幕間 伏黒甚爾

 ここに連れてきたのは自分だというのに、心底似合わねえなァ、と思った。
 行きつけだった安い居酒屋で俺はビールを飲み、あいつはカルピスサワーを飲んで。次々と料理を頼んでは腹に詰め込む俺とは対照的に、あいつは小皿に乗っかってる料理をちまちまと食べる。
 ……育ちの良さが食べ方に現れていて、こんな安い居酒屋には似合わねえと思った。もっと洒落たイタリアンレストランにでも連れて行ってやればよかった、なんて。賭けに負けた癖に何言ってんだって話だ。
 そんな風に俺が思っていることが顔に出ていたのか、あいつは俺の行きつけの店に来れて良かったと笑うもんだから、善良な人間はどこまでも善良なんだなァと感心する。俺の今までの人生には存在しなかったタイプの人間だ。……俺が関わるべきじゃねえ人間とも言えるだろう。
 だが、一度その存在を知ってしまえば、手放すことなんてできる筈もなく。こうして、あいつは似合いもしねえ居酒屋で俺と飯を食う羽目になっていた。文句を言ったっていいのにな。
 そんな風に考えながら、つまみを口に放り込んでいると前方から視線を感じる。皿に注ぎ込んでいた目線を上にあげれば、あいつと目が合った。あ、笑い方が恵に似てる、なんて間抜けなことを思っている俺に対し、彼女は嬉しそうに微笑みながら口を開いて。

「  」

 そこで目が覚めた。どうやら無意識に飛び起きていたようで、上体を起こしたまま呆然と室内を見回す。心臓が少しだけ早鐘を打っていた。ベッドサイドの時計を見てみれば、まだ3時17分。夜が明けてすらいないし、二度寝も十分にできる時間帯だ。しかし、眠気は完全に吹き飛んでいた上に、もう一度あの様な夢を見るのは遠慮したい。
 気分を切り替えるために自室を出て、階段を降りキッチンへと向かう。とにかく頭を冷やしたかった。……自分なら大丈夫だ、なんて根拠の無い慢心がどこかにあったのだろうか。しかしいつかそうなるだろうとは分かっていたし、その上で覚悟をしてたつもりなんだが……それでも想像力が足りていなかったらしい。
 冷蔵庫に入れてある麦茶をコップに注ぎ、それを一気に煽る。はあ、と思わず漏れ出たため息が誰もいないキッチンに響いて、それがやけに虚しくなった。
 ……こんなはずじゃなかったのに、という思いが次から次へとあふれ出してくる。

「あーあ」

 あんなに愛していた筈なのに、俺の名前を呼ぶあいつの声を忘れてしまった。



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