緩やかな夜

「……えい」

 傑くんの柔らかな声が聞こえたかと思えば、背中にのし掛かられたらしく。彼の分厚い胸板とこたつの天板との間に上半身が挟まれる。折角気持ちよくコタツで突っ伏して微睡んでたというのに、ひどい事をする男だ。自分のデカさを理解してないんだろうか。

「ぐえーっ、おも」
「こたつで寝たら風邪引いちゃうよ」
「すぐるくんおもいー」

 重い、なんて私の抗議なんてなんのその。私の髪の毛に鼻先を突っ込んでいるらしい傑くんは、大きく深呼吸をしている。少し前にお風呂に入ったとはいえ、匂いを嗅がれるのは恥ずかしいんだけどなあ……。
 そうして暫く私に体重を掛けていた傑くんだけど、私のお腹に腕を回して後ろから抱え込む様にして、こたつに入り込んできた。体全体が傑くんに包まれている様な感覚がちょっと気恥ずかしい。

「ただいま」
「ん、おかえり。飲み会たのしかった?」
「あんまり楽しくなかったかな。同期の子が凄く喋りかけてきて面倒でさ」
「傑くんかっこいいもんねぇ」

 私の首筋に擦り寄り、ペロペロと舌を這わせる彼に少し笑みが溢れた。猫ちゃんみたいだし、単純に擽ったい。

「かわいいかわいい彼女がいるって公言してるんだよ? なのにグイグイくるから……」
「女避けの為に言ってるって思われてるんじゃない?」
「……今度ペアリング買いに行こう。右手に付けるやつ」

 するりと指と指が絡まされ、恋人繋ぎになる。こうして見てみると、傑くんと手の大きさの差が思っていたよりもあって、やっぱりかっこいいなあなんて思う。私よりもゴツゴツとして骨張った指。ちょっとだけ血管が浮いている手の甲。短く切り揃えられた四角い爪。全部が全部かっこいい。
 絡ませあっている彼の人差し指を、親指でゆっくりと撫でる。するとお返しとばかりに私の指の間を爪先でカリカリと引っ掻くものだから、それが少し可愛らしくって笑みが溢れた。

「やっぱり今度じゃなくて明日にしよう。君とお揃いのリングを早く付けたい」
「明日はおうちでダラダラしよ、って言ってたのは傑くんでしょ?」
「嫌だ。明日買うからね」
「もー、我儘さんめ」

 君にだけだよ、と甘い声で囁いた傑くんは、私を抱きしめたままずりずりと炬燵から這い出ようとする。私はまだまだあったまっていたいから、と天板にしがみつこうとしたけれど、残念なことにそれよりも彼が私を炬燵から引き摺り出す方が早かった。
 冷たい空気がさっきまで炬燵でぬくぬくしていた私の足元に触れて、肩を竦める。

「ベッドで待ってて。お風呂入ってくるから」
「私、寝ちゃうよ?」
「ええ……イチャイチャしたいのに。ちゅーしたくないの?」
「ちゅーはしたい」
「じゃあ待っててね。超特急で入ってくるよ」

 抱き上げた私を寝室まで運び、ベッドの上に下ろして布団で包んだ傑くんは、額にキスをした後にいそいそと部屋を出て行った。たぶん、10分もしないで出てきてくれるかなあ。
 ごろんとベッドに横になり、傑くんの枕に顔を埋める。既に眠たいけれど、ちゅーはしたいから起きてないと。枕を抱きしめてうつ伏せになったり、横に向いたり。体を動かして彼を待つ。
 だけどどうしても眠気が勝ってきたから、寒いのを我慢してベッドから起き上がった。このままだと寝ちゃうし、だったらいっそお風呂場の近くで傑くんを待っちゃえ。
 そう思ってベッドから降りて足を踏み出したものの、彼に抱き上げられて寝室に運ばれたから、スリッパはリビングに置きっぱなし。顔を顰めながらも足が冷たいのを堪えて部屋を抜け出し、リビングに置き去りだったスリッパを履いて浴室へと向かった。

「すーぐーるーくーん」

 そうして脱衣所に辿り着いてから、お風呂場に向けて声を掛ける。シャワーの音がしてるし聞こえないかもしれないと思ったけれど、私が呼びかけてからすぐにシャワーの音が途切れた。そして、少し慌てた様にドアが開いて、びちょびちょの傑くんの顔がひょっこり飛び出てきた。

「あれ、部屋から出ちゃったの?」
「ベッドの上だと寝ちゃうもん」
「ふふふ、そっか。じゃあちょっとこっちにおいで」
「うん?」

 腕を伸ばしてタオルを取りながら私を呼ぶ彼に、疑問を抱きつつ呼ばれるがままにに近づく。悪戯っ子みたいな笑顔だな……。なんて思っていると、いきなり腕を引かれて彼の顔が急接近した。そしてそのまま唇が重なり合う。

「んぅ……」
「はい、あーってして」
「……あー、んむ」

 ちゅうちゅうとキスをしながら彼の言う通りに口を開くと、分厚くて大きな舌が口の中に入り込んできた。大人しく彼の舌を受け入れて、じわりじわりと与えられる快感に身を委ねる。傑くんとのキスは、気持ちいいから大好きだ。
 キスしてる最中、少しだけガサゴソしてるからなんだろう、と思って薄っすら目を開くと、どうやら傑くんはキスしながら自分の身体を拭いているらしい。器用だなあ。

「んッ……なに見てるの。えっち」
「……ン……いつもえっちなのは傑くんだもん」
「ええ……? えっちなのは君の方だからね。こんなにえろい格好してる癖に」

 そう言った彼がパジャマ越しに私のおっぱいを下から持ち上げるけれど、こんなの全然えろい格好じゃない。ただのふわふわもこもこのパジャマだ。
 ぽよんぽよんとおっぱいに触れながら、傑くんはまた私にキスしてきた。キスはえっちなのに、おっぱいを触る手は全然えっちじゃなくって、ちょっとアンバランスだ。本当におっぱいで遊んでるって感じ。

「ね。ぎゅってして」
「傑くん、体全部拭けたの?」
「拭けた拭けた。足元以外濡れてないからさ、ぎゅってしてよ」
「寒いし風邪ひいちゃうから、足もちゃんと拭かないとだーめ」
「…………ケチ」

 私の言葉で不機嫌そうになった彼が頬を膨らませるものだから、それが可愛くって、ほっぺに手を添えて私の方から唇にキスをする。何度も角度を変えながらキスして、彼の目を覗き込めば、すぐに嬉しそうに目を蕩けさせるから、傑くんは案外扱いやすい。……いや、私に甘いと言った方がいいかな。
 分かった上で敢えて絆されてくれるから、やっぱり傑くんは優しいのだ。そういうとこも好き。
 私とキスしてるから少し不恰好な体勢になりつつも、足元を拭き終えてパンツを穿いた傑くんは、ほぼ全裸のまま私を抱きしめてきた。寒くないのかな。髪も濡れたままだし、風邪ひいちゃうってば。

「髪の毛もちゃんと乾かして。傑くんに風邪ひいて欲しくないもん」
「やってくれる?」
「……仕方ないなあー」

 ちゅっちゅって下唇に吸い付きながら甘える様に言われたら、そりゃやってあげるに決まってる。傑くんは私がその顔に弱いのを分かってるから、本当にずるい男だ。かっこいい男の可愛い仕草なんて勝てるはずないでしょう。
 ずっと私に抱きついてきている傑くんにパジャマのズボンを渡して、彼がパジャマを穿いている間に髪の毛をタオルで巻く。そして今度はパジャマの上を手渡したものの、一向に着る気配がない。
 ……もしかして着せて欲しいのかな。そう思ってパジャマを広げると、わざわざ身を屈めた彼はパジャマに腕を通した。成る程、今日の傑くんは滅茶苦茶甘えたさんらしい。
 もう片方の腕も袖に通し終えたら、傑くんはじいと私を見つめてくるので、少しだけ笑いながらボタンを閉めていく。普段私を甘やかしたがる傑くんが珍しく甘えてくれてるんだから、今日はたくさん甘やかしてあげないと。

「はい、ぎゅ
「んー……柔らかい……」
「傑くんは硬いね。ムキムキだ」

 私の頭に頬擦りしながらも、しれっとお尻を揉んでくる傑くんの腰に腕を回し、ぎゅっと力を込める。この、大きい体に抱き込まれている感覚が堪らない。

「ほら、リビングいこ。髪の毛乾かそうね」
「今日は君のヘアオイルつけてくれる?」
「いいよぉ。傑くんの髪の毛サラサラにしてあげる」
「ありがとう」

 変わらず私のお尻を触ってる傑くんの手をとって、リビングへと足を向けた。けれど、どうやら傑くんは私ともっとくっついていたいらしい。彼が突然身を屈めたかと思うと、背中と膝裏に手が回されて、横抱きにされた。
 慌てて彼の首元にしがみつくと、クスクスという笑い声が至近距離から聞こえてきたから、不満の意思を表す為に足をバタつかせる。もう、急にそんなことしたら危ないでしょう。
 けれど、傑くんからすれば私の不満なんてなんのその。何度か唇を重ねて蕩けた顔で私に頬擦りした傑くんは、私を抱えながらドライヤー等を手にとってリビングのソファに身を沈めた。そしてそのまま私を手放さず、首元に擦り寄ってくる。

「このままだと乾かせないよ?」
「んん、待って。もう少し君を堪能したい」
「体が冷えちゃって風邪引いても知らないからね」
「その時は優しく看病してくれる? ずっとそばにいて」

 私を見上げながら、傑くんは蕩けた声でそんな事を言う。ほんと、可愛いこと言っちゃて。

「傑くんがやだって言っても離れてあげないよ」



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