自明灯

「よう、黒井サン」
「え、伏黒さん?」

 黒井美里という本来俺に殺される役回りの女とは、なんの因果か近所のスーパーで知り合った。スーパーの惣菜エリアに変な呪霊がいるなあと思って持ってた呪具でソイツを祓ったんだが、そん時横にいた黒井にガン見されたのが事の始まりだ。近所のスーパーで遭遇した女が、呪霊が見れる上に前世の記憶にある人間とか思わねえからびっくりした。黒井としては、こんな所に呪霊を祓える人間がいると思わなくてガン見したらしい。あと、己の仕える主人に仇なす人間が近寄ってきたのか、と多少警戒してもいたそうだ。
 結局、その日は互いに何も見なかったふりをして食材を買って帰ったんだが、その後何度も同じスーパーで遭遇し、俺がたまに呪霊をぶん殴っているのを見られて。徐々に会釈をする仲になり、セール品を手分けして得る仲になり。今じゃ会えば普通に立ち話する様になっていた。

「ご、護衛の方って伏黒さんだったんですか?!」
「え、俺だって分かって依頼したんじゃねえの?」
「いえ、ただただ任務遂行率の高い護衛の方を頼んだだけでして……」
「なんだ。分かってるモンかと思ってたわ」

 俺に仕事を回してくる仲介人から依頼の概要を聞いた時、てっきり黒井が既知の俺にあえて依頼を出したんだと思ったんだが。知り合いの方がコミュニケーションがとりやすいだの、そういった理由で。しかし実は単なる偶然ときた。……いやぁ、因果ってのを感じるな。なんせ、今回の俺の護衛対象は星漿体“天内理子“。黒井と同じく、俺に殺される筈だった女だ。

「まあ改めて挨拶するわ。一週間、天元サマと天内理子が同化を終えるまで護衛を務める伏黒甚爾だ。よろしく」
「……なんか貴方にそういう改まった態度を取られると鳥肌が……」
「失礼すぎだろうがオイ」

 本気で腕を摩っている黒井にちょっとだけ顔が引き攣る。知り合いだからって失礼だわ。

「貴様か妾の護衛とやらは!!!!」
「あっ、ちょっと理子様」
「うわうるせ。元気いっぱいかよ」

 一週間の護衛といっても、四六時中護衛する訳じゃねえ。なにせ俺にはガキがいる。なんで、軽くスケジュールの擦り合わせをしようとしてたんだが、部屋に勢い良く飛び込んできた護衛対象によって一時中断。まあ中学二年生らしいし、こんくらい元気なのが普通なんだろ。知らんけど。
 そんな事を思いつつ、ソファに座って黒井と喋っていた俺の目の前で仁王立ちしている少女を見上げる。ちびっこい奴だなァ。

「おまえが天内理子ね。黒井サンからよく聞いてるわ。ピーマン食えねえんだろ」
「ピ……!黒井!何話してるの!!」
「いえその、実は彼、前お話ししたスーパーで遭遇するヒモっぽい男の……」
「あー、例の。確かにヒモっぽい……」
「ヒモじゃねえわ」

 なんつー事を吹き込んでんだ。元来の伏黒甚爾はプロのヒモかもしれねえが、俺はちゃんと働いてるしガキ共も養ってんだよ。……津美紀の母親にもヒモっぽいって言われてたんだが、俺ってそんなヒモみてえな面してるか?納得できねえ……。

「おまえが天元サマと同化するまでキッチリ護衛してやっから安心しとけ」
「貴様、ホントに強いのか?」
「強い強い。単純な殴り合いで俺に勝てる奴は存在しねえだろうよ」

 えー、ホントか?と胡乱気に俺を見遣るガキンチョにはデコピンをお見舞いしてやった。禪院の癖して呪力を一切持たねえなんて縛りを持って生まれた俺が、フィジカルで他人に負けるはずがねえ。周到な用意があったとはいえ、最強である筈の五条悟を瀕死にできる程の技量があるのだし。
 それに、この俺は護衛で生計を立ててきたんだ。そんじょそこらの奴らに遅れを取られやしねえ。……ま、足元を掬われる可能性は無きにしも非ずだが。

「で、擦り合わせの続きをしようぜ、黒井サン」
「ええ、そうですね。先ず理子様の要望なのですが、明日明後日は最後に街を散策したいとの事です」
「ふーん。どこ行きてえの?」

 俺の質問に対して天内理子は目を瞬かせた。まさか希望を聞かれるとは思ってなかったみてえだ。まあ普通は散策なんざさせねえんだが、事情が事情だ。俺に殺される筈だったガキの願いぐらい叶えてやんねえと。

「え、いや……ただ街を歩きたいのじゃ」
「普段と同じか特別な日にするかどっちがいい?」
「む、そうじゃな……どっちもが良い!」
「じゃー、土曜が散策で日曜が特別な。ガキが行けねえ所に連れてってやるよ」

 例えばだが、高えレストランとか。

「休日の行き先の下調べとかはしておいてやるからおまえは気にしなくていい。で、問題は平日だな」
「はい。その、理子様は最後まで学院へ通いたい、と」
「廉直女学院中等部、だよなァ」

 そこだけはどうしたもんかと頭を悩ませる他ない。何せ女学院の中等部。俺みてえなタッパのある男が何食わぬ顔で入り込める場所じゃねえ。どう考えたってロリコンの不審者の称号は免れねえだろう。
 だがしかし、そもそもの話だ。現時点で天内が星漿体であると外部に漏れてねえ。もしバレてんなら、俺の記憶通りに天元サマが直々に天内に護衛を充てがう筈だ。だが、実際は黒井が万が一があってはならぬ、と民間の俺に護衛を頼んでいるだけ。ついでに言うとアングラサイトを色々見てみたが、天内の情報なんざどこにも載っちゃいねえ。
 つまりは俺の仮想敵である呪詛師集団『Q』も、盤星教『時の器の会』も現段階で天内個人を狙ってくる訳がない。楽観視するつもりは無いが、記憶の中で覚醒前の五条悟と夏油傑に倒された『Q』も『時の器の会』も俺の敵じゃねえし、そもそも星漿体を見つけられてねえんだから、ガチガチに護衛を固めても意味がねえ。むしろ過剰な護衛で天内に何かあるとバレた方が面倒だ。

「今の時点での話だが、恐らく天内に対する襲撃の可能性はゼロに近い。念のために身を守れる呪具を渡しておいてやるが、あんま気負いすぎんなよ」
「なんじゃこれ」
「悪意を逸らす効果がある手鏡。おまえに悪意を持っていればいる程おまえに気付き辛くなる、って感じだ。一定以上の技量があれば意味をなさねえが、そういう大物は俺が処理するし」

 ちと古臭いが、ガキが持っていても違和感がねえもんだ。名前は覚えてねえが、まあまあ役に立つ呪具だし丁度いい。欲を言うなら術式を一回弾ける呪具だの、姿を隠せる呪具だのを持たせてえが、どいつもこいつもデカくて役に立たん。中学生が歪な形の刀なんざ持ち歩ける訳ねえわ。

「以前から思っていたんですが、伏黒さんって随分と沢山の呪具を持っていらっしゃいますよね」
「ああ。実家を飛び出す時に色々持ち出してきた。今でもたまにこっそり忍び込んで盗ってるし」
「貴様盗人か?」
「資産の有効活用だっての。俺以上に呪具を十全に扱える人間なんざそうそう居ねえしな」

 そもそも禪院の奴らは術式がああだこうだしか言わねえし、呪具なんて基本蔵で埃かぶってたんだ。俺が使ってもバチは当たんねえだろ。あとは他にも伝手があるから、元々の伏黒甚爾より呪具は持ってるだろうな。ミゲルとかミゲルとか。あとアイヌの奴らとか。

「後はなんか要望あるか?突然言われるより先に言っといて貰った方が楽なんだが」
「いえ、私からは特に。理子様は何かありますか?」
「大丈夫じゃ」


 ※※※


 で。
 マァ、結論から言うと天内が星漿体だとバレた。俺が護衛し始めて三日後。情報の流出経路は不明だが、天内が学校に行っている間に色々な闇サイトを覗いていたら、あいつの事が書かれているページを見つけちまったのだ。相手方……『Q』と『時の器の会』も即座に刺客を放ってくるとは思えねえが、万一がある。申し訳ねえが天内には学校を早退して貰って、俺と黒井と合流した。
 ……想定内っちゃ想定内だ。俺の記憶の中でも天内が星漿体だとバレてたんだし、わかりきってた事だろう。が、それは俺だけであり、黒井も天内も他の呪術師も、今現在狼狽まくっている。

「……あの、実は先程呪術高専から連絡がありまして……」
「…………。天元サマご指名の護衛を付けるから俺は邪魔って話か?」
「遠回しにその様な事を言われました……」

 それより、予想してたものの俺が護衛に関われねえって方がおかしな話だ。いくら強かろうが、ガキにガキのお守りをさせる意味が分かんねえ。プロに任せとけってんだ。……大方、天元サマに纏わる事象で呪術師が非術師……というより伏黒甚爾の力を借りるのは沽券に関わるだの、そう言ったしょーもねえのが理由なんだろう。はー、呪術師ってマジ馬鹿ばっかだわ。
 すみません、としょんぼりした顔の黒井……と何故か天内も似たような顔をしてる。落ち込んだ時の津美紀に雰囲気が似ていてやりにくいったらありゃしねえ。ここ三日ぐらいでずいぶん懐かれたもんだ。

「一週間分の金は既に貰ってんだ。ちゃんと仕事してやるよ」
「ほ、本当!?」
「一応高専に顔見知りがいるから、そいつと話をつけてみる……が、決定が覆らねえなら仕方ねえ。隠れて護衛してやるが、おまえが本気でやべえ時以外は手出し出来ねえな」

 つーか、天内がやべえ状況にならなければ、一〇年後がもっとやべえ事になる。この護衛任務を請け負った五条悟が敗北しなけりゃ、あいつは最強に成れねえし、仮に成れたとしても随分と先の事になるだろうから、大幅なタイムロスだ。
 だからと言って、みすみす天内を死なせるつもりもねえ。伏黒甚爾は術師殺しと呼ばれる殺し屋だった。しかしこの俺は殺しなんぞせずに、真っ当な方法で金を稼いでガキ共の面倒をみている。この時点で俺の記憶と差異が生まれているのだが、変わっていない事もあった。
 術師殺しが存在している。
 もちろん俺じゃねえ。だが、術師殺しと呼ばれている殺し屋が何人か存在しており、呪術界を騒がしているのだ。……恐らく、本来の伏黒甚爾が受けていた殺しの仕事を請け負った何人かが、術師殺しといわれるようになったんだろう。一人一人は俺よか弱いだろうが、徒党を組めば同程度……な、訳ねえな。調べただけでも俺のが普通に強えわ。兎も角そこは問題は無え。
 問題は、術師殺しと呼ばれる人間が存在している事だ。俺が呼ばれるはずだった通り名を持つ人間が居るなら、居てしまうならば。確定事項じゃ無えが、きっと五条悟と夏油傑は敗北し、天内理子と黒井美里は死亡する。何故なら五条悟は敗北して死にかけでもしなけりゃ最強に成らねえからだ。俺の考えてる通りなら、五条悟は最強になる必要があった。
 んで、あいつが敗北したのならば、護衛対象の天内は死ぬ。猿でも分かる等式だ。五条悟が単体で勝てねえ相手に夏油傑が勝てるなんて早々無えし。

「部外者の俺が高専の用意した護衛よか使える人間だって露呈すんのは、あいつらにとっちゃ腑が煮え繰り返る事態だ。最善は新しい護衛がおまえを守り切る事だが……」
「……もし守れなかった時、伏黒が来れば伏黒の立場が悪くなるの?」
「いや、俺の立ち位置はそもそも最底辺だからこれ以上落ちねえ。新しい護衛共のプライドが折れるだけだ」

 マ、多少の嫌がらせはあるだろうがそれはそれ。刺客にやられた五条の坊ちゃんを助けた、って免罪符でデケエ顔してやれるし。
 今日の護衛を終えて黒井と天内をホテルに送り届けた俺は、帰路につきながらそ高専にいる顔見知りにメールを入れる。一応俺を護衛にねじ込めねえかの打診をしてみたのだが、まー普通に断られた。そりゃそうだよな、って感じだ。使えねえなクソ。ただ、あいつらが死なねえようにする依頼をされたし、影ながら護衛しとけって事だろ。
 非常に面倒くせえ事に、色々と考えとかなきゃなんねえモンが増えちまった。相手の出方だのなんだの。それに、もし天内が死なねえで済んだなら、色々と余地はあるからその辺も考えねえと。あーやだやだ、と顔を歪ませながら手に持ったままのケータイを操作して、家に電話する。今の時間だったら津美紀じゃなくて恵が出てくれるはずだ。ワンコール、ツーコール。

「もしもし、恵か?」
『ん。どうしたおやじ』
「確認してえんだが、俺が前言った事覚えてるか?アレの使い方とか」
『おぼえてる。タンスにはいってるやつだろ』

 ガキ共の前で吸えねえタバコをふかしながら、ガードレールに腰掛ける。あーうめえ。酒はやめたがタバコだけはやめらんねえんだよな。

「覚えてんなら良い。三日後、念のため使っとけ」
『わかった』
「ん?珍しく素直じゃねえか」
『うるさい。はやくかえってこいよ』
「へーへー」

 俺の返事が気に食わなかったのか、スーパーの食玩を買ってこいだの絵本を買ってこいだの、盛大に我儘を言い始めた恵を適当に宥めすかして電話を切った。ちょっと反抗的で我儘を言うし駄々も捏ねる……随分と普通のガキらしい子に育ったなァ、と少し感慨深くなる。
 前世の記憶では子供っぽくない大人びたクソガキになっていたが、俺が育児放棄していないお陰で子供っぽくてなによりだ。このまま伸び伸びと育って強くなってくれりゃ良いんだが。



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