喫粥了
「ケッ……!何で傑じゃねー訳?」
クリスマスまであと一週間。五条さんは京都から帰ってきている夏油さんに絡んでいた。……何故かうちのリビングで。しかも俺を間に挟んで、だ。俺が先にリビングでテレビを見てたとはいえ、間に挟む意味が分からない。
それに毎度思うのだが、何でこの二人はこの家で喧嘩するのだろう。親父がいるからなのか……?
「ほら、私は悟と違って美々子や菜々子達がいるからね。上が考慮してくれたんだろう」
「二人ともおっさんの娘だろ!だったらオマエだって独り身じゃん」
「え?」
五条さんは葡萄ジュースだからまだいいとして、夏油さんは普通にワインを飲んでいるから酔っ払っている。なんて事ない様な顔をして五条さんを煽っているが、結構な量を既に飲んでるみたいだし……。
「…………エッ?何?傑、彼女出来た訳?」
「え?」
「あ、出来てねーなコレ。意味深な答え方すんなよ」
すっとぼけた顔をしている夏油さんの頭を五条さんが叩く。俺を挟んで喧嘩するの辞めてくれねえかな……。
今回、五条さんが荒れている理由はごく単純。クリスマスに海外出張の任務が入ったからだ。流石の五条さんでもクリスマスを海外でぼっちで過ごすのは嫌だ、と駄々を捏ね、夏油さんを生贄にしようとしたものの敢えなく失敗。
結果、グチグチと文句を言って、夏油さんに絡んでいるという訳だ。
「京都で美人さんを捕まえたかもしれないだろ」
「かもしれない、ってやっぱり出来てねーじゃん。やーいクリぼっち」
「悟は海外でクリぼっちだ、ヨカッタネ。オメデトウ」
互いに傷口に塩を塗りあっている状態の二人は、間に挟まっている俺にお構いなしに耳とか髪を引っ張り合う。コレが特級術師か……とため息を吐きたくなった。
五条さんはこんなだし、夏油さんは師匠だから言いたくはないものの、五条さんと似たもの同士。九十九さんはアレだし、もう信頼できる特級術師は乙骨さんしかいない。
二人がやいのやいのと戯れている間に、見たいと思っていた番組も終わったし、両隣の二人が邪魔で仕方ない、とリビングから退散しようと腰を上げる。今はまだ二人で言い合ってるだけだが、巻き込まれ始めたらたまったものじゃない。
……と、思っていたのに。
「そーいや恵は恋人いる?かわいい系?」
「恵くんは綺麗系の子好きそうでしょ」
「甘いな傑。おっさんの奥さんはかわいい系だ」
「あーーー。なるほどそうか……」
絡まれてしまった。しかも割と面倒臭い絡まれ方だ。
真希曰くの、親戚のおじさんモードに入った二人はそれはもう面倒臭い。学校での事を根掘り葉掘り聞いてくるし、友達はいるのかだとかいらぬお節介な事まで言ってくる。
「で?いるの?」
「……いないです。そもそもそんな暇ないですし」
「でもモテるでしょ、恵くん」
「モテないですよ。ていうか離してもらっていいですか?」
「だめでーす通しませーん」
無理矢理立ちあがろうにも、まず夏油さんの方がデカくて力が強いので不可能だ。ニマニマしながら大きくバツ印を作って通せんぼをする五条さんをジト目で見た後、夏油さんを見て大きく溜息を吐く。
……親父が帰ってきたら親父を生贄にしよう。二人とも親父に絡みに行くのが大好きだから、それで見逃してもらえる筈だ。
「俺の話はいいでしょ」
「いーや、聞くね。アラサーになるとね、若者の青春からしか摂取できない栄養素がないと一気に老け込むんだよ」
「アンタ童顔ですよ、安心してください」
そもそもそんな栄養素ある訳ないだろ。夏油さんもウンウン頷いてるが、馬鹿じゃないか?……というか、二人とも教師なんだし、学校でそういう話を聞けばいいだろうに。
俺は童顔だけど傑は老けてるでしょ、なんて余計な事を言った五条さんに、夏油さんが掴みかかっているのに巻き込まれながら遠い目をする。
美々子も菜々子もすぐそこにいるのに何故こっちに来ないのか。……この二人が面倒だからなのか?面倒だからだろうな……。
「恵、本当にそういう甘酸っぱい話ないの?文化祭で告白されたー、とか」
「委員会が同じ子に告白されたりとかは?」
「そもそも委員会に所属してないですよ……」
親父の実家はアレだし、母の方の実家との縁は切れてるしで、親戚付き合いなんて禪院家に顔を出した程度しか無い俺は、こういう絡まれ方に慣れていない。程よい躱し方が分からないのだ。
出来るだけ端的に二人の言葉に返しているが、これでいいものか。本気で美々子達に助けて欲しいんだが。チラチラと目線を送ってみるが、菜々子の方にしか目が合わない。美々子の目線は完全にぬいぐるみに向いている。
くっそ……いつも夏油さん夏油さんって言ってるのに、こういう時だけ俺に任せて……。
「俺の話はもう良くないですか?」
「良くなくない!ん?良くなくなくない?良くない?よくなくなくなく……あれっ、どっちだ?」
何を言ってるんだ。俺に聞かないでくれ。
「悟って葡萄ジュースでも酔えるの?馬鹿じゃないのか」
「うるさいのじゃ前髪」
「理子ちゃんの真似はやめろ」
五条さんの下手くそな女声に思わず吹き出した。それで天内さんの真似をしたつもりなら、本気で失礼だから天内さんに謝罪した方がいいと思う。
というかミミナナ。今笑ってたろ、やっぱり聞こえてんじゃねえか……!
「あ!そうだ、天内に電話しよ。暇してんだろどうせ」
「え、ダメだよ悟くん」
「そうそう。今理子ちゃんデート中だしぃ」
スマホを取り出した五条さんに対し、双子がそんな事を言い放つ。
すると五条さんと夏油さんの両方が、珍しいぐらいにびっくりした顔をしていた。もしかして、天内さんに彼氏がいるのを知らなかったとか、そういうパターンなのか……?
「あと、雄くんってそろそろ結婚しようとしてなかったっけ?」
「してるね。建人くんもいい感じになってるお姉さんいるって言ってたよ」
「……ええ…………?」
「まっ、負けた……だと……?!」
双子の追加攻撃に呆然としている夏油さんはまあ良いとして、五条さんは何と勝負してるんだ。
「ええ……でもそっか、理子ちゃんももう二四歳か……」
「天内に恋人いるのに俺にいねーのおかしいだろ」
「ほら、悟は性格がクズだから」
「うるせークズ二号」
先程まで元気よく俺に絡んでいたのが嘘みたいに、二人とも落ち込んだ様子で罵り合いを始めた。余程近しい人たちのリア充ぶりが悔しいらしい。
二人が落ち込んでる今がチャンスだ。甘やかしてくれる人が欲しい、なんてぐずぐず言い始めた二人の間からそっと抜け出す。そして、ミミナナのそばに身を寄せた。
ここまで離れれば、捕まる前に逃げられる筈。
「菜々子は言わないのか?」
「……言ったらたぶん夏油さん泣くっしょ」
こそっと菜々子に耳打ちすれば、そんな答えが返ってきた。実は最近、菜々子に彼氏ができたのである。
京都の高校に通うからと言って断った菜々子に、遠距離でも良いからとアタックし続けた猛者らしい。ついでに言うと、性格は美々子の審査を通り抜けているからお墨付き。
相手は非術師だけど、結構いい人らしい。……昔があんなだから若干人間不信気味な双子の、菜々子に彼氏ができて何よりだと思う。それはそれとして、どういう奴か一目ぐらい見てみたいが。
「ただいま」
そんな事を考えていると親父が帰ってきた。思っていたよりかは早い帰宅だ。乙骨さんの任務について行き、ついでにあの特級過呪怨霊の制御の手伝いをすると言っていたから、てっきりもう少し遅いもんだと。
「私もいるぜ。ただいま」
「邪魔するぞ」
「ツナツナ」
「あ、お邪魔します」
リビングに来た親父の後に続くようにして、真希とパンダさん、狗巻さん、乙骨さんが姿を現した。真希は良いとして、後の三人が来るのは珍しい。特にパンダさんと乙骨さん。
真希は慣れた様子で、親父と一緒に買った物を冷蔵庫に突っ込んでいる。残された三人はどうすれば良いのやら、と手持ち無沙汰で周囲を見渡し、五条さんと夏油さんを見つけて目を剥いていた。そりゃそうだ。
……というか、この状況だと里香ちゃんがいる乙骨さんは絶対に絡まれる。二人がリア充だ何だと言うのは目に見えているので、さっさと乙骨さんと狗巻さんに避難してもらった。
「こんぶ」
「うす。お久しぶりです」
「いくら」
「大丈夫ですよ。あ、向こうに近寄ると絡まれるので気をつけて下さいね」
俺の隣にやってきて、ヨッ、と片手を上げた狗巻さんとは対照的に、乙骨さんはどことなく所在なさ気だ。
「この家、ある意味顔見知りの術師達の溜り場みたいなもんなんで、そんな遠慮しなくて大丈夫ですよ」
「ツナツナ」
「いや、でも僕……」
「真希の友達なんですよね。なら問題ないです」
なんなら、家に来て下らない言い合いばっかりしてる五条さんと夏油さんですら、追い出していないのだから。パンダだっているし。まともな乙骨さんを歓迎しない訳がない。
それに真希が気にいるって時点で、いい人であるのは間違いないのだ。俺としてはこの家に来る、まともそうな人間が増えるだけで嬉しい。今のところ七海さんと黒井さんぐらいしかいないぞ。雄は常識人に見せかけてなんかやべえから除外する。
「ぱ、パンダくんだ」
「よお美々子。久しぶりだな」
「もっ、もふもふしてもいい……?」
「どんとこい」
やったー、と気の抜けた声で喜んだ美々子は、パンダさんに真正面から抱きつく。親父がぬいぐるみばっかり買ってやってたからか知らないが、美々子はもふもふしたものが大好きだ。しょっちゅう俺に、玉犬や鵺を出せと言って強請ってくる程である。
だからこそ、自立して動くし喋るパンダさんがなによりもお気に入りらしい。一時期パンダさん好きが祟って、菜々子と別れて高専の東京校に入学するか迷っただとか。結局、夜蛾さんに小さいパンダのぬいぐるみを作ってもらって、納得したらしいが……。
と、そんな様子を見た五条さんがまた何か言い始めた。
「やっぱり出張行きたくない!」
「生徒の前でゴネるのやめな。みっともないよ」
「傑は出張行かないからいいんじゃん。嫌だぁ異国の地でボッチクリスマスとか嫌だぁ」
ひとりぼっちのホテルの部屋で、ケーキ買って食えって言うのか!自棄になったのか、夏油さんのワインを奪おうとしながらそんな事を言い始める始末。前から思っていたが、この人マジで寂しがり屋すぎないか。
そんなに寂しいならテレビ電話でもすればいいだろ……って思うのは間違ってない筈だ。
「五条家に顔出すって名目で断りゃいいだろ」
「そっちのが嫌だね」
「ヘェ。やっぱり五条の坊主はわがままだなァ?うちのガキどもとは大違いだ」
「……うぎぎ」
スッと俺の近くに来ていたらしい親父が、五条さんをニヤニヤした顔で見ながら、俺の頭を揺らす。撫でるじゃなくて、揺らす、だ。せめてもうちょっと力を加減しろ。
やめろと言いながら親父の手を叩こうとするが、サッと避けられてまた頭をガシガシされる。勢い余って自分で自分の頭を叩いてしまったのと、楽しそうな親父の声に苛立ちがり、もう一度手を叩こうとして……。
また空振った。畜生、当たらない。
「仲良しだね」
「ツナツナ」
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