平常心是道

「甚爾」

 術師ではねえが、俺という戦力をただただ遊ばせておくには勿体ない。そういう理由で生徒を送り出すには向かねえ任務が俺に充てがわれる訳なんだが、今日はその任務終わりにジジイに話しかけられた。
 禪院直毘人。禪院の現当主である。

「あ?アンタまだ俺に用があんのかよ。ちゃんと高専に所属してやってるだろ」
「ハッ、相変わらずの様だな」

 天内の護衛をしたあの時。恵が玉犬を、十種影法術を継いでいると露呈させた結果、案の定、禪院直毘人は俺に取引を持ちかけてきた。恵を売れ、と。
 んなもん売る訳無えだろと一蹴したんだが、当主は兎も角としてあの禪院がそう簡単に引き下がる訳もなく。分家の術師だの雇われの術師だのが、恵を掻っ攫おうと大勢押し寄せてきたのだ。
 勿論俺がそんな阿呆共に情けをかける筈もない。全員の手足を切り落とし、ギリギリ生きていられる程度に痛めつけて禪院の家に送り返してやった。すると、人ですらねえと見下していた俺にぼこぼこにされた事が気に食わねえ馬鹿が、また刺客を送り込んでくるわけだ。
 そいつらも全員半殺しにして送り返してやって、そしたらまたプライドが傷付けられたからと刺客が送られてきて……と繰り返していくと、笑える事に禪院に属する戦闘要員の半数以上がが再起不能になったときた。いやぁ、あれは笑っちまったなァ。御三家の一角ともあろう禪院が、また非術師の俺にズタボロにされるなんて!
 禪院直毘人は俺が金に釣られなかった時点で恵を手放すことはあり得ねえ、と見切りをつけていたのにも関わらず、配下の暴走で力が削がれるなんざ爆笑もんだ。流石にこのままじゃ禪院の面子にも拘る、ってな訳で今度は当主直々に俺を殺すって話が出たらしいが、当然直毘人はその話を無しにした。
 禪院直毘人が五条を除いて最速の術師だろうが、俺のほうが強いって知ってるから妥当な判断だ。
 しかし、個人にしてやられたままでは御三家の名に傷がつくし、下を抑えるためにも俺に対して何らかのアクションを起こさなきゃならねえ。そこで直毘人は、恵自身が禪院に所属したいと言った場合にのみ恵が禪院の名を継ぐ、という妥協案を提示してきた。
 俺からすりゃこのまんま禪院の中でも特上の阿呆共を潰すのに抵抗は無かったが、万が一、恵が禪院の権力だとかを望む可能性もあるし、と直毘人の提案を受け入れた訳である。他にも、パワーバランスが崩れすぎるとどんな影響があるか分からねえ、ってのもあった。
 マ、その際色々な条件を付けたり付けられたりした結果、俺は高専に所属することになった。所属を明確にしていなければ、馬鹿なことを考える阿呆は幾らでも湧いてくるしな。
 ……っていうので、俺と禪院とのやり取りは終わった筈なんだが……。

「で、マジで何しに来たんだよ」
「今回用があるのは俺じゃない。こっちのチビだ」
「あ?」

 そう言った直毘人の背後から、ガキ二人が顔を出す。なんか居るとは分かっていたが……。

「アンタ、呪力もねえのに強いんだろ?」
「ちょ、ちょっと真希!言葉遣い……」
「私もアンタと同じなんだ。強くしてくれ」

 俺を見上げてくる、禪院の血を感じさせる鋭い目元のガキ。そしてそのガキの着物の袖を握って、怯えたように俺を見上げてくるガキ二号。片方は呪力が無えし、もう片方は呪力はあるものの……。ふむ、成る程な。禪院真希と禪院真依の双子か。
 思わず直毘人の方を見ると肩を竦められた。

「……俺にメリットが皆無だな」
「禪院の所有物の中にいくつか術師では扱えない呪具がある」
「俺には扱えそうだからそれをやる、って?ただの在庫処分じゃねえか」
「オマエが呪具を集めているのは知ってるぞ。喉から手が出るほど欲しいだろ」
「んー……」
「オマエが強すぎた弊害だ。真希まで馬鹿共に危険視されている」

 そんな直毘人の言葉に、今度はこっちが肩を竦める番だった。まあ確かに考えりゃ分かることだ。禪院の術師をほぼ壊滅させた俺と、同じ天与呪縛を持って生まれたガキ。俺の記憶にある本来の流れ以上の嫌悪と畏怖の対象になることは目に見えていた。下手すりゃこいつが高専に入るより前に潰される可能性もあるっちゃあるし。
 直毘人の思い通りにすんのはムカつくが、純粋に俺と同じようなガキを育て上げてみてえって気持ちもある。……このジジイの思惑通りにするのはマジで嫌だが。

「今ならこっちの妹も付ける。二人セットだ」
「なんでだよ。通信販売みたいに言うなや」
「みなまで言わんでもオマエなら分かるだろ」
「いやまあそうだけどよ……」

 真依は真希に対する人質になるから、下手に双子を引き離したらどんな扱いを受けるか分かったもんじゃねえ。だったら俺にまとめてぶん投げりゃいい、って感じか。
 ……術師に非ずんば人に非ず、って家訓の割には直毘人は甘えんだよなァ。態々俺のとこにまで連れて来ずとも、こいつの訴えなんざ無視すりゃいいのに。
 ぽんぽんと会話を続ける俺と直毘人をじっと見つめ、姉の方は微動だにもしない。妹の方は眉根を寄せて不安そうにしてるってのに。自分の行先が決まるってのに肝が据わってるな。

「おい、名前は?」
「真希だ。こっちは真依」
「そうか。じゃあ真希、強くなる理由は何だ」
「禪院に嫌がらせするため」

 俺の問いかけに対し、当主が隣にいるってのにも関わらずガキは臆面なくそう言い切る。……はァ、つまんねえ意地張んのやめるか。
 普通にこいつを強くしてみてえって思っちまった俺の負けだ。俺とは違うが、俺と似ているガキがのびのびと才能を磨けたならば、一体どこまでいけるのか。唯々単純にそれが気になった。
 あと、臨時とはいえ教師をしているからか、どうにも。教えるってのが板につき始めてるってのもある。あーあ、マジで難儀な性格になってきてるな、俺。
 全部嫁のせいだ。あいつのせいで人間性を獲得しちまった。しかも、案外それを嫌だと思ってねえ自分に笑っちまう。あークソ。

「……そーいうことなら良いぜ、乗ってやる。今度呪具取りに行くから、首洗って待っとけよジジイ。あと酒もよこせ」
「馬鹿言うな。酔えねえオマエに酒なんか勿体ない」

 ギロリと直毘人を睨みつける。直毘人の方も剣呑な目で俺を見ていた。

「干物に飲まれる酒のが勿体ねえわ」
「誰が干物だ、このすっとこどっこい」
「おめーだよ」
「ア゛?」
「お゛?」
「いい年してくだらねー喧嘩すんなよ、おっさん共」
「ま、真希っ!?」


 ※※※


 引っ越すべきだよなァ、と心の中で呟いた。
 去年引き取った双子のガキだけじゃなく、更に別の双子が居候として家に来る事になったのだ。どう考えたってここじゃ手狭すぎる。
 しかも、ただでさえガキが多いってのに、この家にはいつも入り浸っている奴らがいる。……今俺の後ろに立っている夏油傑もその中の一人だ。

「お邪魔します」
「あ!夏油さん!!」
「夏油さんだー!」
「美々子ちゃん、菜々子ちゃん。こんにちは」

 夏油は自分が助け出した双子の事が気になるのか、ほぼほぼ毎日のように俺の家にやってくる。俺が高専から家に帰る時に一緒に着いてきて、夜まで家で過ごして寮には寝る為だけに帰る、なんて毎日だ。
 ……俺的には毎日来る必要性は感じないものの、双子の様子を伺うついでに恵の戦い方を見てくれているから、あまり文句は言えなかった。しかもガキ共も懐いてるし。
 このままいくと、どうせ高専を卒業したら近所に住み始めるんだろうなァ、と最近は諦めてる。入り浸りすぎて五条も揶揄えねえってよっぽどだろ。

「今日はゆうくんいないの?」
「灰原は七海と遠方に任務中だ」
「そっかぁ……」

 そして、もう一人入り浸っているのが灰原。夏油に比べれば出没率は低いものの、そのコミュ力の高さのお陰か子供人気がえげつない。真依ですらよく懐いていると言えば分かりやすいか。
 灰原によるメンタルケアが余程気に入ったのか、美々子と菜々子の双子は特に懐いているし、灰原の方も懐かれて嬉しいのかほぼ年中家に訪れているのだ。後、恵の友人だし。
 ……で、灰原が家に来るなら当然、七海も良く家に来る。あいつは遠慮して二人ほどは家に来ないが、それでも週二は多い方だろう。

「おかえりなさい、夏油さん。パパもおかえり」
「ええと、ただいま。津美紀ちゃん」
「ん、ただいま。プリン買ってきたぞ」

 ニコニコしながらリビングの奥から出てきて、俺に飛び付く津美紀を抱き上げる。美々子と菜々子は夏油の両脇を固めて手を握っていた。

「プリン!食べる!」
「私も食べる!」
「あっおい待て!」

 津美紀の頭を撫でてやっていると、俺の言葉に反応したのかどこからともなく恵と天内理子が飛び出してきた。実は天内も入り浸っている奴の一人である。
 俺が仕事に行っている間、ガキの様子を見てもらう為に黒井を雇ったんだが、オマケとして何故か天内も付いてきたのだ。学校が終わるなり俺の家に来て、毎日ガキ共と遊んでるだとか何だとか。
 黒井は多少申し訳なさそうにしているが、天内本人は一切気にしてなさそうで呆れる他無い。最近の若い奴らは遠慮というものを何処ぞに置いてきてるんだろうか。

「理子様っ!何処にいらっしゃったんですか!」
「あーっ!恵ったらまたパパの呪具で遊んでたでしょ!」
「遊んでない」
「嘘!じゃあ理子ちゃんが持ってるのはなんなの!」

 プリン目当てで飛び出してきた二人を、俺に抱えられたままの津美紀が叱る。どうやら、前に津美紀を襲撃者から隠す為に使った呪具で遊んでいたらしい。呪具は遊び道具じゃねえんだよな。
 とりあえず、津美紀を下ろしてから何も持っていないアピールをしている天内から呪具を取り上げて、一旦格納庫呪霊に仕舞い込む。今年高校生になった筈であるが、幼稚園児の恵と一緒になってはしゃいでいる天内に黒井が頭を抱えていた。夏油も苦笑が隠せていない。
 理子ちゃんが無事に日常を過ごせて嬉しい、等とこの前言っていたが、女子高生の日常は幼稚園児と遊ぶ事なんだろうか。

「真希も遊んでた」
「真希ちゃん!!!」
「真依も共犯だ」
「わ、私何も知らないわ!」

 俺は口を出さずにガキ共の様子を見守っていると、どうやら津美紀の怒りの矛先をズラそうとしているのか、罪の擦り付け合いが始まった。真希は兎も角として真依は心当たりが一切無いようで、突然の飛び火に目を白黒させている。真依からすりゃ、普通にソファに座って本読んでただけなのにとんだ災難だな。
 どうせ遊んでたのは恵と真希と天内だろ。……真面目に津美紀のお説教を受けねえ限りはプリンは与えねえ様にしよ。
 三人分のプリンを箱に戻し、冷蔵庫に入れていると、やんややんやと文句が飛んでくるが無視。遊んでたあいつらが悪い。

「ねぇとうじくん、夏油さん、今日がっこうでね、いっぱいほめられたんだよ」
「へえ、何褒められたんだ?」
「美々子はもじきれいだねって言ってもらった!」
「菜々子も!」

 テーブルにプリンを置いてる俺と、スプーンを取り出して並べている夏油との間に体を割り込ませ、双子が今日も学校であったことの報告をしてきた。二人のメンタルケアの一環でよく話を聞いてやっていたら、今じゃ自主的に話しかける様になってきたのである。
 美味かった給食についてだとか、同級生に憑いている呪霊についてだとか。本当に些細な事も楽しそうに告げてくる。引き取った頃よりも随分と人に慣れてきたみたいだし、喜ばしい事だ。

「頑張って練習してたからね。二人ともおめでとう」
「えへへ、ありがとう」
「夏油さん、菜々子もなでて!」
「うん。ほら、菜々子ちゃんおいで」
「あ、とうじくんも美々子なでて」
「へいへい」

 夏油に撫でられて満足するかと思ってたが、俺にも撫でられないと気がすまないらしい。強引に俺の腕を引っ張って手を頭の上に乗せた美々子の頭を、軽く撫でてやる。
 こいつらも随分と元気になった。真希と真依が来てから、同じ双子という事もあってか余計に活発になってきたし。
 こんだけガキがいれば相性の良し悪しもありそうなもんだが、今のところ特に問題は無さそうで安心だ。……男は俺と恵しか居ねえけど。

「あれ?伏黒さん。プリンちょっと多くないですか?」
「いや、これで合ってるぞ。もうそろそろ……」

 ス、と此方に近寄ってきた黒井が、机の上のプリンを数えて首を傾げる。確かに今家にいる人間の数より二つ程多いが、これで正解だ。何せまだ人間が増える。
 そうやって話題に出していたからか、インターホンが鳴った。脚にくっ付いていた美々子を夏油に預け、玄関へと向かって鍵を開けて。

「おっさん!!プリン!!」
「俺はプリンじゃねえよ」

 ドアを開くなり、どでけえ声を出して五条が家に突入してくる。その後ろには津美紀達に手を振っている家入。この二人も家に入り浸ってる奴らだ。
 夏油と遊びたいものの、夏油が俺の家にいつも行くからムカつく、って理由で五条は家に来てるし、家入は単に子供で癒されたいだとか。

「五条さあ、いいかげん甚爾先生のこと先生って呼べば?」
「おっさんはおっさんだっての。あ、これジュース。サイダーとか買ってきた」
「……無添加のジュースを買えって私言ったよね、悟」
「なんでサイダーでキレんだよ。いーじゃんサイダーで」

 実の親の俺よかガキ共の健康に気を遣っている様子の夏油が、サイダーに怒り始めたので美々子と菜々子を避難させる。流石に人の家で殴り合いをする程理性は飛ばしてない様で、二人とも髪の毛を引っ張り合うに留まっているが……。まあそもそも喧嘩すんなって話だ。
 そんな同級生二人を無視し、家入は順番にガキ共にハグしていく。恵は恥ずかしいのか逃げようとするものの、すぐに捕まっていた。……そういう風に逃げる方が、相手が勝手に盛り上がるんだよなァ。

「硝子ちゃん、久しぶり!」
「あ、久しぶりじゃん、理子ちゃん」

 さっきまでしょんぼりした顔で正座して津美紀に叱られていた天内は、硝子を見るなり目を輝かせて立ち上がる。俺の家でかち合う事の多いこの二人は、いつの間にやら仲良くなっていた。
 たまに五条と夏油を荷物持ちにして、一緒に買い物に出掛けたりしてるらしい。
 あっちでもこっちでも、色んな奴がワイワイしている。ガキが六人。高校生四人。大人が二人。合計一二人もいるし、多い時にはここに灰原と七海も追加されるから最大で一四人だ。
 マンションの一室にこの人数はおかしすぎんだろ。……やっぱり引っ越すか。



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