平常心是道

 夏油と神奈川に行った日から、どうにもあいつに懐かれた。五条や家入がいる前では相変わらずちょっと反抗的な態度だが、任務終わりにかち合った時だったり周りに誰も居ねえ時になると、滅茶苦茶色んな事を俺に尋ねてくる。
 扱う呪霊のフォーメーションについてだとか、今後のメインウェポンにする呪具の種類についてのだとか。たまに個人授業をつけてくれ、だなんて強請ってくることもあるし。まさか夏油が非術師の俺に懐く様になるとは、流石に予想外にも程がある。
 あと、予想外と言えば七海建人もそうだ。七海の同級生である灰原雄は、まあ人懐っこいから俺であろうと懐くとは思っていたが、何故か七海までもが俺に懐いたのである。
 戦闘に関してのアドバイスは全部素直に聞くし、俺が言っておいたトレーニングのメニューも文句を言わずに熟す。ついでに補助監督の代わりに車を出して任務に行く時は、灰原と一緒になって俺のことを根掘り葉掘り聞いてくるし。自惚れでもなんでもなく、他の教師陣よりも七海に懐かれている自信がある。
 そういう経緯もあってか、灰原と七海の任務に俺がついていく事が増え始めた。マ、五条も夏油も一人の任務が増えたし、家入に関しては基本的に高専に缶詰だ。そりゃ灰原と七海につくのは当たり前だろう。
 今日の任務は二級相当の呪霊の祓除。任務地である■■山の麓の村を少し通り過ぎた辺りで灰原と七海を車から降ろした俺は、運転席の窓を開いで二人に話しかける。二級案件ならば片方だけで任務をこなせねえ事はねえが、任務地が遠方だし帰りに他の案件も処理して欲しいだとかで、二人で対処する事になったらしい。
 ついでに俺もいれば、連続で任務にあたる二人が疲労しててもどうにか任務完了できるだろ、という目論見もあるとかないとか。ここぞとばかりにこき使いやがるな、腐ったミカン共め。

「こっちの方には駐車場が無えみてえだし、もうちょっと行ったとこに車停めてくるわ」
「ハイ先生!先に■■山に入ってもいいですか?」
「やめとけ。俺が戻ってくるまで待ってろ」
「了解しました。行きましょう、灰原」

 行ってきます!と元気よく大きく手を振り、傍の七海の手を引っ張って任務地である■■山の麓へと向かっていく灰原を見送る。新幹線で三時間ほど移動し、その後は車で三時間。随分と長旅だったってのに元気な奴だな。俺でも流石にケツが痛えってのに。
 気分転換にでも煙草を吸いてえけど、今乗ってる車は高専のだ。残念ながら吸えねえ。そして運転しなきゃならねえから酒も飲めねえ。はー、クソ。
 ヤニ切れの苛立ちを紛らわせる為に、ガムを噛みながら車を走らせる。さっきからどうにも気に食わねえ。麓の村を車で通り抜けた時の現地民共の蔑んだ目。そしてコソコソと交わされる余所者が来た、という内容の言葉。聞こえねえ様に言ってるつもりだろうが、無駄にいい俺の耳なら車に乗ってようが囁き声ぐらい聞き取れる。
 あと何だっけか。■■様とかいう呼び名。任務地である山と同じ名称ではあるものの、山を指して敬意を持った呼び方をしてた様には思えねえ。むしろ畏怖を以ってしてその名を呼んでいた。
 えらく排他的な……寧ろ典型的とも言える田舎の村。これ、本当に実地調査とか出来てんだろうか。車が通り抜けただけだってのに、あんな風な目付きでガヤガヤしてたあの村で正しい聞き取り調査とか無理だろ。しかも■■様なんざ調査書には無かったし、どう見たって調査不足だ。
 だからこそ山に足を踏み入れずに待ってろって言ったんだが……。これ二級案件じゃねえかもなァ、なんて思い至ってからはたと気付く。そういや灰原って、二級呪霊の祓除の任務で一級案件にぶち当たって死ぬんだったか。
 ……これは、どうなんだ。この任務に赴く前日、俺はほぼ一日中夏油と灰原に捕まって色々と助言を求められていた。あとついでの様に飯を奢る約束もさせられたし。……まあつまり、この任務の前に夏油傑と灰原雄は九十九由基に遭遇していない。
 灰原が死ぬ任務の前日に九十九が高専に現れて夏油と対話する、というのを灰原の死の前兆と見做していたが……。いや、これワンチャンこの任務で灰原死ぬか?九十九と出会ってねえし、夏油と問答もしてねえけど……。
 ……九十九が高専に現れていない理由を考えるとするなら、まあ俺だわな。あの女、随分と昔に俺にも好きな女のタイプを聞いてきたり他にも色々言ってきたりしたんだが、そん時に結構ブチギレた記憶がある。確か二度と面見せんな、とも言った。
 なら、そんな俺が在籍してる高専にあいつが現れない、ってのも妥当っちゃ妥当か。あの女なら気にせず来るもんだと判断してたが、思いの外理性があるらしい。あークソ、俺が高専にいる弊害だなこれは。
 灰原が死ぬと結構困る。何せ以前よりは元気になってきてる夏油だが、どうにも割り振られる任務がきな臭えもんが多いのだ。このままだと前みたいに逆戻りする可能性もある状況で、灰原が死ねばどうなるか。あと、灰原は何故か恵の友人にもなってるし。……歳離れてんのにすげえな、とは思ったがそれはそれ。
 恵の初めての友人が死ねば、マーあいつはひどく落ち込むだろう。だから灰原が死なねえようにしてやんねえと、なんて考えてた矢先にコレ。嫌になるな全く。山に入るなって言っておいたから大丈夫だと思いてえが、決められた大筋の中で灰原の死が必要不可欠ならば……。
 あーあ、考えてもどうにもなんねえか。俺が生きててセンコーやってる時点で、多少大筋を離れても問題無え事は分かっちゃいるが、希望的観測が出来るほど俺は能天気じゃねえし。
 ごちゃごちゃと考えながら車を走らせていると、丁度良いぐらいの道幅の道路に出た。そのまま崖ギリギリまで車を寄せて駐車し、車を降りる。

「…………あん?」

 今からそっちに向かうぞ、と伝える為に七海に電話を掛けるも、出る気配が無く思わず首を傾げる。生真面目な七海は、大体三コール以内に電話に出る筈なんだが。
 ……嫌な予感しかしねえなァ。
 急いだ方が良いだろう、と腹から格納庫呪霊取り出し、体に巻き付けてから■■山の麓に向かって走る。耳元で轟々と風が鳴り、景色が飛ぶように変わっていく。
 市街地じゃ全力疾走なんて滅多に出来ねえから、こうして全力で走るのは結構楽しい。大抵の奴はそもそも本気を出す前に殺せるし、相性の悪い奴は戦う前に詰みに持っていくのが俺のやり方だから、全力を出す機会なんてありゃしねえ。
 時間にして大体八分ほど。灰原と七海に待っておけと言っていた麓に辿り着いたものの二人は居らず、代わりにしょぼくれた顔のガキが道路に一人で突っ立っていた。あーね、そういうやつか。

「よー、坊主。こういうボタン付けた、金髪と黒い髪のオニーチャン達知らねえか?」
「し、しってる!!おじさん、兄ちゃんたちが言ってたせんせーなの?!」

 一応怖がらせねえ様にしゃがみ込んで話しかけると、一気に顔を明るくさせたガキがしがみついてくる。どうやら二人に俺の事を予め聞いていたらしい。
 とりあえず抱き上げてやって話を聞くと、思った通り。こいつの友達が山に入ったっきり帰ってこねえから、麓で右往左往してた所で灰原達に話しかけられ、事情を説明したら二人が山に入って行った、と。
 待っとけっつったのにあいつらは……。マ、灰原も七海も呪術師にしてはイイコちゃんすぎるから仕方ねえか。

「俺はオニーチャン達とおまえの友達探してくるから、おまえはここで待ってな」
「うん……。あの、みんな大丈夫かな……?」
「多分大丈夫だと思うぜ」

 何故なら血の匂いがしねえから。それに風で揺れる木のざわめきで聞こえ辛えが、三人分の人の声もするし。
 心配そうな面のガキを安全そうな場所に置いて、山に足を踏み入れた。瞬間、肌で感じていた空気がガラリと変わる。重苦しいと言える呪力が辺りに満ちていた。
 ……成る程、やっぱり灰原が死ぬ羽目になる一級案件だなこれは。
 意味は無さそうではあるが、気配を消して三人がいるであろう場所へと向かう。まだ呪霊と遭遇はしてねえ様だが、いつ接敵してもおかしくない。……というか、記憶にある七海の台詞から考えてこの山の土地神の呪霊なんだし、山に入った時点でその呪霊と遭遇していると言っても過言じゃねえだろう。
 そんな事を考えながら、山中を最短距離で三人の気配がする場所へとひた走るが、どうにも様子が変だ。
 景色が変わらねえ。しかしながら、灰原達の気配や匂いには確実に近付いている。
 ……こいつは生得領域かね。領域自体に術式は付与されてねえものの、視覚情報を弄られているのは、この呪霊がこの土地そのものといっても過言ではない存在だからであろう。一級相当と言っても、ほぼ特級に近え。
 はぁ、産土神信仰相手って面倒臭えんだな。

「灰原、七海、聞こえるか?」
「……!あっ、先生の声だっ!」
「静かに、灰原。……本当に先生で間違いないですよね?その、呪力で判断を付けられないので……」
「あー、そうか。俺はおまえらの匂いとかで分かるんだが……」

 目が役に立たねえなりに、耳や鼻を駆使してどうにか灰原達の下へと辿り着いたものの、向こうは俺を認識する術が無かった。なんなら本当に伏黒甚爾であるかも判断できてねえし。
 こりゃさっさと呪霊を殺した方が良さそうだ。

「呪霊は俺が殺ってくるし、おまえらはこの場で待機な。一応聴力を頼って警戒しとけ」
「はい!!」
「了解しました」

 ──マ、言っても一級相手だ。すぐに終わる。


 ※※※


「おっさん、七海達の代わりに呪霊祓ったんだって?何があったんだよ」
「任務地の山全体が生得領域になっててな。視覚情報が一切役に立たなくされてた」
「へー。どおりで七海達には荷が重い訳だ。特に七海とか見えなきゃ術式使えねーし。寧ろおっさんはどうやって祓った訳?」
「聴力で探して斬った」
「うっわ、ナニソレ……。耳、ソナーじゃん」

 等級ミスの任務だったという事もあり、灰原と七海は任務が残っているものの高専に帰還しろ、と上から御達しがあった。が、代わりに俺が残りの任務をしろってよ。ふざけんな。でもまあ文句を言っても仕方がねえ。
 渋々ながらも何匹も呪霊を殺してたんだが、丁度近くで五条も任務があったらしい。何故か俺のところの合流してきた五条と、二人で高専までのドライブをする羽目になってしまった。
 おまえ瞬間移動できた筈だろ、なんで車に乗ってんだ。

「この感じでいくと、どうせ嗅覚もやばいんだろ?どんなもんなの」
「だいたい犬ぐらい」
「……人類の限界超えてね?」
「単純な身体機能で言うと俺が最上だろうなァ」

 禪院の奴らも馬鹿だなー、と性格の悪い五条はニヤニヤしていた。まあ五条家の人間からすりゃ、禪院の戦力が減るってのは大歓迎だろう。

「そうだ、おっさんに聞きたい事あってさー」
「あん?」
「もしおっさんが俺を殺すならどうやって殺す?一応今みたいにオートで術式を回し続けてると仮定しての話だけど」
「そんなに弱点を無くしてえの?」
「うん」

 天内の護衛で瀕死に陥った事と、体術で俺にぶん殴られ続けてるのがよっぽどストレスらしい。五条は俺の記憶通りに無下限呪術をほぼ出しっぱなしにし、術式対象の自動選別と反転術式も同時並行で行うようになった。
 それでも若干不安が残ってんのね。強さに貪欲で何よりだが。
 さて、無下限呪術を張ったままの五条は呪力の強弱と質量・速度・形状から、オートマニュアルで対象の脅威を計測し、選別した上で攻撃を通さない。これに対してどうやって攻撃を通すか。
 一応記憶にある中でなら、ミゲルがよく分かんねえ紐の形状の呪具を使って攻撃を通していたが……。マ、存在するか分からねえけど、概念に干渉するような呪具なら五条にも攻撃は届くだろう。概念には質量も速度も形状も無えし、恐らく無下限呪術を抜ける……筈だ。知らんけど。

「概念に干渉するとか、術式を阻害したりする呪具がありゃいけるな」
「あーね。それどうしようもないやつじゃん」
「それかあんま意味なさそうだが、接地してる部分から攻撃を加えるか。足元って無下限呪術張ってっか?」
「一応は張ってる。けど、身体の周りよりは自動選別も大雑把っていうか」
「足元に落ちてる奴に対して一々術式が反応してたら面倒だもんな」
「それそれ」

 やっぱり体術頑張るしかないか、と少しだけしょぼくれた面になった五条に、思わず笑みが溢れた。俺に体術で負け通してるのがマジで嫌らしい。
 授業中もどうにか工夫して俺に食らいつこうとしてるが、そもそものスペックが違うしなァ。術式無しの呪力だけで俺と戦うのはあまりにも無謀だ。

「とりあえず狙って黒閃出そうぜ」
「ええ……」
「何のための六眼だよ」
「無下限呪術を十全に扱う為だけど??」

 領域展開も出来て反転術式も使えて、尚且つ狙って黒閃を出せる、ってなったら向かうとこ敵無しじゃねえか?最強なんだし、黒閃を狙って出すぐらいしても良いと思うんだよな。
 嫌そうな声を出しているものの、“狙って黒閃を出す”というのをさしあたっての目標にするらしい。ちゃんと練習に付き合えよ、なんて五条がしつこく言ってきた。
 おまえは一人で勝手に強くなれるタイプの人間だろうが……。ああだこうだ言っている五条を適当にあしらっている間に、高専に到着した。
 まだぶーぶー言ってる五条を車から降ろし、俺も一旦車から降りて。何故か学校の外に突っ立ってる夏油と、バイクに乗った女を……バイクの女……?

「あ゛?」
「ゲエッ、禪院甚爾」
「今は伏黒っつってんだろ、九十九由基」
「じゃあね!!」

 俺が引き継いだ任務で遠出していると、どこかで知ったのだろう。どうやら俺が居ねえ間に、九十九由基は高専に訪れていたらしい。おーおー、小賢しいこった。
 で、俺が帰って来たと見るや否や、誤魔化すように大声を出した九十九は、バイクにエンジンを掛けて走り去って行った。
 のだが。

「あ、そうだ夏油くん君の好みの女のタイプ……」
「はよ行け」

 何故かUターンして夏油に女の好みを聞きに帰ってきた。馬鹿じゃねえかこいつ。ムカつくからヘルメットに軽くデコピンしてやると、やっと観念したのか走り去っていった。
 最初っからそうしとけ。

「え、今九十九由基って言った?もう一人の特級術師の?」
「そうらしいよ。同じ特級術師である私達に挨拶しに来たんだって」
「俺、挨拶して貰ってねえんだけど。てかあの人好みの女がどーたらって言ってなかった?アレ何?」

 九十九が走り去っていった方向を、五条と夏油は呆れた顔で見つめていた。相変わらず嵐みてえな奴だな……。

「それがよく分からなくてね。開口一番女の子の好みを聞いてきたんだ」
「アレはあいつの挨拶だぞ。初対面の相手には必ず好みのタイプを聞いてくんだよ」
「なに?おっさんも聞かれたの?」
「クソほどしつこかった」

 女のタイプを聞くわ、俺の細胞やら何やらを採取しようとするわ、その間もずっと女のタイプを聞いてくるわ。挙句モルモットになってよ!みてえな事を言われりゃキレるに決まってる。
 あー、今思い返してもムカつく。もうちょい強めにデコピンしてやった方が良かったか?

「答えるまで聞いてくるから、今度会った時は気ィ付けろよ」
「はーい。つまりおっさんは好みのタイプ答えたって訳?」
「参考までに教えて貰っても?」
「何の参考だよ」

 後学の為です、と夏油は真面目くさった顔で言い放った。後学とは……?
 別に隠すもんじゃねえから言っても構わねえが、俺は何と答えたんだっけか。あいつの、嫁の事を思い出しながら言ったのは覚えてるんだが。
 好みの女は嫁。それは確定してるから、タイプで言うと何だろうかと悩んだのも思い出してきた。あー、嫁とそうでない女との違いは……、ああ、そうだった。

「俺の為に泣いてくれる女」
「うっわ……」
「成る程……」

 どう言う反応だよ。



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