夏油傑○○計画
毎日がとても幸せだった。
朝、彼女が腕の中から抜け出していく気配に目を覚まし、寝ぼけながら彼女を追いかけて。一緒に並んで歯磨きとかを済ませたら、私は彼女の後ろをついて回って、彼女は慣れた手つきで朝食を作る。
だし巻き卵に、ほかほかのご飯。あとは納豆とお味噌汁と、私だけは焼き魚。彼女にお魚は食べないの、と聞いたら朝からそんなに食べれないんだって。そういう風に私にだけいっぱいご飯を作ってくれるのは嬉しいけれど、私よりも全然少食な所は少し心配になる。私が食べすぎだってことはないよ。
美味しそうにご飯を食べている彼女を見つめながらご飯を頬張って、ゆっくりと幸せを噛み締めて、食べ終われば洗い物は私の仕事。その間に彼女は昨晩用意してくれていたおかずをお弁当箱に詰めて、私に愛妻弁当を作ってくれるのだ。まあ、まだ結婚してないから愛妻≠ニは言えないかもだけど。
朝の準備が終われば、私は大好きな彼女から離れて任務に向かわなくちゃならない。すごく名残惜しいし、いつでもずっとそばにいたいんだけど、稼ぎがないと生活って出来ないから。後ろ髪を引かれつつ、毎朝恒例の行ってきますのキスをして車に乗り込んだ。
そしてお昼。二段になっている大きなお弁当を広げて、彼女が作ってくれたご飯をめいっぱい味わう。私がこの味付けが好き、と言ったのを全部覚えてくれている彼女のご飯はとても私好みで、どれだけだって食べれるぐらい。
このおかず一つ一つを彼女が手作りしてくれていると思うだけで幸せで、その幸せを噛み締めてご飯を頬張る。ああ、すごくおいしいなぁ。
……今頃、彼女もご飯を食べているだろうか。寂しくないかな。私は寂しいよ。
そんな風に少しセンチメンタルになりながらもご飯を食べ終えて、午後の任務へと向かう。今日もさっさとまずいのを食べなきゃならない任務を終わらせて、早く彼女の待つ家に帰るんだ。
決意を新たに超特急で任務を終わらせて、道中悟に絡まれたりしたのがタイムロスだったけど、いつも以上に早く帰宅した。帰り道、彼女が好きなケーキを見つけたから買ってきたけれど、喜んでくれるだろうか。ドキドキしながら玄関の扉を開いて、手を洗ってから彼女がいるであろうリビングへと向かう。
そうすればキッチンで夕飯を作っていたらしい彼女が、微笑みながら私を振り返るものだから、たまらなくなって彼女に駆け寄って腕の中に閉じ込めた。ぎゅ、と私を抱き返す彼女の体の柔らかさとか、ちょっと非力な所とかがすごく可愛らしい。
彼女の顔中にキスの雨を降らせると、お料理が焦げちゃう、だなんて可愛い言葉が。彼女がせっかく用意してくれているんだから、焦げちゃうのは勿体無いよね、と彼女を抱きしめる腕の力を緩めた。だけど、抱きしめるのはやめてあげない。
後ろから覆い被さって、彼女の邪魔にならない程度にぴったりとくっ付く。そのまま彼女の手元を覗き込んで、器用だなぁって感心しながら頭にキスを落としていれば、味見と称してあーん≠して貰えた。うん、最高に美味しい。
だから欲張ってもっとちょうだい、と強請ってみたけど、ダメって一言。今の一口で余計にお腹が空いたのになぁ。
もう一口欲しいなぁって言っても許してくれなくて、ダメばっかり。意地悪なとこも好きだけどお腹空いちゃったんだよ、と額を彼女の頭に押しつけていると、突然彼女が私の方へ振り返った。そして、ちゅ、と唇が触れ合う。
「我慢できる?」
「…………うん」
こくりと頷いた私にもう一度キスをして、彼女は前に向き直って料理の最後の仕上げをしていく。……ずるいなぁ。あんな風にキスされたら我慢するしかないじゃないか。彼女の頭にほっぺたをくっ付けて、ぎゅっと、少しだけ腕の力を強めた。
そうして待つ事五分くらい。今日の晩御飯が完成したらしい。料理を運ぶぐらいは出来るから、と彼女が盛り付けしたお皿を順番にテーブルへと運んで、きれいに並べていく。今日の晩御飯はたくさんの唐揚げと、カツ丼。あとデザートは私が買ってきたケーキ。まあ彼女の丼にはカツ乗ってないけど、でも私には全部合わせて丁度いいぐらいの分量だ。
まだかな、まだかな、とそわそわしながら彼女が席に着くのを待ってから、二人で一緒に両手を合わせていただきます。またまた彼女が美味しそうにご飯を食べるのを見ながら、美味しいご飯を口いっぱいに頬張る。
和食も洋食も中華も、全部作れる私の彼女は天才に違いない。しかも可愛いだなんて、天は二物を与えずなんて嘘だな、って常々思う。
「美味しい?」
「すごく美味しいよ。本当に大好き」
彼女が作ってくれる美味しいご飯を毎食食べられて、なおかつ一緒に暮らしているだなんてこの上ない幸福だ。あとは籍を入れるだけじゃないか。ご飯を頬張りながらそんな事を考えて、ほくほくした気分のままお風呂に入って。
そこで突然、今日悟に言われた事を思い出した。うるさいよ、だなんてまともに取り合わず、適当に聞き流して追い払ったけど、でも。虫の知らせというかなんというか、悪い予感がしたのだ。
だから、私はここ最近乗っていなかった体重計に乗ってみて、そして絶望した。
「…………ふ……太ってる…………」
いくらご飯を食べたばかりの上に体が湿っていると言っても、その誤差の範囲に入り切らない程の体重の増加。何度乗り直しても体重は変わらない。
体重計が壊れてないかな、なんて一縷の望みに縋りつきたくなったけど、そもそもこれは彼女が毎日使っている体重計だ。壊れてる可能性は0に近い。
……つまり、わたしは十キロぐらい太ってしまったというわけで……。
衝撃的な事実に、悟に言われた言葉が頭から離れなくなった。
「傑さあ、急に太ったけど、そんなにいきなり体型変わって彼女嫌がんねえの?」
か、彼女に嫌がられるのだけは嫌だ……!!
──こうして私の幸せいっぱいな日常は終わりを告げ、彼女が作ってくれる美味しいご飯をいっぱい食べるのを我慢する、という地獄のダイエット生活が始まった。
[Back]/
[Top]