その後、妹にされた。

「……こんにちは、おねえさん」

 ほっぺたぷにぷにしてる。
 ──という思考から先に進めなくなった。何せ目線の先にいるのは何故か幼くなっている夏油傑。髪はいつもより短めで、顎下ぐらいの長さだけどトレードマークの前髪は変わらず。薄く薔薇色に染まったほっぺはふくふくとしていて、いつも涼し気な目元はちょっとだけ丸っこい。
 ええ……? なんだこれ。どういうことか全く訳がわからない。なんで小さな夏油がいるんだ、意味不明でしかないだろう。だけど言う事があるとするならば、ただ一つ。

「かっ…………かわいいな…………?」
「声気持ち悪いぞ」
「硝子うるさい」

 かわいいが過ぎる。なんだこの生命体は。私を殺す為の刺客か何かか? クリティカルヒットなんだけど。
 かわいいお顔を斜めに傾けながらこちらを見上げている夏油を、もっと近くで見るためにしゃがみ込む。ぐっと近づいた距離に夏油……いや、もうこの子は傑くんだ。夏油なんてデカブツじゃないから傑くんでいい。その傑くんは、目をパチクリさせたあとに花が咲くように頬を緩ませて私に笑いかけてくれた。天使じゃん。なんだこのかわいさ。弟にしたい。

「呪霊取り込む時にミスって脳みそごと10年前にまで戻ったんだと。夏油本人には現状も説明してあるし、あとは術式が解けるのを待つだけって感じ」
「ハー、最高かよ」
「んじゃ後はよろしく」

 思わず本音が飛び出してしまった気がする。恐る恐る傑くんのほっぺに指を伸ばしている間に、硝子はさっさとどこかへ行ってしまった。いやまあ異論は一切無いからいいんだけどね? こんなにかわいい生き物を見てよくあんなに淡白でいられるな、ってちょっと尊敬する。さすが硝子だ。
 そんな事を考えながら傑くんのほっぺのすぐ近くで指を止めていると、彼が一歩こちらに近づいた事で、ふわふわのほっぺたに指が埋まった。マシュマロじゃんこれ。え、ふわふわだ……。
 思わず両手で彼のほっぺを包み込む。やばい、柔らかすぎる。少しだけ無心で傑くんのほっぺを揉んでいると、私の手の甲に彼の小さな手が重ねられた。うわ、普段はあんなにおっきい手なのに。指も細っこくってかわいい。これもうかわいいで全身が作られてんじゃん。やばい。

「おねえさん」
「はい、おねえさんです」

 少し高めの声に呼ばれて、どうにか頬が緩むのを抑えて返事をした。だめだかわいすぎる。私にされるがままになっているのも、少し嬉しそうな顔も、キラキラした目で見つめてくるのも。全部が全部かわいい。どうしてこれがあんな大きいのになったんだ。このふわふわした傑くんが失われるとか、ナンセンス過ぎないか……?
 床に膝を付き、より近付いて傑くんの頭を撫でる。まんまるの頭も小さくてかわいいし、擽ったそうに笑う顔も最高でもう無理だ。抱き締めていいかな。セクハラになんない?

「おねえさんもお化けが見えるんだよね?」
「うん、私もお化け見えるよ」
「そっかあ! おそろいだね、うれしい」
「……かっ、かわい……」

 術師仲間がよっぽど嬉しいのか、傑くんは満面の笑みを浮かべる。にこーって目を細めて笑うのかわいすぎないか。いい子いい子、なんて馬鹿みたいに頭を撫でてしまう。夏油傑め、こんな要素を隠し持ってたとは侮れない……。
 いや、それにしてもほんとかわいいな。

「傑くん。ギュッてしていいですか」
「……そ、それは……ちょっとはずかしいから、やだ」

 衝動が抑えきれずにそう尋ねると、顔を赤らめて下を向いた傑くんに心臓を撃ち抜かれた。待ってくれ、可愛すぎる。熱くなった彼のほっぺに手を添えて顔を覗き込むと、口をぎゅっと結んだ傑くんが。あ、やばい。きゅんきゅんしてきた。私の弟にしたい。いや、既に弟だったんじゃないか? やっぱり弟だ。そうに違いない。
 じっと彼の顔を覗き込んでると、傑くんは恥ずかしそうに目を彷徨わせてたので、流石にまずいかと思って体を離す。よしよし、とまるい頭を撫でながらどうにか冷静になろうと深呼吸をした。赤くなってる耳までかわいくて、ほんとに困る。
 なんでこれがあのデカブツになるんだよ。時の流れってホント理不尽だ。私の術式が時間停止だったら一生傑くんのままにしておいただろうに。

「えっと、今からご飯でも食べる? もうお昼だし、傑くんもお腹空いてるでしょう」
「……ん。ちょっとだけおなかすいちゃった」
「じゃあ一緒に食堂に行こっか」

 そう言ってしゃがみ込むのをやめて立ちあがりつつ、傑くんの手をとった。はぁ、柔らかくてちっちゃい手だ……。ぎゅっと少しだけ力を入れてみると、傑くんの方も手を握り返してくれる。かわいい。傑くんはやっぱり私の弟だったんだよ。見てよこの手。ちっさいしふにふにしてるし。
 そのまま傑くんの歩幅に気を付けつつ食堂に向かって歩いていると、途中で彼にスカートの裾を引っ張られた。どうしたんだろう。やっぱり歩くの早かったのかな。気を付けていたとはいえ、こんなに小さい子と一緒に歩く事って滅多にないから。
 やっちまったなーとか考えつつ、傑くんの方に振り返ってからしゃがみ込むと、ちょっとだけ恥ずかしそうなお顔と対面した。あーほっぺ真っ赤でかわいいー。頬にキスしたいけど、それはやばすぎるセクハラだから、どうにか衝動を抑え込んだ。いくら弟とはいえ過剰なスキンシップは不味いもんね。青少年保護育成条例バンザイ。
 何か言おうとしてるのか、傑くんは口を開いたり閉じたりを繰り返す。お口も小ちゃくってかわいすぎる。なんなんだこの子。

「あの……やっぱりギュッてして……」
「ゔっ…………」

 そうやってもごもごしている傑くんを見つめて待っていると、彼が意を決して発した言葉に心臓が撃ち抜かれた。へにょりと下げられた眉に、不安そうな瞳。だけど、恥ずかしいのか頬は真っ赤に染まっている。
 かわいい。かわいすぎる。ドッドッと心臓が早鐘を打って、私の顔まで熱くなってきた。かわいいの暴力だこれは。かわいさで人って死ねるんだと今日初めて知った。やるな夏油傑……。

「……おねえさんてれてる?」
「照れてないよ。傑くんが可愛くてびっくりしてるの」
「そんなことないよ。わたしよりぜったいおねえさんの方がかわいいもん」
「あ、ありがとう」

 私にぴったりとくっ付いて、丸い目をくりくりさせながらそんな事を言う傑くんに、私はもうノックアウトされた。いやまあさっきからノックアウトされてるけども。ほんと、一体なんなんだこのかわいさは。というか、この歳からプレイボーイなのか夏油傑は……! 末恐ろしい。え、この子今私のことをかわいいって言ったぞ。強過ぎないか?
 我慢できなくなって、目の前の傑くんをぎゅうと抱きしめる。細っこくってやわくって。でも子供だからかちょっと骨張ってる部分もあって。私の腕の中に収まる大きさの彼が、とても愛おしい。
 これが母性というやつか。いや、姉心……? 控えめに私の首に腕を回して抱きついてくる傑くんが、本気でかわいい。しかもちょっと頬擦りしてくれている。え、実家に連れて帰っていいかな。ねえお母さん私の弟だよ、かわいいでしょ、って言いたい。

「おねえさん」
「なぁに、傑くん」
「……今日、ずっといっしょにいてくれる?」
「もちろん! 傑くんが嫌になるまで一緒にいてあげるよ」
「えへへ、ありがとう」

 今この瞬間に死んでも悔いはない。私に抱きついてきゃらきゃらと笑う傑くんを抱え上げて、廊下を進む。このショタ化の術式を使う呪霊、夏油は既に取り込んだらしいけど、お願いしたら自分に使ってくれないかな。この傑くんと触れ合えるのが後少しとか耐えらんない。一生そばにいてほしい。一家に一台傑くん。多分世界平和間違いなしだ。だからどうにか夏油を買収して、また傑くんになって貰わないと。いや、いっそ私と一緒に遊んでる様子を録画して脅すっていう手も……。

「確か今日のご飯は唐揚げ定食だったかな。あとアイスクリームもあったっけな。傑くんは唐揚げとアイス好き?」
「からあげもアイスもだい好き! ふたつとも食べてもいいの?」
「いいよー。ただ傑くんには量が多いだろうし、ふたりで一緒に食べよっか」

 わあ! と両手を上げて喜ぶ傑くんに崩れ落ちそうになった。無邪気かよ。こんなの保護しておかなきゃ外来種に淘汰されてしまうぞ。いや、むしろ淘汰された結果があの夏油傑という訳では? ならばこれは全力で守り抜かねば。外来種から傑くんを守りきればきっと純粋無垢な夏油傑(真)ができる筈。……いや、純粋無垢な夏油傑ってちょっとイヤかもしんないな。あれはあれで味のあるやつだしさ。クズだけど。
 にこにこと笑顔をみせてくれる傑くんとお喋りをしながら歩いていると、前から外来種……もとい、五条悟が現れた。五条が傑くんに絡めば、純粋さが損なわれるような気がしてならないからどうにかして回避したい。だが相手は天下の五条悟様である。彼の六眼の前では小さくなった夏油なんて一瞬で見つかってしまった。咄嗟に背中を向けて傑くんを隠したんだけどなあ……。

「この傑くんは純粋に培養させるんだから五条はこっち来んな」
「ハー? 俺だって五条家で純粋に培養された箱入り息子ですけど?」
「邪悪の化身じゃん」
「黙れよショタコン」
「ショタコンじゃねーわ!」

 私がショタコンな訳がない。私はブラコンだ。弟の傑くんだからこんなにデレデレしてるんだよ。勘違いするんじゃあない。五条にベエ、と舌を突き出したら向こうも変顔で返してくる。ああやっぱりだ。傑くんの教育に悪いったらありゃしない。
 五条から傑くんを隠すように抱っこして、廊下に立つ五条の横を通り抜けた。……が、五条が後ろから私たちを追いかけてくる。よっぽど小さくなった夏油が物珍しいらしい。

「おねえさん、あのおにいさんは?」
「あれは通りすがりの悪いお兄さんだよ。傑くんに悪い遊びを教えてくるだろうから、近づいちゃダメだよ」
「はぁい」

 背が高い上に、髪の色が薄い五条が物珍しいのだろう。私の腕の中の傑くんはモゾモゾと体を動かして、自分達についてくる五条を見上げている様だった。肩に傑くんの小さな手が乗っかっている感覚がする。なんてかわいらしいんだ。五条からしかそんなかわいい傑くんが見れないのが悔やまれる。私だって肩からひょっこり顔を出してる傑くんを見たい。
 でも、だからと言って抱っこしている傑くんを誰かに手渡すのは無しだ。傑くんは私の弟だし。あー、分裂したいな。ドッペルゲンガーみたいな術式がほしい。そしたら傑くんを抱っこする私と傑くんの撮影会をする私と傑の顔を見るだけの私になれるのに……!

「顔キショ」
「黙っとれ顔面国宝」

 無駄に長い脚を活かして私たちを追い抜いた五条に顔を顰めた。自分の面が良いからってキショいとか言うんじゃない。そんなんだから歌姫さんに嫌われるんだよ、とは言ってやらないが。せいぜい自分で気付くんだな。

「おねえさんとおにいさん、なかいいんだね」
「仲良くないよ。私が仲良いのは傑くんと硝子だけだし」
「ちげーだろ、傑と仲良いのは俺だ」

 食堂に入ってご飯を注文しても尚話しかけてくる五条に根負けして、仕方なく同じテーブルにつく。とはいえ傑くんを五条に近付けるつもりはないから、五条の対角に傑くんを座らせた。私はもちろん傑くんの隣に座って、デレデレとした顔を隠さずに彼を眺めている。ちんまい子がお行儀よく椅子に座ってるのってなんでこんなにかわいらしいんだか。
 出来立ての唐揚げ定食を小皿に取り分け、傑くんの前に置いてあげると「ありがとう」なんて満面の笑みで……くっ、動悸が……。ちっさい手を合わせていただきます、って言うのももの凄く胸にくる。あまりの愛らしさに傑くんにバレないように心臓を抑えていると、目の前の五条が呆れたような目線を寄越してきた。
 
「おいショタコン女」
「ショタコンじゃなくてブラコンだから。そこんとこ間違えないで」
「傑はオマエの弟じゃねーぞ」
「は? 何言ってんの? どう見たって傑くんは私の弟でしょ」

 ねー? と、隣で唐揚げを頬張る傑くんに同意を求めると、話を聞いていなかったのか不思議そうな顔でコクリと頷いてくれた。キョトンとした顔が非常にかわいい。それに小さなお口で唐揚げを食べているのが小動物みたいで、いつまででも見ていられるぐらいだ。でかい夏油はおにぎりを丸呑みしそうなほど口も大きいのに、小さい傑くんは唐揚げ一つ食べるのにも時間がかかってる。愛おしすぎやしないか。こんな彼が掃除機みたいにご飯を食べる夏油になるなんて考えられない。やっぱりこの世は無常だ。

「ほら、傑くんもお姉ちゃんだって言ってるよ」
「言ってねーよ。そいつなんもわかってないまま頷いただけじゃん」
「……おねえちゃん?」
「ホラ言った!」

 言わせたの間違いだろなんて失礼な事を言ってくる五条を無視して、食事に勤しむ傑くんを観察する。ご飯が美味しいのか単に食べるのが好きなのか、今までで見た中で1番イキイキとした顔だ。小さな口で唐揚げを齧ってちゃんとよく噛んで飲み込んでいて、ご両親の教育がうかがえる。大きくて持ち辛いだろうにお箸もちゃんと持っててるし。ああなんていい子なの。
 でもやっぱり食べ辛いのか、口の周りをベタベタに汚しちゃっている所がさらにグッとくるポイントだ。小さい子の不器用な所ってなんでこうもかわいいのか。ティッシュで口の周りを拭ってあげて、ついでとばかりに頭を撫でてあげた。ご飯食べててえらい。呼吸しててえらい。生きててえらい。お礼も言えるだなんて天才だ。

「……オマエさ、あんまり構いすぎると後で大変なことになんぞ」
「大変なこと? なにそれ」
「傑が戻った時にオマエが構いまくってたことを覚えてたら、アイツ絶対やり返すって」
「え、むしろ覚えてたらおねえちゃん≠ノ対してイイコちゃんにならない?」
「なる訳ねーだろバカかオマエ」

 でもまあ脳みそごと10年前に戻ったんだし、戻れば記憶も飛んでるんじゃないだろうか。むしろ覚えていたら、私にかわいがられまくった事に羞恥心を抱いて覚えていないフリをする可能性だってある。同級生の女に抱っこしてもらってキャッキャしてたとか、夏油なら絶対プライド的に認めたくないでしょ。
 なんて楽観視しながら、傑くんのほっぺをむにむにして一日中愛でていたのだが。

「昨日はたくさん可愛がってくれてありがとう。今日は私の番だね」

 翌朝、顔面に笑顔を貼り付けた夏油に取っ捕まった私は、死を覚悟する羽目になった。



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