我逢人

「おまえ、ついこの間まで自分よりも素早い奴と出会った事が無かったろ」

 ポイッ、と馬鹿正直に向かってきた虎杖を投げ飛ばす。天与呪縛もなしに素の身体能力がここまで高いのは評価できるが、しかし、ただそれだけだ。
 今まで、呪霊という明確に自分よりも強い“モノ”と相対した事のなかった虎杖には、どうにも工夫が足りない。普通の人間相手なら、その身体能力じゃ頭を使わずともどうにかなってきたんだろう。虎杖本人はセンスがあるが、そもそも本格的に格闘技らしい格闘技をしていなかったみてえだし。

「呪術界にはおまえより速い奴も力が強い奴もいるし、俺みてえなのもいる。そういう奴らが馬鹿みてえに死んでく場所だ。力任せじゃどうにもなんねえ」
「ウス」
「つーわけで。戦い方を教えるのはもちろんの事だが、おまえには先ず死なねえ様になってもらうぞ」

 地面から立ち上がった虎杖の顔面目掛けて、少し手加減して拳を放つ。そして、鼻の先スレスレで寸止め。若干顔を反らそうとしてはいるが、完璧に反応出来ているとまでは言えねえな。……最初はやっぱり目を鍛えるか。

「一級とか特級呪霊の中には、当たったらアウトっつー術式持ちのもいる。そういうのには滅多にかち合わねえが、おまえは逆にかち合わされる可能性があるよな」
「そっすね」
「だから、まずはおまえの回避能力を鍛える。当たらなきゃ死なねえ、って簡単な理屈だ」

 次は虎杖が避けられる程度の速さで顔面に拳を向ける。俺がやりたい事を何となく察したらしい虎杖は、その拳をギリギリの所で避けた。そのまま何度か同じスピードで殴りかかるが、どれも掠ったりしつつもキチンと避けられている。良し良し。
 だが、意識の外側から蹴りを放ってみると、どうにも避けられねえらしい。……成る程、多角的な攻撃に対応するにはまだ早いか。まあセンスはいいから、暫くすりゃ避けられる様になるだろう。
 んじゃ、今度はをもうちょい早くして……っと。

「せんせ、ちょ、甚爾先生!速いって!」
「がんば」
「雑!雑すぎ!!」
「おまえならできるって。多分」

 左右交互に殴りかかって、偶に上下に揺さぶりをかけたり。流石に緩急を付けるのは止めてやるが、蹴りは一〇回に一回の頻度。慌てつつもなんとか避け続けていた虎杖だが、思ったより早くに蹴躓いて床に倒れ込んだ。
 ……でもまあ最初はこんなもんかもしれねえな。特に何も格闘技をやらずに身体能力でゴリ押ししてたんなら仕方ねえ。

「あー。おっさん、悠仁転がしてんじゃん」

 そんな風に、何度も俺が攻撃を加えて虎杖が回避するってのを繰り返していると、五条が地下室にやってきた。おまえ今日遠方の任務じゃ無かったか?
 胡乱気な目で五条を見つめると、べーっと舌を突き出された。……いつまで経ってもクソガキだなこいつ。仮にも教師の癖に生徒の前でそんな事すんなよな。
 しかしまあ、虎杖は五条のそんな様子にもう慣れきったのかスルーしていた。ハー。やっぱ主人公ってのは大物なのかね。

「アレ、五条先生。今日来る日じゃなくない?」
「グレートティーチャーな僕は、優秀だからすぐに任務終わらせられたんだよ。あとコレお土産!かすたどん。ちなみにおっさんにはありませーん」
「あ゛?」

 機嫌良さそうに紙袋を掲げた五条は虎杖にそれを渡すと、勝手知ったる他人の家と言わんばかりにテレビの前のソファに座り込む。

「へえ。ふぅん?……よし、虎杖。こっち来いよ、いいもん見せてやる」
「え、なになに?」
「五条が俺にボコボコにされてるシーン」
「は?!あっあれだな硝子が撮ってたやつ!!今すぐ消せおっさん!」

 ぽいっとスマホを投げ渡し、虎杖が動画を見ている間五条を押さえにかかった。ガキくせえ事は今でも普通にやるが、どうにも生徒にカッコ悪いところだけは見せたくないらしい。どういう判断基準なんだよ。

「わ、これって五条先生の学生の頃?なんか新鮮」
「見るのやめて!」
「甚爾先生今と変わんないじゃん!すご」
「悠仁ぃ!!」
「大人しくしろクソガキ」

 虎杖がまだ会った事のねえ夏油が投げ飛ばされてる様も一緒に映ってるが、まあ良いだろう。……最強を名乗ってる奴らも、昔は俺相手に手も足も出なかった事を見せてやれば、虎杖のやる気ももっと出るだろ、っていう気遣いなんだよなァ。
 ……マ、嘘なんだが。
 そんなこんなで五条が呪力操作、俺が体術。たまに俺と五条の組手を見学させたり、と過ごすこと約一ヶ月。そろそろ虎杖に軽い任務をさせてもいいだろう、と五条が言い出した。
 つまりは、例の吉野順平のやつが始まる。
 ……俺としては、真人を祓うのではなく夏油に取り込ませるのが一番だと思う。あいつの無為転変は非常に有用だしな。
 だが、それを実行するにせよ普通に祓っちまうにせよ、タイミングが重要だ。吉野順平が事件を引き起こすタイミングで真人を夏油に取り込ませれば、あの脳みそ野郎の出方が分からなくなる。と、いうより。夏油が真人を取り込めば、恐らくあいつは夏油そのものを狙ってくるだろう。
 どこに脳みそ野郎の手先が潜んでいるか分からない以上、夏油を完全に守るってのは厳しいし、あいつも大人しくしてるようなタマじゃねえし。
 つまりは、やっぱり一網打尽。相手の一派に取りこぼしがあればややこしい。真人と富士山頭、脳みそと裏梅って術師は最低でも同時に倒す必要があるな。
 一般人の犠牲はどうやっても増えるが、それは仕方ねえ。もう割り切るしかねえだろう。上層部にまで食い込んでる相手とやり合おうとしてるんだし。
 俺と……あと五条も普通に割り切れるだろうが、夏油はその犠牲を割り切れるか……?だがまあここ一〇年で多少は酸いも甘いも噛み分けてるだろうしな、大丈夫だろ。多分。

「はじめまして!僕は灰原雄っていいます。よろしくね、虎杖くん」
「よろしくおねがいしゃっす!」

 恵や五条から灰原の事を何度も聞いていた虎杖は、既に親近感を抱いているらしい。いつも以上に元気な様子で灰原に話しかけていた。
 灰原も灰原で、珍しい根明の後輩ができた事が嬉しいのか、普段よりもテンションが高めだ。その事に気付いたらしい七海が隣で若干顔を引き攣らせていた。
 そりゃそうだよな。テンションの高い灰原に絡まれる役目は全部七海だし、なんなら五条だって七海に絡みまくっている。真面目なリアクションで返してくる所が面白いんだろうな……とまでは言ってやらねえけど。

「いい子そうだよ、七海」
「……灰原から見れば誰だっていい子なのでは?」
「人を見る目には自信があるからね!」

 灰原は俺みてえなのにも懐いてるし、割と見る目はポンコツだと思うんだがな。そんな事を思う俺とは反対に、七海は灰原の言葉に一応納得したらしい。
 七海は少し雰囲気を軟化させ、虎杖に手を差し出した。

「はじめまして、虎杖君。今回の任務の間だけですが、よろしくお願いします」
「う、ウス。ヨロシクオネガイシマス」
「君の為人は知りませんし、もちろん戦闘能力も知りません。ですが、甚爾さんと……一応、五条さんのお墨付きがあるので、有用性だけは期待しています。頑張ってください」
「あっ、ハイ」

 虎杖のやつ、よくわからんって面しながら握手してやんの。


 ※※※


 両面宿儺の器である虎杖悠仁に、両面宿儺優位の縛りを課すのが脳みそと真人の目的だった。んで、その為には虎杖を追い詰めて、両面宿儺に力を借りようとする状況が必要な訳だ。
 それに、吉野順平は利用された。虎杖と交流を深めさせて、吉野を虎杖の明確な弱点にして。吉野の為に、両面宿儺に助力を願わせようとした……んだが。

「ど、どんな先生なの……?」
「甚爾先生は優しいから安心していいよ!」
「そーそー。甚爾先生いい人から心配しなくても大丈夫だって」

 普通に吉野親子は無事だ。
 今回もやっぱり俺と五条が邪魔だと判断したのか、また遠方への出張を命じられた。いやまあ、そもそも俺と五条は忙しいから偶々だった可能性もあるが、あの脳みそが画策したって考えておいた方がいいだろう。
 んで、七海と灰原と虎杖の三人で任務に向かい、虎杖が持ち前のコミュ力で吉野順平を懐柔。そこに、七海と共に真人と戦闘をした後の灰原が合流すれば、人間不信気味な吉野であっても懐かざるを得なかっただとかなんだとか。
 結局、吉野はペロッと真人の事を吐いたらしい。コミュ強共やべえな。
 そこから吉野親子を保護する流れになった所で、両面宿儺の指を持った真人が強襲。親子を庇いつつ、指に引き寄せられた呪霊と真人とを同時に灰原達は戦ってたから、多少不利だったそうだ。が、七海が合流できた事もあり真人を退ける事に成功したんだと。
 俺的には、吉野の母親をそれとなく助けるように仕向けようとしてたんだがな……。灰原が普通に助けちまって拍子抜けだ。

「でも僕、先生にあんまりいい思い出が無いし……」
「あー……。いや、甚爾先生はマジでカッコいいから心配いらねえよ。あんな教師とは違うって」
「うんうん。五条さんはちょっとアレな所あるけど、甚爾先生も五条さんも凄く頼りになるよ!」

 そして現在。真人に何か弄られている可能性を考慮して、吉野親子は高専の手が入っている病院で検査入院をしている。そこに俺と五条が七海達に呼ばれて面会しに来たんだが……中での会話を聞くに、相当緊張しているらしい。
 まあいじめられっ子で、尚且つ教師にいい思い出が無えならそういう反応にもなるか。ここは多少は気を遣って喋った方がいいだろうな、と思って。
 しかし、俺と違って五条はそうは思わなかったらしい。ピシャン、とどデカい音を立てて病室のドアを開けて、ズカズカと中に突入していきやがった。……この馬鹿野郎が……。

「ちょーーーーっと待ったァ!!!!」
「うるせえ病院では静かにしろ」

 あまりの煩さに五条の頭をひっ叩く。公共の場でいい歳した大人が騒ぐんじゃねえ。

「灰原さあ、僕の何がアレなの?このグッドルッキングガイのどこがアレなの??」
「アハハ、五条さんのそういうとこですよ」
「えー!……七海はそうは思わないよね?」
「いえ、灰原と同じ意見です」

 吉野の事はガン無視して灰原と七海に絡みにいった五条を、唖然とした顔の吉野が見つめる。まあ普通に考えて、目隠ししてる長身の男が病室にいきなり突入してきたらビビるわな。元一般人に会うなら目隠しはやめとけっつったのに。
 そんな五条に溜息を吐いて、吉野の方に向き直った。俺と目が合った吉野はおっかなびっくりな様子で、目線を彷徨わせている。マ、俺も俺で結構厳つい顔してるしな。吉野みてえな奴からすれば、そりゃもう恐ろしいだろう。

「伏黒甚爾だ。一応こいつの保護責任者してる」
「よ、吉野順平です」
「んで、あの目隠しの奴が五条悟。一年の担任だ」
「た、担任の先生なんですか?」

 俺がそう言った途端に、吉野の顔付きが疑わしげなものに変わる。……そういう顔になるのも仕方ねえよ。マジで何でサングラスにしなかったんだか。

「そう!僕が担任の五条悟でーす」

 よろしくねー、といつも通り軽薄な態度な五条に、吉野は完全に気が引けている。助けを求める様に虎杖や灰原に目線を送っているが、二人とも大丈夫だって、としか言ってねえ。かわいそうに。
 件の五条はといえば、さっと吉野に近付いて徐に目隠しを外した。そして仰反る吉野に構わず至近距離でガン見する。相変わらず距離感バグってるっつーかなんつーか。
 人との距離をさっさと詰めてくる夏油の親友をしてるせいか、五条の距離感はいつもおかしい。あれは夏油の物腰の柔らかさがあるから受け入れられるだけで、おまえがやってもなあ……。
 そこんとこ本人は一切自覚なさそうだが。

「術師の形に整えてるだけで変に弄られてる所も無さそうだし、大丈夫っぽいね」
「術式を使える様になった以外には影響は無えんだな」
「うん。だから安心して退院してオッケー!来週から悠仁と一緒に呪術界についての座学とかしよっか」

 MRIだとかの検査でも問題は無かったみてえだが、呪力とかそういうのは五条に見せるのが一番正確だ。そういう理由もあって、わざわざ灰原と七海は五条を呼んだんだろうが……。
 俺を呼んだ理由がちっとも分からねえ。この場に俺は必要ねえだろ。

「よ、よろしくお願いします……」
「転入だとかそういう手続きは七海お願いね」
「は?……いえ、分かりました。確かに五条さんがやるよりも、私がする方がいいでしょうしね」
「七海それ僕のことディスってない?」

 吉野から離れてぐりんと七海を見た五条が、七海に絡みはじめた。あーあー。
 急に至近距離で五条に見つめられた哀れな吉野は、ホッと溜息をついている。五条が離れたってのと、何の問題ないっての両方に安心したんだろう。多分。
 さて。吉野順平の方はまあいいものの、こいつの母親に関してはどうしたもんかね。保護するのは確定事項として、生活費とか住む場所とか。
 恐らく津美紀みてえに寮の空き部屋に住む事になるだろうが、一家で引っ越すなら荷物が学生の比じゃねえだろう。それに、吉野の転入を虎杖復帰の時期に合わせようとしてるんだろうが、それまでどこで匿うか、って話で。
 ……あ、成る程な。そう来たか。

「灰原」
「はい!!」
「俺ん家にこいつら置かせようとしてんな?」
「あ、バレちゃいました?先生の家ならセキュリティもバッチリですし、ちょうどいいかなって思ったんですけど……」

 何がちょうどいいだよ。良かねえわ。
 灰原もそうだが、五条といい夏油といい天内といい……。大人になってからも、全力で俺に色々と押し付けてくるのは何なんだ。まあ天内は百歩譲って親がいねえからいいとして、特級術師共はマジで……意味が分からねえ……。
 はー、と溜息を吐いて、俺を見ている吉野を見下ろす。まあ虎杖を抱え込む羽目になったんだし、もう今更って感じなんだよな。
 嫁と恵と津美紀だけで家族は十分だと思ってたのに、双子は増えるわ居候は増えるわ。入り浸る術師も大量にいるし、ただの非術師と術師の家族が増えたところで支障は無え。

 ……なんか貧乏くじ引いてねえか、俺。
「……当人達の了承とか得てからにしろよ」
「はーい!ありがとうございます、甚爾先生」
「へいへい。って訳だから、吉野。母親とちゃんと話し合えよ」
「は、はい、あの、ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げた吉野を見て、それから未だに七海にウザ絡みしている五条の首根っこを掴んだ。一応俺もおまえもまだ任務入ってんだろ。

「車出してやるから早よ行くぞ」
「ねえ、僕に回ってくる任務多くない?何なの?」
「任務してない特級術師に文句言え」
「傑は?」
「あいつはおまえより任務回されてるぞ」

 百鬼夜行で同時に複数の戦線を維持できる、って証明しちまったせいで、京都にいながら遠方の任務も回されてるぐらいだ。どう考えたって五条よりも働いてる。
 ……あとは、百鬼夜行で失った多数の呪霊の穴埋めを頑張ってる、ってのもあるだろうが。夏油からすれば、手持ちの呪霊を半分削られちまったんだ。そりゃ焦りも出るだろう。

「……なんか最近任務多いのも、俺が気付かない方がいいやつ?」
「そうだな。だが、休ませろって文句言うぐらいなら良いと思うが」
「じゃあ今度カチこんでやろ」



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