荒野の反逆者

 2年A組の教室では、珍しくシャキッと目覚めているシルバーを囲い、流行りのゲームの話題等でカリム達は大いに盛り上がっていた。ひと狩り行こうぜ、なんて懐かしのフレーズが教室を飛び交う。シルバーはリリアのゲームによく付き合っているらしく、意外にもゲームがうまかった。
 クエスト一緒に行こうぜー、なんてカリムとシルバーは引っ張りだこだ。ジャミル・バイパーもゲームが上手いらしい、といった話でも教室内は盛り上がり、C組のジャミルを誰かが呼んでこようなんて事になったり。……別に、ジャミルは呼ばなくても休みの時間の度に、カリムの下へとやってくるが。


「話してる最中に悪い、カリム!」


 うるさい程にボルテージが上がっている2-Aの教室の扉を、スカラビア寮生のラジャブが荒々しい音を立てて開いた。珍しい程に切羽詰まった彼の顔に、騒がしかった教室内もしんと静まる。
 肩で息を切らし、汗を垂らして膝に手をついているラジャブに対して、カリムは輪の中心から彼に近付き、大丈夫かなんて声をかけた。
 滅多にない友人の姿に、カリムの勘が良くないことが起きたと警鐘を鳴らしている。


「うちの寮生5人が階段から落ちて……その、バイパーが下敷きに……今保健室に」


 ラジャブは、また前の様にカリムの表情が抜け落ちるんだろうな、なんて思いながら恐る恐る彼に伝えるべきことを伝えた。自分とジャミルの身に何かあると驚く程短気になる寮長だから、今回も目だけが笑っていない顔で保健室に向かうのだろう、と。そう思いながら顔を上げたラジャブは、ヒュッと息を吸い込んで硬直した。
 カリムは見たこともない程の険しい顔付きをしていたのだ。眉間にシワを寄せ、鋭い目つきでラジャブを見下ろしている。
 そして、低くドスの利いた声で一言。


「は?」


※※※


 凍りついているクラスメイトを放置して、カリムは険しい顔つきのまま保健室へと向かっていく。周囲の人間も空気を読んでいるのか、カリムの進行方向に立たぬ様廊下の端に寄っていた。


「ジャミル・バイパーがいると聞いたんだが」


 寮長が来てくれた、と階段から落ちたジャミル以外の5人の寮生達は、喜色を浮かべて保健室の入り口へと顔を向けた。が、即座に顔を元の位置に戻す。なんだあの顔は。
 聞いている方の気分が高揚する様な普段の声色と違い、隠し切れていない怒りが滲み出ている声が心底怖い。彼らが顔を見合わせてプルプルと震えていると、保険医にジャミルや寮生達の様子を聞いたカリムはジャミルの元へと歩いていく。その際に彼らの横を通っていくものだから、5人は出来るだけ息を殺してカリムが通り過ぎるのを待った。

 寮長行ったか? 行った行った。今のうちにずらかろうぜ。
 こそこそと額を突き合わせた彼らはジャミルが庇ったからか、階段の天辺から落ちたというのに比較的軽傷だった。酷くて捻挫である。なので、怒れるカリムから離れてしまえ、と足音を殺しながら保健室から抜け出していった。

 怖がって部屋を出ていった寮生達に気付きながらも、カリムには彼らを気に掛けてやる余裕はない。ベッドを囲むカーテンを無遠慮に開き、彼は決まりの悪そうな顔で己を見るジャミルを見下ろした。
 カリムがこんな怖い顔をするは何年振りだろうか、とジャミルは気不味さで目を逸らしながら考える。たしか俺が毒味で倒れた時以来だった筈だ、なんて。


「ジャミル」
「……今朝ぶりだな」


 ガラガラガラと丸椅子をベッドの横に持ってきて、それに腰掛けたカリムの表情が変化していく。眉間にシワは寄っているし、目のハイライトも消えたまま。けれど、不機嫌そうに唇が突き出された。


「……なあ、自覚症状は?」
「頭痛、耳鳴り。あと右足首が痛い」
「ふぅん」
「なんだよ、お前が聞いたんだろ。軽症でよかったって言えよ」
「はあ? 勝手に怪我したお前に良かったとかいう訳ないだろ」


 憎まれ口を叩くんじゃない、なんて言いながらカリムはジャミルの頬を抓る。
 カリムは本当は別の事を言おうと思っていた。無事で良かっただとか、もっと気を張ってろだとか。けれど、割とピンピンしているジャミルを見て言葉が出てこなくなったのだ。
 何せ、知らせを聞いた時は心臓が止まるかと思った程だし、保健室へと向かっている時だって周囲に気を配る余裕なんて一切無かった。自分の大事な物が手のひらから溢れるなんて事、これ以上は許せる筈がない。それをジャミルだけは知っているのに怪我をしやがって。
 安堵と怒りと、ついでに自己嫌悪でカリムの内心はぐちゃぐちゃである。いつも余裕を持って構えているカリムにしては、珍しい程に感情的だ。


「今回のは俺の不注意だ。いつもの俺だったら誰も怪我なんてさせなかったし、俺だって怪我してない。気が緩んだからこうなったんだ」
「知ってる」
「……なあ、機嫌治してくれよ」


 ベッドから上半身を起こし、今度はジャミルが鼻にシワを寄せて不服そうなカリムの頬を抓る。


「うるさいバーカ。お前は俺の従者だぞ、何勝手に怪我してるんだ」
「お前の相棒と親友の俺はどこいった」
「ふん。俺の相棒は簡単に下敷きにならないし、親友は捻挫しない」
「はいはい、心配させてごめんって」
「心配してない」


 不機嫌そうな顔でそんな事を言うカリムに、流石にジャミルも嘘つけなんて言えない。そのままカリムの気が済むまで、脇腹を突かれたり髪を引っ張られたりとジャミルはされるがままになっている。


「バーカ」
「ん」
「ほんっっっとうにバカだろ。怪我してどうすんだ」
「悪かったってば」


 飽きる程バカとジャミルを罵った後、カリムは力なく小さな声で無事で良かった、と呟く。隣にいるジャミルは当然その言葉が聞こえていたが、聞こえなかった振りをした。何か反応すれば、人に弱味を見せたがらないカリムは2度と、ジャミルの前で弱音を吐かないだろう。そうなればカリムのストレスは溜まる一方になるので、ジャミルはいつもカリムの弱音は聞こえていない振りをしていた。
 相変わらずカリムは不機嫌そうに口を曲げており、けれどもジャミルにちょっかいを出すのはやめている。好き勝手にいう事で多少は溜飲が下がったらしい。


「故意だと思うか?」
「偶然だろ。故意にするなら初めからジャミルを狙ってる」
「俺もそう思う」


 近頃、寮対抗マジフト大会へ出場する有力選手の怪我が相次いでいる。サバナクロー寮生に怪我がない事と、情報通である筈のラギーがその情報を売ってこないので、サバナクローが事故に見せかけた傷害事件を起こしているのだろう、と。それくらいは簡単にカリムもジャミルも推理できていた。
 だからカリム達と1年の頃から絡んでいて、彼らをよく知っているラギーも一枚噛んでいるのなら、2人は狙われない自信があったのだ。ジャミルが怪我をすればカリムがブチ切れて、逆にカリムが怪我をした場合ならジャミルが殺意を以って襲い掛かるだろう事ぐらい、ラギーはちゃんと知っている。
 ゆえに、己達に火の粉は降りかからないし、何かあった時に寮生達を守れば良いだろうなんてジャミルは慢心していた。それ故の負傷だ。実際、内心彼はやっちまったと思っていた。ジャミルの負傷に、カリムは酷く動揺すると知っていたので。


「一応聞いておくが、どうするつもりだ?」
「レオナに喧嘩を売りに行く」


 一も二もなくカリムは即答した。サバナクロー寮生がやった事なら、寮長が責任を取って然るべきだろう。そもそもこれまでのマジフト大会で、散々マレウスに辛酸を舐めさせられたレオナ主導である事など、丸わかりでもあった。
 偶々であろうともジャミルに怪我を負わせたんだから、絶対ボコボコにしてやる、とカリムは決意した。魔法で戦えるマジフト大会があるので、カリムは遠慮せずにレオナと敵対できる。


「無理するなよ」
「ジャミルと違って俺は無理しない」
「……お前、随分根にもつな」


 驚いた、とでも言いたげな声色でそう言うジャミルを、保健室のベッドに肘を突きカリムは睨め付けた。この男は本当に反省しているのだろうか。


※※※


「俺達の手は必要か? まあ、必要なくても首は突っ込ませてもらうぜ」


 荒れ狂う砂嵐を風魔法が切り裂いて、一気にリドル達の視界が晴れる。彼らが思わずレオナから目を離して声のした方へと顔を向けると、魔法の絨毯に乗ったカリムとジャミルが空を飛んでいた。
 心強い援軍にリドルは顔を輝かせて、2人の名前を呼ぶ。己と同じ様な成績優秀者かつ、暴力沙汰にも慣れているこの2人ほど頼もしい助っ人はいないだろう。思いつく中で最高の援軍だ。現にケイトだって歓喜の声を上げていた。


「っと、ひどい砂嵐だな。前が見辛いしなんか喉がカラカラになるし」
「レオナ先輩のユニーク魔法だよ。全てを干上がらせ砂にするらしい」
「……そうきたか」


 絨毯から飛び降りて地面に立ったカリムが、片眉を上げてオーバーブロットをしたレオナを見つめる。そもそもカリムとジャミルは、パニックを起こした様に突如として走り出した観客をどうにか落ち着かせる為、魔法の絨毯で空からマレウスと協力しながら対処にあたっていた。そうしているうちにマジフト場の方で砂嵐が見えたので、現場はマレウスに任せてこちらにやってきたのだが……。まさかレオナがオーバーブロットをしているとは、2人とも予想だにしていなかった。
 命の危険もあるそうだし、何より巻き上がる砂と渇きが厄介だ。連戦した後らしいリドル達の疲弊もそうだが、レオナの魔力が尽きるのも不味い。早めに対処せねばと思っているカリムとは対照的に、ジャミルはどうにかカリムを安全な場所に避難させよう、などと考えていた。
 レオナが何故オーバーブロットをしてるか知らないが、カリムが害われる可能性があるのならば、それから遠ざけ彼を守るのがジャミルの仕事だ。他の誰かが死のうが知ったことではないのだが……。


「これは俺がやるのが1番だろ。なあジャミル」
「……俺は嫌だ、としか言わないぞ」
「元々マジフト大会の後にレオナをブン殴るつもりだったし、丁度良くないか?」


 いつも通りのテンションでそんな事を宣うカリムに、彼等から出来るだけ離れら場所で体を縮めていたラギーが、ひえぇ……なんて情けない声を出す。ラギーにはやっちまった自覚があった。
 ラギーが1年生の頃からいっぱいお金もご飯も貰ってきていたので、砂粒ぐらいの良心が痛むのも彼等を狙わなかった理由の一つではある。が、主な理由は、彼等が1度敵になった者に対して容赦が無さすぎる事だった。1年ほど近くにいたからこそラギーはそれをよく理解していた。それにポムフィオーレ寮生の顔面が血濡れになったり、サイの獣人が溺死しかけた事件はレオナの知るところである。
 報復でどんな事を仕出かすか分からない奴等を、誰が好んで狙うというのか。
 けれどもカリムやジャミル狙わないというのなら、その分スカラビア寮生を多めに怪我させる必要があった。2人とも運動神経が抜群に良いのである。なのでマジフト大会の練習の帰りに怪我させてやろう、なんて思っていたのに。普段はカリムに付いていて、居る筈がないと思っていたジャミルを巻き込んで怪我をさせてしまった。
 やっっっっべえ、と思っても後の祭りである。あの2人の事だしオレがやったって絶対バレてる。なのでそれから今までの間、ラギーはカリムとジャミルに会わないよう気をつけていたのだが……まさかこんな時に遭遇してしまうなんて。
 しかもレオナさんブン殴るって絶対にオレ含めてボコボコにされるやつ! そう思ったラギーの脳裏には、溺死しかけていたサイの獣人の姿が浮かんでいた。ああはなりたくない……。


「ハァ……。出来るだけ俺の後ろから飛び出すなよ」
「おう。なあリドル! レオナのユニーク魔法は俺がどうにかするから、攻撃とかは任せたぞ!」
「え、これをどうにか出来るのかい?」
「まあな」


 瞬きの間、カリムとラギーの目が合う。今は何も言うつもりがないのか、カリムはそのまま目を逸らしてリドルへと話しかけていたので、ラギーはほっと息を吐いた。


「怪我するなよ、カリム」
「そこはお前が守ってくれるんだろ。頼りにしてるぜ、ジャミル」


 リドルとケイト、そしてジャミルを前衛とし、中衛にカリム。そして1年生達と負傷しているラギーを後衛に回し、オーバーブロットを起こしたレオナに相対する。そんな最中、後ろで庇われている1年生達から、本当にこんなユニーク魔法をどうにか出来んのか、なんて声が飛び出た。
 確かにレオナ・キングスカラーのユニーク魔法は非常に強力だ。殺傷能力だって頭抜けて高いだろう。……が、何にでも相性というものがある。


「よし、派手に行くぜ……! 熱砂の憩い、終わらぬ宴! 歌え、踊れ! 『枯れない恵み』……!!」


 簡単な話、すべての水分を奪い尽くして渇きを与えるのならば、水を与え続けれれば差し引き0だ。
 目を細めてレオナを見下しながら高らかに魔法を唱え、カリムがマジカルペンを振り上げた途端、ポツリポツリとマジフト場に水滴が落ち始めた。瞬く間に落ちてくる水量が増していき、レオナが作り上げていた砂嵐をかき消して地面濡らしていく。渇きでカラカラになった喉も、霞んだ目だって全てが元通りだ。
 思わず、すごい、という感嘆の言葉がリドルの口から零れ落ちる。こんなに大規模な魔法など、滅多にお目にかかれないのだ。それにカリムが調節しているからだろうか、雨に打たれているのにちっとも寒くない。雨粒自体が少しだけ暖かいようで、服が濡れて動き辛い事以外に何ら支障はない。先程まで本当に大丈夫かよ、なんて雰囲気を醸し出していた1年生達も、消えてゆく渇きに目を輝かせていた。

 みるみるうちに渇きがなくなり、むしろ水で地面がぬかるみだす。そんな状況に苛立ちを覚えたのかレオナが雄叫びをあげ、彼の背後に佇む不気味な怪物……ブロットの化身が地面に腕を振り下ろした。大地が揺れ何人かが体勢を崩したが、ジャミルが風魔法を使って彼らの姿勢を正す。
 レオナのユニーク魔法を実質無効化し、さらには距離も離れているというのにこの威力。非常に厄介だ。真剣な面持ちでカリムはレオナを見つめ、レオナもまたカリムを睨み付けていた。

 成る程。カリムがそうであるように、レオナも同じだったのだ。……互いを互いが気に食わない。その事に気付いたカリムの口元が歪む。
 見当違いの苛立ちを相手にぶつける事を、カリムは良しとしていなかった。だがレオナもカリムに似たような苛立ちを抱いているのなら、話しは別だ。それは対等な喧嘩になる。


「てめえ……ックソ、この程度でこの俺を封じ込めたつもりか?!」
「はは、渇きがなんだ。俺の宴を、俺の恵みを干上がらせられるとでも? 出来るものならやってみろよ、第二王子サマ……!!」
「……前々からテメエは気に食わなかったんだ! その従者の存在ごと砂に変えてやるよカリム・アルアジーム……!」


※※※


 そして。レオナ・キングスカラーを殴り倒した後、そのままカリムは寮対抗マジフト大会に出場した。しかし結果はあえなく初戦敗退。
 まあ、カリムは戦闘の後だったので多少の疲労があったし、そもそも7人1チームのマジフトなのに、カリム以外のレギュラー選手は皆怪我でドクターストップ。そんな状況では勝てるものも勝てないだろう。
 その状況でもいつも以上にビュンビュン飛び回って、点を獲っていたカリムは良くやった方だった。


「一ついいか」
「ん? どうした」
「流石に意識を取り戻したレオナ先輩の顔を殴ったのは、やりすぎだったと思うんだが」
「ええ、そうか?」


 歩くのも疲れた、とカリムが言い出したので2人は絨毯に乗って寮へと向かっている途中だ。珍しくグダッと絨毯に寝そべっているカリムの隣で、胡座をかいたジャミルが主人を見下ろしてそんな事を言った。

 オーバーブロットを起こして暴れ回るレオナをどうにか気絶させ、雨でぐちゃぐちゃになったマジフト場をリリア達にも手伝ってもらって整備した後のことである。意識を回復させたレオナに群がったサバナクロー寮生を掻き分けて、レオナに近付いたカリムは無言でレオナの顔面をグーで殴ったのだ。そのまま踵を返してリドルの方へと彼は戻っていったが、あまりにも鮮やかな犯行に、サバナクロー寮生は文句すら言えず唖然としていた。レオナも殴られて地面にぶっ倒れたのに、何が起こったか理解できていない顔をしていた。
 少し離れた場所でその様子を見ていたリドル達も、唖然としていた程である。一切手加減なしに死体に鞭打つ様な真似したよあの先輩……と、オンボロ寮の監督生が口から零したぐらいだ。彼含めた1年生の中で、カリムは怒らせるとやべー奴、という認識になった。


「でもジャミルもラギーの腹殴ってただろ」
「……俺はバレない様にしていた」
「レオナは気付いてたぞ」


 カリムがレオナを殴っていた時、ジャミルもどさくさに紛れてラギーに接触し、彼の鳩尾を力一杯殴っていたのだ。寮長が責任を持つべき、という訳でカリムはレオナを狙っていたが、だからと言ってジャミルがラギーに報復しない理由はない。上に立つもの同士でやり合うなら、その間に俺はラギーを殴ってやる。体を動かすのが好きなジャミルは、カリムと一緒に出場できるマジフト大会を楽しみにしていたので、結構ラギーに対して怒っていたのだ。
 なので、さっきまで協力していようが関係ない、今ならカリムに皆注目しているからチャンスだ、と言わんばかりに彼はラギーを殴ったのである。ご丁寧に、呻き声が漏れぬ様ラギーの口を塞いでまで。


「……まあ、スッキリしたからいいだろ」
「確かに」


 尚、レオナは2週間ほど顔面に大きな青痣を作っていたし、ラギーに至っては肋骨にヒビが入っていたらしい。


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