幕間 禪院真依

「最高の援護だったぜ」

 私は術師に向いていない。イかれてないとやっていけないこの界隈で、呪霊を恐ろしく感じて、力をつけて強くなるための努力ですら怖がっている私は異端だ。痛いのも怖いのも嫌って、本当は普通のことなのにね。
 でも痛いのが怖いとにげていても、呪霊はいつだって襲いかかってくる。呪詛師だって、禪院家の人間というだけで私の命だけでなく、胎盤をも狙って来た。私はあの家に生まれた時点で詰んでいて、逃げ場もなく、ただ真希に縋って生きていく以外に道はなかった。……その、筈だった。
 それが変わったのは、私が真希のついでに甚爾さんの家に預けられた時。真希は強くなる為に甚爾さんの弟子になったけれど、強さを求めていなかった私は、なにもしなくてよくなったのだ。
 怖いのを我慢して呪霊と対峙しなくて良くなった。だって、周りの強い大人たちが助けてくれるから。最低限身を守れたらいいだろう、と稽古なんてつけずに、ただ身を守って助けを待つための呪具の使い方を教えてもらって、それでおしまい。……ずっと怖くて嫌だったものから、突然私は解放された。
 そうすると、私は今までにない心の余裕が持てる様になった。今まで目を向けられなかった色々なものに、目を向けられる様になったのだ。同い年の非術師の子……津美紀と一緒にする家事の楽しさも、初めて触れる娯楽を心ゆくまで遊ぶ自由が嬉しくて。
 そうして。ずっと欲しかった、怖くない生活を手に入れて初めて、私は"この日常が壊される恐怖"を知った。周りが怖くて、だから真希と離れるのが怖かったあの時とは違う。充足してるからこそあの頃に戻りたくなくて、大人に庇護されているという安心感も失いたくなくて、私よりもうんと弱い非術師の友人を喪いたくなくて。
 ……心底恐ろしかった。私はたくさんの強い大人たちに守られている。だけど最強の五条さんが学生の頃、瀕死の状態になったみたいに、この生活に絶対はない。守ってくれる彼らが居なくならないなんて保証は、どこにも存在しなかった。
 だからこそ、力を磨くことにした。痛いのも怖いのも嫌だけど、この生活を失う方がもっと嫌。私にだって出来ることが、守れることがあるはずだって。真希のために、津美紀のために、恵のために、美々子と菜々子のために。

「よくやったな、真依」

 きっと、今日その努力が実ったのだろう。トドメは五条さんの術式で、あの呪霊の足止めの決定打は釘崎さんの術式だった。でも、特級呪霊相手に足止めできる策を考えたのは、私。
 ……私が頑張ったからあの呪霊を祓えたのだ。この事に関しては五条さんのお墨付きだし、歌姫先生にも褒めてもらえた。それに今、真希にも。

「……怪我、無くて良かったわ」
「お前もな。棘に感謝しとけよな」
「もうお礼は言ったわよ」

 痛いのも怖いのも嫌い。これから先、それが変わる事は一生ないだろう。でも怖いままで、嫌いなままでだっていい。そのままでも私は、ちゃんと呪術師をしていられるから。



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