ヒミツの色
一度見たあの光景が、脳裏に焼き付いて剥がれない。あの日から、私はもう一度あの光景を見たくて、見間違いなんかじゃない事を確かめたくて、ずっと彼女を見つめ続けている。
「ねえ、アンケート提出してないの、きみだけなんだけど」
「ああごめんね。今書くから」
クラスの図書委員の彼女に急かされ、図書についてのアンケートに答えていく。好きな本のジャンル、図書室の利用頻度、図書室に置いて欲しい本の名前、月一の特集で扱って欲しい題材。
答えとして書くことは全部既に決まっていた。けれど、こうしてアンケートを提出せずにいれば、真面目な彼女の事だから私に話しかけてくれるだろう、だなんて。下心ありきで、わざと書くのを忘れていたフリをする。
本当は彼女と同じ図書委員になりさえすれば、委員会のことでいつだって話ができるだろう。だけど、そこまでするのは小っ恥ずかしい。彼女と喋りたいから同じ委員会になった、だなんて気取られてしまえば……と考えてしまって、その選択肢は選べなかった。
こうやって構ってもらえる様、わざとらしい行動をしてるのに今更だけどね。
「……夏油くん」
アンケートの全ての欄に答えを書き、彼女に紙を手渡したその瞬間だ。少し低めの、私が好きなちょっと色っぽい声。そんな声で名前を呼ばれた。
少し心臓が高鳴って、動揺を隠しながらも私の机の前に立つ彼女を見上げて。何かを言おうとしているのか、うっすらと開いた唇から見える、真っ赤な舌に目線が吸い寄せられた。
拙い、目を逸らさなければ。こんな至近距離で見つめれば、どこを見ているかなんて丸わかりだ。彼女にバレればドン引きされるに違いないから、早く別のところを見ないと。
そう思えば思うほど、彼女の舌から目が離せない。薄く開いている口の、その白い歯の間から覗く真っ赤な舌。唾液で濡れててらてらと光っている様が官能的で、もっともっと見ていたくなって。
けれど、彼女の唇が唐突に閉じられたお陰で思考が正常に戻る。パッと目線を外して、彼女から顔を背けた。名前を呼ばれたのになんて態度だって思われそうだけれど、今はそれどころじゃないから許して欲しい。
そう思って、窓の外を見ていたというのに。
彼女が身を屈めて私に近付いた気配に驚き、振り返ろうとする直前、ふわりと甘い匂いが鼻腔を擽った。少しスパイシーで、甘く焦げたバニラの香り。官能的とも言えるその香りに、私の思考は止まってしまった。
……え?
「夏油くんのえっち」
ふぅ、と耳に吐息を吹き込む様に囁かれた言葉に目を見開く。カッと耳が熱を持って、心臓がバクバクと音を立てた。バッと振り返ると、ニヤニヤとした笑みを浮かべた彼女が徐に口を開いて──。
「これが見たいの?」
パカッと開かれた口の中の、真っ赤な舌の、その中央。鈍く銀色に光るピアスに目が奪われた。
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