こわごわと握った手は、もしかしたら彼の能力を加味してのものかもしれなかった。麻衣にそんな気遣いができたのかとひっそり、驚いたことは淡々とした面に隠し、けして言わない。よっぽどのことでなければ、己のサイコメトリは働かないよう、主な意識は支配下に置けている。だからナルには少女の努力は、ずいぶんといじらしいものとして映った。もしくはただの緊張だ。
(いや……そもそも、麻衣には最初から躊躇しなかったな)
繋がった箇所の、自分と相手のささやかな温度差にナルは目をするりと細める。いつまでもぽかぽかとした子どものような体温は、出会った頃の憧憬をありありと見せつけてくるようで、苦笑する。
疑いのまなざしで射貫いてきた子どもは今や、一縷の期待と熱を込めて、ナルを見る。琥珀色のまあるい瞳に自分のカラーイメージとして強い黒色がそっと映ることに、ごく僅かな胸の疼きを抱くようになって久しい。
「…ま、また会える、よね」
少女の語尾が上がらなかったのはほんの少しの懐疑ですら、認めたくない証だろうか。心なしか、力を増して手のひらを握りしめられる。悪くはない。乞われるような心地は彼女にだけ働く優越感と、自身の内にある獰猛な塊を僅かにくすぐる。
一回りは小さい手を見下ろす。丸い爪が子どものようだとからかったことがあるが、麻衣によく似合う。とげとげしく、大人になる必要はないし、彼女はきっとそうならない。
「未来の事は分からない」
「…っい、いじわる!」
抓るような仕草で彼女の指がナルの手の上で動く。数年前ならいざ知らず、最早青年と言って十分な年齢となったナルに、たいして成長しなかった彼女の力では痛み一つ、与えられない。そもそも、本気でやっていないのだから、小さな動物に甘噛みでもされた気分だった。

置いて行かれる不安にどうしても囚われるのは麻衣の悪い癖だった。数年前、放り出す手前だった自分が言えた台詞でもないが、今はとっくに、あの時の関係ではない。いい加減、信頼すればいいものをと、思う。どうせ今更、離せるわけもない(と、いうことをわざわざ口にしない青年にも非は多少ある)。
しかし肯定文だっただけましかと、ナルはそこでようやく、握られた手に意志を持って力を込めた。華奢な掌は易々と包まれる。にも拘わらず、弾力のある女性らしい肌が角張った彼の手をふんわりと包んでくる。
「……どうせ、一ヶ月もすれば帰ってくる」
「…うん……」
青年の変化した声色に気が付いたようで、甘える恰好でにじり寄る。額を胸元に擦りつければ、あくまでもしょうがないという体でつむじにキスが落とされたのを感じた。
こうして触れあってみると不思議なもので、甘えが許される関係にあることに、ふっと身体が心ごと落ち着く。一時的といえど、彼と離れるのは寂しい。すん、と子どもじみた仕草で鼻を啜れば、シトラスの香りがした。慣れ親しんだ、ナルの匂いである。

「………なるぅ…」
あからさまに甘えた声を出せば、頭上から降り注ぐ彼の空気が威圧的になる。彼の性格から言えば、確かに無条件にやたらめったら、甘えさせてくれる人ではないと分かっているのだが、こういうこと、は彼以外に甘えたくない。――甘えられないのだ、もう。ナル以上は、いない。
「帰ってきたら、一緒にご飯食べようね」
「……」
「返事! ……資料があったって、だめ、あたしと食べて」
ごりごりと、頭を押しつければ溜息がひとつ、落ちて、分かったと言葉が零れてくる。麻衣はそっと瞼を閉じた。思えば身長差もずいぶん、変わってしまった。遠くなってしまった顔に悔しさと寂しさをない交ぜに、それでも落ちてくるようになった声が好きだと少女は気付いた。
なにかひとつ、変わる度に好きになる。好きだと思う。
途切れることはないのだろうと思う。この声が降り注ぐ限りは、ずっと麻衣は小さな好きを柔らかな胸にいくつもつのらせる。

「ナル……」
許された愛称を呼び、手を引き、意図するものを促す。埋もれた顔を上げて見れば、白皙の面に黒曜石が静寂をたたえている。うさんくさい、と訝った笑みの浮かばない無に近い表情でさえ、麻衣にはもう、見慣れたものであったし、彼らしいと安堵さえ心に浮かぶ。
「……ドアの鍵は掛けておけ。麻衣は、うっかりだから」
悪口は余計だと垂れる文句は降ってきた唇に消えた。しっとり合わさる感触に、キスを強請ることさえ覚えた自分に、数年前の子どもだった麻衣は驚くだろうなあ、などと笑ってみる。震えはそのまま、ナルに通じた。

(好きになってくれてありがとう)


 (121022)
(ナルと麻衣は「好きになってくれてありがとう」「また会えるよね」「未来の事なんてわからないよ」というセリフを入れた話をRTされたら書いてください。 http://shindanmaker.com/225407)
診断さんがかわいすぎて……
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