を出そうと目論んでいた彼からすれば、既に商売をしているカリムはちょっとお邪魔な存在だ。扱う商品が違えど、商人としての経験年数の長いカリムの方が信用度が高いのが頂けない。
しかしあからさまにカリムの信用を減らそうとすれば、恐らく彼の実家が出てくるだろう。流石のアズールも陸での伝手が少ない現時点で、カリムとその背後のアジーム家に喧嘩を売る馬鹿な真似は出来ない。
だから真綿で首を絞める様に、じわじわとカリムの信用度を地に落とそう。その為には先ず、彼の副官をどうにかせねば何もできない。カリムにはジャミルという従者がおり、それがまた厄介な男だった。
アズールにも自分を手伝ってくれる優秀な友人はいるものの、如何せん彼らは気紛れだ。それにジャミルの様にカリムを第一優先にして行動してくれる訳じゃない。全く困ったものである。
「えっなんで拙者にそれを……??」
「あなたボッチなので僕の愚痴を漏らす相手もいないでしょう? 都合がいいんですよ」
「ハー? 別にボ、ボッチじゃないですし??? 話し相手ぐらい居ますし????」
「オルトさんとネトゲのギルメンは禁止ですよ」
「ウソダドンドコドーン!」
「ちゃんとした言語喋ってくれません?」
「オンドゥルルラギッタンディスカー!」
アズールが愚痴った相手……カリムとジャミルの事をイデア・シュラウドはよく知らない。スカラビアと言えば、ハーツラビュルに並ぶ究極の陽キャ集団である。そんなもんに遭遇すればイデアは溶けて消えてしまうのだ。
今こうしてアズールとお話できている事の方が珍しい。そんなイデアが、陽キャの王みたいな存在である"スカラビアの壺を売ってるやべー奴"の情報を知るわけがなかった。
ただ聞いている限り、イケメンの従者を従えた大富豪の跡取り且つ、本人も貿易で成功してるとかえげつない勝ち組だな、とイデアは思う。僕とは住む世界が違うな……あっもしや異星人では???
「僕にはむしろあなたの方が異星人に思えますよ」
「そう言って陰キャいじめるのやめてもらって良いですかな?! ヲタクにも人権を!」
「だってあなた髪燃えてるじゃないですか」
「アッ、そっちか」
※※※
アズール氏の馬鹿! もう知らない! なんて内心でアズールに対して文句を言っているイデア・シュラウドは、陽キャの波動で溶けそうだった。
この日、イデアはこっそりと飛行術の練習をしようと夜中に寮を抜け出した。オルトに追加機能を搭載するのではなく自分でやってこそ、だなんてバルガスに言われてしまったイデアはコソ練する事にしたのである。何せ人前に出るのが苦手なイデアは、授業中だと周りを気にして余計に運動が出来なくなるのだ。ただでさえできないのに授業中に人に見られれば出来るものも出来ないし。これ以上バルガスに目を付けられてゲームをする時間が減ってしまえば、イデアは供給不足で死ぬだろう。
なので非常に嫌だが、仕方なく……仕方なく! 夜中にコソ練をする事にしたのだ。
パパッと運動場まで行き、イデアは箒にぶら下がる。なんだその飛行の仕方は! などとバルガスや他の人間に言われるが、箒に跨るより手で握りしめた方が絶対安全だ。あと、箒の上に立つレオナ氏とケイト氏は人間じゃない。あれは多分ニンジャ。というかリリア氏はなんなんだろう、あの飛んでるコウモリ。
人外たちを思い浮かべながら、足が地面に付きそうな程の低空飛行でぶら下がり殺法を行なっていたイデアだが、これではいつも通りではないかと気付いた。折角コソ練してるのにいつもと同じでは意味がない。い……いつもより魔力を込めて飛んでみよう、人がいないから緊張してないし……なんて思ってしまったが運の尽きだった。盛大に箒の操作を間違ったイデアは、超速で空へとカッ飛んだ。
「アワワワワワワワワワワワワワ」
アッーこれは死にましたわ。拙者の短く暗い人生、乙であります! でもアニメの最終回見たかったし、積みゲーまだいっぱいあったし、そもそもあの漫画の最終話まだ読めてない! ヤダーー! 死ぬのヤダ! 僕死にたくない!! あっそういやHDDのデータが残ったままだ。何がなんでも生き延びねば恥を晒してしまう……! 今こそ唸れ僕の魔力操作!!!! ……無理ですね、ハイ。知 っ て た。オルトたすけてオルト!!
悲鳴をあげて目をかっ開いたまま、しかし箒だけは手放さず上昇し続けていたイデアだが、突然その動きが止まった。
「大丈夫ですか、イデア先輩」
「怪我はないか?」
かの太陽神カリム・アルアジームと、ジャミル・GOD・バイパーがイデアの上昇し続けていた身体を押さえてくれていたのだ。カリムの方は空飛ぶ絨毯に乗って箒を鷲掴み、ジャミルの方は普通に宙に浮かんでイデアを抱えている。
「ヒョエエエッ」
「よっぽど恐ろしかったんだな、すごく震えてる」
「体の下に何かあった方が安心するだろう。カリム、先輩を絨毯に乗せるから端に寄ってくれ」
「アッ……アッ……」
「大丈夫だぜ、イデア。ちゃんとゆっくり地上に返してやるから」
はわ……陽キャむり……。輝かんばかりの太陽神の笑顔にイデアは焼かれる。墜落の恐怖と陽キャへの恐怖で震えるイデアを、カリムは励ます様に肩を組んで恐怖心を無くそうとしてくれているが、それすらも恐ろしい。ゆっくりと地上に降りていく絨毯の隣を、ジャミルが空中を歩いているのも恐怖心に拍車をかけていた。よもや陽キャを極めると空気を踏んで歩けると? 怖すぎンゴ……。恐怖でイデアはガタガタと揺れる。
彼からすると、先ず太陽神カリム氏は色彩からして約束されし勝利の陽キャだ。褐色の肌は許そう、いや許さんけど。日に焼けたというわけじゃなく健康的な褐色肌。ハー拙者とは色合い違い過ぎるんじゃ……。それを際立たせるのは絹みたいな白い髪である。サラサラしすぎて怖……絶対お高いシャンプー使ってる奴……。ま、まあ? ここまでは百歩譲って許してやらんことも無いでござるよ? 誰かに言い訳する様にイデアは心の中で呟く。でも赤目ってナニ??? イケメンにしか許されぬ真の色彩じゃん赤目って。大きな瞳がルビーみたいでいっそ拙者みたいなのには恐ろしすぎる。生まれながらにこんな色とか、もうリア充である将来を約束された様なもの。これが格の違い、ってやつか……。イデアの震えは止まる気配がしなかった。
それに太陽神カリム氏の従者ジャミル・GOD・バイパー氏も陽キャ(極)の見た目だ。拙者もロン毛ですけど、ジャミル氏は艶やかな黒髪! 僕の様なボーボー燃え盛ってるだけのガスバーナーとは違うのだよ、ガスバーナーとは。しかも片側だけ編み込みなんて高等技術で髪を纏めている! イケメンにしか許されぬ。それに金の装飾なんてつけてるし、カリム氏と色違いらしき鳥の羽根なんて物までちゃっかり付けてる。もしブサイクが長い前髪を片側だけ垂らしてたらただの陰キャであるし、鳥の羽根なんてゴミでも付けてると勘違い待ったなし。ハー! 人生って不公平!!! リア充爆発しる。何も彼女持ちだけがリア充いう訳じゃないし、そもそもカリム氏とか普通に婚約者いそう(偏見)。え、元気なカリム氏に限って超清楚で大人しめの婚約者とかいるって! ジャミル氏とかもちゃっかり国に彼女いるやつじゃん! ああいうストリート系のイケメンとか絶対彼女いる、天真爛漫な元気な子と付き合ってるって(偏見)。女性とほとんど接したことのないイデアなので、脳内索引でギャルゲの攻略対象の女の子を当てはめて勝手に落ち込んでいた。
それに彼らのUPP値(ウルトラパリーピーポー値)はこんなもんじゃない。勝手に謎の数値まで持ち出してイデアは恐怖に慄く。カリム氏なんて服装からして特にヤバみを感じる。このツイステッドワンダーランドに於いて、ロイヤルソードアカデミーと双璧を成す我がナイトレイブンカレッジといえば、黒。なのに太陽神はまさかの薄いベージュとかいう、ロイヤルソードアカデミー色のカーディガンを着ているのだ。メンタル面オリハルコンか? 1人だけ色からして学校で浮いている。なんでその色選んだの? 黒で良くない? 陰キャの僕には理解できないンゴ……。それに靴も熱砂の国の伝統品だぜ! って主張がつおい。カリム氏自己主張激しすぎでは? イデアも割と人の事を言えないが自分の事は棚上げした。
そしてジャミル氏もジャミル氏でまさかのブレザーの下にパーカー。パリピにしか許されぬ組み合わせでござる。ストリート系とかイケメン陽キャしか着れない……こわ……。ジャミル氏の靴もなんかすごい刺繍してあるし、石がキラキラしててやばい(小並感)。
はー怖。えっ怖。この絨毯ふかふかして好き……。絨毯たそだけが僕の癒し……もぅマヂ無理。陽キャ強……。
「箒の練習してたのか? 1人だと危ないぞ」
「ひえ、はい……気をつけましゅ……」
「確かイデア先輩には弟さんがいらっしゃいましたよね? 彼についてきて貰えば良かったのでは」
「お、オルトは……ちょっと調節中で……あの……」
というかなにゆえジャミル氏は空を歩いてるの??? やっぱり陽キャの神だから???
寮服を着て姿勢良く歩いているジャミル氏はなんて事ない顔をしているが、いみわからん。マレウス氏も浮いたり飛んだりしてるけど、歩く? どうやって? 何かの魔法を使っている様には見えないし、やっぱり陽キャを極めると神になれる……?
イデアは背景に宇宙を背負った。コスモを感じる。知らんけど。
ジャミルはポケーっと口をかっぴらいて己を見つめるイデアに対し、最初は不審にしていたが直ぐに宙を歩いている事に驚いてるのだな、と納得した。絨毯ならまだわかるだろうが、普通に立っていると驚くだろうな。
「あ、俺が空に立てているのはこの靴のおかげです。その絨毯と同じ魔法具の一種なので」
「ま、魔法具……なるほど、それでか……。焦った……」
「あとちょっとだ、イデア。何かあった時のためにバルガス先生がいるんだし、あんまり夜中に箒に乗らない方がいいぞ。怪我しちゃ元も子もないだろ?」
まさに正論。年下にマジレスされた……と、少しだけイデアはしょんぼりする。というか魔法具2つも学校に持ってきてるって、さすがアジームの御曹司……僕のとこより金持ってそう。金持ち具合でも勝てないし、アズール氏の曰く商人って事は頭もいい筈。天は二物も三物も太陽神に与えたもうた……。あっそもそも太陽神が神だからなんでもできるのか。はえーすっご。
キャパオーバーで、正常な思考ができていないイデアはぼんやりと空を見上げる。おそらきれい……。
「いや、その……ほんと、ご、ごめんなさ……」
「いいっていいって、怪我とかなさそうだし良かった」
「ほら先輩、地面につきましたよ」
至れり尽くせりで怖い!! イデアが立ち上がれる様に太陽神が背中を支えてくれているし、ジャミル氏は手を差し出してくれている。……良い人すぎて怖い、とイデアは震える。手汗でベタベタな手を一度服で拭ったイデアは恐る恐るジャミルの手に触れると、そのまま強い力で手を引かれて一気に立ち上がった。……こうやってみると2人とも僕より背が低いし、なんだか幼い。初対面の後輩に世話焼かれるとか僕ってどうしようもなさ過ぎる。自分で考えて自分で落ち込むという負の無限ループの完成であった。
「や、ほんとに、あ、あああありがとう……。た、助けてもらってなかったら……し、死んでた、だろうし」
「今度から気をつけろよー」
「う、うん……オルトに着いてきてもらう……」
「それにしても、イデアの髪ってすごいな」
「エッ?」
「こんなに綺麗な青、見たことないぜ」
「ヒエ……」
青く燃えているイデアの髪をカリムの掌が掬い上げ、その輝かしい瞳を細めて見つめた。えっ今拙者のこと綺麗って言ったの?
※※※
「カリム大明神」
「に、兄さん?」
「はぇ……知ってる天井だ……」
ハッとイデアが目を開くと、イデアの城(自室)の天井が見えた。視線を横に向けると心配そうな顔でオルトが佇んでいる。
……アッ、これもしや夢落ちでは? なるほど、アズール氏の話を聞いたせいで陽キャの夢を見てしまったのか僕は。アズール氏のせいじゃん! アズール氏のせいで怖い夢見たじゃん! 絶対今度のボドゲで負かしてやる……!
「兄さん、どうして1人で夜中に寮を抜け出したの? 僕も連れて行ってくれれば良かったのに」
「……え???」
「カリム・アルアジームさんとジャミル・バイパーさんが気絶した兄さんを魔法の絨毯に乗せてやってきた時は、本当にびっくりしたんだから! 今度お礼を言いに行かないと」
「…………え?」
夢だけど……夢じゃなかった……!!
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