明珠在掌
あれだけの質量を持つのなら、屋内では動きが制限されるだろう。そう思った真依達が屋内を進んでいるのにも関わらず、件の呪霊と樹木達は壁などを軽々と突き破って彼女達を追う。
アテが外れてしまった真依達は、狗巻の呪言と加茂の赤血操術、恵の式神を駆使してどうにか一定の距離を保っていた。
「狗巻くん、大丈夫?」
「じゃけ」
「ギリギリっすね……。加茂さん、なんか奥の手とか無いんすか?」
「……恐らく呪霊には効きが悪い。もしかすれば一切意味がないかもしれないな」
「そう言う恵はどうなの?」
「逆に反撃されそうな切り札ならある」
それって切り札とは言わないのよ、と真面目な顔で言い放った真依に渋顔になった恵だが、何も言わずに走り続ける。本人も同じ事を思っていた様で何も言葉が出なかったらしい。結局、現状維持で手一杯である。
周囲の事を一切考えないのであれば、恵ならば鵺と鎌鼬を使って相手を削る事ができるであろう。ただ、ここには自分以外の術師達がいるので、戦うならば周囲に気を配らねばならなかった。
「いくら゛」
「狗巻くんは無理しないで。多分もうそろそろ真希が来るわ」
何せ、真依が樹木の波に呑み込まれかけているのを真希は視認していたのだ。自分の姉なら必ず来てくれる、と真依は信じていた。
男達三人も一応は真希と同じ一級術師ではあるが、真希の強さはよく知っているので文句はない。それはそれとしてもっと強くならないとな、とは思っていたが。彼らにもプライドはあるのだ。
そんな風に話しながらも駆けていると、後ろから追ってきている呪霊に動きが見られた。加茂が背後に目をやると、呪霊が樹木で球体の何かを作り上げている。嫌な予感しかしない、と加茂は声を上げた。
「来るぞ!」
『止まれ』
「“鎌鼬”、“脱兎”」
彼らの方に木の枝を伸ばす球体を狗巻の呪言で止めて、恵の鎌鼬で切り飛ばす。その間に、効果は薄めではあるが脱兎で撹乱し、距離を取った。
……本体の呪霊の方にも鎌鼬が攻撃を加えたものの、かすり傷程度しか付いていない。やはり、少し前に切り取った目の代わりに生えている枝以外は、相当な硬さである。
「っ、上に行くわよ。そっちは行き止まり」
「じゃあ一応脱兎で撹乱しておく。しないよりはマシだろ」
「いや、伏黒君。君の呪力は保つのか?」
「……大丈夫です」
「おがが」
大丈夫じゃないんだろ、という三人の目が恵に突き刺さるが、恵は黙って脱兎を呪霊にけしかけた。
満象や鎌鼬といった、比較的に呪力消費の大きい式神を何度も呼び出したので、割と恵の呪力の残量は少ない。だが真依の言う通りに真希がそろそろ来るのなら、それまでの間、確実に生き延びる為に出し惜しみをする訳にはいかないだろう。
「俺より狗巻先輩でしょう」
「それはそうだが……」
「二人とも、もうすぐ外に出るわ。相手のスピードも上がるだろうし気をつけなさい」
「しゃげ」
真依を先頭にして、階段を登った先の扉から飛び出して、建物の屋根の上を駆け抜ける。その背後を、呪霊と樹木が迫ってきていた。恵の撹乱はやはりうまくいかなかったらしい。
内心舌打ちしながらも恵は鎌鼬を呼び出し、加茂は血液を圧縮して呪霊に向けて上下に重ねた両手を向ける。真依と狗巻も振り返って臨戦態勢になった。
しかしそんな彼らを見た呪霊は、何故か立ち止まり樹木の動きも停止させる。今までにない行動だ。何故動きを止めたのか。四人は警戒心を最大にまで上昇させて、何があっても対処できる様に神経を尖らせた。デカい技が来るのは勘弁だ。
けれども、彼らの内心などつゆ知らぬ呪霊は徐に口を開いた。
【速いのですね】
「生憎と、それだけが取り柄なもんでな」
鳴動と共に、彼らがいる屋根の上に真希が突っ込んできた。どうやら呪霊は接近している真希に意識を向けていたらしい。真依達ではなく、呪霊は真希に話しかけた。
「随分と大量の木でお出迎えしてくれるなんざ、よっぽど私を警戒してんのか?」
【アナタがこの中で一番強い。違いますか?】
「さて、どうだか」
呪霊と軽く言葉を交わしながらも、真希は真依達を庇う様にして立ち塞がる。そして警戒を露わにしたまま、彼女は背中側のウエストポーチに手を伸ばした。そのウエストポーチからは小さな呪霊が顔を出しており、その口から呪具を吐き出す。夏油が何処からか捕まえてきた格納庫呪霊と特級呪具・游雲である。
元々は甚爾が禪院から持ち出して愛用していた三節棍だが、何かを思い立ったらしい甚爾の手によって真希に所有権を移していた。まあ貰えるなら素直に貰っとこう、と真希が素直に受け取ったので現在は彼女の相棒となっている。
「とりあえず好き勝手してくれた礼だ、受け取れ木偶の坊」
姿勢を低くして游雲を腰だめに構えた真希に対応する為、ここにきて呪霊が初めて防御の体制をとった。だが、真希と游雲の前ではそんなもの紙に等しい。彼女の姿がブレたかと思えば、爆音と同時に呪霊の姿が掻き消える。
理解してはいたものの、真希の力強さに加茂の顔が引き攣った。そんな彼の様子を見た狗巻も同意する様に頷く。見慣れてるとはいえ、やはり破格のパワーとスピードである。
一方の真希はといえば、加茂達の様子を全部無視して吹き飛ばした呪霊の方に目をやってから、真依達に向き直った。そして行ってくる、と一言だけ言い放つ。
「待ってください、俺も行きます」
「いや、お前呪力そんな残ってねえだろ」
「五条先生から逃げおおせた呪霊ですよ。一人より二人の方がいい」
「……あー……」
恵の言葉に一理ある、と思ったのだろう。じっと恵を見た真希は、しゃーねえな、と溢した。
「へばんなよ」
「はい」
「真依は出来たらで良いから援護してくれ」
鵺を呼び出してその背に乗った恵を確認すると、真希は弾丸の様に飛び出し、遅れて、恵が鵺に乗って呪霊の方へと向かっていく。止める間なんて一切無かった。言いたい事を言うだけ言って、真依達が声を掛けるよりも早く去っていった二人を見て、彼らは肩を竦めるしかない。
彼らを追おうにも、この中で一番足の速い加茂ですら追い付くのにどれだけの時間が掛かるか分かったものじゃないのだ。現実的じゃないだろう。
「とりあえず、他の人達と合流しましょう」
「じゃけ」
「狗巻、それは肯定か?」
「じゃげ」
コクコクと首を縦に振った狗巻を見て、加茂は納得したかの様に肯首した。そんな加茂にそれどころじゃ無いでしょ、なんてツッコミを入れるのを諦めたらしい真依は、何かを探す様にキョロキョロと周囲を見回す。
そして目的の物を見つけたのか、何かを拾ってポケットに突っ込んだ。
「なんだ?」
「多分役に立つものよ。ほら、さっさと誰かと合流しましょう」
真希達がいる方角に近付いて、戦闘に巻き込まれてしまうのは避けた方がいいだろう。それに真依の狙撃は距離を取らねば意味がない。
なので彼女達は西宮達がいた方向へと向かっていった。西宮ならば上空から自分達を見つけてくれるだろう、という目論見もある。
そうして周囲を警戒しながら森を進んでいると、上空から声が掛かった。
「真依ちゃん!」
「桃!」
「無事だった?!怪我はない?」
「ええ大丈夫。狗巻くん達が助けてくれたから」
空から降りてきた西宮は、怪我の見られない真依にホッと息を吐く。真希と戦闘していた際、急に血相を変えて真依の名前を呼んで飛び出していった真希を見てから、西宮はずっと心臓が凍る思いをしていたのだ。
あの真希ちゃんがあんな反応するなんて、よっぽどの事があったに違いない、と。
なので、真希に武器を取られてしまった三輪を帳の外に移動させた後、西宮はずっと真依を探していたのだ。
「ねえ桃、釘崎さんはどこにいるか分かる?あの子に用があるのよ」
「え、釘崎さん?美々ちゃんと菜々ちゃんと一緒に東に行ったわ」
そんな風に安堵している西宮には悪いものの、真依にはやろうとしている事があった。軽く情報共有を終えれば、即座に釘崎の元へと向かわなければ。
どうして釘崎の居場所を知りたいのだろうか、という周囲の疑問は一旦無視して、真依は話を進めた。
「あと、五条先生って今どうしてるかわかる?」
「この帳の中にどうにか侵入しようとしてたよ。五条悟以外誰でも出入り可能、って条件付けされてるみたい」
「め゛んたいこ」
道理で五条が来ないはずだ、と真依は頷く。しかし、彼女が考えていた事態よりは随分とマシかもしれない。
もし帳の内側よりも外側の方が危険で、それの対処に五条があたっていたら、なんて思っていたのだ。帳に入れないだけなら、きっと五条ならどうにかするだろう。最強なのだから、それくらいはしてもらわないと困る。
「そっか、ありがとう。……憲紀、東に行くわよ」
「しゃげ」
「狗巻くんは消耗してるでしょう?桃と一緒に離脱した方がいいと思うけれど……」
「おかが!」
首を横にぶんぶん振っている狗巻に、真依は困った様な顔付きになる。一級術師の狗巻は確かに強い。が、格上相手に消耗している狗巻を連れ回すのは流石に抵抗感がある。
それに狗巻と同じ一級術師の加茂だっていた。流石に加茂がいるなら大丈夫……と、楽観視する訳ではないが、狗巻に無理をさせない理由には十分だろう。
「あ、棘。探したぞ」
さてどうやって説得したものか、と真依と加茂が頭を悩ませていたところ、丁度いいタイミングでパンダが現れた。パンダはメカ丸を撃破した後、仲間と合流しようと森を彷徨っていたのだ。そこで帳が下りるという緊急事態もあって、空を飛んでる西宮を見つけてここまでやってきたのである。
そして。漸く仲間と合流できたは良いものの、普段の語彙であるおにぎりの具ですら嗄れ声で話している狗巻を見て、パンダは驚いた様な顔をした。まさか狗巻がこんなに消耗しているとは思わなかったのだ。
「パンダ、良いところに来たわね。狗巻君を帳の外まで連れて行ってあげてくれない?特級相手にしてたから」
「お゛かか」
「そうだったのか。じゃあ連れて行くな。……真依とかは大丈夫か?」
「ええ、大丈夫よ。それにまだやる事があるもの」
まだ戦える、と尚も拒否する狗巻を無視して、パンダは彼を抱えた。地味に手足をバタつかせて狗巻は抵抗しているが、結構がっしりと掴まれている様で抜け出せないだろう。
そのままおかか、と言っている狗巻を抱えてパンダは離脱していった。パンダ自身核を二つ瀕死にされているので、割と離脱するので精一杯だ。ここで無駄に留まって、敵に攻撃されるよりはさっさと離脱するのが正解だろう。
さっさと退散していくパンダを見た真依は、気を取り直した様に加茂の方へと話しかける。
「行くわよ、憲紀」
「ああ。……西宮も気をつけろ」
「うん。でもいざとなったら帳の外まで逃げるから心配しないで」
釘崎達がいる方向へと走り出した真依達を見送り、西宮は箒に跨って宙に浮いた。庵歌姫と合流するためである。
京都校の教師である庵歌姫は、本来前衛に出る様な術式の持ち主ではない。だが、この緊急事態に於いて、生徒を心配して帳の中に飛び込んできている様で。
なので、いざというときは機動力のある自分が、庵を運んで逃げなければと西宮は考えていた。恐らく楽巌寺学長も一緒にいるだろうが、特級呪霊がいるのなら安心はできない。早く合流しなければ。
その一方で。
真希が呪霊をかっ飛ばした先には、ちょうど虎杖と東堂がいたらしい。真希達が呪霊の元に辿り着いた時には、すでに彼らは会敵していた。
しかし、そうなると困るのは呪霊の方である。ただでさえ真希という強敵がいるのにも関わらず、宿儺の器と一級術師二人を相手取らねばならないのだ。
呪霊……花御の役割は囮である。本来の狙いである両面宿儺の指を真人が盗み出している間、蔵から目を逸らすのが役目だった。しかし、真人が盗む前に花御が祓除されて、術師達の目が真人に向いてしまえば目も当てられないだろう。
故に、花御は切り札の一つを切る事にした。額に傷のある男……キタガミを名乗る彼から無駄遣いしないでね、と託された無数の呪霊達。己がこの地に侵入した時と同じ方法でその呪霊達を呼び出し、相手に差し向ける。
数の利は一気に呪霊側へと傾いた。
「そういう事も出来んのかよ。面倒だな……」
「どうしますか、真希先輩」
「私がこの木偶の坊をやる。だからオマエらは、」
強いのが強いのを相手にする。一番単純なやり方を真希が提案しようとして、しかし、否を唱えた者がいた。
「いいや、俺と虎杖がそっちをやる」
東堂葵である。
あまりにも堂々とした立ち姿と物言いに、真希はとりあえず色々と突っ込みたい事は我慢する事にした。東堂が虎杖の事をマイフレンドと呼んでいる事。虎杖もそれを受け入れているらしい事。あの木偶の坊を修行相手に使おうとしているらしい事。
……絶対何かがおかしい。この短時間で何があったらそうなるんだ。しかし、そんな疑問を口に出したら最後、東堂のペースに持っていかれることは間違いない。それは流石に面倒臭いし困るので、真希は大人しく特級呪霊ではなく、無数の呪霊に向き直った。
「恵、雑魚ヤるぞ」
「……放っておいて良いんすか」
「言っても聞かねえだろ、あのゴリラ」
虎杖の事を心配そうに恵は見つめるが、虎杖はちっとも気付いていない。彼は強敵相手にやる気に満ち溢れている様子だ。そんな虎杖に水を差すのはどうかと思うし、けれども一度目の前で死なれているからどうにも心配してしまうし。
顰めっ面になった恵の背を軽く叩き、真希は呪霊の群れに突っ込んでいった。ぼさっとしてる暇があるなら、さっさと雑魚を倒して東堂達に合流すれば良いのだ。
言外にそう伝えてきた彼女に、恵も渋々ながら呪霊達へと突撃する。それでもやはり気もそぞろである様で、恵はチラチラと東堂達の様子を伺っていた。
「俺は手を出さんぞ。虎杖、オマエが『黒閃』をキメるまでな!!『黒閃』をキメられずオマエがどんな目に遭おうと、俺はオマエを見殺しにする!!」
「押忍!!」
押忍じゃねえだろうが。東堂と虎杖のやりとりに耐えきれず、恵は思わず呪具を振り回す手が止まりそうになった。
「……アレ放っておいていいか?」
「本当にやばくなったら乱入すりゃあいい」
「…………」
分かっていたつもりになっていたが、どうやら東堂は想像の数十倍ヤバい男だ、と恵は彼の印象を修正した。行動の原理の意味が分からなすぎる。
基本的に人が良い恵からすれば、幾ら修練の為とは言え見殺しにするという感性が理解不能だ。恐らくそういう所がゴリラになれない所以なのであろう。
【速く重い……。ですが、先程の少女の方が強いですね】
「言ってくれんじゃねえか」
「虎杖」
東堂が虎杖を呼んだ直後、パァンッ、という破裂音が辺りに響き渡る。
……何故か東堂が虎杖を平手打ちしていた。思わず恵はポカンとした顔付きになる。
【……?】
「…………??」
「こっちに集中しろ、恵」
何ゆえに平手打ち。恵と特級呪霊だけが、この場のノリを理解できずにいた。
※※※
伏黒恵と特級呪霊が置いてけぼりにされていたその頃、真依と加茂は釘崎達と合流を果たしていた。
「私に用事?どういう事よ」
「私が思ってる通りの術式なら、釘崎さんの術式が必要なのよ」
そう言った真依が取り出したのは、手のひらに収まるくらいの大きさの枝。
真依は、釘崎が美々子達と戦う姿をスコープ越しにしっかりと目に焼き付けていた。金槌で五寸釘を飛ばす姿も、美々子の縄に藁人形を重ね合わせて五寸釘で撃ち抜く姿も。全部見ていたからこそ、釘崎の術式を推測できる。
一般的に丑の刻参りは、呪いたい相手に見立てた藁人形を神社のご神木にあて、五寸釘を頭や心臓部に呪いを籠めて打ち付けるというものだ。そしてそれに使用されるものは一本歯の下駄や白装束、魔除けの鏡等多岐にわたるが、一番有名なのが藁人形と五寸釘。そして呪いたい相手の髪の毛や血液といった一部。
一方釘崎も藁人形と五寸釘を使用していたし、呪いたい相手……美々子の術式の一部である縄も一緒に五寸釘で藁人形ごと貫いている。客観的に見て、釘崎の術式は丑の刻参りと非常に酷似していた。
つまり、釘崎の術式が真依の想定通り丑の刻参りと同種のものであるのなら、条件さえ満たせば格上相手でも確実に相手を呪える。
だからこそ、真依は釘崎に会いにきたのだ。
「これ、特級呪霊の一部よ。恵が切り落としてたのを拾ったの」
「成る程ね。これを使って“共鳴り”しろって事か」
「タイミングは私が指示するわ。出来そう?」
「ふっ……誰に言ってんのよ」
それで、タイミングっていつ?と、やる気に溢れている釘崎だが、今はまだその時ではない。先ずは真依の狙撃ポイントを探す必要があった。
「ここから西側を狙えそうな建物に心当たりはある?」
「少し先に倉庫みたいなのがあったよぉ」
「ありがと菜々子。憲紀は周りの警戒をしててちょうだい」
先程、真依達と相対していた呪霊に対して、真希は「大量の木でお出迎えされた」と言っていた。それはつまり、あの呪霊は遠く離れた場所にいる術師を感知して、尚且つ襲う術をもつという事だ。
真希と恵に掛かりきりになっているだろうが、あちらを狙う真依や釘崎が感知されないという確証はなかった。
「真依ちゃん、私と菜々子は何すればいい?」
「そうね……美々子は憲紀を助けてあげて。菜々子は念の為に逃走経路を確保しておいてね」
「ん、わかった」
「はぁい」
真依の後輩である伏黒姉妹ならまだしも、先輩である加茂も、随分と従順な態度で真依の指示に従っている。それが少し意外に思った釘崎は、キョトンとした顔で彼らを見ていた。
二ヶ月程前に東京校へとやってきた東堂の態度や、恵を煽る様な事を言っていた真依を見て、勝手に嫌味な奴らなんだろうと釘崎は思っていたが……。案外仲が良いんだな、と少しだけ見直した。
それはそれとして、こんな状況になったとは言え、交流会で負ける気は一切無いが。
そんな釘崎の内心等つゆ知らず、真依は倉庫の屋根に登って、あの呪霊が狙えそうな場所を探し始めた。真希が真依に向かって援護を頼んだと言うことは、逆に言えば、援護が入れやすい場所で戦ってくれるという事だ。
現に、真希……ではなく東堂と虎杖だが、少し開けた所で呪霊とやり合っている。
「ねえ、ここから当たるの?」
「当てるのよ。私にはその才能しかないから」
「ふぅん、そう言う術式なんだ」
「…………私は術式を三年ぐらいずっと使ってないわ」
真依のいる屋根によじ登って隣に座った釘崎は、真依の言葉に目を見開く。まさかあの真希の妹で、禪院の宗家の人間が術式を使っていないとは思ってもいなかったのだ。
「だから狙撃銃を使ってるの。幸い、これだけは真希よりも才能があったしね」
釘崎の中では偉そうな話し方をしているイメージしかなかったが、思ったよりも努力家なのかもしれない。しゃがみ込んで銃を構える真依の姿はとても様になっていて、ちょっとだけかっこいいと思わないでもない、なんて。
「釘崎さん。私が撃って、相手が怯んだら合図をするから」
「二段構えって事ね」
「そういうコト」
あの五条相手に逃げ果せた呪霊なら、もしかすれば真希や恵だけなら逃げられるかもしれない。だから狙撃によって外部からの攻撃に呪霊の意識を割かせた後、釘崎の術式で内側からも攻撃を。そうすることで呪霊の動きを止めて、トドメを近くにいるであろう真希に任せる。
それが一番確実に呪霊を祓えるであろう方法だ。
「今のところ周囲に異常はない。何かあれば即座に対応するから、もう狙撃に集中していいぞ」
「任せたわよ」
加茂にそう言うなり、真依は黙ってスコープを覗き込む。相棒は狙撃銃はL九六A一。距離は七.六二mm弾の有効射程距離外の一kmと少し。焦らず、いつもの通りやればいい。
意識を集中させるために、ゆっくりと鼻から息を吸い込み、体の中心を通って腹の奥へと息を落とす。それから息を細く、長く吐き出して、またゆっくりと息を吸い込む。それを繰り返していけば、徐々に感覚が研ぎ澄まされていく。いつでも同じパフォーマンスを維持する為の真依のルーティンだ。
トリガーにかけた指の感覚。そしてスコープの先の視界。体で感じる風向きと風速。それ以外の情報は全てシャットアウト。そうすれば、後はもう相手が隙を見せた瞬間に引き金を引くだけだ。
「何故、東堂は虎杖と仲良く連携を取ってるんだろうか……」
「加茂先輩、今それどころじゃないよぉ」
「あ、いや、すまない。少し気になっただけだ」
京都校の人間って、雰囲気に反してとっつきやすいのかもしれない。集中力を高めている真依の隣でどこかボケた事を言い始めた加茂に対して、釘崎はそんな事を思った。多分間違ってはないだろう。
しかしそんな事に気を取られる暇はない。何せ、いつ真依が銃を撃つか分からないのだ。
全力で“共鳴り”をぶち込む為に、釘崎は屋根の上に真依から渡された枝を突っ込んだ藁人形を置いた。そして、静かに釘に呪力を漲らせる。
そうして待つ事、凡そ二分ぐらいだろうか。突如として呪霊がいる周りの木々が枯れ始める。それと同時に、呪霊の左肩にある蕾の様なものに呪力が集まりだした。
今までにない呪霊の行動に驚いた釘崎が真依の方を見るが、彼女は未だに引き金を引く様子はない。…………なら、待つしかないだろう。少しだけ早る気持ちを抑え、釘崎は金槌を握る手に力を込めて。
「帳が?!」
「待って、五条先生が浮いてる……!」
バシュッという音と共に、下されていた帳が上がる。そして、上空にて五条悟が呪霊や呪詛師達を見下ろしていた。
予想外の展開に釘崎や加茂は慌てた様子だが、真依は変わらずスコープを覗いている。というより、彼女は帳が上がった事や周囲の状況に意識を割いていなかった。
……大抵、隙ができるのは相手を仕留める時などの、自分の行動がうまくいっている時や、逆に切羽詰まって周囲に気を回せない時だ。そして今、件の呪霊は帳が上がってしまった事に焦りを覚えて、逃走する為に焦ってその身に木を纏い始めた。
つまり、今が好機。
真依が引き金を引くと同時に、大きな銃声が響き渡る。そして飛び出した弾丸は真っ直ぐ呪霊に向かい、その右腕を吹き飛ばした。
意識外からの攻撃に驚いた呪霊が、弾かれた様に真依のいる方向に顔を向ける。そのまま第二射を警戒して、逃走を図りつつも防御にも力を入れて。
「今!」
「っしゃあ、“共鳴り”!!」
ありったけの呪力を込めて、釘崎が藁人形に釘を撃ち込んだ。それと同時に、呪霊を、内部から釘崎の呪力が突き破る。
虎杖による五度の黒閃に、真希から二度受けた游雲による打撃。ここに右腕を丸々吹き飛ばす狙撃と、体の内側を食い破る様な攻撃を受けてしまえば、流石の花御であっても致命傷だ。逃げに徹しようにも、ダメージが大きすぎてまともに動けるはずが無い。
そこに、更に過剰とも言える攻撃が降り掛かる。
虚式『ムラサキ』。
目に見えない質量の塊が超高速で打ち出され、地面を断層が見えるほどまで抉り取りとった。当然、花御がいた場所は綺麗さっぱり消滅している。
「……これは、倒せたのか……?」
奇しくも、東堂と似た様な事を加茂が呟いていた。
■■■
うーん、これは想定外だなぁ、とキタガミは首を傾げた。当初の目的である両面宿儺の指の高専所有分六本と、“呪胎九相図”一番から三番は手に入れることが出来たのは重畳だ。
だがしかし、花御が死んだ。
「五条悟が帳を上げたら逃げてって言ってたんだけどね」
「キタガミが渡した雑魚達も使ってたんでしょ?中に強い奴がいたのかな?」
強い、という括りで見れば禪院真希が考えられる。しかしアレは禪院甚爾にすら劣るのだから、単体で花御を倒せるとは思えない。
だが他に、花御を倒せる可能性がある術師が思いつく訳でもなく。
「あ、そうだ。アイツに聞けば良いじゃん。あの裏切り者の」
「ああ、メカ丸くんね。んー……でも彼、怒ってたから情報くれないかもね」
「何か怒る様な事あったっけ?」
「ホラ、京都校の人間には手を出さない、って縛りを破ったから」
彼がパンダに敗北した後、交流会に花御が現れたと知るや否や、キタガミに猛抗議をしてきたのだ。怒髪天を衝くとはこの事かな、なんてキタガミは呑気な事を考えながらその連絡を受け流していたが。
けれどその後、自身の体を治すのは渋谷の後でいい、という発言には彼も少し驚いた。てっきり、即座に無為転変で体を治せと言ってくるものだと思っていたのだ。
メカ丸もメカ丸なりに渋谷での混乱に乗じてやりたい事があるそうだし、キタガミとしてもメカ丸にはやってもらいたい事がある。
向こうがこちらに乗るというのなら、それに越した事はないだろう。
「やったのは花御じゃん」
「花御も私たちの一派である事には変わりないから仕方ないさ」
そんな、呑気とも言える真人とキタガミの会話を、漏瑚は一人、沈痛な面持ちで聞いていた。
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