Gravitate

 あ、ホクロがある。
 二人で寄り添いながら携帯電話の画面を見て、イヤホンを共有しようとした彼女が髪を耳に掛けた時、そんなことに気が付いた。彼女の右耳の裏に、小さなホクロが二つ並んでいる。普段は見えない所にあるホクロの存在に、別に際どい場所でもなんでもないのに、少し高揚した気持ちになってしまった。きっと、彼女のこのホクロを知る人の数は少ない。もしかしたら彼女ですら知らないかも。
 そう考えてしまえば余計にドキドキしてきてしまった。他に、どんなところにホクロがあるんだろうか。うなじとか二の腕にもあるのかな。
 恋人でも何でもないただの同級生の男に見せてくれるわけがないけれど、彼女の白く滑らかな肌に存在するホクロを見たいという衝動が次から次へと沸き上がってくる。白い肌に浮かんでいる黒はそれ程までに、なんというか、艶かしい。いや彼女は友人だからそういう感情を向ける対象じゃないけど、それはそれとして色っぽいのだ。
 ケータイの画面を見ていた筈が、彼女の耳の裏からずっと目が離れない。ホクロの黒さが肌の白さをより一層際立たせて、彼女が女性であると否応なしに突き付けてくる。でも友達だ。いくら可愛くて色っぽくても、私と彼女との間にそういう感情はないだろう。

「ねえ夏油、なに聴きたい?」
「え。あ、ああ、うん……君の好きなのがいいかな」

 じぃっと耳の裏を眺めてそうやって悶々としていると、ケータイの画面を見ていた彼女が突如として振り返った。もしかして邪な事を考えていることがバレたのかと少し動揺したけれど、なんともなかった。別にバレたわけじゃないらしい。
 純粋にどれがいいかという疑問を浮かべ、彼女の少し目尻の垂れた目が私の目を覗き込む。その瞳の中の私は随分と間抜けな顔をしていて、我ながら笑ってしまいそうだ。ホクロのこと考えてこんな顔してるとか馬鹿みたいだろ。

「じゃあこのバンドね。夏油、耳貸して」

 どうやらぽけーっとした間抜け顔の私を彼女はスルーしてくれるらしい。口角を上げて、可愛い笑顔を見せた彼女がイヤホンを手に取った。その手が耳に近づけられたから、少しだけ首を傾けてイヤホンを挿しやすくしてあげる。……こういう風に甲斐甲斐しくあれもこれもしてくれるから、彼女と過ごす休日は凄く心地がいい。押し付けがましくないのも高評価だ。
 本当に友達になれてよかったとつくづく思う。そんな彼女の小さな手でイヤホンを耳に挿して貰って、さて音楽を聴くぞ。ホクロの煩悩なんて吹き飛ばしてしまえ……なんて身構えていたのだけれど、何故か彼女の指先が私の耳たぶを弄り始めた。
 ピアスの周りの柔らかいところを摘まんで引っ張って揉んでみたり。更には耳のふちにまで指を這わせるものだから、くすぐったくて笑みがこぼれる。そんな私の反応が気に入ったのか彼女の口角がキュッと上がった。小さな口が弧を描いて、頬にえくぼができている普段通りの可愛い笑顔。でも、いつもと何か雰囲気が違うというか、なんというか……。

「あ。ねえ、口紅変えた? なんか色違うね」
「気付いた? この前硝子と買い物に行ったときに買ったの」
「前のもいいけど、すごく似合ってるよ。ちょっと大人っぽいし」
「んふふ、ありがと。そういうとこ気付いてくれるの嬉しいな」

 具体的にどこがどうって言われたら答えに窮するけど、なんとなく普段よりも色っぽい気がする。そのお陰で笑顔の印象が少し違ったらしい。可愛さに磨きが掛かってるのかな。

「じゃあ曲流そっか。MVは見る?」
「そうだね、折角だから見てみたいかな」
「オッケー。ならもっとくっつかないと見辛いだろうし、ちょっとこっちにきて」

 そう言ってちょいちょい、と手招きする彼女に近寄るのではなく、彼女が座っているクッションを引っ張って私の方へと引き寄せた。そしてそのまま彼女の腰に腕を回して抱き寄せる。彼女の体は小さいから腕にすっぽり入るし、抱き心地がいい。きっともう少し太ったらもっと抱き心地がよくなるんだろうけど、それを言うと怒られるからね。
 耳から流れ始めた音楽に目を細めて、少しだけ彼女にもたれかかる。そうすれば彼女の方も私の方へと体重をかけてくれるから、寄り添い合っている実感がより一層湧いて、心がじんわりと暖かくなっていく。こうしてのんびりと過ごす時間は貴重だ。悟は一緒にいて楽しいけど騒がしいし、硝子とはこういう風に二人きりで過ごすなんて事はしないし。でも彼女なら二人きりでくっ付いて、ぐだぐだとなんでもない時間を過ごせる。
 疲れた時でも一緒にいて癒される人なんて中々いないから、彼女の存在は本当にありがたい。
 ──そう、考えていたのだけれど。

「久しぶりじゃん、夏油」
「あ、久しぶり。そういえば君も東京に出てたんだっけ」
「そーそー! 念願の一人暮らし満喫してんだよ」

 次の日、中学時代の同級生と再会した。相手は非術師だから多少一線を引くしかなかったけれど、クラスが3年間一緒な上に委員会とかで比較的よく喋った奴で、まあ仲が良かったと言える。
 そういえば彼も東京の高校に通うって言ってたなあ、なんてことを今更思い出して、懐かしい中学時代の話に花が咲いた。もう1人仲の良かった奴の近況だとか、体育祭でバカした時の話だとか。相変わらず彼女が出来ていないみたいで、合コンしたいって言うのには流石に笑った。ずっと彼女が出来てないの、そういうギラついてる所が怖がられてるんだと思うんだけどな。
 そうやって昔の事を思い出しながら色々話していくうちに、ちょっと違和感を覚えて首を傾げた。いつもより距離があるな……?
 そこまで考えたところで、ある事に気が付いた。

「大丈夫そ?」
「ちょっと衝撃の事実が判明して大丈夫じゃない」

 急に黙りこくった私に合わせて首を傾げる彼には悪いが今はそれどころではない。こうして喋っている彼と何故か距離があるぞ、なんて思ってしまったけどそうじゃないだろ。普段が友人との距離が近過ぎる≠だ。
 まあ悟はパーソナルスペースが狭過ぎる奴だからいいとして、普通の友人は目の前の彼のみたいに多少体を離して接するのが当然。この距離感が正解だ。悟のせいで麻痺していたが、思い返せば同性の友人とは大体このくらいの距離で話していた。
 ……そして、異性の友人とはもう少し距離を取って話していた筈だ。友人とはいえ異性だから、気を回して身体が接触しないようにしていただろう。なのに今はあの子に何をしている? 普通に抱き寄せるし髪も触るし、回し飲みなんかも気にしてないし、彼女の寮の部屋で寝泊まりする事だってザラだ。しかも同じベッドの上で寝るなんて事も普通にしている。
 これって絶対友達の距離じゃない。恋人でもない異性にして良い接触じゃなかった。え、私、相当まずいことしてないか? もしかしてセクハラ?

「なんかすげー顔色だしもう帰ったら? またメールとかで予定合わせて喋ろーぜ」
「……うん、なんかごめん」
「良いって良いって。じゃーな! 気をつけて帰れよ!」

 彼女に最低な事をしているかもしれない、という事に気が付いて目の前が真っ暗になりそうだ。大事な大事な友達で、そばに居てくれるだけで落ち着く唯一無二の人。彼女が拒絶しないからと知らず知らずのうちに助長して、恋人でもないのにあんなにベタベタとくっ付くだなんて。
 謝ったほうがいいだろうか。今までごめんって言って、もうあんまりベタベタくっ付かないよう気をつけるねって言うべきかな。……でも、そう言って嫌われてしまったらどうしよう。
 あの子に嫌われるのも、今までの心地いい空間が無くなってしまうのも嫌だ。
 近頃なにかとキツい任務が多くなってきたからこそ、癒しを私にくれる彼女との時間は本当に大切だから疎遠になりたくない。出来るなら今までと同じ距離感で接したいけれど……。

「おかえり、夏油」
「た、ただいま」

 寮に帰ると、風呂上がりらしい彼女がいつもの格好で寮の共有部のソファに座っていて、いつものかわいい笑顔で私を出迎えてくれた。そんな彼女の笑顔に吸い寄せられるように体が動いて、気付いた時には彼女の隣に腰掛けていた。しかも少し隙間を開けるでもなく、ピッタリと寄り添う様に。
 それに気付いた瞬間、彼女から距離を取ろうと腰を浮かした。が、そこではたと気付いた。一旦くっついたというのに、わざわざ距離を取るなんて失礼に値するんじゃないか、と。わざわざ離れるという私の行動に、彼女が不快に思うかもしれない。でも普段通りにくっ付くのはまずい様な気もして、腰を浮かせたまま静止してしまった。
 すると当然、私が変な体勢で止まっている事を不審に思うのも当然な訳で、彼女は首を傾げて私に問いかけてきた。

「どうしたの?」
「…………あ」

 きっと、昨日変なことを考えたせいだ。そして、今日私の彼女に対する距離感がおかしい事を自覚した事も悪かったに違いない。そのせいで気付かなければいい事に気付いてしまった。
 私を不思議そうに見上げる彼女の服装は、襟ぐりの広いTシャツに短パン。いつもの風呂上がりと変わらない、ラフな格好だ。
 ……という事はつまり、彼女を見下ろしている私からは彼女の大きく開いた胸元の際どい所まで見えるという事で。

「ほくろだ……」

 何にも考えず、本当にただただ事実をポロッと口に出してしまった。淡いピンクの下着に包まれた胸の、レースで彩られた縁から少しだけ見える、谷間付近の小さな黒い点。彼女の右耳の後ろに二つ並んでいたのと同じホクロが、真っ白な肌に浮かんでいる。
 目を離さないと不味いとは分かっているのに全然目線を逸らせなくって、ジッと彼女の胸を凝視してしまう。柔らかくて肌触りの良さそうな胸にある、艶かしいホクロ。それを見ているだけで、昨日少しだけ頭を擡げていた欲求がまた強まってきた。他にどんな場所にあるんだろうかと、私の脳裏に彼女の白い裸体が浮かび上がる。太ももの内側にあるかもしれない。おへその横にもあるかもしれない。なんなら、胸の下の方にもあるのかも。
 そうやってぼんやりとしながら彼女の胸を見つめて、白と黒とのコントラストに思いを馳せていると、突然彼女の腕が胸元に上げられて視線が遮られた。
 ……あ、だめだ。コレは絶対不味い。

「どこ見てんの」
「あ、いや、その、」

 ジトっと私を見つめる目。不機嫌そうに少し突き出された唇。それに極め付けは赤く染まった頬。初めて見る彼女の表情に、頭が真っ白になった。

「夏油のえっち」

 ──えっちなのは、君の方じゃないか。



[Back]/[Top]

 

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -